小説『とある賢妹愚兄の物語 第2章』
作者:夜草()

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無法者編 外法者



路地裏 ビル 屋上



巨大なジャングルジムのような建設途中のビルの屋上に駒場利徳は上条詩歌と対峙していた。

先程まで戦闘していた結標淡希は、すぐさま<座標移動>で―――


「混成、<山吹>――パターン、『電磁波』」


「なっ―――」


瞬間、手に持ったコルク抜きを落としてしまう。

今まで結標の<座標移動>を補助していたマッサージ器が停止し、演算が妨害された。

核爆発や雷などによって副次的に発生する強力な電磁波――電磁パルスを用いた非破壊制圧兵器『EMP(ElectroMagnetic Pulse)爆弾』

電磁パルスが衝突したケーブルやアンテナ等を介して相手の電子装備に、その許容限界を超える瞬間的に大きく流れるサージ電流を発生させ、その内部回線を|麻痺(ショート)させる。

その『EMP』 を電磁波等の光を操作する<山吹>で再現し、さらには演算が複雑でちょっとしたストレスに弱い空間移動系能力者対策の非殺電磁波『ADS』、その2つ――謂わば、<座標移動>、結標淡希殺しで、彼女の動きを封じた。


「お久しぶりです、と言っておきましょうか、結標さん。あなたの事は『先輩』から聞いています。あの一件で、少なからず私に恨みがあるでしょうが、ここは矛を収めて退いてくださいませんか?」


詩歌はそう言って、<山吹>を解く。

結標は真横に引き裂くような笑みを浮かべて、しばらく品定めをするように詩歌を見つめると、やがて、


「はぁー……食えないお姫様ね。いいわ。『仲間』が解放されるまで許しはしないけど、利用価値はありそうだし、一応は命の恩人だから、ここは大人しくあなたの言う事を聞いてあげる」


「ふふふ、ありがとうございます」


と、続けて詩歌は何事もないように、


「あと、解放させることはできませんが、あなたの『仲間』は『先輩』が上手くやったようで、他の囚人と同じ人道に反する扱いは禁じられているようです」


その言葉で毒気が抜かれたのか、気が削がれたのか、結標は肩を落とす。


「そ……余計なお世話、とは言わないでおくわ」


結標はあっさりと<座標移動>でここから立ち去り、


「……邪魔をする気か?」


それを見計らって、駒場はコピー用紙を吐き出すような、平坦な声で口火を切る。


「ええ、私がここにいる限り、誰であろうと犠牲は出させません。そして、あなた達の計画を―――壊します。駒場さん、あなたの手足を折ってでも、です」


ほう、と駒場は険しく目を細め、ふふふ、と詩歌は微笑みながら目を細めて―――2人の姿は消え、スタートダッシュの爆発音だけがその場に残った。





道中



駒場が<発条包帯>に強化された脚力で全力で跳躍。

それを知っていたかのように肉体特化の<暗緑>で跳躍する詩歌。

足場の悪いただ鉄骨だけで組まれた建造物を連続して飛び回る追走劇。


(くっ……気付いて、いるようだな……)


駒場はこの状況は不利だと悟る。

上条詩歌についての、戦術面における分析――情報源は、半蔵が収集した<書庫>と<大覇星祭>での情報と、幾度となく彼女と交戦した<赤鬼>との会話。

だが、結局、駒場利徳は彼女の能力がどのようなものであるかは分からない。

<狂乱の魔女>、<微笑みの聖母>、そして、<幻想投影>、とほとんどが噂や伝聞の類に過ぎない。

ただ、『能力開発』に適しており、<書庫>に載っているデータから<発火能力>を扱えるとしか知らない。

だから、今の自分について来れるのは予想外で、対応策が浮かばず、今まで戦ってきたどの能力者よりもその『手札』が読めない。

現状況からの情報から上条詩歌の手の内――<発条包帯>以上の運動機能向上系の能力、さらに鋼鉄以上の<衝撃拡散>に類似したバリアと機械類を封印させる電磁波。

おそらく、まだ隠し持っているだろう。

能力者としての脅威は、Level5にも相当すると予測。

体格差を考慮した近接戦での乱闘を考える。

あの<赤鬼>と互角に渡り合え、そして、昨年のバレンタインデーにおける浜面仕上の報告の2つの情報からあちらの方が1、2枚上手と予測。

さらに、<発条包帯>の負荷から長期戦は不可能。

極めて危険。

次の手札――<演算銃器>はまだ1発しか放っておらず、再装填の必要はない。


(……仕方がない)


連射を優先し、威力を最低限まで下げる。

<演算銃器>を構え、高速機動化で牽制のフルオートで銃弾を放つ。


パパパンッ!! と弾丸の霰が詩歌の進行方向上を縦断。


「混成、<菖蒲>」


だが、その予備動作から、弾道は詩歌に筒抜けだったのだろう。

今の上条詩歌のかの超人にも匹敵する判断速度は、銃弾のそれすら遥かに凌駕する。

不可視の防壁を展開し、制圧射撃を掻い潜りながらも走り続ける。


「話を、聞くつもりもないようですね」


詩歌の問い掛けに駒場は銃弾で返答を返す。

それを回避しながら、詩歌は言葉を続ける。


「戦うのを、やめる気はありませんか?」


「……言っただろう。……俺達に綺麗事はできない」


「フレメアさんは、どうするんですか? 彼女を守るためなんでしょう」


駒場利徳の携帯画面の待ち受けの、解像度の悪い写真に居心地悪そうな自分と映る少女。

<スキルアウト>を再編成し、この計画の目的であり、駒場利徳が抱えるもの。


「場違いな行動だとは分かっている。……だが、彼女のような『無害なLevel0』を、腐った能力者達から守るには……これしかない」


通信手段を封じ、治安維持が混乱した学園都市で、『無能力者狩り』の常習犯たる標的を狩る。

それが、この<スキルアウト>――駒場利徳の計画。

心を封殺した機械的な声音で返答―――と、


「しかし、それが成功する可能性をあなたは“ない”、と考えていたのでしょう?」


その沈めた心さえも見通す透明な眼が、駒場自身の顔を映す。

誰にも話していない、己しか知らない。

今の『無能力者狩り』も『能力者狩り』も、最初は<スキルアウト>と高位能力者の軽い口論からの行き違いで始まったのだろうが、今ではその具体的な矛先はどうでもよく、ただ他人に暴力を振るう最も適当な言い訳として使われている。

何も原因がなくても、いちゃもんが付けられてしまうのだ。

駒場利徳は争いを好まない性根だが、だからこそ、事の発端となった<スキルアウト>としての責任は<スキルアウト>である自分達の手で取り―――


「そして」


僅かに溜めを作るように息を吸うと、


「場違いな不良の自分にできない事は、私に後を任せようと今日、ここに連れてきたんですか?」


「ッ―――!」


一瞬、駒場の思考に空白が生じ、さらにそこへ狙っていたかのように、


「<|擬態光景(トリックフィールド)>―――閉幕」


スカッ、と駒場の足場にしようとしていた鉄骨の足場が消えた。


「!?」


彼女との問答で気付かなかった。

<調色板>で、光を物質化させ、変化させる<擬態光景>を再現し、罠を仕掛け、その幻を霧散させた。

如何に強力な脚力があろうと空を飛べるわけではないのだ。

そういえば、<赤鬼>が上条詩歌と対峙する際、最も注意を払うべきなのは、彼女の(腹黒い)小細工だと今更ながらに思い出す。

踏み外した駒場はそのまま勢い良く着地し、足元から土砂が飛び散った。

<発条包帯>で増幅された筋肉のバネでどうにか衝撃を殺して着地を成功させたものの、痺れて動きが止まってしまう。


「<|影絵人形(トリッキードールズ)>―――影縛り」


その生じた隙に、駒場の足元の影が蠢き、その脚に巻き付き、地面に縛り付ける。

今度は、影を物質化し、操作する<影絵人形>の再現。

そう、上条詩歌は常盤台中学生の能力の全てを真に迫る再現率で模倣できる。


(まさか、ここまでとは―――だが、まだ)


駒場は<演算銃器>の破壊力を|最大限(マックス)に調整し―――だが、その前に、


「―――紙は木を作る」


十数枚の<|筆記具(マーカー)>を一遍に重ねて変化。

現れたのは無数の木の棒―――このままでは、だが。


「<|植物操作(グリーンプラント)>」


その材質を変質させ、己の生命力を全ての<筆記具>に込め、1つの杖として掛け合わせる。

溶け合うように絡み、生まれたのは全長2mもの樹。

あらゆる病を治す解毒薬の象徴とも言えるヤドリギの枝でもあり、槍とも、剣とも、矢ともさまざまな伝承を持つ杖。

それを『魔術』と『科学』を融合させて、模倣した上条詩歌の万能であり万武の『霊装』―――<|幻想宿木(ミストルティン・レプリカ)>。


ドン!! と大砲の如く発射された<演算銃器>の弾丸を、軽く<幻想宿木>を回して弾くと、そのまま駒場を目指して、一気に何倍にも伸びた。


弾丸の速度以上に生長し、持ち手の意思の通り、必中の加護のある<幻想宿木>は<演算銃器>のみを見事に駒場の手から弾き飛ばした。





路地裏



<演算銃器>を飛ばし、影で縛りながら<山吹>による『電磁波』で、<発条包帯>の機能を麻痺させ、駒場利徳を武装解除して捕まえた。

詩歌も、<調色板>を首にかけ、<筆記具>をばらして仕舞うと、


「降参ですか?」


「ああ、どうやら……君は予想を遥かに上回っていたようだ。……まさか、<|多重能力(デュアルスキル)>とはな」


「いえ、厳密には私の能力とは違うのですが……とそれはさておき」


もう用意した手札を失い、最後の着地で身体が限界を迎えた駒場は、逃げようともせずに、ただ近くの鉄骨に腰をかけている。


「人格が破綻しているとかよく言われていますけど、|超能力者(Level5)と話をしてみませんか?」


詩歌の提案に駒場は顔つきを変える。


「第3位の美琴さんは口より先に手が出ちゃうやんちゃさんですけど、真面目で思いやりのある子です。第5位の操祈さんは目立ちたがり屋で悪戯好きですけど、案外先輩思いな所もあるんですよ。あと、第7位の軍覇さんは今では中々滅多にお目にかかれない根性溢れる熱血漢。そして、第1位のあー――一方通行は実は結構優しいんです」


「な、に……」


駒場は絶句するも、詩歌は構わず話を続ける。


「彼、ちょっと素直じゃないですけど、悪い人じゃありません。まあ、ツンデレという奴ですね」


悪い人間ではない、と詩歌があまりに平然と、そう言ったからだろう。

駒場は呆気に取られた様子で肩を震わせた。


「悪い奴、じゃない……? あの、一方通行かが……話に聞いていた人物像とは違う」


「ええ、自分から進んで誰かを傷つけるような真似はしません。大抵、喧嘩を吹っ掛けられた被害者で、それが派手過ぎるんです。まあ、本人の性格もあるんでしょうけど。でも、駒場さんと同じで、ああ見えても意外に子供好きなんですよ。何だかんだ言って、打ち止めさんのために命を掛けましたし………って、話が逸れました」


彼女の話を聞く限りでは、まるでただの人間ではないか。

駒場の表情に、呆れの色が段々と濃くなっていく。


「それに強いです。私に数少ない黒星をつけた相手でもあります。流石、第1位です」


そして、詩歌は言う。


「私はわがままです。だから、私に全部を背負わせても、それは駒場利徳の夢ではありません。だから―――」


だから、手を繋いで――手を貸してください。


「私は決して強くない。けど、『懸け橋』にはなれます。そして、学生皆が手を繋いだ後、私が統括理事会―――そして、ローマ正教と手を繋ぐ事が出来れば、戦争を止められ、世界を変える事ができます」


ああ、と駒場は思い知らされる。

信じようという気にさせられる。

見ている世界が自分よりもはるかに広い。

きっと彼女は――――と、その時だった。



ゴバッ!! と。

轟音に駒場が気付いた時には、左胸に拳程の穴が開いていた。

ベクトル操作で石ころが弾丸のような速度で発射されたのだ。

遅れて焼けつくような痛みが走り。


「駒場さんっ……!!」


「っ……」


喉の奥から、血の味が広がっていく。

意識は瞬く間におぼろになる。

詩歌は慌てて駆け寄り―――そして、向こうから現れた人影を見て、目を疑った。


「あー君……」


現れたのは、相学園都市序列第1位のLevel5、一方通行だった。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



遠方から聞こえる銃声を頼りに移動すると、標的――駒場利徳が気を抜いていた。

瞬間、一方通行は、足元にあった小石を蹴飛ばした。

ただ、それだけ。

石ころは骨を、筋肉を、そして、重要な器官も突破して、一気に貫通した。


「ハハッ! 呆気ねェな、コラ!!」


ドン!! と脚力ベクトルを変換し、ロケットのように前へと突っ込み、止めを―――刺そうとした時だった。


「駒場さんっ……!!」


聞き覚えのある悲鳴。

思考が、空白になった。

彼女が、血の気を変えて標的の元へ駆け寄る。

まさか。

まさか。

まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか――――自分は台無しに………


そこで、一方通行は思考を打ち切った。


「あー君……」


『悪魔』が最も戦いたくない相手がこちらを見ていた。

その透明な眼で、見たくもない自分の姿を映していた。


けど、変わらない。


彼女が本物以上の偽善ならば、自分は悪にすらも恐れられる真の悪になる。


だから、彼女が敵であろうと、自分のやる事は………


「やめろ」


すぐに彼女は自分に背を向け、標的の身体を調べる。

どうすべきかと諦めず。

どう救うべきか考えている。

その行為を否定するかのように、死神の声。


「ソイツはもう死ぬ」


自分にはそれしかできない。

殺しておいて、綺麗事など言えるはずがない。

ただ楽にしてやろうと拳銃を死にかけの標的へ突きつける。

けど、彼女はどかない。

その背中が責めているようにも、一方通行には見えた。

それに視線を逸らし―――地面に何か光るものを見つける。

駒場利徳の携帯電話。

二つ折りの携帯電話は開いており、待機状態だった画面に光が―――小学生ぐらいの小さな女の子と駒場利徳のツーショット写真が目に入った。



―――この男は、自分と同じ境遇にいる。



嫌でも理解させられる。

だが、それでも一方通行は曲がらない。


「助けるなっつってンだろッ!! そこにいるLevel0のせいでテメェは……ッ!」


この男が企てた計画は潰さなければならない。

そして、万に一つでも『|上(ヤツら)』に理由を与えてはならない。

だから、自分は、彼女の“敵”でなければならない


「手伝って」


なのに、彼女は言う。


「少しでも人手が欲しい。だから、手伝って」


「手伝うって……俺が?」


「そうです」


「おいおい……」


一方通行は唇の箸を吊り上げる。

まるで死に際すら汚して楽しむために笑いながら、


「テメェはちっとは学習しろよ。クズどもに裏切られたくせに何で―――「私はあー君の事を信じています」」


一方通行の顔から笑みが消えた。


「私は何も疑っていない訳じゃないです。むしろ、人並み以上に疑ってますよ。話し合わなければ、信じられない事もあります」


だから、

だからこそ、


「“あー君の事は信じてます”。そして、もしLevel5で一番強いあなたと<スキルアウト>を束ねている駒場さんが話し合い、分かり合えば、『無能力者狩り』も『能力者狩り』も馬鹿馬鹿しくなってくると思えませんか?」


できるはずがない。

これほどの事をして、向こうもそう思っているに違いない。


「……ふっ。分かり合う……か。戦うばかりで……そんな事はとっくの昔に忘れてたな」


駒場は皮肉気に呟きながら、一方通行の顔を見て―――血塗れの口で笑った。

Level5の顔を見て、この男は一体何を見たというのか。


「だったら、思い出させてあげます。フレメアさんに約束しました。必ずあなたを助けると。私はその為にここにいる!」


「そうか……」


「あなたは優し過ぎるんです。だから、こんな所で諦めないでください。全部1人で背負いこまないでください。話し合えば、きっと分かり合えるんです。だから、もうちょっとだけ待って下さい。Level5を、能力者達を、私を。もう少しの間、信じて下さい」


強い瞳で、彼の瞳を見据える。


「あなたには大勢の<スキルアウト>をまとめ上げる力があるじゃないですか。ずっと自分達の力でフレメアさん達を守ってきたじゃないですか。そんなすごい努力、今ここで無駄にしては駄目です。まだ生きて進み続けて下さい。じゃないと、それが結果になってしまう」


「……何故、君のような人間ともっと早く出会えなかったのか。……どうして君のような人間が、もっと大勢いなかったのか」


「大丈夫! きっとまだやり直せる。もし機会をくれるなら……私と手を繋いでください」


無駄な犠牲を出させないために。

不毛な戦いの連鎖を終わらせるために。

そして、1人の少女の願いを叶えるために。

何かを振り切ったように駒場は呟く。


「……本当に、残念だ」


消えていく虹彩。

それを見た詩歌は、叫ぶ!


「あー君!!」


「うるせェ!! 俺は悪……」


「何故、そこまで力があるのに諦めるんですか? やってもいないのに、考えてもいないのに、可能性を狭めてたら何もできません。それとも、そこらの殺人鬼と変わらないんですか?」


「俺は……」


「あー君。今すべきことはなんですか? その力は殺すことしかできないんですか? たかが一度の失敗で全ての可能性を諦めるなんて馬鹿らしい。私は何度でも挑戦します。だから―――あー君、手伝って」


差し伸ばされた手。

Level0とLevel5の間に入る彼女の手が一方通行に差し伸べられる。


「私はあなたにこれ以上罪を背負わせたくない」


馬鹿だ。

まだやり直せるとでも思っているのか。

挽回できるとでも信じているのか。

本当に………



「……テメェはわがままだ」





道中



(あーあー、慣れねェ真似はするもンじゃねェなァ……)


そよ風が吹き、一方通行の髪を揺らした。

汗と埃にまみれた身体を労るような、優しい風。

コンビニで買った缶コーヒを一口飲み、一息つくと、一方通行は“勝手に拝借させて”もらった携帯電話を、『無能力者襲撃・要注意人物』の最後の1人の顔に視線を一瞥して閉じる。

それを待っていたかのように彼は声をかけられた。


「こちらにいると聞いたもので。その顔ですと、上手くいったようですね」


「海原か」


一方通行はつまらなさそうに、顔をそちらに向ける。

この茶色いサラサラした髪や好青年らしいが、どうも気に喰わない。

それに、この圧し掛かってくる妙な重圧。

顔には出さずにさりげなく一方通行は距離を取り、海原は知ってか知らずか変わらぬ調子で、


「それにしても、早速、残業ですか。給料も出ないというのに、過労は関心しませんよ」


「うるせェ、黙ってろ」


と、気付けば、海原の近くには土御門元春と結標淡希――闇の問題児集団、<グループ>の『先輩』方が勢揃いしている。


「……何の用だ。『上』に言われて、“依頼失敗”の罰則でも与えに来たのか」


任務失敗……

そう、標的だった駒場利徳は“生きている”。

しかも、一方通行はその“手伝い”までしている。



『『着色』――<肉体再生>』



澄んだ『同色』を、循環させて濁った『色』を洗い流す『浄化』ではない、『同調』させて、より濃くしていき『色』の深みを増す『上化』でもない。

濃い『別色』を、浸透させて、その元の『色』を染めていく―――『新たな制御領域(クリアランス)を入力』し、『<自分だけの現実>に新たな法則を書き加え』、自然の法則とは逆らって新たなる力を開花させる―――『神の力を譲渡する力』―――謂わば、『譲化』。

あのわがままな偽善者は、あの場で駒場利徳を即興で、しかも方向性まで強引に『能力者』にしたのだ。

一方通行がその破損した器官の代わりに、ベクトル操作で血液を零さず、その生命を循環させ、繋ぎ止めている間に、駒場利徳を『能力開発』をし――成功させたのだ。

欠損した臓器は、すぐに復元していき、駒場が咳き込み、息を吹き返す。

その脈は波打ち、心音は力強く―――確かに、生命の脈動を発している。

心臓を撃ち抜かれた時点で普通なら死亡確定だが、そこから蘇生させたなんて真似、しかもその為にルールを書き替えてしまう発想と実行力。

こんなのこの街にいる教師や科学者ども、あのカエル顔の医者にさえもできない、<幻想投影>という馬鹿げた力があるあの偽善者だからできた。


『元々の素養が<肉体再生>と適していたのか、急場の思い付きとはいえ上手くいく事が出来ました。けど、<自分だけの現実>に影響が与えぬよう置換ではなく付加ですが、そのせいで元々あった駒場利徳自身の能力の芽を潰してしまいました。これは本当に最初で最後の手段にしておきたいです』


別にただの元々Level0でドロップアウトした<スキルアウト>だ。

そんなの気にもしないだろうし、むしろそれを目的で攫われたのだから、向こうは大喜びだろう。

急激な『能力開発』で、一度息を吹き返し、意識を回復させたものの、その後すぐに倒れ、しばらくは脳を休める為に眠り続けるだろう。

その辺はあの患者のためなら何でも揃えるカエル顔の医者に任せれば大丈夫だ。

少なくても、ベットくらいは用意する。

どちらにせよ、駒場利徳は助かった。

それは紛れもない事実で、それに満足すれば良い。


『ありがとうございます、あー君』


と満面の笑みで礼を言われたのも束の間、


『それで、黄泉川先生にも、芳川さんにも黙って打ち止めさんをほっぽり出して今何しているんですか!』


と次の瞬間には説教モードに入ったアイツに、これ以上面倒なわがままに付き合わされて調子を崩されるのはもうごめんだと、制止を振り切って一方通行はその場から離れ―――『残業』を終わらせて、今に至る。

つまり、結局、あの『黒い収集車』には誰も乗ることなく一方通行の初任務は失敗に終わったのだ。

けど、一方通行は後悔していない。

決してアイツに言われたからではなく、自分がやりたい事をやった。

悪魔のくせに。

悪魔であっても。

一方通行はそこらの理由もなく人を殺せる3流の殺人鬼ではなく、悪にすら恐れられる真の1流の悪党で、救いたいと思えば救うのだ。

あの『同類』は殺す価値もなく、死ぬ価値すらもない。

精々、俺の代わりにアイツのわがままに振り回されていろ、とだけ毒づいておこう。

故に、ここでコイツら<グループ>と事を構えようと―――


「まさか。任務は成功している」


何? と一方通行は土御門のサングラスの奥を見る。


「まず駒場利徳の件について。どうも話を聞く限りでは、『能力者狩り』をする気は失せたらしい。頭がいなくなったと知れば、あの組織はもう何もできんだろう。なので、『今までにないサンプル』と言う事で殺害は保留。1度死んだという事にして、しばらくは表舞台には立たないという条件付けだが」


そして、


「上条詩歌は、『回収』しない。見た所、今回もただ巻き込まれただけのようだし、元々学園都市に危害を加えるような性質ではない。むしろ、利益を生んでくれるありがたい存在になってくれる。迂闊に手を出さなければ問題はないだろう。これで一応は落着だな」


「『上』がそンな曖昧な結論で認めンのか? いつ心変わりするか分かンねェぞ」


「認めるだろうさ。……主に海原の馬鹿が頑張ったからな」


土御門はほとんど呆れたように呟いた。

一方通行は怪訝な顔で海原を見たが、いつもの通りにニコニコと微笑みながら、


「いやぁ、『あの少年』には一応、こちらの想い人とその周囲の世界を守ってもらうという『約束』を果たしていただいているようですし、自分も頑張らないといけないなぁと思いまして。それに『あの少女』は想い人にとって、なくてはならない姉ような方ですから。少しだけ肩に力が入り過ぎてしまったんですよ」


「……この優男、さっきからずっとこの調子で具体的な回答を控えているのよ。おそらく余程醜い手を使ったのでしょうね。……まあ、私もあのお姫様に借りが出来ちゃったけど」


結標は額に手を当てて首を横に振り、土御門は肩を竦め、


「それに、どうやら、あの天才ブレイン様も裏で色々と動いたようでな。手はつけられないが能力面においては優秀な彼女の事だ。政治的な問題もほとんどクリアされてしまっている。心配する必要はもうないだろう」


とにかく、残業込みで初陣お疲れ様って訳だよ、と土御門は先輩として軽い調子で一方通行を安心させるように言う。

|土御門元春(嘘吐き)に、

|海原光貴(偽者)に、

|結標淡希(案内人)に、

|一方通行(悪魔)

この一癖も二癖もあり、腹の底では何を考えているかも分からない連中ばかりが集う<グループ>。

彼らは決して信頼のおける仲間同士ではなく、ただ互いの目的のために利用し合う手駒。

例え有効価値が高かろうと、足を引っ張るようなら容赦なく切り捨てる。

しかし、今回、途中で任務を放棄した一方通行を誰も咎めない。

彼らには、ただ1つだけ共通するものがある。

義妹、

想い人、

仲間達、

光。

闇に埋まり、血に塗れようと守りたい『弱点』であり、絶対に捨てられない『宝物』を抱えている者達。

だから、彼らは何でもやる。

このクソッたれな世界で、かけがえのない守りたい者がある限り。


「だが、大切なものを守るためには、普通の方法じゃ駄目だ。『上』の連中は建前じゃ勝利条件を並べてくるが、はっきり言うがそれは全部ウソだ。場末の賭けごとと同じだよ。結局、終わってみれば主催者が勝つようにできている」


この絶対に失えない『チップ』を賭けて戦う彼らに、敗北は死んでも許されない。

しかし、ルールに従っているようじゃ勝てない。

彼らにとって敵とは、自分達を裏で指揮する|黒幕(ディーラー)

勝つには、その『上』が決めた奴らに都合の良いルールの抜け穴を探すか、それとも盤上をひっくり返して暴れるか、そう法を外れるしかないのだ。


「ついて来い。そろそろ『上』の連中へ反撃しようぜ」


土御門は笑いながら背を向けると、まるで遊びにでも誘うかのように、軽く手を振って皆を促す。


「面白ェ」


一方通行は自然と笑みをこぼした。

遠くから見れば、同年代の仲間達が街へ繰り出そうとしているように見えるかもしれない―――しかし、彼らの誰しもが、ぐるぐると腹の中に熱いものを蠢かしている外法者。



(楽しいね。目的があるって言うのは、本当に楽しい)



彼らは遊ぶ。

絶対に負けられない|運命(ルーレット)を回して。



つづく

-25-
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