無法者編 とある賢妹への依頼
病院
『………で、こうして『外』からの脅威を解決早々、カエルに睨まれながら、わざわざ病室までやって来て説明した訳なんだけど。あまり、驚いていなようだけど』
『別に、鞠亜さんから話は聞いてましたし、それに初対面時で何となくそう言う人だというのは分かってましたから。で、それはどの程度役に立つものなんでしょうか?』
『君は能力はもちろん、実績――表と裏も両方あるから、君の腕については疑念の余地もない。この軍師系スーパーJKのように『統括理事会』と同じ権限を持つか、単にマスコットで利用されるか、そこは交渉―――つまり、私の口次第ってところだけど』
『では、期待していないでおきます。なりたくてもなれるものではなさそうですし。最低でも、代表であるという肩書だけでも十分です』
『頼もしい限りだ。けど、最低でも3人以上の『統括理事会』からの推薦が欲しいトコだけど。そこはこうして話を持ちかけた手前、私の方で最低1人上は何とか手を回してみるつもりだけど。君の方でも自力で何人かと説得にあたって欲しい。賛同者が多ければ多いほど権限は強まる』
『やはり、そう簡単になれるものでもなさそうです』
『ブレインとしては受けてくれると助かる。正直、こう話を持ちかけたのはそのためだ。事件直後でお疲れの君をお兄さんよりも先に起こしてしまったのは申し訳ないが、他の仕事よりも優先して直接ここに来たのは、その誠意だ……けど、お義姉さんとしては断って欲しい。君は、君達兄妹は、今のままでも私では結局止められない悲劇を机上の空論を飛び越えて止めてきたんだ。……全く、考えることしかできない無力な自分に、歯痒いばかりだからな』
『……わかりました。『お義姉さん』の所以外は、ですが。……少し、考えさせてもらっても良いですか?』
廃墟ビル
錆びれた鉄杭を避けて、車が止まったのは、寂れた街の廃墟ビルの裏手の駐車場だった。
警備ロボット対策に、ここへの入り口を除き、周囲は雑草のように無数の錆びた鉄杭が打ち込まれている。
学園都市製のドラム缶型ロボットは、多少の段差は乗り越えられ、エレベーターなども赤外線で操作もできる。
だが、とある義妹メイドのモップ捌きに誘導されてしまうように、『障害物回避シークエンス』と言うのがあり、『保留・省略』し、効率を優先して、無理にバリケードを超えようとはしない。
さらに、頭上には、人工衛星による監視を逃れるため、ビルとビルの合間に、ビニールシートが張られており、空を覆っている。
そして、そこかしこの建物からはギスギスと刺さる気配が感じる。
ここは、目の届かない無法地帯。
何が起きても助けが来ない、弱肉強食の世界で、無法者の『居場所』。
「降りろ」
人の目を気にしなくても問題ない、とスタンガンを突きつけられたまま車を降りる。
そろそろ日は最高点に達するのだろうが、連れて来られたのは街の賑わいから取り残されたような区域だ。
辺りに登校する学生の姿など見えるはずが無い。
詩歌は、先行してきたもう1台のワゴン車から出てきた人質にされた少女、強面の巨漢の<スキルアウト>達とビルの裏口から入らされ、彼が先導する形で階段を上って行く。
恐怖で思考が追い着いていないのか、少女はこちらを気にするものの自分の足で男のすぐ後ろをついていく。
2階の廊下の突き当たりに、ドアが開けられた部屋があり、長方形の穴をくぐる格好で、一同は床も壁もコンクリートがむき出しの部屋に入る―――と、妙に頭がちりちりとする薄い痛みのような感覚を覚える。
「……ここには『AIMジャマー』が仕掛けられている。下手な真似はしない方が良い」
強面の男は呟くように警告する。
『AIMジャマー』とは、対能力者用少年院でも用いられている、『能力を封じる、弱体化するのではなく、制御を狂わせる』、能力者に自滅を誘発させる装置。
それがこの学校の教室ぐらいの広さの部屋の四隅に設置されていた。
この埃まみれのデスクやキャビネットが無造作に積み上げられ、鉄パイプや角材などが散乱している所を見ると急造で用意したのだろう。
「奥に行け」
続けて言われ、詩歌はこの急造の独房の奥に追い詰められ、人質の金髪の少女はただ何も言わずに<スキルアウト>に囲まれている。
埃舞う廃ビルの一室。
今からここへ『詩歌、誕生日おめでとう、吃驚したか?』なんて誰かがケーキを運んでくるようなサプライズなオチであって欲しいが、この感情の色がほとんど見えない男を見れば、そんな冗談などあるはずが無い。
詩歌は、白衣のような修道服のような上着で身を隠すようにギュッと抱き、にただじっと<スキルアウト>を見つめている。
が、その表情に切迫した様子はない。
何かを―――この追い詰められた状況から何かを読み取ろうとしている、そんな表情。
「荷物――その鞄をこっちに寄越してもらおうか。その腰に付けた物も一緒にな」
そう言い、強面の男は手を差し出す。
「筆記用具にノートや教科書、それからちょっとした小物ばかりで金目の物は、入ってませんよ」
「いいからさっさと寄越せよっ」
背後から先程のスキンヘッドの<スキルアウト>が声を荒げた。
その声に人質の少女の肩がビクリと跳ねる。
強面の男は振り返り、スキンヘッドを目で制した。
こちらに向き直り、静かな口調を保ったまま、続ける。
「最初にも言ったが、こちらも手荒な真似はしたくない」
手荒な真似をしたくない、という言葉は詩歌の思考を多方向に動かす。
人質を取られ、武器で脅され、もう十分に手荒らな真似をされているが、それでも肉体的な暴力を振るおうとはしない。
男の言葉を信じるのならば、『能力者狩り』という最悪の事態にはならないようだ。
そう言う意外な感と共に、疑問もまた胸に兆していた。
常盤台中学とはいえ、中学3年生の少女に、この騒ぎは大袈裟すぎやしないか、という疑問。
確かに常盤台中学はエリート能力者の集うブランドのようなものだが、一部の例外を除き、力はあるものの荒事や奇襲と言った実戦に慣れていない。
つまりは、能力を奪えば、ただのお嬢様に過ぎないのだ。
この能力を封じられた廃ビルの一室で、多人数で武器で脅しているのにも拘らず、一切の警戒を解かないのは……
「はぁ、陽菜さんですか? あの<赤鬼>が怖いんですね」
ビクッ、と<スキルアウト>が反応し、釣られて少女も唯一反応を示さなかった強面の男のごつい足に抱きつく。
それを見れれば、確認には充分だ。
「『常盤台の暴君』こと鬼塚陽菜さんは、路地裏では結構顔が利きますから、あなた達もご在知でしょう。もし身内に何かあれば、彼女は慈悲の欠片もない鬼になると」
基本、『能力者狩り』にも『無能力者狩り』にも手を出さないが、もし周囲の人間に何かあれば、容赦なく拳を振るう<赤鬼>。
それは過去に実例がある脅威。
「まあ、私の情報も陽菜さんからバラされているようです」
そして、人質と言う自分の弱点と、<狂乱の魔女>ではなく<微笑みの聖母>と呼んだ事から、<赤鬼>こと陽菜と親しい間柄である事は分かった。
「どうせ親友の秘密を酒の席で暴露してしまったんでしょうね―――が、いざ危機と分かれば飛んでやってくるでしょう」
やれやれと溜息をついて、詩歌は鞄の中から携帯電話を見せつけるように取り出し、
「おい、勝手な真似をしてんじゃねぇぞ」
とスキンヘッドの男が声を上げたが、詩歌は無視し、話を続ける。
「一部の機能はロックされていますが、メールのやり取りならできます。これなら、突然、学校を欠席した理由を適当にでっちあげれば怪しまれずに、ルームメイトから連絡できますよ」
「テメェ―――」
とスキンヘッドの男が足を踏み出しかけたが、強面の男が『下がってろ』と制し、
「それで」
「お目当ての携帯電話を渡しますから、その子にナイフを突きつけるのは止めてください。正直、見ているだけで気持ちの良いものじゃないです―――あなたも“知り合いの子供”を少しでも危険な目に遭わせたくない、とそう思うでしょう」
強面の<スキルアウト>はそこで初めて驚くように、ギョッとする。
対し、詩歌は『賭け』に勝ったと内心で笑みを浮かべる。
「アドリブだったのか所々ボロが見えましたし、何より子どもと言うのは、どんなに役者でも顔に出ます。見知らぬ大人達に囲まれて、少しも怯えずに普通でいるのは異常です。考えられるとするなら、あなた方が知り合い。しかも、さっきの反応からして危機的状況から救ってくれた恩人と言った所ですか」
そこでようやく、人質の少女はバッと足にしがみ付いていた手を離し、詩歌を見て、視線を逸らす。
「ここへ無理矢理連れてきた水に流します。だからもう罪悪感しか生まれないような無駄な演技は止めて、その子を解放してあげてください。私も手荒な真似は好きじゃないんです」
詩歌の言葉に、強面の大男――駒場利徳は静かに顎を引いた。
「なるほど話に聞いていた人物像通りだな。……わかった。荷物を渡し、交渉のテーブルにつくなら……『舶来』を解放しよう、<微笑みの聖母>」
道中
<微笑みの聖母>。
見えているかのように、その苦悩を見抜き、我が事のように、その不幸を感じる。
そして、その微笑みは人に停滞を打ち破る勇気を与えてくれる。
悩める学生達を多く、才能を開花させてきたLevel0の希望。
出会った学生の誰しもが、自分の道を見つけさせ、前へと進めた。
『もし、奴らにつき、学園都市に危害を加えるなら、『上』はあなたと同じように回収するかもしれません』
この表に出る事が許されない、|抜け穴のない、味方のいない闇の世界に墜とすつもりなのか。
あの『補強』にはこの上なく適している能力は、今、学園都市が落ちるかどうかの瀬戸際に来ている状況下では、是非とも欲しいものだろう。
例え、事件の被害者だろうが関係ない。
もう『上』は自分のような『悪魔』を使い回そうとするほどまともな思考じゃない。
『だったら、余計な真似をする前に、さっさと潰してしまった方が手っ取り早いと思いませんか?』
あの信用のならないスマイル野郎の言葉が甦る。
漆黒のボディに、搭乗者の顔が見られないように全てのウィンドウがスモークしようのゴミ収集車の形状をした自動車で現場へ向かう。
これは後部の収納部分は、内装が交換できるように使い捨てとなっており、死体をその場で処分でき、隠密行動に適した音の出ない電気エンジン。
つまり、生きるか死ぬかは関係なく自分はこの車にもう一度乗る事になる。
(だが、アイツは絶対に乗せねェ。クソ野郎共が裏で何を企んでっか知らねェが、ここに|善人以上に甘ったれな|偽善が座る席はねェ)
廃墟ビル
「『能力開発』、ですか……」
「ああ、鬼塚から話は全て聞いている。その能力で、多くのLevel0を開花させてきた、とな」
とりあえず後であのお調子者は絞めよう、と詩歌は呆れつつも、事の発端となった悪友に恨みがましい念を送りつつ、
「それで、一応聞きますが、<スキルアウト>のあなた達がどうして力を……『能力者狩り』ですか?」
「……そうだ。能力者を叩く。無論、無差別ではなく標的は選んでいる。ものを頼める義理はないだろうが……力を開花させるだけで良い。俺達、<スキルアウト>に協力してほしい」
<スキルアウト>。
その本来の結成目的は、強大な能力者から身を守るためのもの。
能力者としての優劣に、人格的な問題は考慮されず、中には強大な力を弱者に振りかざして、悦に入ることしかできない醜い人間もいる。
詩歌は、その『無能力者狩り』を楽しむ能力だけの能力者を見た事があり、駒場は何十人も見てきた。
「にゃあ。聖母様。駒場のお兄ちゃんに力を貸して欲しいにゃあ」
ギュッ、とふわふわの金髪に蒼い瞳、外国から運ばれてきたお人形のような少女が詩歌にしがみ付く。
『無能力者狩り』の標的とされるのは組織された<スキルアウト>“以外”のLevel0。
悪ではなく、この幼き少女のようにただの弱者。
あれから、未だに部屋の中に留まってはいるが『舶来』は人質役から解放され、他の<スキルアウト>も武器を降ろしている。
「……どんな理由があろうと暴力を振るう為に力が欲しいというなら協力できません」
されど、上条詩歌にも譲れないものがある。
ドロップアウトしたとはいえ、いやドロップアウトしたからこそ、彼らは能力に懸ける希望は大きい。
蔑みや罵倒はその羨望の裏返し。
しかし、彼女が才能を開花させるのは不幸を減らす為、誰かを傷つけ、不幸を生む為ではない。
その返答に、男達の纏う空気に険悪さが増す。
詩歌は怯まずに、
「力だけで、Level0の居場所を築きあげたとしても、決して認められません。またそれ以上の力で潰されるのがオチです。だから、力ではなく、一学生として、この街の住人として、賛同を求める為に署名活動を行い、世間を味方に付けるんです」
「ハッ、この俺達が運動家ごっこでもしろっつうのか!? そんな徒労誰がするか!!」
「そんなので、何かが変わるとでも思ってるのか!? だとしたらアンタは馬鹿だ!!」
「流石、世間知らずのお嬢様は言う事が違う!! だが、そんな甘い戯言が通じる世界じゃねーんだよ!!」
<スキルアウト>から野太い非難と罵倒の声が浴びせられる。
「徒労なのは、馬鹿なのは、世間知らずなのはどっちですかっ!! 一体何度『失敗』すれば気が済むんです!! 夏休みに起きた大規模な『能力者狩り』も、結局は世間から反感を買って潰されたのでしょう!! 何故その力任せではうまくいかない、と経験を生かそうとしないんですか!!」
詩歌はそれ以上に大きな声で熱弁を振るう。
「確かに、ただの不良の更生物語なら今さら何やってんだと馬鹿にされるでしょう。だけど、誰かを恨んでも恨みしか生まれない。最初からうまくいかなくても、どんなに笑われようと、自分達が働いてきた悪事を理解し、何回も何回も贖罪し、困っている人達に手を伸ばせば、立場は変わっていた。あなた達は学園都市中の人達から認められていたはずなんです!!」
争いだけでは、結局は争いが生まれるだけ。
本当にこの負の連鎖を止めるためには、争いではない方法を取るしかないのだ。
集団で、能力も奪い、なのに<スキルアウト>はそのブレない信念の威に、逆に圧される中で、
「ふ……綺麗事だな」
駒場は平然と言った。
詩歌も言う。
「綺麗事でも、全員が幸せになれる道を選ばなければ、この連鎖はいつまでも終わりません」
「……眩しいな」
駒場は詩歌の目を見ず、答える。
「……|土竜は、……地上じゃ暮らせない。俺達も……清廉潔白に生きていく……なんて宣言は悪いができない」
「いえ、あなた達は人間です。本当に誰かを守ろうとするなら、自分だって、世界だって変えられるはずです」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その笑みは、強かった。
偽物ではない、本物でしか持てない熱がある。
あの鬼塚が言うように、本当の優しさを持っている。
……これなら、託していける。
目の前を覆い尽していた氷の壁が、不意に溶け去ったかのようだった。
だが、その屈託のない笑顔を眺めていくと、自分の中で決意が萎んでいくのを感じる。
ああ、何だってそんなに警戒心を持たずにいられるのだ。
彼女は自分で言っていたはずだ。
大勢の男に囲まれて、能力も封じられ、助けも来ない場所に追い詰められ、不安を抱かないはずがない。
聞けば、あの鬼塚と同等の体術の持ち主だという事から、逆にこちらが警戒していたが、彼女は自分を信じ切っていた。
こちらが馬鹿馬鹿しくなるくらいに。
彼女はただの善ではなく、悪でもない。
その枠では収まりきれない真正たる指導者の発露を、駒場利徳は見た。
そんな彼女に出会えた事、そして、自分が出会った事は、幸運だった。
きっとこの多くの人間を不幸にして来た犯罪者が上に立っていてはできない幻想を、そう自分の願いを投影してくれる。
今、ここにはいない浜面や半蔵は、きっと無駄だと、リスクの方が高いと反対していたが、自分の『本当の目的』は力を借りることではなく―――『最後のピース』を手に入れる事だ。
人に蔑まれる悪ではなく、悪を拒絶する善でもない、本物以上に本物な街を守ってくれる偽善。
この門答をきっと―――彼女は忘れない。
説得は失敗したのだろうが、『計画』は成功する。
しかし、その代償にこの少女に『重さ』を押し付けてしまう事だけは、謝りたい。
だからこそ、やり易いように、多くの不安要素を道連れにする。
もう自分の役割は終わりだ。
生への執着など――――とうの昔に捨てている。
そして、死への覚悟も決まった――――その時、
バガン!! と。
甲高い爆発音が響き渡る。
距離は近いのか、建物全体が震動する。
「……ついに来たか」
駒場利徳は立ち上がると他の<スキルアウト>に、
「説得は失敗した……。<赤鬼>との縁もある。……舶来と共に彼女を連れてここから脱出しろ……」
そして、誰の制止も返答も待たずに、最後の『三巨頭』、『力の駒場』は戦場へ………
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「おい、駒場さんが行っちまったぞ!?」
「どうすんだよ!? このままじゃ……!?」
「どうするってお前、駒場さんの言う通りにコイツらを……」
「ふざけんな!! 奴らは<警備員>や<風紀委員>の連中とは分けがちげーんだぞ! テメェ駒場さんを見捨てろっつうのか!!」
「よし。こうなったら強引にでもコイツを………」
突然の事態、束ねていた頭がいなくなり、しどろもどろに。
それほど駒場利徳と言う男の影響力が強かったのだろう。
そんな中、少女は願う。
「お願い。駒場のお兄ちゃんを助けて」
駒場利徳から話は聞いていた。
彼女こそがLevel0の光になってくれる、と。
<スキルアウト>はただ才能を開花させる為の力だと思っただろうが、少女はただ純粋に光だと捉えた。
スカートのポケットをごそごそと、取り出したのは小さな仔猫のキャラクターもののお財布。
とある暴れん坊で恥ずかしがり屋のサンタクロースが羞恥心に堪えながらもファンシーショップで買ってもらったプレゼント。
「カナミンのカードに、少し使っちゃったけど……」
詩歌に頭を下げながら、その宝物を差し出す。
「どうぞ、おおさめくださいにゃあ」
「えっ……」
思わず受け取ってしまい、そこに詰められた重さを感じる。
十円玉や五十円玉といった小額の硬貨は、お嬢様にとってみれば、雀の涙ほどしかない金額だろう。
だが、これはこの街の幼いLevel0の奨学金を少しずつ削って貯めたものだ。
「駒場のお兄ちゃんから聞いてる。聖母様って、|私達を助けてくれるカナミンみたいな|正義の味方なんでしょ?」
「いえ、私は……」
ただ自分の為に行動する<偽善使い>、と言うのは憚れ、言葉を窮する。
「でも、世の中には、悪い人がいっぱいいるから、私達にも手が回らないほど大変なんでしょ? だから、これ」
真剣に。
神様に祈るように、聖母に祈るのを見て。
「……お名前は?」
「フレメア、フレメア=セイヴェルンです、聖母様」
「はい。私は上条詩歌と言います。これからは聖母様じゃなくて詩歌お姉ちゃんと呼んでください。それで、フレメアさんは駒場のお兄ちゃんの事、好き?」
「うん! 駒場のお兄ちゃんは私を助けてくれた。遊んでくれた。ちょっと怖いかもしれないけど悪い人じゃないの、にゃあ」
無邪気に話すフレメアを見ながら詩歌は決断する。
状況は理解し、想いも伝わった。
(……全く、とんだ卑怯者です。これじゃあ、私は受けるしかないじゃないですか)
全てを悟り、全ての覚悟を今ここに決める。
しゃがみ目線を同じ高さに合わせて、詩歌は、その財布の重さを手の平に感じながら、その伸ばされた少女の両手に戻し、包むように握り締める。
「お金はいりません。只今なんと初回限定無料サービス中なんです」
「え、本当!」
「ええ。フレメア=セイヴェルンさん。あなたの依頼は、詩歌さんが引き受けました。必ず駒場さんを助けます」
詩歌がそっと頭を撫でると、フレメアは表情を緩めて、パッと顔を明るくしてくれた。
こんな子に、『お兄ちゃん』を失わせる不幸にさせる訳にはいかない。
上条詩歌の全力を尽くすとしよう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
結論は出た。
奴らに対抗するにはやはり能力が必要だ。
駒場のリーダーは売春などそう言う手荒な真似は好まないから、甘かったが、相手は所詮女なのだ。
リーダーがこの場にいなくなった今、力づくでも……
「おい、女! 身ぐるみ全部剥がされたくなかったら言う事を―――」
刹那、
「―――紙は木を作る」
先程、携帯電話の陰に隠しながら一緒に抜き取ったメモ帳。
そこから切り離された1枚の紙から、1本の六角が生まれる。
「へっ、能力は使えないはずじゃ……?」
「ふふふ、ちょっとした手品です」
その種も仕掛けもない|魔法に仰天している内に、
「さて、躾のなってない子達はちょっとお仕置きをしないといけませんね」
がすっ!! がすっ!! がすっ!! ごんごん!!
目にも止まらぬ杖捌き。
連続で脳天を打ち据えた。
<スキルアウト>達はそのままへなへなと床に崩れ落ちて折り重なるように昏倒。
荷物を奪取し、とある愚兄に磨かれた『対野郎に特化した物理的手段を伴う説得術』を行使した結果……
「「「「「すびばせんでした」」」」」
地面に額を擦りつけて平伏する5人の<スキルアウト>。
「ふんふむ。当麻さんと比べると土下座の角度がまだまだですが、時間がないのでここまでにしておきましょう。うん、いい汗を、かきました」
ふう、やれやれと<狂乱の魔女>はやり切った感溢れるとても良い笑みを浮かべながら額を拭う仕草。
「さて、もう一度聞きますが、今からあなた達がやるべき事はなんでしょうか?」
「はい、わたくし達は!」
「駒場のリーダの命に従い!」
「『舶来』を絶対死守しながら!」
「この建物から1秒でも早く!」
「脱出する事です女王様!」
アイコンタクトせずともこの連携。
何と短時間でここまで……
いや、最も恐るべきはこれに能力を使っていない事だろう。
「はいそこ。舶来ではなく、フレメアちゃんです。ちゃんと名前で可愛らしくちゃんづけしなさい」
バシン! と座禅の警策代わりに六角がスキンヘッドの肩に喝を入れ、気持ち良い快音が響く。
「お仕置きありがとうございます!!」
先程襲い掛かろうとした野獣のような気迫はどこへやら、今はもう飼い慣らされた忠犬である。
……何故か叩かれて喜んでおり、それを他の4人が羨ましそうに見ているけど、幸せそうだから問題はないだろう。
「よし。それで私が教えたとっても大切な事は?」
「「「「「可愛いは正義!!」」」」」
……何か悟りを開いてしまったこの男達は後に、週1で補導されている青髪の(変態)紳士の下につく事になる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「さて……」
六角を垂直に、マイクに見立てるように構え、
「―――これは群れの先頭をいく雄々しきヘラジカ」
秘文字の神性を宿した詩を歌う。
彼女本来の何にも染まる遠く澄んだ響きに、<スキルアウト>も、フレメアも頭が空っぽになったように聞き入れる。
「―――これは災いを撃退し、友を守る角」
その詩は奇跡を呼ぶ。
その歌は世界を変える。
その想いは不幸を浄化する。
六角の杖に、紫に刻まれた溝に、透明な生命力が満たされる。
その溝――ルーン文字、『Algiz』が成す意味はすなわち―――
「―――されば、包め、|庇護!」
六角の杖を中心に、世界最大を誇るヘラジカの平べったい角の如く、幾重にも重なって広がる半透明な何かが手の平で包むように詩歌達を覆う。
「……これで、この杖の半径10mに30分程度の結界が張れました」
天草式とルーン魔術を応用して、賢妹が作り上げた、メモにして携帯できるルーンの杖――<|筆記具 Marker(Memory pApR sticK which savEd Rone)>は、使い捨てだが、汎用性の高く、供給を断っても効果は継続する。
オリアナ=トムソンの<速記原典>に近い。
ただし、こちらは『独特の発声法による歌』に反応するもので、触れても危険性はない安全安心設計だ。
「にゃあ!! 詩歌お姉ちゃんって魔法使いだったの!?」
これはまさか<衝撃拡散>か!? と能力で結論付けている<スキルアウト>達はとにかく、この純真な瞳を持つ少女はそうはいかない。
もし、ここに<筆記具>の作成協力者である腹ペコシスターがいれば、『しいか、一般人の前で何やってるの!?』と『神秘』の秘匿性について、あーだこーだとお説教されるだろう。
(まあ、緊急時でしたし……使い捨てですから問題は特に)
と頭の中でプンスカ怒っている小さいいんでっくすたんに謝りつつ、適当に夢あふれるロマンで誤魔化し、六角を、目を爛々に輝かせるフレメアに手渡す。
「はい。実は詩歌さんは『|超起動少女カナミン』と同じ魔法少女だったんです。これは秘密ですよ」
にゃおーん! と玩具をもらったとばかりにはしゃぐフレメア。
しかし、
「ちょっと、ケチャップがついてますけど、100%無農薬だから安心です」
無農薬は無農薬として、トマトなのに明らかに鉄サビ臭いのは何故だろうか?
もしここに愚兄がいれば、『いや、それさっきのお仕置きでついたもんだろ!?』と大変良いツッコミを入れてくれるに違いない、と。
「にゃあ! 『ブラッド&デストロイ』のように格好良い!!」
でも、実はゾンビゲー大好きで血生臭いものでも全然平気の舶来さんには好評なようだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
フレメア達がいなくなった後、詩歌は携帯を取り出し、ある女性へ電話をかける。
相手はワンコールですぐに出て……
「この前の依頼、お引き受けします。――――『先輩』」
『ふっ……ようこそ――――可愛い『後輩』。アフターケアは任せてくれ』
つづく