小説『とある賢妹愚兄の物語 第2章』
作者:夜草()

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無法者編 路地裏の乱入者



路地裏



「おーっとそこまでだ」


鼻にピアスをした不良少年、浜面仕上は数人の<スキルアウト>を率い、壁のように横並びの1列に道を遮る。

まだ勢力図が埋められていない裏路地戦国時代を生き抜き、台頭した3人の猛者。

<スキルアウト>の時代を先駆け、<ビックスパイダー>を率いた伝説的なカリスマ、『疾さの黒妻』、

<スキルアウト>の時代を見据え、<七人の侍>という他と一線を画す少数精鋭の長、『読みの無悪』、

そして、<スキルアウト>の時代を支えた、上の2人と同じ『三巨頭』で最後の1人、『剛力の駒場』。

今の<スキルアウト>は駒場利徳を中心にできていて、例え『三巨頭』でも何でもない同じの<スキルアウト>でも、彼と親しい間柄の浜面はこのように部隊を率いる事が出来る。

もしかすると、これが終われば、リーダーと言うより雑用係がお似合いな不良と、あの脇役志望の忍びは新たなる『三巨頭』入りし、新たな時代の象徴となるかもしれない。

勝利の女神――<微笑みの聖母>の回収は成功した。

あとは脅すなりなんなりと駒場のリーダーが説得するだけ。

まあ、自分達のリーダーは女子子供に弱いからそういう真似はできないだろうが、それでも彼があの<赤鬼>との協定を破ってまでも捉えた獲物だ。

必ずこの機会をふいにしてはならない。

<警備員>や<風紀委員>にも気を配り、警戒した―――しかし、


「どこの誰だか知らねーけど、こっから先は関係者以外立ち入り禁止だ」


その言葉に、ツンツン頭の少年は眉を顰めて立ち止まる。

一見そこらにいる学生となんら変わらないように見えるが、彼はなんとワゴン車を走ってここまで追い駆けた。

その執念、というより、真昼間に車を追う学生というのは大変目立ち、『計画』の邪魔になる可能性があると判断され、浜面達は人通りの少ない路地で待ち構えていた。


「立ち入り禁止、だと?」


「何だよその確認は。いちいち言わなくても分かってんだろ? こっからは俺達<スキルアウト>の|縄張り(テリトリー)だよ。んで、今は駒場のリーダーがお姫様を口説いてるっつう、能力者どもをブッ倒す大事な準備の真っ最中。だから、大怪我しない内にとっとと引き返して、学校にでも行っちまいな」


ここは繁華街とはすぐ近くなので、派手な音が出て、使い慣れていない拳銃はとにかくとして、警棒やスタンガンなどの護身用品を武装しており、ここにいる全員は対能力者の喧嘩慣れし、そこらのスポーツ選手と同じくらいに鍛えられている。

それを指揮する浜面は取り出した伸縮式の警棒を勢い良く振って引き延ばすと、しっし、とハエでも追い払うように、


「何の事かサッパリなんだけどよ……」


その時、浜面仕上は、足元が不安定になるような感覚に襲われた。



「詩歌を攫ったのはテメェらなんだな」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



かつて、その学園都市最強の名を欲して、数多の者達が戦いを挑んだ。

学園都市序列第1位というのは『能力者狩り』にとって、最も最大の敵であり、Level0の学園都市最底辺の<スキルアウト>は徒党を組んで、いかなる手段を用いて―――しかし、それは相手にすらされない。

蟷螂がその斧を振るおうとも人の歩みを止められぬよりもさらに酷く、妨げすらならないどころか視界にすら映らない。

その頂上を見る事すら敵わない下剋上を夢見た者達は、ただ跳ね返されて勝手に自滅していった。

そして、その『悪魔』がもしその気になったならば………


 

 


「はっあァーい、出来損ないのクソ野郎共」


そうそう耳にするものではない、金属を擦り合わせたかのような異質な声音。


「お前ら<スキルアウト>に天国への日帰り旅行をプレゼントしてやる」


路地の奥から、ビルの窓から、ほんの僅かなもの陰から、拳銃やボウガンなどの照準が20以上向けられているにも拘らず、一方通行は薄く薄く笑う。


「いやァ、コイツは中々お得だぜェ。あまりにもイイ所だから帰る気起きなくなるかもなァ。そンな訳で、まァ手始めに臨死っとけ」


杖に体重を預けたまま、一瞬で大気のベクトルを掌握し、風速50m以上の突風を生み出す。

風速50mは地に根を張る樹木でさえ根こそぎになるほどの暴風で、踏ん張ることしかできない人間が耐えうるものではない。

待ち構えていた不良達は、その身体を無造作に放り投げられたかのように吹っ飛ばされ、まとめて地面に転がる。

集団の動きが乱れ、そこへすかさず撃ち込まれる銃弾に、不良達は簡単に無力化される。

反撃しようにも、人の身では抗えぬ突風に先手を打たれ、銃口を向ける機会すら与えられない。

変わらぬ足取りで進撃する。

銃口を向ける。

その前に薙ぎ払われる。

無防備に倒れる。

鉛玉を叩き込まれる。

あまりにも呆気ない単純作業。

これを2、3回繰り返しただけで半数以上は黙らされ、その上能力はほとんど使われていない。

過去に木原数多率いる<猟犬部隊>との戦闘経験で、電極バッテリーの弱点を思い知らされた悪魔は、その節約法と能力以外の戦闘を学習している。

一方通行は、杖をつき無人の荒野を進むが如く一定の足取りで進む。

<警備員>や<風紀委員>とは格が違う。

このLevel5に向かい合っている<スキルアウト>には最悪の凶事。

同じ土俵に上がる事すら敵わず、一方的にやられていくワンサイドゲーム。

これが学園都市の頂点と最底辺の格差なのだ。



―――だからと言って、一方通行は手心を加えるような真似はしない。



精々、殺戮だけはしないようにしているだけ。

歩くように破壊していく。

ここで駒場利徳を殺せなければ、第二級警戒の穴を突いて通信回線を潰され、その混乱に乗じて周辺一帯の能力者達が無差別に攻撃される。

そして、その暴力の矛先は標的にしている高レベルの能力者や統括理事会ではなく、武器を使えば倒せる手頃な低レベルの能力者に変更されるだろう。

そして………


(ガキを人質に取られたそォだが、呆気なく攫われやがって……)


だから、『彼女』はこちらには来させない。

もし『彼女』が関わったと少しでも嫌疑がかけられれば、自分と同じように『上』の連中に首輪をかけられる。

見知らぬ他人でも人質になりうるなら、簡単に利用できる。

一方通行の顔面の皮膚が歪む。

善と悪ではなく、強と弱によって成立する闇の世界に『守りたい者』を墜とさぬ為に、彼女達のいた光の世界とは決別して一方通行は<グループ>に飛び込んだのだ。

一方通行は奥歯を噛む。

自分達が満足するために、

溜まりに溜まった鬱憤を晴らすために、

それだけのために、

自分達の都合で事件を起こし、

何の罪もない人間の幸せを貪り尽くし、

あの『光』を不幸に巻き込ませるつもりだというのか。


「ふざけンじゃねェぞ、このクソ野郎共」


と、その時、


「それはこっちの台詞だ」


頭にバンダナを巻いた少年が、その背後に現れた。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



雑草であり、害虫であり、どこにでもいる脇役――半蔵。

<スキルアウト>の中でも特に人混みに紛れ込む天才は、相手の隙を狙って視角から攻撃を加えることを極意とする。

そして、勝負に出るのは初撃で決められる時のみ。


「その電極。何らかの電子情報を送受信しているな」


一方通行がその存在に気付き、電極のスイッチを入れようとする―――よりも早く、真上に放られたスプレー缶を3点バーストの拳銃で撃ち抜く。

金属製の缶が爆ぜ、中から、キラキラと輝く薄い二枚羽を持つシャーペンの芯ケース程の極めて小さな竹トンボのようなものが辺りを漂い、回転しながら空中でピタリと静止する。


「これは<|攪乱の羽(チャフシード)>、電波攪乱兵器の一種だ」


<攪乱の羽>。

マイクロモーターと東南アジアに分布するフタバガキ科の植物の種子の構造を参考にして作られた自律浮遊機能を備えた電波障害を起こす兵器。

元は対<風紀委員>の無線による連絡手段を断つために用意したものだが、


「―――ッ!!」


ガクン、と一方通行の身体からベクトル操作の加護が消える。

そう、<妹達>の代理演算デバイスの補助を阻害されたのだ。

最低限の『反射』さえも展開できなくなった一方通行へ、半蔵は手を振り下ろす。



「今だ! やれ!」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「……単純ね」


裸の胸にインナーのような布を巻き、その上から学校指定のブレザーを羽織っただけ。

スカートの丈も極端に短い、まるで誘惑しているかのような服装の少女――結標淡希は爆音轟く暗い路地裏を歩いていた。

彼女に与えられた仕事は、<スキルアウト>の活動資金の滅却。

様々な手を使って分散させた彼らの資金源を、手っ取り早く、持ち逃げさせる暇など与えず、爆弾を使って燃やしていく。

慌てて<スキルアウト>達が止めようとするも―――彼女に指一つ触れられない。

結標の能力、<座標移動>は学園都市全体で58人しか確認されていない空間移動系能力の中でもあと少しでLevel5だったというほど最高級で、三次元的な制約に囚われずに物体を好きな場所へ移動できる。

ただし、精神的な動揺に弱く、特に結標の場合は、過去の事件のトラウマでそれが顕著で、それが原因でLevel4なのだが―――一方通行と同じく、<グループ>の援助により補強されている。

この両肩と背中に張り付けられた湿布のような電極は、小型の低周波振動治療器。

これは、結標の脳波の乱れを測定し最も効果的なパルスパターンに調整するように電流を流すマッサージ器だ。

完璧とまではいかないが、これにより確かに一定のストレスは軽減できている。

故に大男が鉄パイプで殴りかかろうとも、やせすぎの女がビルの窓から弓で狙撃しようと、対処は簡単で、ただ<座標移動>を使い、近くにある盾になりそうな錆びた廃自動車や金属製のダストボックスを強制的に自分の手前に転移するだけで済む。

あとは、この自由度の高過ぎる能力の照準を警棒にも使える軍用懐中電灯で相手の手足に狙いを付け、手持ちのコルクを直接空間転移させるだけ。

高レベルの能力者は、人数を集めれば、武器を揃えれば、なんてそんな簡単に勝てるというものでもなく、喧嘩慣れはしているが訓練されていない路地裏の不良集団では、その対処法に気付かない。


「これで9個目」


事前情報により<スキルアウト>はハンドバックほどの手持ち金庫を下水道内部に隠している事は分かっている。

手榴弾のピンを口で抜くと、マンホールの中へ放り捨てる。


「……歯応えが足りないわ」


結標が<グループ>に“墜ちた”のは、9月14日に起きた『残骸事件』のせいだ。

彼女は同じ思想を持った数十人の能力者達と<樹形図の設計者>の一部分――『残骸』を奪取した―――が、その大半があの<超電磁砲>に撃破され、スポンサーだった『外』の企業も何者かに潰され、そのまま仲間達は<警備員>に捕まってしまった。

結標も<風紀委員>で同じ空間移動系能力者の白井黒子に返り討ちにされ、精神の変調により能力が使えない状態に陥ってしまい、最後はあの『悪魔』に叩き潰された。

けど、彼女だけは表に出る事が出来た。

現在、学園都市には反逆罪という明確な罪状は存在せず、けれど、街の安全を脅かす裏切者達の人権など誰も保護しようとは思わない。

つまり、法の守護さえもない彼らは人知れず倫理に反するような惨たらしい制裁を行われてもおかしくはない。

何とかしなくてはならない。

かつては同じ道を歩んだ『仲間』の危機なのだから。


(……にしても、現金、金塊、ITバンクの架空団体名義アクセスカード……相当分散しているわね。奴らがどうやって活動資金を得たのかが気になるけど、私の知ったことではないわね。こちらは破壊目標を確実に叩くだけ)


気楽に考えて、結標は懐中電灯を緩やかに回転させ、残り15ヶ所に点在する隠し金庫へ手榴弾の座標を見定めた―――その時、



「……少しは加減して欲しいものだな。能力者」



不意に男の声が思考に割り込んだ。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



男は、コピー用紙をそのまま吐き出すかのように陰鬱に苦言を呈す。


「こちらが資金を分散していたのは……一度の摘発で全てを奪われるのを防ぐため。言ってみれば……カツアゲを恐れる小心者が複数の財布を持つようなもの。それを捕まえて、身ぐるみを全部剥ぎ取ろうとは些か大人気ないと思うが……」


結標から前方およそ10m先に、はち切れんばかりの厳つい筋肉を安物のジャケットで包んだ、まるでゴリラのような大男が立っていた。

予め与えられた情報通りの破壊の権化のような人相。


「駒場利徳。……あらまぁ、こちらが先にターゲットとぶつかってしまったわ」


いつの間に、結標を取り囲んでいた<スキルアウト>の面々は消えており、おそらく駒場がその権限を使って退避させたのだろう。

己の足を引っ張らせないように。


「こうなったらやるしかないわね。でも|幸運(ラッキー)よ。一方通行、あなた達に『お姫様』を攫われて、ブチ切れてるわ。会ったら確実にミンチね」


「……ほう……その名前。これは予想外だ。まさかそんな大物までと繋がりがあったとは……」


駒場は驚いたように少し眉根を持ち上げるが、結標は軍用懐中電灯を緩やかに構え直す。

それは今まで駒場が対峙してきた訓練された能力者<風紀委員>とは別格の、ただ作業として邪魔者を排除する淡々としている闇の仕事人の目。


「<座標移動>か……。厄介な力だ」


「厄介程度で収まると思う?」


「ああ、まぁ……そうだな。―――厄介以上に憎らしい」


裏の不良と闇の案内人は、互いに戦意をぶつける。


「眉間にぶち込んで終わらせてあげるわ」


<座標移動>に距離など関係ない。

野蛮な人間の拳など掠らせもせずに、三次元上の法則に割り込み、一一次元上にある理論で空間を渡り、鋼鉄さえも易々穴を開けられるコルク抜きの転移攻撃で、速攻で地面に釘付けにできる。

そして、拳銃などの飛び道具を隠し持っていようと、周囲にある盾を呼び出せばそれで済む。


「痛みを与えるつもりはない、と。……涙が出るな」


これから死に逝く者に、これ以上の言葉は必要ない。

冥土の土産のコルク抜きを標的の額のド真ん中へ―――



「……遅いぞ」



―――当たらなかった。

もうその場にいるべきはずの駒場利徳の姿は無く、コルク抜きは何もない宙へ。

<グループ>の技術部が開発した補強器具が強い信号を発するほどの、そして、殺しきれない|重圧(ストレス)が、鈍い烈風と共に。


「くっ!?」


真後ろから、頭頂部を殴打され、結標の視界が霞む。

それでもなお、闇に住まいし獣の生存本能で、振り向きざまに軽自動車を、駒場の位置へ転移させる。

守るのではなく、標的を食い潰す為に。


「驚くなよ……」


しかし、駒場はもうすでに7mほど真上にいた。


「こちらだって真面目にやるさ」


建物に取り付けられた四角柱の鉄棒を結標へサッカーのボレーをかますように蹴った。

そのシュートの勢いは凄まじく、咄嗟に盾にした廃自動車を紙に穴を開けるように貫通。

結標の太股の表面を切り裂き、アスファルトに貫通する。

盾を使っても、それごと粉砕されては無意味。


「……不満そうな顔をするな。貴様のような化物と闘うんだ。これぐらいのハンデがあっても良いだろう……?」


そして―――速すぎて、転移座標の演算が間に合わない。

Level0にはありえない高速機動に、機械ではありえない複雑な野性的な動き。

<座標移動>でコルク抜きをその大きな的に転移攻撃を連続で叩き込んでも、狙いを付けさせぬようジグザクに回避され、あまつさえ、


「お返ししよう。俺は上品な葡萄酒よりも、安酒の方が好みでな。コルク抜きなど、もらった所で使い道がない」


ビュン!! と避けられ空中に取り残されたコルク抜きに向けて、鞭のような蹴りが炸裂。

恐るべき速度で飛来したカウンターシュートは結標の軍用懐中電灯を持つ利き腕を掠る。

その痛みに、肩や背中に張り付けられた電極が過剰反応し、座標調整の要であるライトを落としてしまう。

だが、その刺激で結標はようやく頭が回転しだす。


「その機動力、服の内側に<|発条包帯(ハードテーピング)>を仕込んでいるわね!!」


超音波伸縮性の軍用特殊テーピング、<発条包帯>。

『駆動鎧』の駆動部を行う部分のみを取り出したようなものであり、身体の各所に貼り付けることで、運動機能を10倍以上と飛躍的に増強することが出来る。

結標の低周波振動治療器のような使用者の行動を支える補助具―――なんて、そんな都合の良い代物ではない。

『駆動鎧』にはある分厚い装甲や巨体――そして、使用者を保護する身体的プロテクトが一切存在しないため、身体に対して甚大なる負担をもたらす。

下手をすれば全身の筋肉が肉離れを起こしている。

何もしなくても、その負荷に使用者の身体が堪え切れずに自滅する。

その欠点故に、<警備員>の試験運用からも落ちた欠陥品だ。


「そう、貴方はもう、私が手を下すまでもないほどに相当な負荷がかかっている筈よ」


結標からその致命的とも言える弱点を指摘された通り、高速機動中の重心を保つために、膝の6つの靭帯と、大腿骨、脛骨、腓骨を繋ぐ各部筋肉といった脚だけではなく、体のバランスをとれるように全身にも細かく、<発条包帯>を補強している。

一応、足を自壊させないよう鉄板を仕込んでいるが、やはり、それでも無理がある。


「ふ……その程度の覚悟は、決まっている」


しかし、駒場は笑っていた。

これは、無能力者が能力者と戦うための代償だ。

きっとこの戦いが終わればこの身体は使い物にならなくなるだろう。

しかし、もう死ぬ覚悟ができている。

これからの世界の為に、礎となる。

だから、今の己に耐えられぬ痛みなど存在しない。


「対装甲兵器用の重火器を用意してこなかった貴様に俺は殺せない。どうだ? 今なら降参を認めてやっても構わないが」


「ちっ……そのままでも自滅する癖に、あまり能力者を舐めるんじゃないわよ」


「ならば、早急に決着をつけよう」


その死兵とも言える決意が、脳内分泌を促進させ、肉体を精神が凌駕させ、ゴリラの巨体がより一層巨大化する。


「……俺の前にはやるべきことが山積しているのでな!!」


「それは奇遇ね。……私もよ!!」


瞬間、駒場の周囲の空間に、複数のピンが抜かれた手榴弾が出現。

これは結標が今回の作戦の資金源を爆破するために用意したもの。


「そんなに重火器がお望みなら喰らわせてあげるわ!!」


ただでさえ当たらないのに精密転移に必須な軍用懐中電灯を落としてしまった結標が取った行動は、急所を狙う点攻撃ではなく、空間を制圧する爆破。

さらに、逃亡先に手近にあった金属製のダストボックスによる包囲網が駒場を取り囲むように敷かれる。

最後に自分の身体を近場のビルの屋上へ空間転移し、避難。

だが、


「薄いな……」


駒場利徳は、寸前でアスファルトを踏み砕き、ロケットのように上へ。


「……その程度の“膜”では、この俺を止めることはできない」


ユニットバス4つ分ほどの、分厚い金属の箱の包囲網を<発条包帯>で強化された蹴りで粉砕。

直後、紅蓮の炎が戦場を覆い、鋭い破片の凶器が無数に飛び交う。

看板や壊された廃自動車の鉄屑などがまとめて吹っ飛ぶような大爆発が発生し―――が、

ゴォッ!!! と爆風の勢いにも乗って、一気に結標のいるビルの屋上の高さまで跳び上がった。

そして、10m先の結標の驚きに大きく見開いた視線と合わさった時、初めてそこで駒場はズボンのベルトから自分の得物、引き金の手前に2本のマガジンが突き刺さっている奇妙なフォルムの大型拳銃を取る。


(っ!! あれは<|演算銃器(スマートウェポン)>!?)


<演算銃器>。

赤外線を使用して標的の材質・厚さ・硬度・距離を正確に計測し、即興で最も適した火薬を調合、合成樹脂の弾頭を成形して発射する。

設定次第で鋼鉄の板を打ち抜く事や、豆腐の中に弾頭を残す事も自在で、マニュアル操作であれば大抵の死因を作ることが可能。

そう、訓練された腕が無い<スキルアウト>でも扱えてしまう。


「……チェックメイトだ……」


抑揚のない、勝利宣言。

結標淡希の額に赤外線の、赤い光点がつく。

だが、彼女は逃げられない。

補強されていようと過去のトラウマにより、すぐに自分自身を連続で空間転移はできないのだ。

頼みの綱の<座標移動>も使えず、<演算銃口>の銃口が自分の脳天を捉えている。

これはもう将棋で言うなら完璧な王手。



だが、引き金を引こうとした次の瞬間、待ったがかけられた。


 

 


「―――これは群れの先頭をいく雄々しきヘラジカ」


奇跡の詩を己の魂を込めて歌う。

すると、それは属性と同じ紫の色を纏う。


「―――これは災いを撃退し、友を守る角」


そして、狙いを修正。

<念動使い>に結合が強化され、

<空力使い>の『噴出点』が設置される。


「―――されば、包め、|庇護(アルギス)!」


 

 


「どう、なってるの……?」


駒場利徳と結標淡希は互いに唖然とした表情で顔を見合わせる。

音より先に飛来した六角が2人の間に割って入ったかと思うと、<演算銃器>から放たれた鋼鉄さえ易々と食い千切る弾丸が、停止した。

まるでそこに不可視の堅固な壁が存在するかのように。

そして――――現れた。


「何、故」


駒場の口から、自然と言葉が漏れる。


「―――何故、ここに。……どうして、こんな真似を?」


乱入者の少女は、


「これ以上、無駄な犠牲を止めるためにです」


上条詩歌は、誰もが見惚れるような迷いのない真っ直ぐな笑顔で、威風堂々と答えた。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



これはもう風化してしまっている都市伝説。

『三巨頭』がという名称ができる前、まだ<スキルアウト>達に絶対的なリーダーがいない裏路地界群雄割拠の時代の事、<|怒らせてはならない怒髪天(アンタッチャブル)>、と呼ばれた1人の男がいた。

それはある日、路上で屯ってちょっと酒を飲みながら宴会気分になっていた時、1人の不良が、少し離れたベンチに、おそらく待ち合わせをしている女の子を見つけた。

その少女は、またえらい美人で、まだ幼そうな顔立ちをしているも服の上からも分かるくらいに発育はかなり良く、そしてその笑みは、目が釘付けになり立ち止まる人間が出てくるのも無理はないと思うくらいに魅力的だった。

少女はそれに気付いているようだが大して気にしていない様子で携帯している本を読みながら、時々、左腕に、時計を見つめては心配そうに息を吐く。

まさか待ち合わせをすっぽかされたのか、と不良達は考え、よーしそれならお兄さん達が遊んであげようじゃないか、あひゃひゃひゃ、と顔を合わせながら下卑た笑みを浮かべた。

通行人達もそれに気付いたのか視線を逸らし、そそくさと足早にその場を去る。

そうして、ベンチに佇む少女を大勢で囲んで、


『ねぇー、ちょっとそこの君―――『あ、――さん!』』


彼女は自分達の事など眼中にないかのように、向こうに右手を上げると、そこに………



『テメェら、――に何をしようとしてんだ!!』



天に逆らおうとばかりに尖った髪に、体内からアルコールがぶっ飛ぶほどの怒りの形相を浮かべた『怒髪天』がそこにいた。


 

 


かつて、あの『武装無能力者事件』の後、新たなる『三巨頭』は誰か? という話題に花を咲かせていた時、ふと<スキルアウト>の間の都市伝説、<怒らせてはならない怒髪天>の名が挙がった。

だけど、それは『ナンパする時は男に気をつけましょうね』という不良達の教訓のようなもので、実在するかも分からない人物だ。

3年前、と風化するほどの年代物の噂に、浜面は仲間と冗談に笑いながら、酒を飲み交わした―――が、ただ1人だけ、その冗談に苦笑いを浮かべる者がいた。

それは『三巨頭』ですら手に負えない<赤鬼>、鬼塚陽菜。



『泣く子と恋する乙女には勝てん。マジギレした|親友(ダチ)の兄は勝負すらもしたくない相手』



あの|戦闘狂(バトルジャンキー)さえも避ける相手。

何噂話を本気にしてんだ、とその時の浜面は適当に笑い飛ばしたが………


「後は……テメェだけだな」


白目を剥いて撃沈した仲間達。

そして、何度金属バットなどの凶器で殴られようと、数で一気に圧し潰そうと倒れない男。


「はは、」


その光景にポカンと口を開けて、浜面は小さく笑った。


「テメェは何なんだよ。何でここにやってきた。くそ、応援も全然来ねーし。まさか、俺達の計画を阻止するためにやってきた『アイツら』なのか……?」


「知るかそんなもの。テメェらの計画なんざどうでも良い。詩歌を返せ」


男の言葉にウソはない。

という事はつまり、この浜面仕上の人生をかけた大事な計画の事を何も知らないのに、この男は自分達の邪魔をしようとする。


「邪魔、するな……だと。たまんねぇなオイ」


ギリッ、と浜面は歯を噛み締める。


「俺達Level0がコレにどれだけの覚悟と希望を持って望んでんのか分かってんのか!? 景観の美化っつー名目で居場所を全部壊されて、どこへ行っても馬鹿にされて、他人を食い物にする以外に、Level0に道はねえ……けどな、力さえあればこんなクソッたれな世界から抜け出せるんだよ!! あんな、力が無いってだけで人を排斥する不平等がなくなるんだよ!! だから、力が欲しいんだよ!! だから、力をよこせよ!! 報われないLevel0を救える力を持ってんだろ!! だったら、救えよ、俺達Level0を!! それが力を持つべき者の義務なんかじゃねーのかよ!!」


<スキルアウト>達の叫び。

能力者になることを諦め、能力者からの攻撃を恐れて、けど、能力者に憧れを抱く者達。


「……馬鹿にするのもいい加減にしやがれ」


しかし、その言葉は失敗だった。

ギン!! とその眼光の光が、明確に強まる。


「ハッ、Level0だからって舐めんじゃねーぞ!! 俺は路地裏で能力者達と渡り合うために、そこらのスポーツ選手と同じくらい身体鍛えてんだ!! ボロボロのテメェなんざ負けるはずがねぇんだよお!!」


浜面は一気に接近し、警棒でこめかみを狙う。

ビュン!! と風切り音を響かせながら―――が、その前に浜面の手首を左手が掴んだ。


「ぐっ、あ!!」


ミシミシという骨が砕かんばかりに軋む。


「くっそ、放しやがれ!!」


激痛に顔を歪めながら、腹に思い切り膝を突き立てた。

ドン!! という、太鼓を叩くような轟音が鳴る。

これは、普通の人間ならこれでゲロを吐いてのたうち回り、下手をすれば内臓破裂ものだ。


「……一緒にすんじゃねぇよ」


浜面は絶句する。

倒れない。

それもそうだ。

こんな不平不満をぶちまけるだけで、人に打たれる痛みも人を打つ重みを知らない攻撃で、その拳で大切な者の世界を背負ったあの嘘吐きの友達の徹底した死突殺断を耐え抜いたこの男が倒れるはずがない。


「全てのLevel0を、テメェみたいなクソ野郎と一緒にするんじゃねぇよ」


「テメェ……。一体何の能力を……? いや、さっきから一度も……」


ようやく浜面は気付く。

車を追いかけてきたのも、自分の足。

武装した自分達を倒したのも、自分の拳。

そして、今攻撃を加えた感触は、生身の身体。


「Level0に居場所はあるのかだと。あるに決まってんだろ。他人を食い物にする以外の道もあるに決まってんだろ!! Level0の人間なんざ学園都市にはゴロゴロいる。そいつらはみんな普通に学校に通って普通に友達作って普通に生活してんだよ!! 何がどこへ行っても馬鹿にされてるだ? ふざけるな!! そう言う風に考えてるテメェ自身が一番Level0を馬鹿にしてんじゃねぇか!!」


「そう、か。テメェも俺達と同じ……ッ!! だが、アンタは知り合いじゃ……」


「そうだ。俺はLevel0だ。力足らずで不幸に“させちまってる”馬鹿野郎だ。けどな、テメェと同じじゃねぇよ。力がないからって理由で、他人を不幸に“する”ようなマイナスになった覚えはねぇんだよ!!」


学園都市から見れば、才能の無い劣等生だが、『|疫病神(マイナス)』になった覚えはない。

ただ1つの誓いと共に強くなろうといつも努力してきた。

それでも、力があれば、と何度も思った。

だが、


「何が救うのが義務だ。そう言うテメェは助けを求める人に手を差し伸べたのか?」


「……ッ!?」


「甘ったれんなよ、くだらねぇ。誰にも力を貸そうとしない人間なんて、誰が助けようとするモンか。自分が幸せになるのが当然だって顔で、他人が幸せになることを考えもしない人間になんて、誰が関わろうとするモンか! 結局それらは全部テメェらの問題だろうが!!」


ドン、と突き放す。

その砕かれたとばかりに握り締められた右手首には痣があり、そこから超えられようのない力の差を感じる。

もう、向こうは自分を相手にすらしておらず、見てもいない。

こんな弱者に拳を振るう価値もないと言うかのように。


「ふざけんな……」


浜面は顔面を歪ませ、唇からどろりとした一言が漏れた。

溜まりに溜まった汚れが溢れるような言葉が。


「馬鹿にしやがって、Level0のくせに、ろくな力を持ってないくせに、俺達を馬鹿にしやがってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」


再度、震える足を動かし、警棒を振り上げて浜面は襲い掛かる。

対し―――上条当麻はそこで初めて右の拳を握る。


「テメェらが馬鹿にされてきた理由は、力のある無しなんかじゃねぇ。今からそいつを見せてやる」


そして、


「俺の妹はテメェらの都合の良い幻想なんかじゃねーんだよ!! 甘ったれ癖を直してから出直してきやがれ、このクソ野郎が!!」


警棒が愚兄の顔面に叩きつけられる―――直前に、愚兄の右拳が浜面の顔面に突き刺さる。

小気味の良い拳の音がこの一帯に木霊する。

何の能力もない、ただの右拳。

だがそれは肉体と心を深く抉る―――深く、真っ直ぐにその者の芯に届き、震わす。

完全に意識が断たれ、突っ伏す浜面仕上の脳裏に、大切なものに最強であることを誓ったその勇姿は、深く刻み込まれた。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



<攪乱の羽>による電波妨害で、あらゆる悪意を跳ね返す『反射』の鎧が剥がされ、一気に数の暴力が襲い掛かる。


「バッカじゃねェの?」


薄く悪魔は嘲り笑う。


「チャフってなァ、空気中に金属箔をばら撒くことで電波障害を起こすンだよ。なら話は簡単じゃねェか。辺りに漂っている金属膜を退けちまえば良い。こンな風になァ」


手にしたのは手榴弾。

彼が補強に用意させたのは、拳銃だけではない。


「安心しろ。火薬の量は調整してある」


あの一戦で学んだのは、拳銃の撃ち方だけではない。

あの偽善者が扱う様をきちんと後ろから見て学習している。


「逃げ―――」


行動するよりも早く、ピンの抜かれた手榴弾が投げ込まれる。

破壊ではなく攪乱を優先にしたそれは広域を蹂躙する爆風が吹き荒れ、<スキルアウト>は吹っ飛び転がり、何人かは頭をぶつけるなりして失神。

無論、最も近くにいた半蔵も数mモノ―バウンドで飛ばされ。地面に叩きつけられて気を失った。

でも、3秒後には意識を取り戻した。


(……脳波レベルに応じて自動的に胸部へ放電するシールドAEDが、ここで役に立ったか……)


「が……げふ……っ!!」


脳震蕩で起き上がる事も出来ないまま、朦朧とした目を周囲へ向ける、と。


「ハイ、これで換気終了だァ。イイ夢見れたか、雑魚共」


ふざけるな、と毒づきたくなる。

このLevel5。

最強のくせして、油断や慢心、付け入る隙が無い。

人工衛星対策として、ビルとビルの間を覆っていた色とりどりのビニールシートの留め具を弾き飛ばし、ここ一帯に風を呼び込んだ。

<攪乱の羽>は手榴弾の衝撃波で、もう一掃されているが、もうこれでは吹いてくるビル風のせいで、今、投げても<攪乱の羽>の自律浮遊機能は耐え切れずに流されてしまうだろう。


「さァって、と」


自然のものではない突風、超能力による豪風が残る<スキルアウト>に追い打ちをかける。

用意した予備の<攪乱の羽>も気を失った時に落してしまい、今ので遠くへ行ってしまった。


(やっぱ、こんな真似すんじゃなかったか)


どこにでもある雑草に学び、

絶滅しない害虫を参考にし、

そして、風景に溶け込める脇役を敬う。

それが、忍びの本質。

なのに、自分はこんな勝てるはずがない化け物を相手にしている。

こんな1つの目的のために死を厭わぬ精神は、忍びではなく、侍の管轄だ。

自分は強くも偉くもなれず、『特別な人間』になどなれはしない。


「Level0の分際でLevel5に喧嘩を売るその根性を、もォ一度見せてもらおうかァ!!」


そして、『悪魔』が最後の1人である自分に、その真っ赤に染まる瞳を向ける。

ああ、俺はここで殺される。

隠し持った打ち根はおろか、重火器ですらも通用する相手でもない。

あれが電波障害に弱いと見抜いたのは良かったが、化物を倒せる英雄になれると欲張ってしまい、自分の本質を見失ってしまったのが間違いだった。

大人しく参謀の地位に甘んじて、影に隠れていれば良かった。

今の完全復活していない自分では逃げる事すらもできない。

その時、


ヒュン、という音が聞こえた。


背後から視界を横切ったのは、空気を裂きながら回転する錘。

それは忍びの道具にしては奇抜すぎて目立ち過ぎる、回転すればするほど速度と威力の増す鎖鎌だ。

その太い鎖は、一方通行の華奢な身体に巻き付き、その動きを封じ―――


「あン? 何だ、テメェら、『棒火矢』と言い、考古学にでも嵌ってンのか?」


あっさりと弾かれた。


「半蔵様!!」


しかし、それでも彼女は武器を手放すと、煙玉を放り投げ、自分の肩を担いで起こす。

半蔵はこのへその所だけ透明な黄色い身に浴衣の少女を知っている。


「全く、わざわざ身分を偽ってこんな街に潜り込んで、半年近くも人を追いかけ回すだけじゃ飽き足らず、こんな戦場にまで飛び込んできやがって。何がお前を駆り立てるんだ、郭!」


「再興を。高潔なる服部の家と、さらには伊賀の台等を」


淀みなく答えた郭に、それを聞いた半蔵は呆れたように息を吐いた。


「忍びってものを勘違いしているぞ、お前。忍びというのは『どこにでもいる誰か』になることだ。決して、武士道のように命を捨てられるヒーローなんかじゃない。この様を見れば分かるだろ?」


だから、見捨てろ。

ここで2人とも死ぬのは間違っている。

理想ではなく、現実的な利益を見据えろ。


「嫌です、半蔵様!!」


それでも、郭は言った。

服部家の再興を望む彼女の目に迷いはない。

彼女はきっと死んでも自分をこの場から脱出させるであろう。

こんな女を盾にして自分だけ生き延びようなど……


「……ったく」 「ちっ……」


半蔵は舌打ちし―――それがもう1人の者と重なった。



「駒場じゃねェなら、殺す価値もねェ。……とっとと失せろ、雑草が」



彼が振り向くと、その煙が晴れた先に、化物の姿はなかった。



つづく

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