小説『ヴァレンタインから一週間』
作者:黒猫大ちゃん()

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第15話 これは、俺の戦い


 有希が思念体に対して疑念を抱いて居る?
 そもそも、自らの造物主に対して疑念を抱く被創造物と言う存在は、かなりの矛盾が存在していると思うのですが。

 そう考えながら、俺の右側に腰を下ろす少女の雰囲気を感じ、彼女の発する気を普段よりも正確に掴もうとする俺。
 ……………………。
 ………………。
 しかし、彼女が発する雰囲気は普段通り安定した物で有り、彼女が、本当に自らの造物主に対して疑念を抱きつつ有ったのか、それとも違うのかについては、はっきりと判るだけの情報を得る事は出来ませんでしたが。

 もっとも、それぐらい高度に人間の心が再現されているのか、それとも、長い時間を掛けて心が発生した、と言う可能性も有りますか。

 まして、そのどちらの答えだったにしても、彼女の未来に横たわる暗雲の意味が、何となく理解出来たようにも思いますしね。
 彼女に刻まれたルーンの意味は、今回のラゴウ星が接近しつつ有る事態が原因と言う訳では無く、その思念体に対して彼女が抱きつつ有る疑念の可能性の方が高いと言う事ですから。
 普通に考えるなら、造物主に反抗する被創造物を、造物主はそのまま放置する事は有りません。
 まして、有希の場合、その造物主からのエネルギー(霊気)の供給が無くなれば、生体を維持する事が出来なく成る仕組みのようですから。

 但し、未だこれは仮説のひとつに過ぎないのも事実。確実にそうだと決めつける訳には行かない以上、矢張りラゴウ星への対応は、最初に考えていた通り、俺と有希だけで行う方が良いとは思いますね。

 そうすれば、少なくとも、伝承通り八百比丘尼の属性を持つ有希主導の元、彼女と契約を交わした片目の龍神一目連の属性を持つ俺の二人でラゴウ星を封じる事に因って、彼女に刻まれたルーン文字と俺の瞳に現れた異常が改善されるかどうかが判りますから。
 思念体に関しては、その後に考えたとしても問題はないでしょう。

 そうして、そのキョンと呼称される存在に関しては……。

 ウカツに触れると、何が顕われるか判らない相手だけに、異世界人の俺では対処が難しい相手で有る事だけは確かですか。
 その人物の正体が、名づけざられし者(ハスター)であろうが、門にして鍵(ヨグ=ソトース)であろうが、這い寄る混沌(ニャルラトテップ)の一顕現であろうが、彼がどの存在で有ったとしても、俺が一人で対処出来る存在では有りませんから。

 少し考え込んで仕舞った俺を見つめる和田亮と、そして、神代万結。
 良く判らない空白ですが、有希に対する彼らの質問はもう終了したと言う事なのでしょうか。
 それならば、

「和田さん。お願いが有ります」

 かなり抑えた様子で、そう言う台詞を口にする俺。確かに、少年風のその場の勢いとやる気だけ、と言う雰囲気で意見を口にする方法も有りますが、それは、これから先に俺が口にする内容から考えると逆効果。そんな態度では、間違いなく、これから先の俺の願いを認めてくれる訳は有りません。
 何故ならば、これから先に俺が口にする内容は、大きく言えば、全人類の未来に関わる内容と成りますから。

 そんな全人類の命運を、その場の勢いとやる気だけの存在に預ける能天気な連中ではないはずです。水晶宮の住人と言う存在は。

「聞きましょう」

 穏やかな口調でそう答えてくれる水晶宮の長史。ここまでは想定内の対応。
 但し、ここから先については……。

「キョンやハルヒに関して、私は部外者です。ですが、ラゴウ星に関しては、私はこの変わって仕舞った瞳や、私がこの世界に流されて来た時間から推測すると当事者の可能性が高いと思います」

 この眼前の青年。和田亮と名乗った龍種の長史は、俺の事を異世界からの来訪者と表現しました。だとすると、俺が次元移動した際に発生したと有希が話した次元震と言う現象を掴んでいた可能性が高いと思います。
 まして、彼は以前……一九九五年に起きた時震の発生を予見していて、その時に起きていた闇の救世主事件を見事終息させた手腕を発揮したはずです。

 しかし、

「知っての通り、我々は人間界の事象には不干渉が基本です。人が、人の意志で滅びの道を歩むのならば、我々はその事に対して異議を唱え、導き、諭すような事は為しません」

 其処まで告げてから、何故か、有希に視線を向ける水晶宮の長史(和田亮)
 そして、

「故に、涼宮ハルヒが閉鎖空間。我々の言葉で説明するのなら、異界化現象を起こし続けていた時も、我々水晶宮は不干渉を貫いたのです」

 成るほど。良く判りませんが、涼宮ハルヒが何か、世界に対して悪影響を与えるような事を為していたけど、それについては水晶宮の基本的な立場。不干渉を貫いたと言う事ですか。
 確かに、自らが人類に対する上位者の如く振る舞い、何か事が有る事にちょっかいを掛けて来るヘブライ神族などのような存在も居ますが、もし、水晶宮。つまり、龍種がそのような事を行えば、件のヘブライ神族や、今、日本を支配している天津神との衝突を起こす恐れが有ります。
 そして、俺が今、この世界に違和感を覚えていない以上、そのハルヒが作り出した閉鎖空間と呼ばれる現象は、そんなに大きな影響を世界に与える事なく終息したのか、それとも、水晶宮以外の組織が対処する事に因って事態を終息させる事が出来たのでしょう。

「但し、今回は事情が事情です。天魔ラゴウ悪大星君に関しては、我々が対処する事に決まりましたから、御二人は、この危険な事件には関わる必要は無く成ったと告げる為にお越し頂いたのです」

 しかし、今回の事件は確かに規模が違う。ハルヒが異界化現象を引き起こしたとしても、所詮は、覚醒前の存在。邪神に因り植え付けられた黒き豊穣の女神の持つ神性。神々の母と成る神性が、多少、漏れ出したに過ぎない現象だったのでしょう。
 今回のラゴウ星とは、世界に破壊をもたらす存在。こいつが顕われたら、間違いなく世界の半分は吹っ飛ぶと言う非常に剣呑な存在で有る以上、不干渉の立場を取り続ける事は有りません。

 まして、その事件に巻き込まれているのが異世界出身とは言え、自らの身内。同じ龍種の俺だったのですから、彼ら水晶宮の住人が出張って来る事は不思議でも何でも有りませんか。

 但し……。

【長史。それでは俺の方は未だしも、有希に刻まれたルーン文字が、彼女を害する危険が有ります】

 これは、出来る事ならば、有希には聞かせたくない台詞ですから、【指向性の念話】にて目の前の青年に送る俺。表面上、及び、口調は出来るだけ冷静な雰囲気を維持しながら。
 そして、更に続けて、

【私の見つけたこの西宮の地に伝えられる伝承に因ると、ラゴウ星が以前に顕われた時は、八百比丘尼と一目連に因って退治されたと有ります。この伝承通りの出来事が起きつつ有るのなら、俺と有希が事件に対処しなければ……】

 最悪、ラゴウ星を封じる事に失敗する可能性も有ると思うのですが……。

 古からの伝承には、それ自体に、語り継がれて来たと言う魔力(ちから)が籠められて居ます。もし、それに逆らうのなら、その伝承に籠められた魔力以上の絶対の力で対処しなければ、成功する企ても失敗する事と成ります。
 まして、有希が消えるような結果となるのなら、それは俺に取っては、現状ではラゴウ星封印に失敗したのと等価ですから。

 俺を見つめていた水晶宮の長史が、少し人の悪い、と表現すべき笑みを見せ、

「ならば、忍くんの作戦と言う物を聞かせて貰いましょうか」

 ……と、問い掛けて来ました。
 これは、間違いなく、俺が有希の事を一番気に掛けている事に気付かれたと言う事なのでしょうが。
 それでも、話だけでも聞いて貰えるように成ったのですから、俺の目的は達せられて居るので、これは、これで良としましょうか。

 尚、俺が彼女の身の安全が一番大切だ、と考えて居る少女は状況を理解しているか、どうかは判りませんが、彼女にしては珍しく緊張しているのは間違い有りません。
 いや、同時に少しの陰の気を発して居るのも間違い有りませんか。

 これは……。

「その前に、和田さんにお聞きしたいのですが、ラゴウ星が何故、急に復活するような事態に成ったのか、調査は終わって居るのでしょうか」

 彼女の発して居る陰の気は、今は無視すべきですか。
 そう考えてから、先ず、俺の調査能力では、この辺りの事情を知るには時間が掛かるので、この質問から開始する俺。それに、この部分が判っているのならば、ラゴウ星の現在の状況の類推と、ヤツが顕われる場所を予測する事が出来ると思いますから。

「二月十四日。涼宮ハルヒに因り、彼女の通う東中学内の各所に何らかの呪符が貼られると言う事件が発生。当然、学校側に因り、直後に呪符は剥がされた」

 しかし、何故か俺が問い掛けた龍種の長史たる和田亮ではなく、それまで、完全に傍観者の如き雰囲気で俺や有希と和田さんのやり取りをただ見つめていた神代万結がそう答えた。有希と同じ、抑揚の少ない平坦な口調と、感情を表す事のない透明な、それでいて酷く作り物めいた容貌で。

 彼女も、おそらくは有希と同じような出自の少女なのでしょう。まして、仙族ならば、那托と言う人工生命体は存在して居ますから。
 もっとも、知識としてなら知って居ますが、実際に出会ったのは初めての経験ですが。
 ……いや、有希に次いで、二度目の経験ですか。

 それにしても……。

「また、涼宮ハルヒですか」

 少しため息交じりに、そのやや疲れた雰囲気の台詞を呟く俺。
 あの図書館で出会った不思議な少女は、黒き豊穣の女神の因子を植え付けられた存在かどうかは今のトコロ判りませんが、少なくとも、とんでもないレベルのトラブル・メーカーで有る事だけは確かでしょう。

 但し、彼女が貼った呪符の種類か内容に意味が有ったのか、それとも、彼女……涼宮ハルヒと言う少女が何かを行ったと言う事に意味が有るのかが、呪符が剥がされた後では判らないのですが。
 もっとも、状況証拠から考えると、彼女が、其処に怪しげな呪符を貼ったと言う行為に意味が有ったと推測した方が良いとは思いますけどね。

「それならば、現在のケイト星はヤツの存在する魔界に潜み、ラゴウ星が地球に最接近する直前に、その東中学周辺が異界化する可能性が高いと俺は思います」

 ラゴウ星とケイト星は二柱が合わさって、初めてその能力を発揮出来る邪神。そんな存在が、どちらか片方だけで現世をウロウロしている訳は有りません。その為に、最初に土地神を封じたはずですから。それならば、現在は双方とも簡単に手出しの出来ない場所。彼らの支配する魔界に存在し、時期が来たら、その彼らに縁の深い場所を異界化して顕われる事と成るのでしょう。
 二柱が完全に合一して、インドの伝承にて語られる不死身の邪神ラーフとして復活する。

「場所が判った所で、ラゴウ星に対して効果のある罠は……」

 再び、口を挟んで来る万結。しかし、どうやら、これは俺の才を知る為の試しのような気がして来ましたね。
 何故ならば、如何に事件発生時から関わらされた当事者だからと言っても、俺程度の人間が一日で調べられるレベルの情報を、水晶宮の関係者が知らないはずは有りませんから。

「現在のケイト星の姿形。首のない黒い身体を持つ邪神ならば、晴明桔梗が通用する可能性が高いと思います。そして、ラゴウ星が異界化をさせる地点が判っているのならば、その地点に晴明桔梗を画いて置けば、ヤツの能力を抑える事は可能でしょう」

 晴明桔梗。いや、この場合は、エルダー・サインと言うべきですか。
 このエルダー・サインと言う印形は、伝承では、クトゥルフ神族に属する連中の能力を完全に抑える事が出来ると言われている印形ですが、仮にそこまでの能力は持っていなかったとしても、多少の能力ダウンは見込めると思います。

「ラゴウ星が顕われる予定の夜までに、ヤツが顕われる可能性の有る地点を中心にして巨大な晴明桔梗を画いて置き、ヤツが顕われると同時に其処に霊力を流し込む事に因って、ヤツに不利な。そして、コチラに有利な陣へと為す」

 完全に、結界の内側に捕らえ続ける事は無理でも、俺が戦えるレベルにまで相手の能力ダウンをしてくれたら問題は有りませんから。まして、その為に大地の精霊ノームに、宝石を集めて貰っているのです。
 流石にラゴウ星のような存在を抑える結界の、それぞれの頂点に配置する結界の要とする結界材には、宝石のような貴石を使用するしか方法が有りませんから。

 本来は、すべて俺一人で為す心算でしたからね。

 しかし、

「例え、其処に伝承で語られる一目連の属性を貴方が持たされていたとしても、それだけでは足りない」

 冷静な、それだけにキツイ台詞を口にする万結。まして、それは事実です。
 但し、事実で有るが故に、この反論も当然、想定済み。

「確かに、伝承上に語られる邪神ラーフにはそれでは届かない。まして、ヤツは不死身の存在。それも、現在、宇宙(そら)の彼方から地球目指してかっ飛んで来ているような、トンでもないレベルの化け物を倒すのはかなり難しいとは思う」

 俺の実力では、この目の前の水晶宮の長史の能力どころか、龍将と呼ばれる存在たちの足元にさえ届かないのは確実。普通に考えるのならば、彼らを押し除けて、俺が対ラゴウ星戦闘の前面に出て行く事が許される訳は有りません。

 しかし、それでも……。
 俺は、再び自らの右側に座る少女を意識する。其処には、高次意識体らしき存在に造り出された人工生命体の少女が、俺と、和田亮、そして神代万結との交渉を見つめているだけで有った。
 いや、先ほど感じて居た陰の気が、更に。ほんの少しずつでは有るが、確実に大きく成って来て居る。

「奴ら。ラゴウ星を捕らえる事ならば、可能だと思います」

 そして、次の瞬間に俺が発した台詞は、先ほど、俺自身が口にした台詞と正反対の意味に聞こえる台詞で有った。

 一瞬の沈黙。そして、

「倒す事が難しい存在を、捕らえる事は更に難しいと思われる」

 俺の右側に腰を下ろす少女が、ぽつり、と独り言を呟くかのような雰囲気でそう言った。
 但し、彼女が発して居る雰囲気はどちらかと言うなら、陽に属する雰囲気。

 そして、彼女の方に向き直る俺の顔を正面から見つめた後、ゆっくりと一度、瞳を閉じる有希。
 まるで、自らの想いを纏めるかのような時間の後、再び、俺を見つめるその瞳には、覚悟を決めた者の如き強い力が宿っていた。

 彼女が発して居る陽の気は、おそらく、先ほどの俺の実現不可能だと思われる言葉から、対ラゴウ星戦闘に、俺が前線での戦闘に参加する道が閉ざされたと思ったから。
 つまり、彼女は、昨日の夕刻に自ら語った言葉。わたしを助ける必要などない、と言う言葉を、暗に俺に告げて居ると言う事。
 しかし、

「有希。俺達、龍族。いや、仙族に属する存在が、何故、仙術と言う魔法が使用可能なのか知って居るか?」

 唐突に、更に意味不明な問い掛けを行う俺。
 そう。この場で俺の言葉から、俺が対ラゴウ星戦闘に参加する事が出来ないと判断したのは彼女(有希)のみ。その他の誰も、そんな判断は下していません。

 俺の問い掛けに対して、ふるふると首を横に振る有希。これは、否定。

「俺達仙族に所属する存在が仙術を使用出来るのは、仙骨と言う仙術を使用出来る才能が有るから」

 この場で、仙骨に関する知識がないのはおそらく彼女だけでしょうから、有希に対してそう説明を開始する俺。
 もっとも、才能と表現しては居ますが、かなりの生命体。いや、それ以外にも器物などにも宿る可能性が有るので、そう珍しい能力と言う訳ではないのですが。

 そうして、更に続けて、

「そして当然のようにラゴウ星、ケイト星共に、仙族から神籍を得ている以上、仙族として仙術を行使する」

 他の神族の例は知りません。しかし、仙族出身の神ならば、それが例え邪神で有ったとしても仙術行使するのに必要な才能は……。

「故に、仙骨を封じたら仙術は行使出来なくなる、と言う事」

 かなり簡単な事のように、俺はそう話を締め括った。
 ただ、おそらく、ラゴウ星、ケイト星、それぞれの仙骨を封じる必要が有るのですが。

「その他にも、左右の琵琶骨を封じて置くべき」

 俺の作戦を黙って聞いていた万結、補足するかのように、そう続けた。

 成るほど。仙術を行使する上で、必ず、この琵琶骨は霊力が通る道となる。つまり、この部分を何らかの方法で封じたら、術が安定して発動出来なくなると言う訳か。

「つまり、人間の例で説明するならば、頸椎二番と仙骨。それに、左右の鎖骨の辺りを何らかの方法で封じる、もしくは破壊すれば、例え不死の相手で有ろうとも、取り押さえる事は可能と成ると言う訳やな」

 俺の、対ラゴウ星戦闘に対する作戦の全貌が提示された。

 もっとも、こんなムチャな作戦が本当に実現可能かと問われたのなら、自らの口から出た作戦で無ければ、否と確実に答える、と言うレベルの作戦ですから。

 何故ならば、相手は不死。例え一度、何処か一カ所を破壊したとしても、仙骨がひとつでも残って居る限り、時間が掛る可能性は有りますが回復される可能性は非常に高いでしょう。
 更に、相手の運動能力に因っては、仙骨や琵琶骨に攻撃を命中させる事も至難の業と成ります。
 これはつまり、少なくとも、相手の能力がかなり低くないと無理だと言う事。
 ……と、すると、作戦の成功する確率は、晴明桔梗結界の効果次第、と言う事に成りますか。

「……それは」

 有希が何か言い掛ける。そして、彼女の言いたい事は判りますよ。
 ですが……、

「確かに、ラゴウ星がホンマに不死かどうかは判らへん。しかし、最悪の想定は行って置くべきやと俺は思う」

 俺は、有希の次の言葉を遮るようにそう言った。
 自分の口から飛び出した作戦やけど、これが実現出来る可能性が低い事は理解出来ますよ。しかし、仕方がないでしょう。
 ラゴウ星の排除は、絶対に誰かがやる必要が有る事ですから。

 座して死を待つような趣味はないですし、これが何らかの神話的追体験なら、俺がやらない限り俺の未来は非常に暗い未来の可能性が高い。
 ついでに、有希の未来に立ち込めた暗雲に関わって来る内容ならば、彼女の未来も無く成ります。

 まして、現実に宇宙(ソラ)の彼方から首だけが接近中。こんな、メチャクチャな身体能力を持った存在を、物理的にも、魔法的にも倒す事は難しい。
 ならば、その方法に何らかの呪的な意味を持たせなければ、始めから勝負に成りませんから。

 伝承上でラゴウ星を封じたとされる一目連の属性を与えられた俺が、伝承上で、黒い身体を持つ邪神の能力を抑える晴明桔梗結界内で戦う、と言う状況を作り上げるしか。

「捕えた後は、太陽星君の牢獄に、それぞれの仙骨と琵琶骨を封じた状態で閉じ込めて置けば、そう易々と逃げ出す事は出来へんはずやな」

 もっとも、ソレでも永久に封じ続ける事は出来ないとは思いますけどね。

 何故ならば、彼らは必要悪。顕われると破壊しか行いませんが、その時の停滞した流れを打破する役割も持って居ます。
 怠惰な天界や神、仙人……有る時は人間に対して、自分達が絶対の支配者では無い事を報せる為に世界が送り込む『破壊者』。そう言う側面も持っている存在。

 つまり、絶対に乗り越える事の出来ない壁ではない……はずなのですが。
 それにしても、高いハードルで有るのは間違いないな。

 まして、今回の事態は、おそらく、三年前に邪神に因って変えられた歴史に対する揺り戻し。
 今回の事件の結果に因っては、再び、過去が書き換えられるか、それとも、この流れが続くかの試しが為されて居るのでしょう。

「貴方一人では無理ですよ」

 それまで黙って、俺の話を聞いていた水晶宮の長史がそう言った。そして、

「私が二柱の邪神の仙骨と琵琶骨を封じましょう。貴方は、その為の時間を稼いで貰えたら充分ですよ」

 非常に強力な人物の申し出。住む世界……、生まれた世界が違う。しかし、彼らは間違いなく仲間。同じ、龍の血を引く存在だと思わせるに十分な言葉だったと思います。
 但し、

「有り難い申し出ですけど、和田さんにはお願いしたい事が有ります」

 その申し出をあっさりと断って仕舞う俺。
 矢張り、彼の申し出は断るべきでしょう。何故ならば、二人とも、間違いなく最悪のシナリオを想定して動く人間のはずですから。

「もし、私の企てが失敗する。もしくは時間内に終わらせる事が出来ない場合は、最後の点穴は私が、私の一命を持って打ちます」

 俺は、其処まで言ってから、一度言葉を止めた。そして、有希と和田さん。更に、神代万結と名乗った少女を順番に見つめた。
 和田さんと万結は何も言わない。有希は……何も言い出せない。

「最後に、和田さん。貴方の『異界送り』で、私ごと、ラゴウ星を異世界……虚数空間へと封じて下さい」

 その為の……異世界へのゲートの為の晴明桔梗でも有りますから。
 もっとも、晴明桔梗を使用する、と言った瞬間から、この次善の策についても、有希以外のこの場に存在する人間ならば気付いていたでしょう。
 晴明桔梗印とは、そう言う使用方法も存在しますから。

「では、私以外の仲間に行って貰いましょう」

 和田さんが俺にそう言ってくれました。その瞬間、俺の正面に座る、万結が微かに首肯いた。
 確かに彼の言葉は正論です。それに、その方が俺の策も成功しやすいでしょう。
 ただ、

「こんな危険な、更に成功率の低い作戦に、水晶宮の仲間を巻き込む事は出来ません」

 俺は少しの笑みを浮かべ、そして、自らの右側に座る有希を意識しながら、かなり強い覚悟でそう言った。
 何故ならば、最終的にどうなるか判らないのですが、異界化した空間に誰か一人だけ連れて行けるとしたら、それは彼女以外に考えられないのですから。

 あの伝承に記述されていたのは、ラゴウ星の元に辿り着けたのは、八百比丘尼と一目連だけ。つまり、この世界では長門有希と俺の二人と成る公算が大きい。

 もっとも、こんな事を有希の前で言う訳には行きません。有希には、彼女の言葉で、俺を説得して貰う必要が有るから。
 そもそも、自分が何故、自発的にそう思ったのかを理解しなかったら、思念体の命令に従っていた時の彼女と何も変わる事は有りません。
 彼女には、……これから先の彼女の人生は、彼女に選んで貰う。造られた存在の彼女ですが、俺からの霊力の補充が続く限り、彼女が消えて仕舞う可能性は既に無くなっていますから。

 それに実際問題として、この作戦はかなりの危険が伴います。もっとも、相手がメチャクチャな存在ですから、この程度の作戦しか思い付かなかったのですから。

「それに、ラゴウ星やケイト星が顕われたのです。伴星や、無関係ですが、ヤツ等の邪気に当てられた妖魔や悪霊どもが活性化して動き出しているはずです。
 水晶宮の人間は、その対処に忙しいのではないですか?」

 西宮の図書館で見つけた伝承に記載は有りませんでした。しかし、ラゴウ星、ケイト星共に、それぞれ伴星と呼ばれる魔星君が付き従っていたはずです。それに、ヤツ等の邪気に当てられた連中が動き出したとしても、何の不思議も有りません。
 昨夜、俺たちと万結が出会ったのも、そんな連中が動き出す事を予想した水晶宮の判断、もしくは、彼女自身の判断で動いていたのでしょうから。

 それに、前回の地脈の龍事件の時は、日本各地に封印されていた妖魔や悪霊がどんどん活性化して大暴れしていたのです。現在、その地脈の龍自体が、大地に根差した地脈の中には存在せずに、インターネット内に新たに社を勧進されて祀られている以上、この日本の地に封じられている悪しきモノ達は、些細な切っ掛けで直ぐに現界する可能性を秘めているはずなのですから。

 そんな状態の時に、ラゴウ星のような世界的な神話級の悪神が顕現したとすると……。

 水晶宮の長史たる和田亮と言う名前の青年は何も答えなかった。但し、陰の気を発して居る訳では無い。これは、おそらく俺の言葉は、彼の想定内の言葉と成っていると言う事。
 ならば、この交渉の結果も、俺の考えた結果へと辿り着くはず。

 そう考えながら、俺は更に続けて、

「この世界にも、闇の救世主事件や地脈の龍事件が起きた。そう考えて問題ないのでしょう、水晶宮の長史?」

 そう問い掛けたのでした。
 そう。そのどちらの事件も、黙示録を引き起こしたとしても不思議では無かった事件。特に、最初の事件、闇の救世主事件の際に起きた事象によって、各地の妖魔や、悪霊達を封じた封印は、すべて無効化されています。

 何故ならば受肉したアスタロト。つまり、バビロンの大淫婦と称すべき存在の魔力も、そして存在の力すべても吸いつくした救世主……いや、破壊神が顕現しようとした事件だったらしいですから。
 救世主を誕生させる儀式……処女受胎によって。
 その存在が誕生した瞬間に、黙示録が始まり、そして世界が終わっていたとしても何の不思議も無い事件だと、俺は、俺の師匠に聞かされて居ますから。

「向こうの世界。貴方が生まれた世界には、帰りたいとは思わないのですか?」

 それまでと変わらない、非常に穏やかな雰囲気で和田さんは聞いて来た。まぁ、彼が聞きたい事は判りますよ。

 基本的に彼ら……いや、俺も含めて、彼らは自己を犠牲にして、他の大勢を救う、と言う行為は嫌います。
 そう。そこに、思考停止が起こり得る事を嫌うと言う事です。
 これは最後まで諦めずに、自分と仲間が生き延びる術を探せ、と言う事。

 先ほどの俺の言葉は、明らかに、俺の生命を持って、他の圧倒的多数の人間を救おうとする行為。普通に考えると英雄的行為と映らなくもないですが、思考停止した挙句に、楽な方向に流れた結果とも考えられる内容です。
 まして、その最後の決戦の場に、俺以外の他に誰も連れて行かないのなら、俺が安易な結末を求める可能性も高く成ると言う事ですから。

 相討ちと言うのは、暗殺者が狙う、もっとも簡単な、そして確実な方法ですから。

「そもそも準備期間が一週間ほど有ります。まして、晴明桔梗結界が真面に機能してくれたら早々失敗するとも思えません」

 それに、最悪の結果と成ったとしても、俺には向こうの世界には、家族と呼べるのは仙術の師匠以外に存在しては居ませんから。
 そして、おそらく最終的には、俺は一人でラゴウ星を相手にする、と言う選択肢を選んでいる事はないと思いますから。

 暫しの沈黙。しかし、その沈黙を破るべく、小さな声がゆっくりと探偵事務所内に響いた。

「わたしが手伝う」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

あとがき

 涼宮ハルヒの憂鬱原作の長門有希が思念体をどう思って居たかは判りませんが、少なくともこの世界の長門有希は、思念体に対して疑念を持って居たのは事実です。
 少なくとも、この世界の彼女に心が発生した時点で、それまでバグとして蓄積されていた部分が、明確に疑念と成って心の中に発生したのは間違い有りません。

 この世界の長門有希は、主人公が一時的に主人格と成って居る為に、彼女の独自の判断で行動する事を推奨して居ます。そして、その自由意思を尊重する態度を主人公が取っている為に、正常な判断で、それまでの自分の行動を判断する事に因って、思念体の行動に矛盾点を見付け出していると言う事です。

 その矛盾点とは、最初から阻止可能な事件をわざわざ起こして、それをキョンの目の前で、さも大変な出来事のような振りをして解決して見せて居るから。

 そもそも、朝倉涼子暴走事件は、発生する三年前より、何が起きるのかが判り切っている事件です。それなのに、わざわざ、キョンがピンチに成るまで対処を行わない。朝倉涼子の暴走原因についても対処しない。
 あの事件は、最悪、キョンが死亡する可能性も有った事件のはずなのですが。
 カマドウマの事件も同じ。あれも、三年前に発生が判っています。
 本来ならば、データを作っている最中に介入すれば事件が起きる事さえなかったはずですし、その方が簡単に事件を処理出来たはずです。

 更に言うと、消失事件も同じです。三年前に事件発生が判っているのに、何故か、自分たちが消される可能性が有った事件を放置したままにして有るのですから。

 それで、ここまで語ると、消失事件に有る矛盾が発生する事が、賢明な読者の方なら判ると思うのですが……。
 その部分に関しては、ここでは語らずに、別の機会で語るとしましょうか。

 尚、ネタバレに繋がりますが、この被創造物が、造物主に対して疑念を持って居ると言う矛盾が、この私の創った世界では胆に成る部分でも有りました。
 もっとも、主人公が顕われる事に因り、その未来は否定されつつ有るので……。

 おっと、この涼宮ハルヒの世界が未来人により歴史を改竄出来ない世界だと、朝比奈みくるが最初に語った欺瞞を信じている読者の方が未だ居る可能性が有りましたか。
 本来は触らない部分なのですが、涼宮ハルヒの陰謀内で、その未来人。朝比奈みくる(大)が、本来は出会わなかったはずの二人を、出会う歴史に書き換える部分が原作小説内でも描写されていますよ。
 尚、その事により、朝比奈みくるはタイムパトロール隊員などではなく、時間犯罪者の一味である可能性が高く成って居るのですが……。

 例え、異世界(平行世界)の歴史で有ったとしても、タイムパトロール隊員が、歴史の書き換えを簡単に行う事は考えられません。
 タイムパラドックスや、カオス理論。バタフライ効果が理解出来ているはずですから、歴史にどんな悪影響が出て来るか判りませんから。

 それでは、次回タイトルは『彼女の和室に眠るのは?』です。

 追記。
 この物語……。アンチと言うよりも、深読みのし過ぎのような気が。
 何故なら、この『ヴァレンタインから一週間』と言う作品は、私が思う原作者の涼宮ハルヒシリーズの伏線を解き明かしている心算なんですよねぇ。
 何となく、……なのですが。

 それでも、その伏線らしき部分を自分成りに解き明かせば、解き明かすほど、アンチみたいな色が着いて行く。

 ただ、普通のミステリーの場合、探偵が犯人だったと言う物語は許されないのですが、クトゥルフ神話の場合、ストーリーテラーが邪神の顕現だったと言う物語も許されると思うのですが。
 実際、それに近い物語も有ったような気もしますから。

 もっとも、現状の涼宮ハルヒのシリーズでそれが為せるかと言うと……。
 そしてそれが、原作の物語が進まない……。完結しない理由では……。

 追記2。
 実は、現在、『問題児たちが〜』の三次小説を書いて居ます。
 但し、三次小説で有るが故に、二次小説を書いて居る作者さんの派生作品なのです。
 それで、現在、その作者さんに相談をして、その三次小説をコチラ、アットノベルスさんの方にも公開させて貰えるようにお願いしている最中です。

 何故、そんな事を言うのかと言うと……。
 私の書く物語は、根っこの部分ですべて繋がっている可能性が高いから、なのですが……。

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