【養護教諭】
弱音ハクは高校の養護教諭である。
怪我をした生徒や病気で倒れた生徒を休ましてあげたり、サボりに来た生徒を見てみぬふりしたりしている。
だが、あまり生徒は来ない。
何故なら、ハクは保健室を訪ねてくる誰よりも疲れて見えて、そして保健室に訪ねてくる誰よりも活気が無いから。
そう、ハクは生徒から気を使われていた。
「ふぁ、眠い。私、なにしてんだろ?」
ハクは一度は一流ボーカルを目指し、夢敗れて養護教諭となった。
大学でなんのためか知らないが医療系の資格をとっていたのだ。
「まぁ、いいんだけどさ」
はぁ、とハクが溜め息をついた時
ガラガラ
と、保健室のドアが珍しく開いた。
「すいません、絆創膏ありますか?」
一人の男子生徒が入ってきた。
「あ、はーい。ありますよ」
「ありがとうございます」
男子生徒はおそらく指でも切ったのだろう。絆創膏を手に貼り出した。
「「はぁ」」
男子生徒とハクの溜め息が重なる。
少しの沈黙のあと、
「あの、どうかしたんですか先生?」
男子生徒が口を開いた。
一回りほども年下の生徒にまで気を使われてハクはますます暗くなる。
「別に、いつものことだから。気にしないで。君こそどうかしたの?」
「え、あ、おれ、じゃなくて僕は、その、最近うまくいかなくて」
男子生徒は悩みを打ち明けた。
なんでも、最近部活でちょっとしたミスをして先輩たち最後の試合で負けてしまったらしい。
先輩らは気にするなと言ってくれたがやはり気にしてしまい、何をしても身が入らないのだと言う。
「そう」
ハクは一言そう言って、また沈黙の時が流れる。
「はは、慰めとかないんですね」
男子生徒が掠れた笑いで言った。
「だって、私の専門は体の傷で、心の傷は専門外だし……。私から言えるのは…」
「言えるのは?」
「飲んで忘れる。飲んで飲んで飲んで、吐き気がしたら吐く。そうしたら、そんな気分まで吐き出した気がするから。友達とかと一緒になら尚良い……と思う。私は基本一人だけど」
ハクは一応考えて、自分が沈んだ時にしてきたことを教えてあげた。
「……っぷ!あはははははははは!せ、先生、おれ、未成年ですよ?」
男子生徒はいきなり笑いだした。
「へ? あ。じゃ、じゃあ炭酸とか……」
「ははははははは!今時炭酸で酔う奴なんていませんよ!」
男子生徒はしばらく笑い続けて
「ありがとうございました。そうですね、今更何しても意味なんてないし、飲んで忘れることにします」
「あ、そ、そう。えと、炭酸、だよね?」
「あぁ、それと、先生、知ってました? 先生って、結構男子生徒の連中から人気ありますよ。何でも慰めてあげたい、とかそういうの。ははは、今、おれ、少しそいつらの言ってること、分かった気がします。だから、この職、辞めないで下さいね? じゃ! ありがとうございました」
男子生徒は走り去って行った。
もう、彼は吹っ切れたのだろう。
「人気、かぁ。意外だなぁ」
男子生徒の言ったことに少し驚く。
果たして自分はそんな価値があるのだろうか。
そんなことを思いながら、ハクは立ち上がって男子生徒の使った絆創膏の箱を回収する。
「もうちょい、がんばろっかな」
そしてハクは、なけなしのやる気を入れて、今日を過ごすのだった。