小説『とある賢妹愚兄の物語 第2章』
作者:夜草()

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閑話 大聖夜祭 聖夜戦争 前編



第7学区 とある学生寮附近



「インデックスさん。重くないですか?」


「ううん、全然。もっと体重乗せてきてもへーきだよ」


「それは良かったです」


『臥竜鳳雛』の騎手は詩歌で、騎馬は前方が当麻、後方がインデックスと美琴。

<幻想殺し>は神様の奇跡にさえも立ち向かえる頼もしい右手ではあるが、触れたらほぼ無差別に異能を打ち消したり、封じたり、さらには右がインデックスと言う事もあり、詩歌の右足は右手に触れないようほぼ浮いている。

これはインデックスの体力を心配しているだけにではなく、いざという時に当麻と詩歌が動ける為でもある。

だが、それでも詩歌の体重が空気のように0になっている訳ではなく、その分の負荷は当麻の両肩に掛かっている。

ので、


「当麻さん。軽いですか?」


「あれ? 普通ここは重くないですかじゃねええぇぇぇっ!?」


インデックスとの差別を指摘しようとする前に、スチール缶をリンゴの芯のように握り潰す万力ハンドが当麻の両肩をガッチリと喰い込む。

棒立ちになって強張った笑みを浮かべる当麻に、詩歌は顔を近づけてもう一度一文字一文字丁寧に呟く。


「か・る・い・で・す・か?」


プライド? 何それ? と言わんばかりに当麻は首をカクカクと縦方向に往復させながら、


「軽いです! そりゃあもう羽のように! もっと体重を乗せても全然平気ですマイシスター!!」


「そうですか。ではお言葉に甘えまして……」


うんしょ、と遠慮なく前傾し体重を乗せてくる詩歌に、当麻は当然文句を言わない。

実際に詩歌が軽いからでもあったが、呻き声一つ漏らさないのは、愚兄の意地か、それとも、この背後の圧迫感(ビハインド・プレッシャー)のせいなのか。


そう、このユサユサと揺れる背後の圧迫感。


見なくても、頭の上で物理的に柔らかく、かつ非常に蠱惑的で圧倒的存在感を放つソレに自然と引き付けられる。

幼魚から大きく成長し、どんなに遠く離れても、やがては産まれた川に戻ってくるシャケの帰巣本能に準ずるものと思っても良い。

そして、無防備に当てられるソレの感触は意識しまいと思ってもなお触覚が毛髪の先端にまで冴え渡り……


「ん……、あまり頭を動かさないでください。髪の毛が当たってちょっぴりくすぐったいです」


「ああ、悪ぃ…………え?」


恐妹に背後を取られた重圧に不幸センサーが反応したのではなく、ツンツンセンサーが何か現実(リアル)を察知した……?

しかし、何が? と言葉を続ける事は出来なかった。

何故なら……


「ぐおおおぉぉっ!? 痛いっ!! マジで痛い!!?」


振り向く前に、両サイドの少女達に、その指1本1本を交互に挟むように組まれた両手を切断するかのように力の限り握り込まれた。

そして、あまりの激痛に思わず背筋を伸ばし―――むにゅむにゅ、とツンツン頭が何かに包み込まれた。

瞬間、上条当麻は答えを得た。

そう、この感覚は……


「とうまって、どーしてそういつもいつも!」

「母性の塊に飢えてるのかしらーん!」


そして、何があろうといきなり体を起こすべきではなかった、と。

見かけは、女の子と手を繋ぎ、所謂、両手に花……

けれど、実はその花、拷問圧搾機のような食人花。

ぎちぎち、むにゅむにゅ、と。

試合開始早々、愚兄は天国と地獄の板挟みの中で、阿鼻叫喚の絶叫を上げ続けた。



閑話休題



ようやく落ち着いた後、移動しながら情報を整理する。

『聖夜戦争』。

4つの学区を使った広大で、罠が仕掛けられたフィールドで『プレゼント』を巡って争われる騎馬戦。

殺しはご法度とされているが、基本ルールはそれだけなので手加減なんて考えない輩も出てくるかもしれない。

その場合を考慮して選手に支給されるコスチュームは<未元物質>により製造されたものでマグナム弾を撃たれてもその肌に届かせる事無く、ごく僅かな衝撃しか与えない。

しかし、『サンタ』の装甲服に限り、地面落下衝突時、30秒間は行動不能となり、また、『トナカイ』との接触を怠ると10秒ごとに自動的に締め付けられていく。

だが、『サンタ』は常時両手が空いており、武器を振るう事ができる。

従って、チームの攻撃の要となるのは『サンタ』であり、『トナカイ』がそれを補佐するのが基本になるだろう。

そして、参加しているのは自分達も除いて全6組。

内把握しているのは、『英国華撃団』、『アイテム』、『クリスマス撲滅委員会』、『学園選抜』、『子連れ悪党』の5組。


「確か、『十字教連合』って優勝候補だったんだろ? それが予選敗退だっつうのは……」


「ええ。おそらく『十字教連合』を破った男女2人組――………。まあ、とりあえず、まずはあのニート――じゃなくて、先輩が裏で招集したと思われる『学園選抜』を―――」


―――と、その時。

美琴は、遠方から“何か”に見られたのを感じた。

何なのか? 誰なのか? どこからなのか? は判らないが、おぼろげだがこの感覚には身に覚えがあり、

照準を付けられた―――、とだけは判った。

そして、



ゴッ―――!!



「ッ………!」


美琴は無意識的に全身を強張らせた直後、美琴とは反対、右斜め前から、建物をぶち破って仄白い一条の輝きが迸った。

同系統の能力者同士が感じる特有の感覚。

そして、レーザーなどという言葉で一括りにはできない、恐るべき破壊力を秘めたその輝線は、


「当麻さん―――」

「―――わかってる」


『トナカイ』センターの上条当麻の掲げた右手に受け止められ―――霧散した。





第5学区



『プレゼント』に取り付けられたセンサーの効果範囲は半径500m。

しかし、滝壺理后の<能力追跡(AIMストーカー)>は例え地球の裏側に逃げても位置情報を検索できる。

その為には一度記憶しなければならないが、幸いにして、<超電磁砲>のAIM拡散力場は過去に滝壺の中に登録済みだ。

そうして、<能力追跡>で細かい照準を合わせて、間にどんな遮蔽物があろうと粉砕する<原子崩し(メルトダウナー)>を遠距離から放ったのだが……


「検索対象<超電磁砲>、移動を開始」


「チッ、防がれたか」


チーム名『アイテム』。

『サンタ』――麦野沈利、『トナカイ』――センター・浜面仕上、レフト・絹旗最愛、ライト・滝壺理后。

Level5序列4位の麦野沈利を主体としたかつてこの街の暗部の1グループ。

不意打ちを失敗したものの、舌打ちしただけで、即座に次弾を、


「なあ……」


と、ここでこの中で黒一点の浜面からストップがかかる。


「どうしたの、はまづら?」


周囲を絹旗の<窒素装甲(オフェンスアーマー)>で防御を固め、滝壺によるロックオンからの麦野の狙撃。

はっきり言って、軍1つを簡単に無傷で全滅できる程の戦力だ。

で、自分は、天然ダウナーな彼女と、ちびっ子小学生が騎馬の後方である事もあって、この悪魔のような女帝の指示によりこの地下街から見晴らしの良いビルの屋上まで全速力で、その足としての役目を果たした。

まあ、自分がこの扱いなのは出会った当初からずっとなので今更何も言うつもりはないが、しかし、


「いずれはぶつかんだろうけど、初っ端から大将達を狙うのは不味かったんじゃねーか?」


「うわ、浜面、超ビビってます。超カッコ悪いです」


「大丈夫はまづら、そんな情けない浜面でも一応守ってあげる」


「いやいやいや、いくら有利なポジションとってても大将には、麦野と同格の超電磁砲と『生徒代表』で<狂乱の魔女>が―――「ねぇ、浜面」」


と、その時、浜面の背筋に悪寒が走る。

そして、その悪寒が形を持ったかのように、浜面の頭にそっと<原子崩し>の手が添えられる。


「な、何だ、麦野」


「浜面は、クリスマスにどんなプレゼントをもらいたい? サンタさんからのおすすめは天にも昇る―――オ・シ・オ・キ、なんだけど」


「お、おいおい、落ち着けよ、たかがゲームだろ?」


「うん、私もねぇ、こんなイベントなんてどうでも良いし、優勝賞品とやらにも興味は無い」


けど、


「今年の貸し借りを来年に持ち越す事はしたくないの。だからここで―――」


と、そこで不自然なくらいに優しい口調から、素の攻撃的な荒々しい口調へ一変し、



「―――あの時のシャケ弁の借りを利息込みの兆倍にして返ししてやるんだよォ!!! わかったか!!! はーまづらァァああああああッ!!!」



麦野が『大聖夜祭』に出た主な目的は、年下の癖に序列が上である御坂美琴と、ファミレスでシャケ弁を食い逃げした上条詩歌を徹底的に地べたに這い蹲せる事。

そう、つまりは、


「超私怨です、麦野」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「くっ! これ明らかにヤる気満々じゃねーか……!」


当麻は遠距離からの回避不可能な狙撃に愚痴る。

だが文句を言ったところで狙撃を止めてくれるはずもなく、<幻想殺し>と<超電磁砲>で防いでいるものの既に3発の電子線を撃たれている。


「詩歌さん、これって第4位の……」


「はい、どうやら私達は『アイテム』に目を付けられているようです」


『アイテム』というチーム名を聞いた時から彼女が参加している事は判っていたが、まさかここまでガチで来るとは……

麦野沈利は気性が荒く、非常に攻撃的で嗜虐的であるので、ぶつかるんだとしたら、リスクに目を瞑ってでも、有利不利関係無しに直に相手の顔が見れる白兵戦で来る可能性が高い、と思っていた。

だが、そうなると向こうはこちらを油断や慢心なく、本気で潰そうとしている事になる。


「ちっ! ばかすか撃ちまくりやがるから中々近づけねぇ」


当麻が4発目の電子線を打ち消す。

高速で飛来しコンクリートを粉々にする攻撃を、当然の如く反射的に防ぐ当麻の右手は驚嘆するものだが、このままではどうにも埒が明かない。

当麻が盾となっているが、それでも右手の届かない左側が穴になるので美琴が防御に気を割かなくてはならず、応戦が困難。

かと言ってこれ以上接近は危険。

彼女達のいる屋上の建物内に隠れたとしても、<能力追跡>に補佐された<原子崩し>からは逃げられないし、生半可な攻撃では<窒素装甲>に守られている彼女達を止める事は出来ない。

どうにか超電磁砲を放ったとしても、根本的に同種の<原子崩し>に干渉し、逸らされてしまうのがオチだろう。


「仕方ないです。今は何とか防戦一方で済んでいますが、これ以上、他のチームまで加わったら大変です。向こうがその気ならこちらもその気で行きましょう」


そういって、詩歌が取り出したのは、<原初の石>。

詩歌は凛とした声で、


「当麻さん、インデックスさん、美琴さん、一気に500m圏内まで近づき………」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



このLevel5の頭脳を以て答えを出す。

状況的に見て、彼女達がこちらに反撃するのは不可能。

したとしてもこの距離なら冷静に対処できる。

そして、今は持ち堪えてじりじりと接近しているようだが、500m圏内に入るか入らないかの位置で停滞し、いずれ限界が来る。



けれど、これで終わるはずがない。



例え、勝ち目がなくても、小狡く、小賢しく、諦めが悪く、最後の瞬間まで全力を尽くす。

その徹底とした卑怯さに以前の自分はやられたのだ。


『いずれはぶつかんだろうけど、初っ端から大将達を狙うのは不味かったんじゃねーか?』


この浜面の言う通り、この『聖夜戦争』で最も脅威な彼女達を後回しにするのが利口なやり方だろう。

しかし、そもそも、滝壺の<能力追跡>による代償や自身の<原子崩し>の危険性もあって自分達に6組全てを相手にする長期戦はできない。

だから、この一戦に、まだ彼女達が万全な状態であるこの時に、ハメてハメてハメまくって、油断や慢心など付け入る隙を与えず、全力を尽くして卑怯なまでの力押しで制す。

そう、仲間達(アイテム)の力まで使った正真正銘の本気で……



(こっちは全力を出してやってんだ!! テメェらも本気で来なかったら許さねぇぞ!!)





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



レーダーに反応。

『アイテム』の位置を特定。

よし、これから―――と、その時だった。


「え、何であれが……?」


開けた道路。

その先の、地下街の入り口付近にこれ見よがしに置かれたオレンジ色の半透明の球。

近づいて確かめるとそれは『聖夜戦争』の勝利条件に重要な、普通なら誰も手放さない―――『プレゼント』。


(まさか―――)


『プレゼント』収集はあくまで“勝利”条件。

つまり、『プレゼント』を奪われたとしても“敗北”条件にはならない。

『聖夜戦争』は制限時間終了まで『サンタ』の自主的なリタイア宣言を除いて、試合に参加し続ける事ができる。

そして、麦野沈利の<原子崩し>の軌道は直線だけではない。

その気になればある程度だが無理矢理途中で曲げる偏光も可能。

建物を破壊して襲い掛かるそれの軌道を、その建物にほとんど隠れてしまっているせいで“直に”確認したという訳ではない。

だから、『『プレゼント』の位置』、『電子線が直線である』と思い込んで進んだ先は、つまり、


(―――ここに誘い込む為の囮ッ!!?)


ドガンッ!!


瞬間、仕掛けられた罠が作動し、背後が爆発。

咄嗟に振り返るが、前方を警戒し、騎馬を組んでいる状態では間に合わず―――


「きゃっ!!」





第7学区 学園の園



『あの男……、本当に姫を置いて行ってしまわれましたが、ここから移動しなくてもよろしいのですか?』


『えぇ♪ わざわざ物騒な所に飛び込む必要なんてないわ。皆で潰し合った後で、残った『サンタ』さんを私の天才力で『プレゼント』を献上させて降参させちゃえば大勝利間違い無し。最後においしい所を掻っ攫ってケリをつけるつもりよ☆』


『……ホント、<大覇星祭>の時もそうだったが、君は昔から変わっていないね。詩歌が苦労しているのがよく分かるよ』


『うふっ、正々堂々なんて、真正面からぶつかれば負けるのは断言できるけどねぇ。なにせ、詩歌先輩は私よりも卑怯なんですもの』





第5学区



後方の、体重の軽いインデックスと美琴はその爆風の勢いをもろに受け、吹っ飛ばされた。

そして、騎手の詩歌も宙を舞い、そのまま地面に、



「―――っと、危なかったです。助かりました、当麻さん」



墜ちなかった。

一番最初に罠だと気付いた当麻が、一瞬で詩歌を一気に高く押し上げたのだ。

そして、詩歌が地面に墜ちる前に体勢を立て直し、肩車で受け止めた。

無意識に、思考の段階を飛ばした本能的な反射的対応。

それがまた警報を鳴らした。


「来るぞ―――」

「―――はい」


邪魔にならないよう当麻を踏み台にして後方宙返り。

詩歌は、再び、今度は自ら身を投げ出した。

それと間髪入れず同時に、


―――ゴッ!!


“直線”の、直径1mにも及ぶ純白の電子線が襲い掛かってきた。

だが、


「―――ッ!!」


それを遮るように迷わず当麻は右手を突き出した。

今までのとは比べ物にならない圧力。

それに<幻想殺し>の処理能力が追い付かず、地面に付けた足がジリジリと後ろへ下がり、ともすればその重圧に右手が弾き飛ばされそうになる。


「お……らあああっ!!」


叫び、当麻は身体を後方へ回転させながら、右手で<原子崩し>を弾いた。

処理し切れない異能を掴んでズラして受け流す。


 

 


そして、愚兄が守り切った背後――御坂美琴とインデックスが組んだ騎馬の上で上条詩歌の声が響く。



「――砲門構造形成終了

 ――金剛杵弾装填終了

 ――Indra_Railgun」



刹那、空気が裂けるような甲高い音、雷鳴のような爆音と共に何もない空間から閃光のように輝く巨大な梵語の刻まれた銀色の銃口が出現した。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



最適なタイミングで放ったはずの本気の<原子崩し>が防がれた。

だが、そんなショックに浸っている余裕は無い。


「むぎの、あれは不味い」

「ここから超早く、超離れるべきです、麦野」


遠くからでも、分かってしまう。

彼女達の背後に現れたモノの脅威は肌で感じ、

直感が危険だと判断する。

本能が絶対に防ぎきれないと断定する。

科学の技術と魔術の神秘が融合した奇跡の幻想。

たかが1つ世界の頂点であるLevel5程度の格で敵うはずがない。

滝壺と絹旗の進言通り、即座に次弾で追い討ちを掛けるのではなく、すぐさまここから逃げるべきだ。



「―――借りを返すんだろっ! だったら、ここでビビってんじゃねぇ!」



しかし、麦野の『足』は、前へ進んだ。



「俺達<アイテム>が後ろについてる! 立ち向かえ! 逃げるんじゃねえええぇぇっ!!」



この中で一番弱いくせに、一番臆していたくせに、一番無能なくせに。

この中で唯一自分に勝った男――浜面仕上は自分よりも最前線で叫ぶ。



「ああ! 小娘共! 全員まとめてぶっ飛ばしてやる!!」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



勝負は一瞬で決まった。

先程のものよりも巨大な粒機波形高速砲。

いつもの不健康に滲む真っ白さとは違い、その内から純白の輝きを溢れだす強力な光。

全てを溶解させ吹き飛ばすLevel5序列第5位<原子崩し>――麦野沈利の、いや、<アイテム>の正真正銘の本気の全力の一撃。

しかし、それと同時に巨大な銀銃から金色の極光が放たれた。

<禁書目録>が知を、

<幻想投影>が形を、

<超電磁砲>が力を。

上条詩歌、インデックス、御坂美琴の三位一体の三重奏――<勝利の運命を宿す雷霆(インドラ・レールガン)>。

帝釈天――インドラの“必勝”の恩恵をもたらす槍を金の魔弾に変換させて、真言を付与した銀色の『FIVE_Over』の改良型――『Over_Master_Series』に込められたそれは、『撃てば必ず勝利する弾丸』。

まさに、史上最強の切り札(エース)すらも殺す切り札(ジョーカー)。

そうして、金の極光は、純白の光線を呑み込み、そのまま天上の世界を穿いた。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「―――ったく、卑怯だろ。あんなモンをぶっ放しやがって……」


不思議と悔恨は無かった。

力を使い果たし、まるで全身の芯が抜けたように地面に崩れ落ちた。

されど、口元は苦笑を上らせる。

結局、100%以上で放った<原子崩し>は届く事無く消滅し、だが、<勝利の運命を宿す雷霆>は『アイテム』の頭上を掠めるように天へ昇っていき、その衝撃波だけで『アイテム』を薙ぎ払った。

もしかすると宙に浮かぶ人工衛星を貫いたかもしれない、と見た者にそう思わせてしまうような一撃。

つくづく途方もない奴らだ、と、女帝はまるで他人事のように呆れつつも感心していた。


「あそこまで言っておいて1番に超やられるとは超不甲斐ないですね、浜面」


「はまづら、大丈夫?」


そして、自身を戦いへ駆り立てた『足』はすっかりのびてしまっている。

つまり、残念だが、……“<アイテム>の負け”だ。

けれども、麦野は眦を細めながら、満ち足りた声で呟く。

誰にも聞こえないほど小さく。



―――よくやった、浜面。



女帝は、絶体絶命の危機でも勝負どころで逃げ足を踏まなかった仲間に、偽らざる称賛の念を送った。



『アイテム』、リタイア。





第18学区



さて、この『聖夜戦争』。

3人の『トナカイ』で騎馬を組むのが基本だが、それは別に絶対のルールという訳ではない。

『トナカイ』との接触を怠ると、『サンタ』の高速システムが作動するので最低でも1人は必要だが、2人で組んでも良いし、できる事なら1人で『トナカイ』をやっても問題ない。

ただし、その場合だと『サンタ』の防衛網が薄くなり、相手チームを倒しても『プレゼント』を持ち運びできる『袋』を持てる権利は『サンタ』だけなので『トナカイ』だけで回収はできないが。

そして、騎馬から余った『トナカイ』を狩人(ハンター)にして戦略を広げるのも可能である。

チェスや将棋と同じで、限られた駒(トナカイ)を守りに固めるのに使うか、攻めに使うかはプレイヤー次第である。


「………ようやく、第18学区までやってきました!!」


この街の中学生に相当するほど年若く、長い黒髪を先端の方だけ三つ編みにして束ねているサンタ服を着た少女――レッサー。

彼女はこのイギリス国内から『とある基準』から選抜された『英国華撃団』の1人で、その服通りに『サンタ』。

意気揚々、改良に改良を加えた霊装<鋼の手袋>――『レッサースペシャルカスタムセカンド』とスカートの下から伸びる尻尾をブンブン振り回して、キラン、と目を輝かす。

見た目は小悪魔系の美少女が単に華麗なバトンワリングを披露しているように見えるが、レッサーは所属している組織<新たなる光>では、そのバトン代わりにしている<鋼の手袋>単体の扱いが最も巧みで、その実力は最強。

ただし、お調子者でトラブルメーカーなので取扱いに気をつけて、という注意書きが付くが。


「でも、これもうちょいこれ何とかなりませんでした? おかげでパンツがぐしょぐしょです。勝負時に、くしゃみして手元が狂ったらどうするんですか!」


と、後方の騎馬隊、人ではなく氷の像――<氷像(アイス・ゴーレム)>について、不服を申すと、前方の騎馬となっている術者の『トナカイ』――王女の護衛を任されている優秀な英国『騎士派』の一員、ナタリア=オルムウェルがやれやれとした調子でお小言を、


「<氷像>はその名の通り、氷でできていますから触れれば濡れるのは当然です、と忠告したはずですが聞いていなかったようですね。それにそもそも二面作戦で行くと言って聞かなかったのはレッサー、あなたです」


「だって、その方が効率良いじゃないですか。私達はお国の期待を背負っているんですよ。何としてでもこの『大聖夜祭』で優勝しないと」


「だったら、もう少し厚着をしてきたらどうだったんです? そんなミニスカートではなくもう少し丈の長いものを……」


「これはアレですよ。いざという時の保険、ハニートラップです! 彼をこの私の魅力にメロメロにしてイギリスの先兵に仕立て上げるんです! そして、兄が釣れれば妹さんの方も釣れます。これはこの世の定理! この高度な作戦が上手くいけば、負けても我々は任務を果たせます」


『英国華撃団』の『大聖夜祭』の参加理由は、『とある兄妹』の勧誘。

基本、イギリスの国益のためなら何でもやるレッサーはその為なら体を貼るのであっても厭わない。

それは、イギリスに、第3王女に忠誠を誓っているナタリアも同じ……だが、


「あなたの体型ではうまくいくとは思えませんね」


「何を! この私のせくしぃさが分からないんですか! というか、ナタリアもそうですが、あなた達は全然やる気が見られません! もっと過激なコスチュームにしないと―――って、ああ、あなたはそうでしたね」


不意に、そういって何故か分かってますよ、と言わんばかりに相槌を打つので、不審に思ったナタリアが首だけそちらを向けると、レッサーが得意げな表情を浮かべながら、<氷像>の頭部を得物で小突き、


「団長様以外の男に色目は使いたくないって。いやーすみませんね。気が利かなくて」


「ち、違います! 私が<騎士団長>様に抱いているのは師としての敬意であり、あ、憧れであって、それに上官に決してそのような不埒な思いを抱くのは騎士としてあってはならない事であって……」


徐々に声量が小さく萎んでいくナタリアに今度はレッサーがやれやれ頭を振った――その時、『プレゼント』センサーに反応、


「さぁーって、お仕事ですよナタリア! 『十字教連合』を破った『シンデレラ』さん達の『プレゼント』をいただいちゃいましょうか!」





第7学区



(はァ…、何で俺がこんな真似を)


色は白いが、青色吐息。

明日のパーティとやらのしつこい勧誘も断ったのに、何故、こんな浮かれたイベントに参加しているのだろうか。

それは………


「ゆくぞーものども!! サンタミサカの行進だー!! って、ミサカはミサカはカミミンステッキでビシバシトナカイ達に気合を入れてみたり」


「マジで頭叩くンじゃねェ! 落すぞ、コラ! っつか、ソイツは持ってくンじゃねェっつたろうが!」


「優勝の為優勝の為優勝の為、とミサカは苦渋を噛み締めながら上司のパワハラに耐え忍びます」


「気味が悪ィから耳元でブツブツ愚痴ンじゃねェ! 黙って従ってろ!」


「別にーミサカはコマンド弾けるから反抗できるけど、イロイロと面白そうだから一枚噛んであげるよ。あ、何ならお馬さんになってあげようか? 詩歌お姉様達の前で」


「そんな真似しやがったら、テメェを場外へ蹴り飛ばす」


小(打ち止め)、中(御坂妹)、高(番外個体)、と並ぶと同じ顔の成長過程が一目瞭然の<妹達>、と一方通行がメンバーの『子連れ悪党』。

今のやり取りからも分かるように彼女達の面倒は非常に面倒。

かと言って、この面子を放置する事は、保護者を任されている義務的にも、心情的にも却下である。

という訳で、一方通行はこの『大聖夜祭』に参加しているのである。

ある条件付けで、


「オイ、助っ人条件は忘れてねェだろうな」


「うん! 優勝したらアナタも明日のクリスマスパーティに参加するんだよね、ってミサカはミサカは要求をちょっぴり改竄してみたり」


「違ェよ! この平和ボケしたイベントに出てやる代わりに明日の参加は辞退するっつったンだよ」


「ええぇー」


「別にテメェらまで参加すンなとは言ってねェだろ」


「全く、こう詩歌お姉様のお誘いを無碍にしてまで1人でクリスマスを過ごそうとは普通は考えられませんね」


「どーせ単なる自意識過剰でしょー、向こうはそんな事ちっとも気にしてないのにねぇ、2つの意味で」


「うるせェぞ。これ以上ふざけた事抜かすンなら俺はゲームを止める」


と、それっきり、如何にもこれ以上付き合うのは面倒だという風に表情を歪めながら一方通行は口を閉じる。

本当に口の減らない奴らだ。

必要以上に彼女とは馴れ馴れしくしたくない……そう何度も言ってやったのに。


(俺はアイツの事が―――)


一方通行の腹の底に押し込んでも抑え切れない苛立ちが舌打ちとなって現れた―――その時、





「―――話は聞かせてもらった」





打ち止めのでも、御坂妹のでも、番外個体のでもない。

<妹達>のものではない男の声が、不意に飛んできた。

『子連れ悪党』の騎馬の前方に、『聖夜戦争』参加の証である『トナカイ』のコスチュームに身を包んだ少年が立っていた。

最大の<原石>、削板軍覇。

学園都市序列第7位のLevel5にして、愛と根性の漢だ。

彼は仁王立ちしながら、『子連れ悪党』を、より正確には一方通行へ視線を向ける。


「第1位。貴様の話は色々と聞いていたから、期待していたのだが、どうやら俺の期待はことごとく裏切られたようだ。ああ、まさか、こんなにすげぇ根性無しだとは思いもしなかった」


分からない。

彼女達から煽りを受けても堪え切れた。

今までの、幼少の頃から怪物だの化物だの幾重にも罵詈雑言を浴びてきた半生を送ってきた……

なのに、この程度の戯言で、ただその視線を受けただけで、激しい敵意を覚え、そして……


「……テメェこそズイブン偉そうだなァ、一体何様だァ、オイ」


「学園都市のLevel5の1人、7人の内の7人、<第七位(ナンバーセブン)>……といつもならそう言う所だが、今は敢えてこう言おう――上条詩歌に死ぬほど惚れている男、削板軍覇だっ!!!」


刹那、目の前の男の姿がかき消え、その前に一方通行は思考のステップを踏まずに黒のチョーカー――並列演算デバイスのスイッチを押す―――が、


―――ドゴッ!!!


横殴りに吹っ飛ばされる。

一方通行だけを狙ったその拳は一方通行の顔面を、咄嗟に上げた腕のガードごと弾き飛ばし、狙い通り、ダルマ落としのように<妹達>の騎馬から離された。


「きゃ、だ、大丈夫!? ってミサカは………」


一方通行を失い、バランスの崩れた騎馬を立て直す『子連れ悪党』から心配の声が上がるが、むくりと立ち上がり、


「そォかよ……」


噴き出す……

一方通行の中で寝かせたはずの感情が……


「俺、今すげェ苛立ってンだ。……これ全部テメェにぶつけてもかまわねェよなァ」


学園都市序列第1位のLevel5、最強の能力者からの重圧を受けても、削板軍覇は表情を変えずに、平然と―――


「ああ、遠慮なく来い。こっちも障害者であろうが容赦はせん。貴様を本気で潰してやる!!」


「上等だ。後で後悔すンじゃねェぞっ!!」





???



我らは憎悪する。

我らは怨嗟する。

光り輝く誰しもが祝う聖夜を我らは呪う。



静かだった。

男はピンと背筋を伸ばし、真っ直ぐ前を向き、彫像にでもなってしまったかのように、身じろぎ1つしない。


「哀しみ……そう、哀しみが僕を変えてしもうたんや」


彼は言った。

口だけ動かして語る様は、機械の人形のように不気味だが、半開きの目は、虚ろなようでありながら、そこには強い光が宿されていた。

赤ではなく青き衣に身を包んだ長身の人物が従える軍兵の如く整列された騎馬。

そして、その周囲には円のように囲い込む人ではない―――の姿が。

この人の身より解脱した『ブルーサンタ』から発散される種を超えた全てを包み込む『哀』の波動に、それらは平伏する。


「さて、そろそろ行こか、“あの男の元に”」


その言葉は、不思議と陽気に、この深い哀しみを知る男に忠誠を誓った『トナカイ』達の心の中でしばしの間残響する。


「大丈夫や、新たな『同士』を得た。そう、我らは最強。あとは覚悟のみ……。皆、もうええな?」


「はっ、『ブルーサンタ』様」


一斉に頷く。

これから始まるのは修羅の道。

本戦までに散っていった者達の無念を糧に、たとえ誰に疎まれようと彼らは進む。

『クリスマス撲滅委員会』、進軍開始。



つづく



あとがき



どうも夜草です。

200ページが上限だったそうなので、新しく始めました。

目次でも書きましたが、『とある賢妹愚兄の物語』の続きですので、ややこしいかもしれませんが、また一から心機一転頑張りますのでこれからもよろしくお願いしますm(_ _)m

感想・意見・質問お待ちしております。

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