小説『とある賢妹愚兄の物語 第2章』
作者:夜草()

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閑話 大聖夜祭 聖夜戦争 中編



学舎の園



「………早速、1つですか。流石、やりますね」


「これは、女教皇。我々も急いで差を埋めなくてはなりません」


「ええ、最大主教の思惑云々はとにかく、参加すると決めた以上は、優勝を目指さなくてはなりません」


2つの人影が、街中を駆け抜ける。

イギリス清教、<必要悪の教会>の神裂火織と天草式十字凄教の五和だ。

彼女達は『何としてでもあの兄妹をイギリス清教に迎え入れるのよ』とあの女狐上司からのお達しもあり、『英国華撃団』の一員として、『大聖夜祭』に参加している。

正直な所、神裂は未だ返せていない借金(恩)が山積みされている『あの兄妹』を強引に住み慣れた住居から離すのは如何なものかと思うが、彼らと共に過ごせると聞いて、心の琴線がいささかも震えなかったと言えば、嘘になる。

それに、蝙蝠同僚からも『借りを返すなら、側にいた方がやりやすいんじゃないかにゃー? ついでにカミやんの好みのタイプって、寮の管理人のお姉さんだから、ねーちんが………』と、


(別に土御門の口車に乗せられた訳じゃありません! これは最大主教から命が下されて仕方なく! 女子寮の皆さんからも応援されているので、裏切る訳にはいかないというか……い、一応、アレは用意してありますけど、借りを返す為であって………)


と、流石に愚兄の方は女子寮に入れるのは不味いのではないのかと指摘したいのだが、とりあえず、いつもの落ち着いた思考ができなくなるほど色々と葛藤している神裂火織18歳とは別に、五和の方は、静かに燃えていた。

『五和。これはチャンスなのよ』、と開始前、応援に駆けつけてくれた天草式十字凄教の面々、教皇代理、建宮斎字はそういった。

今の五和の、おしぼりを渡すだけで満足できないくらいに大きくなりすぎた想いは、この人のためなら死んでもいい、下手をすれば信仰心にも勝るかもしれないレベルに軽く達していた。

事実、<神の右席>だろうが何だろうが、躊躇いなく命懸けで仕留めにいった事もある。

しかし、ちょっぴり? 病んでそうな五和でも、常識や良心、思いやりというブレーキはある。

基本、五和は控えめで謙虚で奥ゆかしい(真面目なほどキレると怖いという説もあるが)。

恋敵(ライバル)の多さや遙かに高い壁に鬱になる事はしょっちゅうだが、職務をほっぽり出して、学園都市まで行こうとはしない。

しかし、『諦めたらそこで恋愛終了よ』と対馬先生が残した格言もあるし、まだ誰とも結ばれていないなら、少しずつイベントをこなし距離を詰めていって、この槍でハートをブッ刺――射止める。


(こんなチャンス、絶対に見逃すわけにはいきません!!)


そんな訳で、この“上から言われて仕方なく”という隠れ蓑が得られる絶好の機会、そして、お近づきを求める姫血盟団から散々煽られた五和は入れ込み過ぎるほど気合が入っていた。


 

 


「反応はここからですか…」


第7学区にある小さな街。

ここは隣接する5つのお嬢様学校が共有し合っている敷地であり、学生寮、商店街、研究施設など全てを独自生産できる自己完結した都市の一画。

それらが、霧に閉ざされていた。

洋風の街並みが糊塗されたように白い。

手ではらっても、霧はけしてかすれる事なく、細かい水の分子としてまとわりつく。

そんな五里霧中のような中を、猛烈な勢いで2人は走っていく。

信じられない事に、足取りには何の乱れもなく、地面を蹴り、半ば飛ぶような速度で道路を抜けていく。

今は霧の街に拠点を構える彼女達にとって、この光景はむしろ馴染み深いかもしれない。

だが、油断はしない。

ここはロンドンではなく、この物音1つ聞こえさせない静けさこそが、相手の本陣である事の何よりの証左なのだから。


「やはり、魔術の痕跡が見られないという事は、これは能力者の仕業なのでしょうか?」


槍を持つ少女が問うたその時、しゅるしゅると、霧が形を作る。

それらは大蛇のような形をとっていた。

半透明な、ガラスの大蛇。

それらが群れをなして襲い掛かる。


「どうやら、アレに手加減は必要ないようです。容赦なく砕かせてもらいましょう」


「はい!」


2mも超える長刀が唸り、納刀したまま鞘で、水蛇の急流を2分に割り、霧散。

海軍用船上槍が空を切り、その余波で、ガラスの残骸を吹き飛ばす。

水の怪物がまるで相手にならない。

魔術と武術の使い手が集う天草式十字凄教。

そして、神裂火織はその気になれば、自然の猛威であっても斬り伏せる。

例え『罠』を貼り巡らせ、待ち構えていようと―――


「っ!!」


頭がぐらつく。

其々得物を落とす事こそしなかったが、足が止まる。

だが、戸惑う間もなく、


「迂闊です。この霧は水だけでなく、無味無臭の度数70以上のアルコールも混じっています。一杯グラスで呑めば象でも昏倒でき、人によっては嗅いだだけで悪酔いする。甲賀の忍具の1つですよ、天草式」


流星群の如く、青い輝きが天上から飛来。

降り注ぐ氷の苦無はそのまま、


―――ゴッ!!


先程の液体ではなく、鉄のように固形化されるまで凍らせたはずなのに、同じように一度だけで振り払われた。

パラパラと氷の破片が、まるで雨のように降り注ぐ中、<七天七刀>を振り切った神裂の瞳に動揺は無い。

彼女は<聖人>。

酔わせていようと、彼女に勝てるのは<天使>か神様くらいのものだ。


「迂闊なのはそちらです。勝利宣言などせず、まだ声を潜めているべきでした、甲賀の忍」


常人を遥かに上回る聴覚が、霧隠れの襲撃者の位置を捕捉する。

卑怯なのかもしれないが、これは勝負。

試合開始から延々と溜め続けた絶える事のない苦無の豪雨を神裂はその超人的な力を振るいながら、間合いを詰めていき、その後ろから酩酊感に頭を押さえつつも五和は女教皇へ続く。

さらに、この最終防衛ラインを突破次第、反撃しようと投擲の準備を―――


「あれで少ししか足を止めないとは、流石優勝候補。だが、こちらは何も1人じゃない」


深い霧さえも見通す2つ蒼い光。

その色彩を視た瞬間、劇的な効果がもたらされた。


「くっ、これは!?」


神裂が呻く。

生身で大気圏を突破しても平気な強靭な肉体を持つはずなのに、身体は全く寒くないのに、凍る。

まるで精神のみに縛りを掛けられるこの感覚は一体? と考えた所で、ハッとして前を見る。

霧を抜けた先に浮かび上がったのは、驚くほど輝きを放つ蒼氷眼(ブルーアイズ)の双眸。


(まさか<魔眼>!?)


油断していなかった。

油断していなかったからこそ、まともに視てしまった。

魔眼。

その起源はあらゆる魔術の中で最古にあたるもので、才能を持たざる者達が、その力を得ようとして様々な術式が生み出された。

<聖人>のように強大なる力はなく、直で戦えば勝てるだろうが、それと同じくらいに希少で特異なる力だ。


(……侮っていたのは私の方でしたか……しかし、このまま終わる訳には―――)


後悔が思考に混じった―――その時、思考に反するように霧が晴れ、



ピッ―――



悲鳴一つ上げずに意識が断絶された。





第7学区



『大聖夜祭』本戦『聖夜戦争』。

7組のチームが競い合う争奪戦開始早々に『アイテム』から『プレゼント』を奪取し、当麻、詩歌、美琴、インデックスの『臥竜鳳雛』は他より1歩リード。


「『プレゼント』が2個。これで私達がトップか……」


「それで、あと2個集めれば、優勝なんだよね、しいか?」


「ええ。でも、私達が目指すのは完全勝利。『出でよ、シェ○ロン』ですよ」


「あれ!? これって、まさか7つ集めると何でも夢が叶う超伝説級のアイテムだったの!?」


「そして、当麻さんの右手から大きな龍が飛び出して」


「もしもーし! お兄ちゃんに喚び出し機能は付いておりません事よ!!」


「そして、大きな龍がカップル達の為にクリスマスの夜空を白い雪」


「お、何だかロマンチック」


「のようにギャルのパンティが彩って」


「の欠片もねぇな、それ! カップルの甘い雰囲気ぶち殺しだ!!」


「本当、当麻さんがあんな事をお願いするから」


「ええっ!? それ言ったの俺なの!?」


「アンタって、そういう趣味の……」


「とうま、明日から私が洗濯係になるから……」


「おい! 2人ともマジで引いてんじゃねぇよ! 冗談に決まってんだろ! 詩歌も早く責任とってフォローしてくれ!」


「ふふふ、今度、当麻さんの洗濯物の中にうっかり間違えたことにして詩歌さんの下着が紛れ込ませておきますから、それで我慢してください」


「どういうフォローだ!! っつか、我慢してくださいって、お兄ちゃんはどんな評価されてんのかよ!!」


……どこかで知り合い同士がぶつかっているような気がするが、激しい一戦が終わった直後で緊張が弛緩しているせいか、彼らはのほほんとお喋りしていた。

これは単に余裕だからか、ただの傲慢か、どう捉えるかは人によって異なるだろうが、とりあえず、平和である。


「ま、何にせよ。開始早々、私達は『プレゼント』を1つゲットしましたけど、これはこれで他のチームからも狙われやすくなってしまいました。ですので、早く―――」


束の間の。


「おー、カミやん! こんなとこにいたんか!」


その時、1つの騎馬が前へ立ち塞がった。

騎馬の上から声を掛けてきた長身の青年を見て、当麻の足が止まる。

この人懐っこい笑顔を向けているのは、当麻の同級生の青髪ピアス。

上条当麻、土御門元春と言ったクラスの三大問題児(デルタフォース)の1人で、一応は、クラスの友人で何の変哲もない一般人に分類されるのだが……


(何だ……今日の青髪ピアスはいつもと様子が違う……)


青髪ピアスはこちらに満面の笑みを向けているが、その糸のように細い目は鈍く光っている。

そして、それはその下で騎馬を組んでいる学生らも同様。


「(当麻さん、イヤ〜な予感がしますが、何があったんですか?)」


詩歌が彼らに聞こえぬよう小声で囁く。

それには同感だが、原因は判らず、ただ迂闊に手を出せば危険であると、不幸センサーが鳴っている。

でも、このままだと相手の意図がつかめないので恐る恐る口を開く。


「なあ、青髪ピアス…さん、悪い事言わないから早くリタイアした方が良いぞ。さっきも俺達滅茶苦茶ビーム撃たれまくったし……っつか、お前、クリスマス・イブは用事があるっつってなかったか? 何だったけなぁ、え〜と―――「『クリスマス撲滅委員会』や」」


何かの地雷を踏んだのか青髪ピアスの笑顔に影が差す。

そして、今になって気付いた。

青髪ピアス達の誰もが、上条詩歌、御坂美琴、インデックスと言った美少女達には一切目もくれず、一心に自分を見つめているという事に。


「カミやん、僕はこの哀に満ちたこのクリスマス・イブを、せめて男同士でバカ騒ぎしてやり過ごそ思うて、『お友達』に遊びに行かへんかと誘ったんや。そしたら一週間前に、『義妹と甘い夜を過ごすにゃー』とか、『悪い、その日は妹とパーティする事になってたんだ』と約束を断られてしもうたんや。……ああ、何で僕だけ仲間外れで本物の妹も義妹がおらんのやろうなー、って、『お友達』にフラれた後、僕は、ギャルゲーの妹キャラに涙を零しながら語りかけてしもうたよ」


「そ、それは本当に悪かったな……」


妙な重圧に当麻は一歩後ずさるが、ザザッと向こうは二歩距離を詰めてくる。


「いや、勝手にぬか喜びした僕が悪かったんよ。クリスマス・イブは友人よりも家族を優先すべきや。だから、しゃあない。カミやんはええヤツだし、そっとして置いてやろうって。むしろ、この煮え滾る感情を勇気に代えて恋人作ってやろうって………そうして、フラれまくった僕は1人淋しく家路に帰っていった―――その途中で、こんな本を見つけたんや」


青髪ピアスの口角が大きく歪む。

本能的に当麻は感じた……アレはヤバい笑みだ。

青髪ピアスは、その青いローブの合わせ目に手を入れると1冊の本を取り出した。

それはどこか見覚えのある古い革張りの本。

確か……

その答えは、<禁書目録>のインデックスからもたらされた。


「あ、<マラキの予言>」


「ああ、そういえばこの前の大掃除に古紙整理で出したんでしたっけ」


<マラキの予言>、それは、魔術師が作り上げるお手軽な預言書で、いつの日だったか当麻の学生寮に差出人不明で宅配便で送られた。

詳細を省くが、確かその最後のページには……


「まさかハーレムとはね。日々フラグを建てまくっとるけど、誠実な男やし恋人ができれば諦めるんじゃないか―――という僕達の期待を全て裏切るとまでは思わんかった」


「待て! 青髪! そこに書いてあるのは全部デタラメに決まってんだろ! 当麻さんはそんな不埒な野郎じゃないし、“モテたことなんて一度もない”!!!」


「「「嘘だ!!!!」」」


流石に最後の発言までは沈黙を守り続ける事ができなかった。

危うく飛びかかろうとしたが、青髪ピアスは、このフラグ男に憤りを覚える同士を片手を挙げて制す。

その様は、騎手というより、どこぞの宗教を思わせる。


「そうやね、確かにカミやんの言う通り、こんな本を信じてしまうなんてどうかしてる。いつも僕やったら、笑い飛ばしたやろうけど、この独りぼっちのクリスマスで心が凍らされた僕はもう『ブルーサンタ』になっていたんや。そう、この来るべき滅亡の日を回避すべく、その絶好のイベントになるであろうクリスマス、もしくは『元凶』を打破する、それが『クリスマス撲滅委員会』を結成理由……」


青髪ピアス、否、『ブルーサンタ』の細目が大きく見開かれた。


「さあ、僕らで救世の旗を掲げよう! 独りぼっちは集うがいい! フラれた者も集うがいい! 僕が率いる! 僕が統べる! 僕ら、モテない者達の怨嗟は、必ずカミやんにも届く! おお、フラグ男よ! 僕は糾弾を持って御身を讃えよう!」


『クリスマス撲滅委員会』の背後から、地響きが聞こえる。

迫り来るのは茶色い獣の群れ――体長2mをも超える巨大なトナカイだ。

この『聖夜戦争』の『罠』の1つとして用意されたそれらは野生のものよりも遙かに凶暴で、その槍の如く鋭く尖った双角は鋼鉄でできており、電磁波などものともせずに見る者すべてに襲い掛かるよう作られている。

普通なら飼い慣らせるはずのないモンスターカリブー(オス)だが、この『ブルーサンタ』の懐は、つがいのいない独身雄であるなら動物でも受け入れらる程大きく、『哀しみの聖夜祭(ブルークリスマス)』という固有結界の同士入りを果たしている。


「いざ行かん! この『ブルーサンタ』の元に集いし同胞達よ、出会いを独占するこの男に僕らの遠とき理想を示すんや!!」



「「「青き清浄なる世界の為に!!」」」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



両者の戦いは、およそ人間同士のものとは思えない――超能力者(Level5)同士のものとすら思えない、壮絶なものだった。

一方通行と削板軍覇の周囲の建造物も、すでに原形を保っていない。


「中々の、根性だ! 貴様も、やれば、できるじゃないか!!」


しかし、彼らの体力もまた消耗が激しかった。

2人とも肩で息をし、少しよろめいている。

けれど、軍覇の流血を拭った口元には笑みが浮かんでいた。


「そして、拳を合わせてみれば分かる。第1位、貴様は俺と同じであるとな……」


このままいけば、どちらもただでは済まない。

元よりスポーツマンシップに則った戦いではなかったが、試合だという事も忘れて、死合となりそうだ。

しかし、もう、どちらもやめる気はさらさらないのだ。

だから、ギリギリの所で踏み止まれているここで再び、最後の問答を交わす。


「しかし、そこまでの根性がありながら、どうして秘めたままでいれる。全てを曝け出そうとは思わないのか?」


すうっ、と。

一方通行の腹の底が冷えていく。

<第七位>――この男の得体の知れない力に恐怖を覚えた?

いや、違う。

あれだけ堂々とこっちが学園都市Level5序列第1位だと知っておきながら喧嘩を売ってきたからには相当の自信があるのだろうと踏んでいたが、どうやら予想を大幅に超えてやる、というのは判った。

だが、それよりも覚えたのは、激しい怒り。

ブチギレの度合いが酷過ぎて逆に笑ってしまうような、そんな激怒だった。

いきなり現れてズカズカと土足で入ってくる男の戯言に付き合うのは非常に腹立たしく、また、この男から滲み出てくるあらゆるモノが、一方通行をどうしようもなく苛立たせる。

この苛立ちをぶつけてやりたい欲求は、もはや狂おしいまでに高まっていて、身体の動く限り暴れてやらないと気が済まない。

ここまでやってくれた礼も込めて、冥土の土産に送ってやろう。


「……俺がどんなに汚れてもかまわねェ。だがな、アイツは汚しちゃなンねェンだ」


光があれば、影ができるのは自明の理。

彼女は真っ直ぐな光だ。

とても強く世界を照らし、暗い闇さえも明るくする。

だが、それでも影はできる。

彼女の『甘さ』が通じない途方もない悪もいる。

彼女の『優しさ』を利用しようとする屑もいる。

だから、悪には悪を。

その光が翳る事のないよう、己が……彼女が絶対にできない、絶対にさせてはならない影を全て背負う。

これは誰に頼まれた訳じゃない自分で勝手に決めた事だ。

どんな悪も、上条詩歌には触れさせない。

例え、自分でも………


「俺は、必要以上は馴れ合わねェ……きっちり分相応を弁えてンだ。似合わねェ真似はしない。特に隣に並ぶなンて馬鹿な真似はなァ」


自分の手が、彼女を汚してしまわないように。

その為なら、ずっと彼女の後ろで見守っているだけで良い。

その誓いを以てして、この一方通行な想いを封印した。

しかし、


「訂正だ」


今度は、削板軍覇が怒りを覚える。

熱い闘志によるものではなく、純然たる憤怒。


「そんなしみったれた理由で詩歌さんを諦めるなんて、根性がまったく足りてねぇぞ!!」


軍覇の瞳は初めて苛立ちの色を帯び、初めて一方通行を険しい視線を投げつける。

大気が震え出し、周囲の景色が歪むほどの圧倒的存在感に、一方通行の背筋に冷たい緊張感が走る。


「ふん。馬鹿馬鹿しい。単に臆病なだけではないか。貴様は詩歌さんが望むものが何なのか何も分かっちゃいない」


 

 


この男が我慢している理由は少しわかった。

だが、彼女が何の為に戦ってきた理由を否定するものだ。

それが、どうしても許せない……


「ここから先は拳で語ろう。だが、初めに言っておく。貴様を倒したら、上条当麻に挑み―――」


言葉では伝わらないこの想いを拳に乗せ、削板軍覇は宣言する。



「―――詩歌さんに告白するッ!!!」


 

 


自身とは真逆の、その想いを己の胸に秘めずに素直に解放する。

その姿に、嫉妬か、それとも羨望か。

ただ、ただ悔しい………


「……オイ、第7位。詩歌に死ぬほど惚れてンだが知らねーが―――」


言葉にならないこの感情を拳に代えて、一方通行は迎え撃つ。



「―――まずは、俺に勝ってからほざきやがれッ!!!」





そして、2人はほぼ同時に踏み込んだ。

もはや塵のようにかすかに冷静な思考は消え去り、敵愾心だけが闇雲に暴れ回る。

闘争本能にのみ取りつかれた、止まるところを知らぬ戦意の応酬。

打つ、撃つ、ひたすら撲つ、防御の一切ない、ただ相手を屈服させようとする意思だけがある、互いに譲れない想いを賭けた第2ラウンドが始まった。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



ああ、何でだろう?

なんか、もう、これよりももっと真剣な戦いが自分の預かり知れぬ所で始まっているような気がするんだが。


「カミやあああん!!! 待ってええええぇぇぇっっ!!!」


(何でコイツらの相手をしなくちゃいけねーんだよ!!)


道路を埋め尽くす大津波の如き双角獣の大群。

そして、それらの先頭に立ち、あらゆる障害を火事場の馬鹿力的なパワーで撥ね退けて迫り来る狂戦士達。

アレらに呑まれたら一間の終わり。

先程、<アイテム>の奇襲に打ち勝った頼もしき面々がいるが、流石にあれとはあまり関わり合いたくないらしく、

『私の電撃が効かないってどんだけよ!? もうっ、アンタがどうにかしなさいよ、アレ!!』と美琴、

『あ、あれが日本のサンタクロース? あんなの私の<禁書目録>にも対処法なんて載ってないんだよ!』とインデックス、

と、同じく火事場の馬鹿力的なパワーを発揮して突っ走る当麻に必死にしがみ付き、引っ張られながら全速力で逃げる逃げる。

しかし、人としてのたかが外れている『ブルーサンタ』を振り切る事は容易ではなく、いつか自分達に追い付き、愚兄が袋叩きにされるのは時間の問題であろう。

この死に物狂いのデッドヒートの最中、『サンタ』はというと、


「きゃ〜♪ 振り落とされる〜♪」


まるで猫のように、愚兄に抱き付いていた。

そのツンツン頭に乗せている、今もまだ成長中で大変ボリュームのあるものを元気よく弾ませながら、ぎゅっとしがみ付く。

暴れ馬のように上下運動の激しい『トナカイ』なのだから仕方ないだろうが、もう少し緊張感を持って欲しいと当麻は思う。

じゃないと、


「ぐぅおおぉぉぉ! おのれ、実の妹にまでぇぇ!」

「早く出るフラグは全て打たないと我らの最後の希望までぇぇ!」

「両手に花に頭にオモチかよド畜生ぉぉ! こんな時でも見せびらかしやがってぇぇ!」


『クリスマス撲滅委員会』は気炎を吐きながら、涙を流し、その涙の数だけ悲しみを力に変えて加速していく。


「そうや。カミやんがいる限り、僕らに与えられるのは愛じゃなくて、悲しみの哀だけ――や!?!?」


と、その時、『ブルーサンタ』こと青髪ピアスに電撃が走る。

それと同時に猛追している『クリスマス撲滅委員会』も気付く。


(詩歌ちゃんのスカートの中が見えそうで見えへん! どういうこと……はっ、まさか、あれは伝説の―――)



((((絶対領域っ!!!))))





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



ひらひらと舞うスカートの中身が見えそうになるが、あとちょっとの所で見えず、また絶好のタイミングで髪留めにまとめられた黒髪が視界をさえぎる。

この見えそうで見えないチラリズムはまさに愛の結晶!

クリスマスを孤独に過ごすであろう男達にとって、何よりのプレゼント!

しかし、このお預けに我慢できぬ者もいるようで、


「(くっ、何で見えない! こうなったら、1人でもスカートの中に頭を突っ込むしか)」


「馬鹿者ッ!!!」


バシーーーンッ!!! と飛び出そうとした『トナカイ』に、変態紳士こと青髪ピアスは平手打ちで喝を入れる。


「僕達の最も大きな動力源はなんや? エロスか? いや、ちゃうやろ! あのグッとでキュートでエキセントリックな衣装から受けるインプレッションから生まれる芸術的インスピレーションこそ僕らのパッションや! 未知への期待! どうしても知りたいと思う渇望! 乙女のスカートに宿る神秘性に男なら誰しも夢を見る! 乙女のピンクか、大人な黒か、清純な白か、それともお子様なくまさんか! だが、それでも辿り着けない苦渋! しかし、その苦渋はやがて僕らに妄想力として昇華される! 見えないからこそ小宇宙(コスモ)が萌える! そうこれこそが―――『絶対領域にこそ萌え在り(ト・フィロティモ)』ッ!!!」



ドーーーーーーーンッ!!!!



という効果音が似合うドヤ顔で青髪ピアスは言い切った。

そこに恥も外聞もない。

ただ夢見る少年のように純粋で、その双眸には一点の曇りもない

その姿に激しく感銘を受け、彼の魂が震える。

そして、堰を切ったように涙が滂沱と溢れ出た。


「貴様はその僕らを無限の世界へ誘ってくれる無垢で穢れを知らぬ透き通った詩歌ちゃんのおみ足を、欲望丸出しに穢そうとしたんや! 男はすべからく変態やけど、紳士でもないとあかん! 綺麗だからって花を摘むのはマナー違反やし、無粋や! 許される事やない」


「お、俺はなんて馬鹿な真似を……」


そんな悔い改め、感涙で言葉も出せない彼の肩に変態紳士は熱く叩く。

他の2人も無言に頷き、モンスターカリブー達もブルルン! と鼻を鳴らす。

『哀しみの聖夜祭』で集った同士だ、言わずとも分かる。


「…ぅ………ぅぅ、許してくれんのか、皆を置いて先走ろうとして俺を」


「若い頃の過ちは誰にでもある事やろ? そこから反省して大人になったらそれでええやん。さあ行こうか。訪れるかもしれない奇跡の一瞬を逃す事のないように」


そして、変態紳士で彼らの『ブルーサンタ』は前方の『サンタ』のスカートの裾――『絶対領域にこそ萌え在り』を目で追う。

これこそがこの男が見出した到達点――Level6である、と同士達に指し示す。


「最っ高にパッションだよ! 青髪の旦那!!」


青髪ピアスの迸る熱いパッションに氷解するように『クリスマス撲滅委員会』はより絆の結びつきを強化した。

が、本来の使命もどこかへと吹っ飛んでしまっていた。





とある高校



「あれ? 何か後ろで盛り上がってんなーって思ったら、向こうのペースが落ちてねーか?」


最初は鬼気迫る怨念染みた重圧だったのだが、憑きものが堕ちたようにいつのまに消えていて、段々と縮めていた距離差も、今は定規で測ったように一定に保たれている。

まるで、意図的に付かず離れずこちらとペースを合わせているように。


「まあ、ひしひしと邪念のようなものを感じますが、それはとにかく、ようやく当麻さんの高校までやってきましたね」


「ああ、それでどうすんだ? ここへ逃げろっつわれて来たけど、何かあんのか?」


哀しみの伝道師『ブルーサンタ』の固有結界『哀しみの聖夜祭』を打破するできる何かがあると言われたのだが、当麻には分からず、インデックスと美琴も口出しするほど余裕はないが首を傾げている。


「この『大聖夜祭』を優勝する為に色々と情報収集していたのは皆さんのご在知の通り。だから、この『聖夜戦争』のルールや“準備された『罠』”は事前に知っていたのです。―――っと、風向きもちょうどいいですね」


情報。

戦争とはただ力を振るうだけの戦いではない。

どんな力にも、相性や弱点はある。

相手よりもどれだけの情報が集められるか、相手にどれだけの情報を隠し通せるか。

情報を制する事で、カードの切り方が変わるのだ。


「ふふふ、では、哀しみに凍てついた彼らを温めてあげましょう。―――さて」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



『『『きゃー、誰か助けてー』』』



逃げまどう女の子達からの悲鳴にはっと彼らは目を覚ました。


「あれ? 此処ウチらの学校やん」


本来の目的がどこかにぶっ飛ぶほど『最果て』に夢中で気が付かなかったが、ここは青髪ピアスに通っている高校だ。

建物の中に入って、モンスターカリブーから逃げるつもりか?

だったら、襲われた時にすぐにそこら辺の建物にすぐに逃げ込む。

だとしたら一体………


「そんな事はどうでもええ。僕らはあくまで紳士的に『絶対領域にこそ萌え在り』を目指すだけや」


集団で、女の子を追いかけ回すその姿は、どこに紳士的なポイントがあるのかは分からないが、いっそ清々しいまでに彼らは絶対領域を夢見て走る。

一歩、さらにもう一歩。

ただ際限なく溢れるパッションを糧に繰り返す。

今の彼らならどこまでも走り抜ける。

積み重ねればいつか必ず、あの神秘の深奥を覗ける一瞬があるはずなのだ。

そのシャッターチャンスを、心のメモリーに―――とその時、



「―――君達、ここから楽に出られると思うなよ」



爆発。

轟音と共に、校門が破壊され、外と断絶。

そして、嵐の如き爆風が、『哀しみの聖夜祭』の軍勢を全て薙ぎ払った。


「な、な……!?」


紙くずのように地面を転がり、同士の巨体に埋まって、山となり、周りは火の海と化す。

爆風が収まり、耳鳴りが止むまでに30秒ほど要し、何とか隙間から這い出して顔を出すものの、宙を舞う粉塵で視界は利かない。

一体何が起こった!?


「全く、平和ボケしているからと言って、<必要悪の教会>がこんなイベントの裏方を任されるなんて、最初はやる気はなかったけど……まさか、僕の目の前で彼女達に手を出そうとする命知らずがいるとはね……」


周囲に目を凝らすが、捉えたのは小さな赤い光点。


「だ、誰だ! 我々の高尚な使命を邪魔したのは!!」

「そうだそうだ! 姿を見せやがれ!」

「早く俺達をここから出さねーと痛い目に合わせるぞ!」


『クリスマス撲滅委員会』の雄叫びに、ふん、と鼻を鳴らして応える。

噴煙の中から現れた赤い神父は、圧倒的な数の利を前に微塵も狼狽を見せる事なく、ただ泰然と、彼らを見下ろす。



「さて。殺しはご法度だと聞いていたんだが―――命があれば構わんのだろう?」



この場に4300枚も隈なく張られたルーンのカードの術式回路が輝きだし、精神的にも物理的にも残らず焼き尽くす――<魔女狩りの王(イノケンティウス)>が顕現。

動物は本能的に火を恐れる。

獰猛なモンスターカリブーであっても、元が極寒の大地からの出身という事もあり、灼熱業火の魔神を前にすれば一斉に逃げ脚を踏む。

この固有結界『哀しみの聖夜祭』の1番の脅威は、彼らの動物的なパワーだ。

それらを失ってしまえば、残るのは4人の一般学生達のみ。

つまりは――もう夢から醒める時間だ。


「最後に何か言い残す事はあるかい?」


今回の闘争で同士達の無念を晴らせなかった。

見果てぬ夢を、見果てぬままに終わってしまった。

だが、彼らの心に灯された炎が消える事はない。


「この世にクリスマスがある限り、僕らは何度でも甦るんやーっ!!」


『ブルーサンタ』、いや、青髪ピアスが高らかに宣言すると赤い神父へ突貫し、燃え尽きた。

『クリスマス撲滅委員会』。

冷たい哀を背負い、熱い愛を求めて、駆け抜けた少年達の戦いは終わった。





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(あー、ステイルの奴、張り切ってんなー)


全焼する勢いで炎上する当麻の学校。

ステイル=マグネスは基本、皮肉屋で面倒臭がりだが、『とある少女』が関わると、ガチン、とスイッチが切り替わる。

乙女の悲鳴を聞き、不埒な行いをしようとしていた変態紳士を容赦なく、下手すれば灰になっても焼くだろう。

正直、友達の安否が気になるが、あのギャク体質のゴキブリ並の生命力なら無事だろう。

『プレゼント』こそ取れなかったものの、相手チームをまた1つ撃破。


(よし。これならいける! 残りは後4チームだけ―――)



「―――<七教七刃>」 「―――<七閃>」



裏門から出た瞬間、弾丸よりも早く、地面を抉り、左右から7本ずつ、計14本の鋼糸が織合わさって、『臥竜鳳雛』を鳥籠のように取り囲んだ。


「なっ!?」


左文字の銘を継ぐ刀鍛冶が打ち上げた、異常な頑強性と触れれば切れる鋭利な切断性を持つ国宝級の一品の鋼糸の結界。

この包囲網から迂闊に飛び出そうとするのは危険だ。


「一難去ってまた一難なんて冗談じゃねーぞ!」


と挟み打ちするように2つの人影――神裂火織と五和が飛び出して……、



「「好きです! 上条当麻(上条さん)!!」」



つづく



あとがき



どうも夜草です。

風邪を引いてしまいしばらく寝込むことになってしまったのもあるんですが、予想以上の文量になっちゃって、この『大聖夜祭』をクリスマスまでに終わらせることができなさそうです。

本編のこともありますから、せめて明日までには終わらせたかったのですが、申し訳ない(^_^;)

出来る限り早く投稿したいと思いますが、長々とお付き合いしていただけると嬉しいです。

では、感想・意見・質問お待ちしております。

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