小説『とある賢妹愚兄の物語 第2章』
作者:夜草()

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EX 未来編 喰らうモノ



???



「喰らってやる!!」


少女は吼える。

幻想を死なす事もできない。

幻想を生かす事もできない。

超電磁砲を放つ事もできない。

前兆を感知する事もできないし、電磁波による探知能力もなく、あるのはほんの少し程度の分析、味覚に例えれば精々しょっぱいか甘いかなど大まかな味付けが判別できるだけでその原材料まで看破する事はできない。


「アンタらが何者かなんてわかんない! 何で私達を襲うのかなんて知らない!」


自分は中途半端だ。

始める事も、終わる事も。

進む事も、戻る事も。

何もかも、1人じゃ何もできない半人前。


「けど、私達に手を出そうってんなら―――」


しかし、それでも、たった1つ、自分にだけできる事がある。

ただそれだけにこの右手に秘められた力は特化している。

それは―――



「どいつもこいつも、その幻想を根こそぎ喰らってやる!!」



―――ただ幻想を喰い殺して、血肉とし活かす。





とあるアパート



私は、上条麻琴。

現在、学園都市の水鏡小学校に通う小学1年生。

1年前に、親元を離れた新参者。

なので、ちょ、ちょ〜っとだけ、両親が恋し―――じゃなくて、実家にいる弟と妹達が心配で心配で只今、ちょっぴりホームシックに………


「………で、どうして、ここにいるンだァ?」


この人は、一方通行さん。

この街のおっきな病院に勤めているお医者様で、ここに来てからとてもお世話になってます。


「オイ、話を聞いてンのか、ガキ」


「ガキじゃありません。上条麻琴です!」


「ああそうかい、クソガキ。用がないならとっとと帰れ。こっちは久々の休みでゆっくりしてェンだよ」


この通り、腕は確かなのかもしれませんけど、口は最悪です。

知り合いの可愛い女の子がやってきたって言うのに、お茶を出すどころか、部屋の中にも入れてもらえません。


「むぅ、これは詩歌お姉さんに報告です。一方通行さんは路頭に迷った女の子を門前払いする鬼畜野郎だって」


「待てコラ。そンなことしやがったら、今度病院に来た時、注射ブッ刺すぞ」


「ま、麻琴さんは、横暴には屈しないぞ!」


「そうかそうか。じゃあ、生意気なクソガキ用にでっけェ注射を用意しておいてやるよ」


「ヤブ医者め! そんなに小さい女の子を苛めて楽しいのか!」


悪徳医師の横暴に訴えていると、一方通行さんは『頭が痛ェ…』と額に手を当てて、深く溜息を吐きます。

ん? と言う事はもしかすると頭痛?

全く、健康管理がなってませんね。

麻琴さんは物心ついた時から風邪は一度も引いた事がありません|(仮病は、何度かありますけど……)。

ふふん、これが、この前の授業で佐天先生が教えてくれた医者の不養生ってヤツですね。

本当、腕は確かなのかもしれませんが、ヤブ医者です。


「……それで、路頭に迷ったって、どういう事だァ?」


うぐ、痛い所を突かれました。


「ちょっと、<|幻想喰い(イマジンイーター)>を試したら、部屋の中がぐちゃぐちゃになっちゃって……。あ、怪我人は出てませんから、ギリギリセーフです」


「アウトだ、ボケ! そもそも、テメェ、詩歌から1人で力を使うのは禁止だって、言われてたンじゃねェのかァ?」


そうです。

私の力、<幻想喰い>はとても危険だと、詩歌お姉さんから厳重に注意を受けています。

そのおかげで私は皆よりも早く、言わば、小学0年生の時から学園都市に送られました。

なので、私は―――


「……クソガキ。テメェ、まさか、この前見てェに仮病を使って、実家に帰ろうなンて、馬鹿げた理由じゃあねェだろーなァ?」


「ち、ちちち違いますよ!? ま、麻琴さんは、部屋が使えなくなったから迎えが来てくれるなんて事は――――あ、痛い痛い!? 頭の旋毛をグリグリするのは止めて! 身長が縮んじゃう!? 暴力反対! 暴力反対!」


「ちっ。……で、詩歌はどうした? アイツはいねーのかァ」


「……詩歌お姉様さんは、夏休みが始まった昨日からイギリスのインデックスさんの所に出張中で、帰ってくるのは1週間後です。それで、部屋が使えなくなった事をメールで報告したら、一方通行さんに面倒見てもらえって……」


「…ったく、面倒ォな事を押し付けやがって…」


「詩歌お姉さんが言うには、『あー君は、小さい子なら誰にでも優しいし、世話にも慣れています。きっと、笑顔で受け入れてくれます』って」


「帰ってきたら、詩歌とは、よォく話合わねェといけねーようだなァ」


「それから、お母さんとお父さんからは『私達の娘に手を出したら許さないわよ』、『まあ、お前なら麻琴を任せても大丈夫だな。で、詩歌に手を出してねぇだろうな』と言伝を預かってます」


またまた、『頭がクソ痛ェ…』と両手で頭を抱えながらぼそりと呟く。

本当に、大丈夫でしょうか?

ちょっとだけ心配です。


「あ、それから、『今の状況で、この子の世話を任せられるのはあー君しかいません。仕事で忙しいのは分かってますが、私が戻ってくるまでの間、どうかこの子の面倒を見てあげてください。お願いします』って、詩歌お姉さん、が」


すると、一方通行さんは頭から手を放し、さっきのような重い溜息ではなく、軽くふっと息を吐くと、


「……わかった。中に入れ」


こうして、学園都市に来てから2度目の夏が、そして、初めての波乱の日々が始まった。





???



少女は、のろのろとした足取りで住宅街を彷徨っていた。

弟と妹を守るため、得体の知れない相手から逃げ続け、憔悴しきっているのだろう。

夜の冷風に吹かれる少女は今にも倒れそうだった。


「お母さん…」


少女が手作りの大きめのセーターの袖に隠したまま手を擦り、息をかけた。

そして、襟に巻かれたボロボロのマフラーにその顔を埋める。


「お父さん…」


弱々しく微笑んで、前を向く。


「麻琴、皆を守ったよ。……お姉ちゃんとして頑張ったんだよ。……だから――――」


次の瞬間、少女の瞳から光が薄くなっていき―――やがて、脱力したように地に倒れ伏す。

そのまま……どれくらいの時を経たのだろうか。

不意に、気配を感じ、そして――――





「混成、<梔子>」





とある住宅



上条麻琴の<幻想喰い>は、その右手で触れた異能を使う事ができる。

<火炎使い>を操って火|(花)を起こしたり、

<風力使い>を操って|(そよ)風を吹かせたり、

<電撃使い>を操って|(静)電気を発生させたり、

など、|(涙が出るくらい残念な性能だが)多彩な能力である。

そして、とっておきの『融合』があるのだが、それは原則禁じ手であり、日常生活の中では使用は禁止。

そんな訳で、実質Level0な麻琴は、今後の為に、能力を使わずに生活できる術を、“ある程度”は身に付けている。

なので、これから渋々|(向こうも嫌々だが)お世話になるだろうこの部屋の主との友好を図ろうと、朝頑張って早起きした麻琴は得意の手料理を振る舞おうと……


「え、っと…確か、ここにお塩を足して――あれ? お砂糖だったっけ?」


……ただし、得意とは言っても、麻琴の中の話であり、<幻想喰い>と同様に、後ろでお手伝いが必要なレベルなのだが。


「いや、ここは思い切って詩歌お姉さんのように隠し味を………」


さらに、ストッパーがいないと調子に乗って、<幻想喰い>と同様に、あらゆるものを『融合』させて、とんでもない創作物を生んでしまう|(こちらももちろん禁じ手だ)。

ある意味、錬金術師に勝るとも劣らない前衛的な才能の持ち主だ|(過去に、新種の毒物を精製した実績がある)。

今も、この料理をしない男の1人暮らし台所には最低限の調味料しか備わっていないはずなのだが、


「ここは健康に良さそうなサプリメントをドバドバーっと。それから昨日やたら頭を抱えてたからお薬も……」


……一応、まだ麻琴は幼い子供なのでご勘弁を願いたい。

だが、その鍋からは見逃せない、明らかにヤバめのドス紫色の煙が濛々と溢れ返っている。

その半分が優しさでできている『バ○ァリン』も用法を間違えば、化学変化を引き起こして、半分が憎しみでできているとしか思えない劇物に生まれ変わってしまっている。

流石、何でもないお土産のお守りから世界規模の魔法陣を偶然に組み上げてしまった男を、父方の祖父に持つだけの事はある。


「げほんげほん!」


が、それでもやはりこの惨状に気付く。

煙に目をやられたのか、瞳を涙で潤ませながら鍋の中を覗き込み、


「う…うん! 料理は愛情だって言うしね! 気持ちさえ籠っていれば大丈夫!」


何も見てなかったように蓋をする。

麻琴の師は、臭いものには蓋をして、自らの失敗を誤魔化す為にその言葉を教えた訳ではない。


「まあ、でも、いつも病院で苛めてくるヤブ医者に麻琴さんが与える愛情など耳かき一杯分あれば十分なのです」


そして、愛情よりも日頃の鬱憤のほうが込められているようです。

このままだと此処の家主がブチ切れて、壮絶な朝食風景になりそうだと――瞬間、


「失礼します、とミサカは家主の了解を得ずにズカズカと部屋に入ります」


ガチャリ、と。

電子ロックされているはずの扉を力技で開け、スーツを着た母親と瓜二つの20代前半に見える女性が入ってきた。


「おはようございます、麻琴お嬢様。美歌でございます、とミサカはあの男に何かされていないか入念にチェックしながら朝の挨拶をします」


麻琴に対しちょっとお硬い丁寧口調で挨拶をした彼女は、ミサカ9982号――御坂美歌。

母、美琴のクローンの1人であり、麻琴の……


「あ、美歌“おばさん”」


「ノウ! 麻琴お嬢様、ミサカの事は『美歌お姉さん』とお呼びください、とミサカは何度もご忠告したはずですが」


「え? この前、病院からの帰りに会った時、『麻琴お嬢様、ミサカの事は『美歌おばさん』と呼んでください』って、お願いされたよ? あれ? そういえば、あの時、看護師さんの服着てたような…」


「ぐ…。他のミサカめ…おそらく、ミサカ10032号のミサカでしょう」


今度会ったら……、と美歌は麻琴に聞こえて悪影響を与えないように小声でブツブツと呪詛を吐きながら、拳を握り締める。

世界中に1万以上いるとされる<妹達>は、長年の月日を経て、感情を取得し、自我が芽生え、今では、病院の看護師や学校の事務員、はたまた遊び人や学生など其々の道を歩んでいる。

そして、この<妹達>の1人、美歌も麻琴の通う水鏡小学校の事務員として働いているため、麻琴と顔を合わせる機会が多く、また、詩歌がこの街にいる間は|(他の<妹達>を押し退けて自主的に積極的に)彼女の秘書のような事もしている。

ちなみに、今、美歌が怨念をぶつけている相手、ミサカ10032号――御坂妹は、病院で看護師をしている。


「麻琴お嬢様。今後、どんなミサカが言おうとミサカの事は『美歌お姉さん』とお呼びください。たとえ、ミサカがお願いしてでもです、とミサカは念を押して頼み込みます」


「う、うん! わかったよ、美歌お姉さん」


逃げられぬよう肩をガッシリと掴んで、昔に戻ったように無感情でズズイと迫りくるおば――じゃなく美歌お姉さんに、カクカクと麻琴は頷く。


「オイ! 朝っぱらからうるせェぞ、クソガキ! 静かにできねェのかっ!」


そこで、ようやく騒ぎを聞き付けたのか家主、一方通行が自室から現れた。


「む、現れましたね、危険人物が」


「あァ? 危険人物って、何だよ? っつか、そもそも、どうしてここにテメェがいるンだよォ」


|約束(アポ)なし、不法侵入をした美歌を、朝から低血圧でより不機嫌な仏頂面で一方通行は凄む。

すると、美歌も麻琴の袖を引き下がらせると、キッと目を光らせて、


「そんなの麻琴お嬢様の貞操を守るために決まっています。|番外個体(ワースト)から上位個体と共同生活していた時の様子は全ミサカが知っています、とミサカは美歌お嬢様を這い寄る魔の手から守るために立ち向かいます」


「アイツが何を喋ったかはしらねェが、俺がこのクソガキに手を出すとでも思ってンのかァ?」


美歌は麻琴を、一方通行の視線から隠すように抱き抱える。


「番外個体が身体を使って誘惑しても反応せず、上位個体が中学に通い始めるまで成長したらこの部屋を追い出したと、つまり、小学生以下にしか反応しない真正のロリコン野郎だ、とミサカは番外個体から聞いていますが」


ブチッ! と。

何かが切れる音がしたが、『ここで怒鳴って朝っぱらから余計なエネルギーは消費したくねェ』と一方通行は表情筋を限界まで制御して、何とか表情を抑え込む……が、


「え、そうなんですか? 私、いつも不遇な扱いを受けているような気がするんですけど」


「ええ、この人は好きな子には素直になれずついイジワルしてしまうのです、とミサカは麻琴お嬢様に忠告します」


「ああ、そう言われてみれば、そんな気もしなくはないようなぁ、って、麻琴はヤブ医者から距離を取ってみたり」


「しかし、本命に一途です。が、学生の頃、毎年、誕生日プレゼントを用意していたんですけど、それを渡すのに2年はかかり、結局、クリスマスに全部まとめて匿名希望(サンタさん郵送)。でも、詩歌お姉様にすぐにばれてしまい……と流石にこれ以上の過去話暴露はミサカも自重しましょう」


「ああ、やっぱりそうなんだ。詩歌お姉さんがこの手の話題に疎いせいのかと思ってたけど、今も友達のままって、単純にヤブ医者がものすっごいヘタレだから……」


「どうやらテメェらは朝から面白愉快なオブジェになりてェらしいなァ!!」


朝から高血圧な一方通行さんだった。

その後、蓋の隙間から漏れ出る瘴気が台所で充満しているのに気付かれて、ブチ切れられ、料理禁止令が出たのはいうまでもない。





水鏡小学校



『保護者が迎えに来るまで、私は学校の中で大人しくしています』


腕組みをした一方通行が、正座している麻琴を見下ろして低い声で言い、麻琴は真剣な顔で復唱する。


『保護者が迎えに来るまで、私は学校の中で大人しくしています』


直立不動のまま、一方通行は続ける。


『間違ってもこの街を出るなンて、身勝手な行動をとったりはしませン』


『間違ってもこの街を、以下略』


『略すンじゃねェ!』


ヤブ医者からの不当な扱いに、とうとう我慢の限界が来たのか、麻琴はプンプクプンプクと頬を膨らませる。


『一体何なんですか! 折角、私が耳かきほどの愛情込めて作った朝食を一口も入れずに流しに捨てて! しかも、床の上で正座までさせて反省文を書かせるなんて! ここまで麻琴さんを怒らせたのはアナタが初めてですよっ!!』


『そーかい。こっちは反省文だけじゃ全然物足りねェンだけどな。テメェが作ったのは飯じゃなくて殺傷能力抜群の毒物だ! そこで目ン玉ひンむきながら泡吹いてる奴を見りゃ分かンだろーが!』


『ミサ。カはミサ! カはミサカはミサカはミサカミサカミサカミサカミサミサミサミサミサミサミサミサミサミサ………』


2人の横にはうわ言のようにミサカを連呼しながら痙攣し続ける美歌がいた。

残念な事だが毒味役となった彼女は小1時間悪夢に魘され、1週間は味覚が麻痺してしまう事になる。


『ぐっ、でもでも、将来有望な若者を学校の中に閉じ込めておくなんて勿体なくはありません? 書を捨てて、街へ出るのが学生として当然のあり方であると私は主張します!』


麻琴は立ち上がろうとする。

だが、一方通行の手が上から押さえつける。


『学生の本分は勉学だ、クソガキ』


一方通行の額には血管が浮き出て、怒りの表情が浮かんでいる。


『っつか、何でお前は、いちいち俺の言う事に逆らうンだァ! いっちょまえに反抗期ですかゴラァッ!』


『何を! 私は正しいことを主張しているだけです! 自分の威厳の無さを棚に上げないでください! 麻琴さんはお父さんとお母さん、それから、詩歌お姉さんの言う事はバッチリ聞く良い子ちゃんですよ!』


『嘘つくンじゃねェ。そもそも、わざわざ注意してンのは、何かある度に暴走して目に見えるモン全部、ぶっ壊してっからだろうが! 保護者(詩歌)がいねー間にちっとは反省したらどうなンだ! 言っておくが、俺が責任取る気はサラサラねーぞォ』


『酷いです! 仮にも保護者なんですから、可愛い子供のちょっとしたお茶目くらい大目に見る余裕くらい持って下さいよ!』


立ち上がろうとする麻琴と、頭を押さえつけてさせまいとする一方通行。

大人と子供が不毛なせめぎ合いを繰り広げる。


『部屋1つを吹き飛ばしたのもちょっとした済ませンですかァ、クソガキ! テメェのお茶目はテロレベルなンだよォ! 良く今まで<警備員>の世話にならなかったのが不思議でならねェ』


『ふふん。麻琴さんは<警備員>じゃ止められませんよ!』


『暴れるなっつってンだ!』


『あうぅ、旋毛をグリグリするのは止めて、痛い痛いです〜!』


膝立ちになろうとした所で、掌から拳に変えて、容赦なくグリグリと身長を縮めにかかる。


『いいか。俺が来るまで学校の中で大人しくしていろ。わかったな!』


 

 


と言う訳で、夏休みが始まったばかりなのに、一方通行に病院へ向かう途中まで運ばれ、上条麻琴は水鏡小学校に通う事になってしまった。

この学校は、<置き去り>を積極的に取り入れていて、家だと思っている子が多く、何の用がなくても学校に来る子が多く、休暇中であっても食堂は一部解放されていて利用もできる。

それに先生方も、自主的に講義を開く事もあり、一般では体験できない事を学ぶこともできる。

校長の木山春生や、最年少教師、木原那由他などが人気で、去年なんて臨時教師と入っている上条詩歌の授業など学外からも希望者が出てきて、大講堂でも収まりきれなかったくらいだ。

年齢的に、そして、能力的に通常の授業を受けられない麻琴も去年は大変お世話になった。

なので、夏休みであるはずなのに学校には結構人がおり、普段と変わらないように見え、麻琴が不自然に浮くと言う事は無い。


「………そんな訳で、加皇君。麻琴さんは朝からヤブ医者からの不遇な扱いにお怒りなのです。こうなったら、いつか法廷の場に立って訴えてやりますから、その時は証言をお願いしますね」


「いや、それ100%一方通行さんの方が正しいぞ」


呆れたように隣の少年が、大きく息を吐く。

麻琴と同年代くらい。

短い癖っ毛が特徴的で、全体的で大人しめの印象で、醸し出す雰囲気は迫力とは無縁な柔和なのだが、生来の――やんちゃ小僧の愛嬌もまた、その瞳から垣間見えている。

浜面|加皇(かこう)

麻琴が学園都市に来た同時期に水鏡小学校に入学した生徒で、1つ上の先輩で、親同士の縁で学園都市に来る前からの知り合いでもある。


「つーか、麻琴。お前、良く一方通行さんに反抗できるな。あの人、学生の頃はこの街のLevel5の序列第1位だった人だぜ」


「ふん。過去の栄光など麻琴さんには通用しません」


「いや、今はそれ以上に凄いから。つーか、ヤブ医者っつってるけど、地獄の底から患者を救いだすっつうくらい凄腕だから」


「それなら、詩歌お姉さんの方がもっとも〜っと凄いんですよ!」


「そうかもしんねーけど、それは詩歌さんが凄いんであって、お前が凄い訳じゃないからな」


この1年、知人でもあり、麻琴が学園都市へ来た経緯を伝聞で知っているので、ここへ来てから暇になれば彼女の面倒を見てきたのだが、騒ぎに巻き込まれるのではなく、悪気がある訳ではないのだが、自分で騒ぎを起こす正真正銘のトラブルメーカーに、加皇は色々と苦労している。

この女性に引っ張り回される境遇は父親譲りなのかもしれない。


「お、麻琴ちゃんに加皇君。おはよー。今日も元気が良いねー」


学校の校門で元気良く挨拶してくる1人の先生。

麻琴の教室の副担任でもある佐天涙子先生だ。

まだ新任なせいか先生なのに麻琴達にもタメ口で接してくるフレンドリーな教師だが、この学生だけでなく、教師も個性的な面々が集う水鏡小学校の中では、割と常識人の分類されている。


「おはようございます、佐天先生」


「おはよーっす」


佐天先生に挨拶を交わし終えると2人は校舎の中へ入っていった。





水鏡小学校外



昼頃。

大型の黒いバンが、学校の附近にあるビルの脇で停車する。

妙に車高が高く、第一印象としてはトラックに近く、何よりの特徴は“視えない”。

塗装に使われている装甲表面の配位子吸収体が細かく色を変え、周囲の景色に擬態しているのだ。

その中で、この運転手の必要のない自動操縦の特殊秘匿装甲車と同じ塗装が塗られた複数の装備に身を固めた集団が息を潜めており、そして―――


「作戦開始」


リーダーの男が号令をかけ、路上へ姿を見せず、足音も立てずに飛び出した―――瞬間、特殊秘匿装甲車が何の前触れもなく、吹っ飛んだ。


 

 


「ス、スナイパーです!!銃声はありません、距離400以上!」


「どういうことだ!? この車両は肉眼では確認できないはずだぞ!」


中枢を破壊され擬態機能が解除された車体の防弾処理が施され相当な強度を誇る装甲には大きな弾痕があり、振り返った時には、さらに丸見えになった車体に弾丸が撃ち込まれる。

1ヶ所だけではなく、10ヶ所以上から何十発もの超高速の対戦車ライフルの徹甲弾を受け、その外装は完全に砕け散り、見るも無残な蜂の巣状態の廃車になり、さらに……


「なっ、|超電磁砲(レールガン)!?」


一条の極光により跡形もなく消滅した。





???



「詩歌お姉様が留守であろうとここの守りは完璧です、とミサカは次のマガジンを装填します」


初弾を放った狙撃手、御坂美歌はターゲットから1kmは離れた、相手から見るとビルの向こうの死角にある、水鏡小学校の屋上にいた。

美歌は特殊秘匿装甲車を他の<妹達>の連携でスクラップにした後、狙撃に使用した愛用の、その気になれば|超電磁砲(レールガン)も放てる<|鋼鉄破り(メタルイーター)>――『|妹達改(シスターズカスタム)』に取り付けられたスコープ越しに相手の動向を観察しながら、慣れた手付きでマガジンを交換する。

通常、狙撃銃のスコープは拡大率が高いため、視野が極めて狭くなるので、状況確認のために観測手をセットで用意するのが定石なのだが、この<ミサカネットワーク>という独自の感覚共有によって、複数の個所に<妹達>を配置する事でカバーしている。

そして、美歌はあらゆる方向から現場の確認をしながら、頭に装着されたインカムから伸びるマイクに向けて、


「奇襲成功。これから作戦の第2段階へ|移行(シフト)します、とミサカは――――」





水鏡小学校



空気を切り裂き、音の速度をも超える魔弾。

身体から発生させた電撃をその銃口に蓄電し、発射される超電磁砲。

さらに、全員降りてからの射撃のタイミングから考えると、姿を擬態しても、向こうは、こっちの様子が手に取るように見えており、こっちは向こうを捉えていない。

その恐怖に、隊員達の動きが固くなって―――


「視角を誤魔化そうとしても、気流や電磁波まで手が回っていないならこの監視網を突破するのは不可能です」


その時、隊員達の前で1人の女性が現れた。


「水鏡小学校に勤めているだいたいの教員や事務員といった大人達は生徒にも負けないくらい個性的なんですけど、1つだけ共通点があるのを知ってます?」


その時、彼らは、今現れた女性教員、佐天涙子を除き、このお昼時で混雑するであろう自分達の周囲の街中に誰もいない事に気づく。


「ここって、世界中から色んな子が集まって来ていて、中でもその力を悪用しようって狙われている子も結構いるんですよね」


姿の見えぬ客人達に、佐天は世間話をするかのように語りかけながら、銃で撃つように彼らに指先で狙いをつけ、


「だから、ここの大人達、そう言った人達から子供達を守るために―――かなり鍛えられてますよ」


会話の最中に、周りにある大気を把握し終えた佐天は、相手が何かをする前に彼女の指の先から、何かを発射。

それが、見事、彼ら全員の顔面に命中した瞬間、


「あがっ―――」


突如、喉元を押さえながら、もがき出し、気絶した。

佐天が飛ばしたのは、高濃度の二酸化炭素。

大気中に含まれる二酸化炭素だけを圧縮し、それを弾丸にして発射。

着弾の衝撃で、相手の周囲に一気に拡散し、気道を通ってそのまま肺へ到達。

二酸化炭素は、大気中にごく普通に存在し、通常なら、人体に悪影響を与えないが、その濃度が高くなると、途端に牙を剥く。

濃度が3%を超えると、頭痛、眩暈、吐き気などを催し、7%を超えると意識を失い、死に繋がることもある。

そうして、相手を二酸化炭素中毒により行動不能にさせたのだ。


「まあ、あたしなんて下っ端に過ぎないんですけどね」


大気中から二酸化炭素だけを掻き集め、それを複数、しかも精確に、狙いをつけられるまでの技量をもつ水鏡小学校新任教員、佐天涙子。

かつての夢の世界に憧れた少女は、今ではその子供達の夢を守れるほどの実力者となっている。

そして、そんな実戦派の大人達が勤める水鏡小学校は、貴重な能力を持つが未だ未熟な子供達を守るために、

たとえ、常盤台中学の学生達が一斉に攻めてきても対抗できるホワイトハウス以上の戦力を有しており、

元廃校だった場所とは思えない、現学園都市でも5本の指に入るセキュリティを持ち合わせる要塞と化していた。





???



『残留思念』

死後もこの世に留まり続ける強い残滓の思念。


『asw我sdf王――――――』


世界すらも喰らおう天災の如き、全てを黒に染める力。

それを圧倒する、『不完全』で『完全』、『神上』で『神浄』、無敵で無限で夢幻、何者にも染まり何者にも染まらない無色の幻想。

だがしかし、


……喰ラウ……


それは『残滓』。

かつて世界大戦の引き金を引いたテロ事件。

その時、街全体を地獄へと陥れた『最悪の人造兵器』―――の欠片。

浄化し切れず、この地に留まり、深い闇に潜み続けた『残滓』。


……喰ラウ……


それは求める。

絶対なる『弱肉強食』の頂点に立ち、全てを喰らう『完璧なる王』たる『肉体』を。



つづく

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