小説『とある賢妹愚兄の物語 第2章』
作者:夜草()

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閑話 大炎上を吹き消す突風



スタジアム



『1番ピッチャー『キャプテンファルコン』』


『TKD14』。

今年の<大覇星祭>で天辺を取った常盤台中学の中枢メンバー。

蝶よ花よと言われた華奢なお嬢様にしか見えない彼女達だが、その身には蜂のように茨のように秘めた棘を持っており、その圧力に身体が一回りも二回りも大きく見える。

その身体に走る武者震いに笑みを漏らす『キャプテンファルコン』。

敵が強ければ強いほど燃える。

それが『鬼』の遺伝子だ。


(さて、いっちょうしばき倒してやろうか)


『鬼の金棒』と恐れられる当主の証――<|貪鬼(どんき)>を片手に出陣。

そして………


 

 


「喝破ッ!!」


初球。

鬼塚陽菜の身体を捻って全身を使うトルネード投法から投じられた一球は、女子中学生が投げたものとは思えないほど、威圧的であり、破壊的な豪速球。

ただのストレートだが、これで夏に数多くの男子球児をバッタバッタと夢魔の如く三振の山を築き上げ、下手に芯を外せば金属バットでさえもへし折った。

しかし―――それをたった初球で打たれた。



カキィィィィィィィィィィィンッ!!!



「!」



強烈な打球がピッチャー陽菜の頭上を超えた。


ゴォォォッ!!! と打球は全く勢いを衰えさせる事なく空を走り、


ドゴッ!!! と真っ直ぐに突き進む弾丸ライナーは得点板へ突き刺さった。


つまり―――先頭打者ホームラン。


「ホームランで、相手を葬らん、ってか、かかか」


「……お頭、それはちょっと……」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



1−0。


『ピッチャー鬼塚陽菜よ。無様な投球を晒した罰で、1枚脱げ』


ぐるっとダイヤモンドを一周。

『ヤキュウケン』特別ルールが発動し、打点を上げた『キャプテンファルコン』はピッチャー鬼塚陽菜を指名|(一部のスタンドからブーイングが上がったものの視線で黙らした)。

早速、上着を脱がされ、ピッチャー陽菜の残りライフが2|(アンダーシャツとショートズボン)となる。

そして、まだまだ攻撃は続く。


『2番センター『鳩ぽっぽ』なんだよ』


次の打席に立ったのは温和な青年。

そのバットは通常のものよりも細く、まるで木刀のようだ。

初球をホームランされた直後で陽菜の球は荒れており、それでもフルカウントまでバッターを追い詰めた。

その間、青年はただじっと動かずにバットを降ろして静観しており、


(流石、お嬢。こりゃ、中々打てるモンじゃない。けど、お頭ほどじゃあないけど―――鉛玉よりは遅い)


投じられた第6球。

唸りを上げる豪速球はストライクコースを通って―――そこで振り抜いた。


ギィィンッ!


居合抜き。

そう形容するしかない神速の一振り。

12人の中で最年少の実力者は、普通のバットの2分の1しかないその真芯で、見事にボールを捉えた。

その球威に若干力負けしたものの打球はレフト前ライン上ギリギリへ落ちる。


「あちゃ〜、あんなの女の子が投げる球じゃない。っとこんな事言ったらお頭にどやされる」


『とある攫われた少女』を捜し、全国津々浦々を駆け巡ったその健脚は快速。

一気に一塁を蹴り、二塁へ。

二塁上で痺れた手をぶらぶらさせるものの『鳩ぽっぽ』、ツーベースヒット。

あんな棒きれみたいなバットで打たれた、としかもフルカウントまで追い込まれてからと、それはピッチャー陽菜にとって、ただのツーベースヒット以上の精神的衝撃。


『3番レフト『ミス・ドラゴン』だよ』


しかし、次の打席に立つのは甘えを許さず、少しの隙も見逃さない『ミス・ドラゴン』。


(甘いですよ、お嬢)


キィン!


これまた初球。

ド真ん中に入った絶好球を見逃さず、セカンド苦無の横を突き抜け、ライト前ヒット。

これでランナー一三塁。


『4番キャッチャー『バッファローマン』』


巨大な体格、その角の付いた覆面も相俟って、雄牛のような大男。

あの<スキルアウト>『三巨頭』の1人『剛力の駒場』よりも頭一個分以上大きい。


「………」


先代の偉大なる守護者の後継で、大将を狙う如何なる刺客も、その身体を以て退けた歴戦の強者の無言の迫力に、マウンドからホームベースが小さく見える。


「ファーボール」


「くっ、そ」


結局、1つしかストライクを入れられず、ファーボール。

これで満塁。

そして、この場面に出てきたのは―――


『5番ショートとう――『イ・マジンガーX』』


―――数々の修羅場を潜り抜け、ここ一番に強い男。


「はっ、ただのストレートが通じるって思ってんなら―――」


例えどんな不幸があろうと決して諦めず最後のチャンスは必ずものにしてきた。


「―――まずはその球を打ち砕くっ!!」


ブゥゥゥゥンッ!!!


サード美琴はその時何が起こったのか分からなかった。

分かったのはあの馬鹿のバットが振るわれたこと―――目にも止まらぬ速さで。


(ボールはっ! ――――)


ドゴォォォォォオオンッ!


唖然とする彼女達の鼓膜を重い音が震わせる。

それは打球がライナーでレフトフェンスに激突した音。

あまりの鋭い打球に敵だけでなく味方も遅れ、慌てて『鳩ぽっぽ』は三塁を蹴る。


「これ以上点を入れさせないよ!」


ヘッドフォンを通り空なる鼓膜が震え、その打球を感知。

ミラーグラス越しの空なる眼が光り、その軌道を読み取る。

跳ね返った球を素早く捕球し、レフト九条はすぐさまバックホーム。

<基礎強化>――特に視覚と聴覚と五感に秀でているも、その膂力もまたLevel4の肉体系操作能力者として並々ならぬもの。

中継を挟まず、思い切ってダイレクトバックホーム。

あまりの返球の速さにスタートの出遅れた俊足の『鳩ぽっぽ』を追い抜き、狙いが多少ずれワンバウンドしたものの、キャッチャー詩歌がそれを後ろへ逃さずジャストキャッチ。


(けど、残念な事に体勢が崩れとる)


キャッチャー詩歌はそのまま腕を伸ばしてタッチに行く―――もしかし、


「な、飛んだ!?」


まさに牛若丸の『八艘飛び』。

詩歌の上を飛ぶように跳んで、詩歌はすぐさま振り向き反応するも間に合わず、ホームベースに華麗に着地。

その『酉』のように空を走る脚力と、雑技団のような軽業で追加点を上げた。

2−0。

満塁ノーアウト。

そして、次のバッターは………



『6番ファースト『タイガーマスク』』


 

 


と、その前に、


「我が半身詩歌よ! その服を脱ぎ捨てろ!」


(……良し、後でこの変態シスコン愚兄に雷を叩き込むわ)


キャッチャー詩歌の残りユニフォーム2枚。





???



『本当に、やるのか……?』


この街の医療技術は確かに素晴らしい。

あの事件で、もう二度と治らないと諦めていた、この身体に刻まれた深い爪跡からの障害をあのカエル顔の医者はもうほとんど日常生活に支障のないレベルまで完治させた。


『ああ、まだ、現役を退くには早過ぎたようだ』


古臭いお好み焼屋の店主も楽しかったがしかし、今自分が欲しいのは戦える身体、昔以上に『右腕の虎』として動ける肉体だ。


『全く、俺も甘い夢を見ていたものだな』


『はぁ……こっちは寝ていても構わないんだがな』


『馬鹿を言うな。若いモンばかりに任せるのは危なっかし過ぎて寝てもいられん。お嬢には借りができてしまったしな……。それに聞いているのだろう。この街に『あの男』が、お前の……がいる』


『……せめて、お竜の奴にも言っておけ。じゃなきゃ後で面倒な事になる』





スタジアム



かつて、三船という男を伝って、ある技術――ロボット工学を、その片目を代償にしてまで手に入れた『外』のとある一族に代々仕える武器職人がいた。

『駆動鎧』にも用いられているその身体補助システムは、12人の中で最も革新的でこの工房が家で道具に恋する狂職人を歓喜させ、いつの日か生涯の伴侶を造るべく独自に開発していた技術をさらに発展させた。

そう、『青は藍より出でて藍より青し』という言葉があるように、この街の筋ジストロフィー治療にも期待されている『人工筋肉』と比べても遜色のない以上のレベルまでに、<鬼蜘蛛>という<発条包帯>とはまた違った物を………


 

 


キィィィィィィィィンッ!


快音がグラウンドに木霊した。

高々と舞い上がった球は外野を超えて見えなくなる、文句なしの場外ホームラン。

スポーツエリートの4番でも内野の頭を超えさせなかった剛球をその伝説的な歴戦の強者は打ち砕いた。


「どうやら、成功のようだな、一目、いや、今代<鬼彫>よ」


ダイヤモンドを一周する復活した親友の勇姿を眺め、ベンチで『キャプテンファルコン』は満足するように頷くと『魔人アシュタロス』に、


「とんでもない。これで失敗したら三船君推薦のけじめの時と同じく、残った片目をボスとお竜さんに差し上げてましたよ。しかし、万が一の改造失敗のリスクを避ける為に、外骨格を取り付けるように外付けすることもできたんですけど、それだとパワーが下がりますし、邪魔になりますからねぇ。実戦派のトラさんはそれを嫌って、直接<鬼蜘蛛>を埋め込めと仰るのですから流石に驚きましたよ」


このユニフォームに隠された、『タイガーマスク』の全身に刻まれた虎の文様に似た痕の代償に、かつての甥を殴り飛ばす事さえできなかった頃とは違い、昔以上の肉体を手に入れた。


「それで、あの小僧の服に付けてあるのは?」


「トラさんのと比べるとレベルが落ちますが、<鬼蜘蛛>を超極薄にした今の僕の最高傑作ですよ。まだまだ改良の余地はありますけどねぇ。ええ、とっても美しい腕時計を見させてもらったお礼です! ええ、誰よりも上質なものが造れると天狗になっていた自分を恥じて引き籠りたくなったくらいですよぉ!! ひひっ、あんなに小さいのに僕の造った<貪鬼>よりも素晴らしい材質に構造!! いや僕程度の分際じゃ分からない、それ以上のものがあの小さい身体に詰まってますよぉ、アレには!! ああ、|腕に装着(腕を組んでデート)するだけでなく、若々しくてコンパクトなボディをこの手で|解体(×××)して隅々まで舐め尽すように調べたい!! この欲求がまさにロリってヤツに目覚めてしまったんですよおおおおおおおおおおおッ!!」


「まぁ……腕は良いがお前さんの感性は世間一般からは大分ズレているから、なんと言ってやったらいいか、この儂でも反応に困る。とりあえず、今は野球に集中しろ」


6番『タイガーマスク』、満塁ホームラン。

6−0。

未だノーアウト。

ファースト食蜂、セカンド近江、サード美琴、ショート黒子、特別ルールで残りユニフォーム2枚。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「ああ、お姉様、大姉様! あと1枚でその肢体を晒す事になるなんて……しかし、それは黒子も拝める、ええ間近で―――いえ、駄目ですのよ、黒子! お姉様達に恥をかかせては―――でもじっくりと隅々まで舐め尽すように―――」


「いい加減にしなさい、黒子!!」


「くっ、姫にこのような醜態を……仕える忍びとして失格ッ! かくなる上はここで切腹を―――」


「流石の私もそれは勘弁被るゾ☆」


この事態にマウンドに集まる、少し薄着になった内野陣の面々。

最初は常盤台中学の圧勝かと予想されていたが、初回でここまで猛連打を喰らってしまうとは、逆にコールドされてしまいそうだ。


「さて、どうやら“普通の”力技が通じない相手のようですね」


「まぁ、そうだねぇ。ちょっとこれはハンデをあげすぎちゃったかも」


「それが致命傷にならなければいいのですが」


「大丈夫大丈夫。次からはババッと三振を。という訳で皆守備に戻った戻った」


ピッチャー陽菜は基本的に『同じ条件下の勝負で、能力者以外の相手には能力は使わない』と己にルールを課している。

それは過去に寮監との一戦でも証明されており、これが鬼塚陽菜の『戦い方』なのだろう……が、


「いえ、そこまでの余裕はないようで」


え、とキャッチャー詩歌を見る。


「ふぅー……騙されましたよ、本当に」


騙された、とそれは相手チームでも誰でもなく、真っ直ぐピッチャー陽菜へ向けられていた。


「投球フォームとズレていますし、球を受けてみて調子がおかしいとは思いましたが、本気で力を“出さない”のではなく、“出せない”のですね」


うっ、と図星を突かれた陽菜。

陽菜の見た目はあくまで普通だ。

包帯もなく、絆創膏もない、傷一つ見当たらない。

しかし9月30日に彼女は1度生死の境を彷徨うほど瀕死の重体となり、今こうしてここにいる事だけでも並はずれた常識外の身体をしているが、それでも表面には見えない、内面ではまだ完全に回復し切っていない。


「4番とエースを失うのは痛手ですが、交代です」


チームの勝利のためにも、そして親友の身体のためにも、司令塔であり監督の詩歌はベンチに向かって、交代の合図を送る。


「待ってくれ」


それを陽菜は止めた。

全てを理解した上で真剣な表情で彼女は、


「黙っていたのは悪かった。言い訳はしない。こうなったのは私の責任だ。だけど、このままじゃ終われない。これだけの借金を皆にだけ尻拭いさせるのはできない。無茶でわがままなのは分かってるけど―――ここで逃げる事だけはできない」


陽菜は頭を下げた。


「頼む。もう一度チャンスをくれ」


その姿に、内野陣と、外野から集まってきた九条、音無、婚后、そしてベンチから駆け付けた四葉と八重は驚き固まる。

鬼塚陽菜は、常に他を置いてけぼりにするほど己の道を爆進し、己が間違ったと思わない事には決して頭を下げなかった暴君だ。

それほどまでに、あの相手に、特に『キャプテンファルコン』と『タイガーマスク』にだけは負けられない。


「詩歌さん……別に1度くらいなら」


しかし、同じ最高学年ではあるが、このチームの発言力は詩歌が握っている。

どんなに頭を下げようと美琴達が何を言おうと詩歌が駄目だと言えば駄目なのだ。


「はぁ……仕方ないですね」


チーム全員がただじっと騒がずにその決定を見守られながら、キャッチャー詩歌はマウンドで頭を下げ続けるピッチャー陽菜の前に立ち、ボールを………



「えいっ☆」



渡さず、その差し出された頭をドアノブを捻るかのような軽い感じで回した。


「―――」


師匠、常盤台の寮監直伝の首狩りだ。

この場面にそれはないだろう、と予期できなかった陽菜はそのまま撃沈。


「あらあら、陽菜さん。熱中症で倒れてしまいました」


「詩歌さん、いくらなんでもそれは……」


こうでもしなければマウンドを降りなかっただろうが、暴君以上に暴君な姉に、美琴も流石にちょっと……となる。


「仕方ありません。回復するまで“8人で頑張るしかないですね”」


しかし、次の言葉に全員が、えっ……と、


「審判。ピッチャーが倒れたので、ベンチで休ませてもよろしいでしょうか?」


詩歌は審判に交代ではなく“治療のための一時退場”の許可をもらう。

そして、独自に品種改良し回復効果のあるハーブを栽培できる<植物操作>の四葉と常に機材を持ち歩き薬を調合できる優秀な薬剤師の八重に、


「この熱中症になってしまうほど、熱くなっている頭を冷やしたいのですが……できますか?」


「「はい! おまかせください!」」


その“意図”を正確に読み取った四葉と八重は頷くと、患者を運びにきた球場スタッフと共にベンチ裏へ。


「ふふふ、頼もしい2人です。―――と皆さん」


詩歌は残った7人に、この不利な状況下を何でもない事のように微笑みながら、



「サービスはこれでお終いです。“私たちらしく”いきましょう」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



『7番セカンド『メイド仮面』』


(全く、頼もしいばかりだ。これでは何事にも才気あふれる私の活躍する場面が少なくなってしまうではないか)


初っ端からの快進撃。

勝敗すらも決しそうな勢いだった。

しかも相手ピッチャーは熱中症で倒れ(他のチームメイトが邪魔でこちらからは何が起きたかよく見えなかったが)、それを交代ではなく、一時退場と来た。

確かに8人でも野球はできる。

守備位置を変更すれば良い。

現に彼女達はライトを守っていた婚后光子をマウンドに持っていき、1人分空いた外野をレフトの九条とセンターの音無で二分する形で守っている。

しかし、そのシフトなら少しはもつはずだろうが、それでは内野の守備を抜ければ、命取り。

それに、だ。


「「婚后さーん、頑張ってくださーい!」」


泡浮万彬と湾内絹保、2人の後輩から応援を背に受けての投球練習。

どうやら、婚后は人に注目されれば注目されるほど気合が入る、何ともピッチャーらしい性格で、劣勢化でも何のその、ますます張り切り―――けど、見栄も気にする性質のようでもあるらしく、


「行きます! 詩歌様!」


婚后光子はエレガントかつダイナミックにワインドアップの姿勢から―――へにゃっとした、所謂女の子投げでボールを投じた。


「はい、ナイスコントロールです、光子さん。あと、少し足をあげるともっと良くなりますよ」


ちゃんとストライクの枠に入っているが、それでもピッチャーに肝心な伸びが無い。

指導しているようだが、どうぞ打って下さいと言わんばかりの棒球だ。

先程の鬼塚陽菜選手と比べれば、その速度と圧力は別次元だ。


「わたくし達は、学園都市の頂点、常盤台中学。その実力、とくと知らしめて差し上げましょう! 皆さん、しまっていきますわよ!」


見得切りは上々、だが、彼女を応援している後輩達には悪いが打たせてもらおう。

この『自分自身の身体が生み出す回転エネルギー――遠心力を半減または倍加できる』――<|暴風車軸(バイオレンスドーナツ)>は、幸いにして野球向きで、こんなか弱いメイドの腕でもスタンドへボールを運ぶ事が可能。

そして、能力だけでなく、この脳内で大きく見開かれた素晴らしくも天才的な戦略眼には小細工は通用しない。

本当、つくづく自分の才能が恨めしい。

姉からの―――と、そうだった。

守備位置の確認をしている間に、パピヨンマスクに、唯一ユニフォームではなくとてつもなく胡散臭い蛍光イエローのメイド服を着込んだ『メイド仮面』は打席に入ると、マスクを被った(そして、防具の上からでも分かるほどの憎たらしい巨乳の)キャッチャー詩歌に軽い調子で、


「そういえば、これはとある見た目も頭脳も天下一品のお義姉さん――雲川芹亜の話なんだけど……」

(よくもまぁこうまで自賛できるほどプライドが肥大しているものだ)


「?」


「その人は大変環境に優しい省エネ主義だけど……」

(私から言わせればただの引きこもりのニートなんだが)


生まれた時から自分の上に立つ者の絶対命令権的なものを『ミッションスタートだけど』された為、仕方なしに頼まれたことを一言一句違わずに、『メイド仮面』は口を動かしていく。


「可愛い(将来的に)義妹のためなら一肌脱ぐ事も厭わない殊勝な方なのだとか」

(直接聞くと姉としての面子が保てないからって、こうやって実の妹をこき使っているが)


もう面倒だと、言っている事と思っている事に矛盾を感じつつも、ようやく肝心な、この試合に自分が出る破目になった原因を、


「けど、その義妹からは業務連絡ばかりで、『すき焼きパーティの件については教えてくれなかった』。何とも酷い義妹じゃないか、と思わないかい、詩歌君」


「いえ、感謝はしているのですが、仕事とプライベートは分けるタイプですので」


「それは暗に、姉を拒否ってないか?」


「それに調子に乗っている方はちょっと……『捕らぬ狸の皮算用』という言葉をご在知なのでしょうか?」


『いぇい! これで『馬』を籠絡したのも時間の問題、あとは『将』を討つだけど〜』と調子に乗った姉のプライドをへし折ってもらいたいと思っていたが、こうもあっさりと。

しかし、このパピヨンマスクに取り付けられた極小の骨伝導スピーカーから呪詛のように聞こえてくる指令が大変うるさくて、


「まあ、ちょっとしたおちゃめも寛大に受け入れられるお義姉さんだけど意外とメンタルは打たれ弱い人だから今後は気を付けたまえ。ああ、でもお兄さんとのデートをセッティングしてくれるなら―――」


「あの、そろそろ投げたいんですけど良いですか?」


「……ああ、そうだな」


『ま、全く素直じゃないんだけど』と珍しく狼狽した姉と繋がったスピーカーをマスクの位置を直すようにスイッチをオフにする。

姉よ、この『馬』を乗りこなすのは困難だぞ。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



(……さて、と。プライドを根こそぎへし折ったあの時のお礼がしたいことだし、姉の要望通りになるのは少し癪だが、真面目にやろうかね)


『メイド仮面』はゆったりとバットを構える。

もう6点差も付けられているが、あの『メイド5番勝負』で初めて完膚なきまでに自分に地を付けた相手だ。

油断はできない。

そして、マウンドのピッチャー婚后は練習通り華麗なワインドアップから―――投げた。

先程のと比べて伸びのある直球、女の子にしては、だが―――しかし、ここから急加速する。


ゴォ! と設置された『噴出点』からロケットのように気流が吹いた。


婚后光子の<空力使い>の力だ。

どんなものであれ触れたものをミサイルロケットのように飛ばす能力。

先程の鬼塚陽菜以上の速球は、そのままキャッチャー詩歌のミットに―――



キィィィン……ッ!



「うむ。少しタイミングがずれたか……修正だな」


『メイド仮面』の打った球は大きく後方に逸れた。

彼女は文武両道の自他ともに認められている“天才”『エリートメイド』で、さらに<暴風車軸>でスイングスピードは2倍。

<空力使い>の快速球は確かに脅威だが、能力しかないと分かっていれば対応は容易だ。

急加速していく球は厄介ではあるが、それでもキャッチャーが捕れないようなものまでは投げないだろうし、コントロールも考えなければならない。

今ので大体のタイミングは把握したし、次でおそらく攻略終了。

薄く目を細めて笑う『メイド仮面』は、細身ではあるがかなりの存在感を放ち、特にミートに関してはクリーンナップにも負けないかもしれない。


(ふんふむ……)


フォームに揺らぎはなく、どこにも余分な力はなく、リラックスな自然体で洗練されている。

ならば………


 

 


ズバンッ!


キャッチャー詩歌のミットに白球が吸い込まれた。


「やられたな……まさか空から降ってくるとは」


暴投したかのように、天高く上空へ投じられた球。

しかし、そこから急角度急加速し、捕手のミットの元へと落ちて――いや、流星の如く飛来。

『メイド仮面』はバットを振る事もできずに、唖然と固まってしまう。


「ふふっ、これが婚后光子と詩歌様の天と地を突く、『|空力飛球(エアロボール)』ですわ!」


マウンド上で婚后は自信満々に高々と持参した扇子を掲げて勝利宣言。


「私のプライドはそう簡単には折れまいよ。それにその投げ方は癖がある。来ると分かっていれば対応はできるさ」


―――打てない球ではない。


強がりでも何でもなく、所詮は能力頼みの一発芸、と『メイド仮面』の余裕は崩れない。

この天才メイドの頭脳が、コンピューターのように素早く的確な計算を弾き出し始める。

そして、マウンドのピッチャー婚后はおもむろに頷くとボールを持った手を大きく―――真横に振るサイドスロー。

今度は上空からではなく、真横から胸元を抉るように急直角。


「残念だが、それは予測済みだ」


その時、マスクの奥の『メイド仮面』の瞳が光る。

如何に能力を使おうと、それを使う能力者の思考を読めば良い。


ゴォッ! と『噴出点』の推進力を得て、航空力学の法則を捻じ曲げて迫る白球の軌道に対して『メイド仮面』の身体を垂直にし、線と線で捉えるスイングでバットが合わせた。


(―――捉えたッ!!)


だが、投げ終わった後の婚后光子の指がVサインを描いていた。



―――アナタは『空力飛球』について一つ誤解していますわ。



ふと、思う。

良くあそこまで高々と投げてストライクコースを掠めるようにコントロールできたな、と。

『噴出点』を設置できるとはいえ、それを発動させるのは人間なのだ。

もし狙いが逸れてしまえば、発動のタイミングがズレてしまえば、とんでもない暴投になりうるのだ。


「けど、これは絶対に外しません。何せこれはわたくしと詩歌様の“二段構え”なのですから」


ゴッ! とさらにもう一度、球が変化した。


(なっ―――!?)


<空力使い>の『噴出点』を設置したのは婚后だけではない。

最初に婚后光子の『噴出点』がキャッチャーの元に向かうように発動し、次にミットに収まるように上条詩歌の『噴出点』が発動。

そう、つまりは直前でキャッチャー詩歌の望み通りに微調整していたのだ。


「ストライクッ! バッターアウトッ!!」


バットを思い切り空振りし、倍加した遠心力に振り回され、『メイド仮面』は独楽のように回って尻餅をついた。


「予測済みとか何を言っていたんだ私は……うん、プライドが折れそう」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



『光子さん、どんな球が来ても絶対に私は後ろへは逸らせません。どんな球でも受け止めて見せましょう』


不利な劣勢下、もうこれ以上点をやれない場面で、婚后光子は何もプレッシャーを感じていない訳ではなかった。

だが、不思議とミットを構える詩歌を見たら不安は消えていた。


(わたくしは……1人でここに立っているのではありません)


周囲を守る仲間達、そして絶対的な信頼感を持つ詩歌の、マスクの奥で熱く、だが奇妙なほどに静かに燃えている瞳に力を与えられたかのように気迫がみなぎる。


「ヒヒッ、この僕が造った自動ホーミングバットで君の球を打ち砕いてあげよう!」


笑止。

この球は婚后光子だけではない、上条詩歌、そして、自分のチームメイトの球なのだ。


(私を信じてめいいっぱい投げなさい!)


サインになくても、この視線で全ては通じる。

婚后はただ全力で彼女のミットをめがけて“発射”した。


ゴォォッ!!


その豪快速球は、バットを弾くと、そのまま詩歌のミットへ。

詩歌も<空力使い>で姿勢を保持しながらボールをミットで受け止め――その信に応えた。

そして、婚后光子は絶対の自信を以て告げる。



「この婚后光子がいる限り、これ以上の失点は許しませんわ!」



ズバンズバン、と婚后光子の連続奪三振ショーで見事に嫌な流れを断ち切った。

しかし、まだ6点差。

反撃はまだこれからである。


 

 


「きゃー、美琴ちゃん!? ママこんな球打てないわよー!?」


「知らないわよッ!! っつか、アンタ正体隠してたんじゃなかったの!?」



つづく

-30-
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