小説『弱音ハクの職業シリーズ』
作者:夜未()

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【作家編】




 弱音ハクは小説家である。
「ヤバイよヤバイよ。〆切明日なのに、ぜんぜん時間足りない!」
 ハクの涙目には隈があり、寝不足がうかがえる。
「早く早く、プロットはあるしだいたい構想は練れてる。あとは重増ししてあーもー、時間が足りないよー!」
 既にできているのは全体の三分の二程度。サボっていたわけではなく、単純にペースが遅いのだ。徹夜続きの体に鞭打って、ハクはキーボードを叩く。
 カタカタと打っている音が続く。
 ウトウトとハクの首が揺れる。
「いけないいけない!新人のほうが売れてるって愚痴られた上に〆切伝え間違ってて期間延ばしてもらってるのにこれで遅れたらもう……」
 ハクはリアリティー溢れる未来を打ち消した。
 …………
 しばらくして
 
  プルルルル!

「!」
 とうとう、担当からの電話が掛かってきたようだ。
「一回目は警告、一回目は警告」
 ハクはそう呟きながらタイピイング速度を上げた。
 
  プッ

 電話は切れた。
 更にタイピイング速度を上げようとしたところで恐れていた事態が起きた。
「っ! ………」
 
 指を、つった……。
 
 でも、もし今止めたら……。
 アルバイトのその日暮らしの生活がハクの脳裏によぎる。 
 リアリティー溢れる未来再び。
「まだ、大丈夫!」
 ハクはペースを早めた。
 もう指は限界がきているので打ち間違いも多い。
「うぅ、くそぉ!」
 ハクは叫んだ。その間もやり続ける。
 
  うっせぇぞ!
 
 お隣の部屋から怒鳴り返される。
「すみませんごめんなさいもうしません!」
 もの凄い謝る。既に彼女からプライドなど消え去っていた。

  プルルルル!

 来た!
 経験上、二回目は取らないとまずい。
「はい、もしもし?」
 電話で会話中も片手で打つのを止めない。
 案の定催促の電話である。
 適当にお茶を濁しつつ、打つ。
「はい、もう出来てますよ? あれ? 届いてませんか?おかしいな……」
 届いてるはずありませーん。今仕上げてますから。
 そして、会話を引き延ばし、
 
 できた! 後は仕上げだけ!

「あ、すみません。原因わかりました。大丈夫です。はい」
 ハクは光速で読み直し、誤字などを直した。

 よし!
 
 ハクは出来た作品を送ろうとパソコンを

  シュー…

「あれ? え?」
 パソコンから煙が出ている。
「ま、まさか! 熱暴走!? なんでこんなときにピンポイントで!」
 よく考えてみるとハクはもう何ヵ月もパソコンの手入れをしていない。埃が溜まりに溜まり、必然とさえ言えた。

  ブツ

 画面がブラックアウトした。
「あ、あぁ……」
 ハクは涙を流した。
 そして
「あはははははははは……」
 笑っていた。笑うしかなかった。

  プルルルル!

 三度目の電話。
「はい。いえ、パソコンが、壊れました。もう、無理です」
 こうしてハクの作家人生は終わりを告げた。
 最後の編集者からの言葉は、「ふーんじゃあもういいや」だった。

  ピンポーン

「…………はい」
 ハクが扉を開けるとお隣さんがいた。
 どうやら昨日のあまりの必死な謝りっぷりに心配になり、差し入れを持ってきてくれたらしい。
 ハクは、その心遣いに感謝し、泣いた。
 部屋にあるはずのお隣さんは、泣いている間も、泣き終わった後も、怒鳴ることはなかった。
 そして、弱音ハクは
「さて、職業、探そ」
 今日も不況に悩まされながら生きるのだった。


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