小説『とある賢妹愚兄の物語 第2章』
作者:夜草()

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閑話 もえよ魂



グラウンド



「よっしゃ! 試合は後4回! まだまだこれから! キッチリここは0点に抑えて、がっちり点をもぎ取って、奴らをひん剥いてやろうぜ!」

「陽菜ちゃ〜ん……もう少し言葉遣い気を付けようね〜……」

「あと、陽菜さんの守備位置はマウンドではなく、右翼です。さっきのラフプレーをしっかり猛省してください」

「あれ、負傷退場してもおかしくなかったですわよ。というか、それで何だか向こう火がついちゃったようですし……」

「という訳で、退場にならなかっただけで運が良かったと思え、鬼」

「うぎぎぎぃぃ〜〜っ! あれは長年、詩歌っちと比べられて沸々と溜まってきたフラストレーションが火がついちゃったというか……ねぇ、美琴っち?」

「え、私!? 何で私に同意を求めるんですか!?」

「きゃー! 詩歌先輩助けてぇ〜♪ 御坂さんが胸をじろじろと見てきますぅ☆」

「あ・ん・たは〜っ!! いい加減にしないと、電撃ダイエットでその脂肪を燃やすわよ!!」

「よしやれ美琴っち! これは戦争だ! そこにいる巨乳艦隊を滅ぼすのだーっ!」

「無闇に煽らない。2人とも喧嘩しない。操祈さんは人の身体を馬鹿にしちゃいけないって習ったんでしょう? だったら一々挑発しない」

「はーい、反省しまーす」

「美琴さんもまだまだ成長期なんですからそれほど気にしない。うん……最近、成長してますし、これから大きくなっていきますよ」

「え! それは本当―――」

「ええ、美鈴さんのように」

「―――はぁ……そうですよねー……―――「ぷっ、くすくす」―――キッ!!」

「なっ、美琴っち、裏切るのか!?!? ―――いや、という事はまだ私にも望みが!?」

「ええ、美琴さんは将来有望ですし、心配しなくても大丈夫。何なら私が栄養管理の面倒を見ましょうか?」

「べ、別にそこまでしてもらわなくても……(ごにょごにょ)。でも、ありがとうございます! それに対して……はぁー、本当にウチの母ときたら……」

「ぶーぶー、詩歌先輩、御坂さんばかり甘やかしすぎですよぉー」

「という事はまだ私にも望みが!?」

「別に重要でもないので2回訊かなくても結構です。しかし、まあ、陽菜さんは………」

「何故そこで気まずそうに目を逸らす!? その、将来性は0ですけど夢を見るのは良いことですよね〜、といいたげな残念なものを見る目!?」

「はいはい、話戻しますよ〜」

「流された!?」

「ま、でも、鬼塚先輩の言う通り、0点に抑えて、点を取るという考えには賛成ですね」

「うんうんひん剥かれるのは嫌だよ〜……」

「そうですの。ですから、婚后光子。落ち込んでいる暇はありませんのよ」

「―――ッ!? わ、白井さんに言われなくてもわかってます! ええ、1点も入れさせません!」

「ふふふ、元気があって何よりです。では、ちょっとした作戦なんですが………」


 

 


神の子の姿と似ており、人を超えた者とは別の、しかし、同じ人外である、獣の王の血と混じわり、人と違う者。

その中でも、その男は、獲物の動きを捉える動体視力と反射反応がずば抜けており、その者曰く『止まっている時間の中で動いているようなもの』らしい。

また近代随一の武術の達人でもあり、銃の弾道を見切り、回避できる運動神経を持ち、過去に銃弾の嵐の中、掠り傷一つ負わずに敵組織を壊滅させたという逸話もあるほど。


「さて、今度は誰をひん剥いてやろうか」


一打席、大爆発打線のきっかけとなった花火を打ち上げた千両役者が、この何でもありの『ヤキュウケン』で持ち込んだ巨大な棍棒をバット代わりにして、打席に入る。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「ファーボール!」


審判の声があがり、『キャプテンファルコン』は若干気が削がれたように一塁へ。

先程の三振の影響か、それとも、この別格の威圧感からか、ピッチャー婚后の『空力飛球』のコントロールが定まらず、ほとんど暴投な球でファーボールとなってしまった。

キャッチャー詩歌が球を直接渡しに駆け寄り、マウンドのピッチャー婚后へ何やら励ましている間に、『キャプテンファルコン』は次打者の『鳩ぽっぽ』へ、サインを送る。


『(ふん。もうガタガタだ。儂が足で揺さ振りを掛ける)』

『(うわ〜、お頭容赦ないっすわ〜)』


打てなかった鬱憤を晴らすように地面を踏みならし、ザッザッと塁周辺の足場を固める。

ピッチャーは投球以外にも、牽制球、バント処理、ベースカバー……など仕事が多い。

婚后光子は事前に野球については学んでいるようだが、あくまで素人であり、牽制も下手。

あの『空力飛球』は確かにバッターからすれば脅威的な変化を見せるが、その分、変化量も大きいのでいくら球速が速くても、ランナーから見れば隙が大きい。

ピッチャーにとって、ホームランより、大きくリードを取り、小蠅のようにウロチョロするランナーの方がいやがる場合もある。

バッター集中と分かっていても、気を取られてコントロールが乱れ、ここで盗塁でもして、投球以外の面からプレッシャーを与え、精神的に責めれば、じきにマウンドに立てなくなる。

そして、詩歌は一度だけランナー『キャプテンファルコン』へ視線を走らせるとホームベースへ。


「プレイ!」


ピッチャー婚后、ランナーを少し気にしながらも、セットポジションからボールを投げた。

ド真ん中の快速球。

ヒットはとにかく当てることはできそうだが、そこは盗塁を援助するため『鳩ぽっぽ』は思い切り空振る。

『キャプテンファルコン』は指先からボールが離れた時点で全力で走り―――


「―――っ!!」


次の瞬間に、ボールは急激に斜め上に浮上し、ウエストボールと同じようにストライクゾーンからはバットが届かなくなる所まで大きく外れる。

して、キャッチャー詩歌はそれを捕球と同時に少しも無駄のない滑らかな動作で二塁へ腕を振るう。


(刺す―――)


ッパァンッ! とセカンド近江苦無がベース上に寝かすように構えたミットの中へストライク。

肩の強さだけじゃなく、スローイングの正確さに捕球から送球の繋ぎの速さ。

これは母直伝の投擲技術を、|動く(逃げる)|的(愚兄)を相手にし、磨き抜かれた賜物だ。

その球筋を見て、厳しい、と瞬時に判断したのか、『キャプテンファルコン』は途中で盗塁を止め、一塁へと戻る。

そして、セカンド苦無は、うっ、と矢のような勢いを上手く殺せなかったのか、手首の調子を確かめ、


「近江さん、大丈夫ですの?」


「ええ、心配かけてかたじけない、白井殿」


そのまま駆け寄ったショート黒子の手を借りて立ち上がると、白い球をピッチャー婚后へ返球。


(能力や頭だけじゃないってか……だが)


盗塁は失敗。

しかし、どんなにキャッチャーが優秀であろうと、相手ピッチャーが未熟であるには変わりない。

より大きくリードすれば、盗れる。


「プレイッ!!」


と、審判の試合再開の宣言と同時に、『キャプテンファルコン』はピッチャー婚后の一挙一投を見逃さず、じりじりと塁を離れて―――



「はい、タッチアウト♪」


「ぬ?」



ぽん、と肩をミットで叩かれた。

タッチアウト?

どういうこと?

と、ピッチャー婚后を見れば、


「こっちは偽物です」


そのミットの中にあったボールが“砕け”、代わりに、してやったり、とファースト食蜂のミットにはボールが握られていた。

そして、食蜂は、一塁ベースから離れてリードを取っている自分にそのミットを当てている。

これって、つまり―――



「ランナーアウト!」



―――隠し玉!?





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



あの鬼塚陽菜の豪速球を初球で見切り、軽々外野まで運んだ超人的な目とパンチ力抜群の打撃。

きっと『キャプテンファルコン』は『空力飛球』でさえも打ち返してしまうだろうし、下手をすればまた場外へ飛ばされてしまえば、また勢いづかれる

なので、


『塁に出してそこで刺しましょう』


何も投球と守備だけでしかアウトを稼げない訳ではない。

こちらの弱点は百も承知だし、あの積極的な気質からして、果敢に仕掛けてくるだろう、と。

なら、その隙を利用すれば良い。

幸いにして予想通り、『キャプテンファルコン』は盗塁を企てていた模様で、そして、それは直接的攻撃の部類に入る『操作』はとにかく、『読心』――ランナーに最も近いファーストにいた<心理掌握>の食蜂操祈には筒抜けだった。

キャッチャー詩歌がマウンドへ上がってきたのは、その確認のためで、最後に見たのは『キャプテンファルコン』ではなく、ファースト食蜂。

100%来る、と分かっていれば、セカンド送球を何の迷いもなく投げられ、ほぼ確実に盗塁は阻止できる。

送球を受け取ったセカンド苦無は、アクシデントを装って、その<水蛇>で造った白球の模造雪玉をピッチャーの婚后へ返し、本物をこっそりショート黒子のミットに忍ばせる。

そして、白井黒子の<空間移動>で、相手の誰にも気付かせる事なく本物を渡されたファースト食蜂は、キャッチャー詩歌の返球を見て、より大きくリードを取ろうとし、塁を離れた『キャプテンファルコン』の油断をついてタッチ。


「作戦成功。光子さん、操祈さん、苦無さん、黒子さん、ナイス連携です!」


一発限りのトリックプレーを成功させ、場内が湧く。


(隠し玉など、味な真似をするとは……!)


そして、三振を取られた相手で、一番の強打者をアウトにし、その勢いでピッチャー婚后光子は、2番『鳩ぽっぽ』と3番『ミス・ドラゴン』と連続してアウトに切って落とし、この回を公言通りに0点に抑えた。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



揺れる。

揺れる揺れる。

揺れる揺れる揺れる揺れる揺れる。


「う〜ん……疲れたのかな〜……? 球がぶれぶれに分裂してるよ〜……」


7番音無結衣、<振動使い>で宙に浮かばせたバットを振るうも、あえなく三振。

しょぼ〜り、と肩を落としてベンチに戻ると、同じ3年の陽菜と詩歌に出迎えられる。


「あっはっはー、ありゃナックルボールだよ、結衣っち」


ベンチからでもその球の縫い目までも見えた陽菜は、陽気に応える

球に回転を与えずに投げることで空気抵抗を受け、不規則に変化し複数に見える魔球――ナックルボール。

しかし、


「でも、あれほどの変化と球速とは、プロでもそうそう見られない。というか、いませんよ。一体どれほどの身体能力が……」


しかし、この『キャプテンファルコン』のように先の剛重球以上の超高速で放たれたナックルボールはそうそう無い。

8番近江苦無も、何とかバットに当てたもののボテボテのゴロ。


「くっ、先生……申し訳ありません。まだまだ私は修行不足のようで……」


「ふふふ、まだまだチャンスはあります。それよりも、真面目過ぎです、苦無さん。そう畏まらずにリラックスですよー」


「わわっ!? 先生!? 恥ずか―――きゃ!?」


と、小さくて可愛いモノ大好きな詩歌さんの琴線に、落ち込んで仔犬のようになっている苦無の姿は響いたのか、おー良し良しと抱きしめてこれでもかと撫でくり回す。

体験者でもある美琴はあはは、と苦笑し、同級の黒子はきーっ、とハンカチを噛み締め―――その先に陽菜がぷっ、と、


「おい、鬼! 私を小馬鹿にしているのか!」


「べっつに〜、甘えんぼで可愛いねぇ〜、って、思っただけだよ」


「くっ、元はと言えば、貴様が気の抜けた投球をするから―――」


そうして、ベンチ裏で<鬼火>と<水蛇>のすったもんだの口喧嘩が始まる。


(陽菜さんも陽菜さんだけど、近江さんも―――って、そんな事よりも)


それを背後に美琴はネクストバッターサークルへ。

少しでもあのナックルの球筋を近くで見極めておきたいところ、だが、次の打者は………


『9番みさき』


常盤台中学で2人いるLevel5の1人、食蜂操祈。

精神系なら何でもできる『常盤台の|女王(クイーン)』の<心理掌握>だ。

食蜂は打席に入りながら、相手キャッチャーの心を読み取る。


(……へぇー、『ナックルで追い込んで最後はストレート』といった配球かしらー?)


読みは完全に的中し、2球続けてナックル、最後にストレートが投じられ、食蜂は見事にスリーストライクバッターアウト。


「ふふっ、全部私の予想通りねぇ」


「分かってんなら、一度くらいバットを振んなさいよ、アンタ!!」


配球は読めても、肝心な運動神経が口ほどにもない食蜂だった。


「だ…だってぇー、御坂さんとは違って、私、か弱いしぃー、当たったら腕が折れちゃうかもしれないわよねぇー?」


熱は無いけど気分が悪いので学校休みます甘ったれ小学生的な言い訳に御坂美琴は、カチン、と……


「いやそれ、アンタが単に運痴なだけでしょ。それとも、来ると分かっていても見えなかったその少女漫画みたいなキラキラお目目はお飾り?」


マラソン大会でビリっけつは格好悪いよねお子様小学生的な理論に食蜂操祈は、カチン、と……


「この目は生まれつきだって前にも言ったでしょー! 人の身体のコト馬鹿にしちゃダメだって詩歌先輩がさっき言ってたの憶えてないのぉー? だとしたら、やっぱり御坂さんは3歩歩いたら忘れちゃうお子様よねぇー?」


「だ・れ・が鶏みたいなお子様だ! っつか、忘れてないわよ! だけど、それをアンタにだけは言われたくないッ!!」


ぎゃーぎゃーと今度は電撃姫と女王様が、しかも、屋外のとても公に目立つ場所で。

何だかんだ言っても彼女達は女子中学生で、しかし、お嬢様学校からやってきた代表でもあり……



「美琴さんに操祈さん? ちょっと大人になろうねぇ?」



ガチンガチン!


右手が左側にいる美琴、左手が右側にいる食蜂。

横から伸びた手がクロスして、Level5の2人のこめかみを捉え、その身体が宙へと持ち上げ、足が地面から離れ、そのままベンチ裏へ直行。


「痛い!? 詩歌さん、やめ―――あだだだだッ―――」 「詩歌先輩!? 頭が!? 頭が潰れ―――あだだだだッ―――」


アイアンクローフロムキッチン対面式。

最高学年のお姉様にのみ許された、両手で2人の頭を掴んで対面にさせ、後輩2人を喧嘩両成敗で謝らせる常盤台中学異伝。

これさえあれば仲が悪かった2人もすぐに仲直りのビフォーアフター匠の技である。

鋭い牙も切り裂く爪も失ったはずの人類だが、この凶悪な五指だけでも十分に暴力装置としての役目が果たせる、と美琴と食蜂は思う。

危険を報せる信号機のように|!マーク(痛み)と|?マーク(混乱)が後輩の頭に慌ただしく点滅し、

ベンチ裏で『常盤台の暴君』と『常盤台の騎士』を寮監直伝の首狩りで始末し終えた秘密兵器さんはにっこりと微笑んだまま、まろやかな、あまりにもまろやかな声で……


「フフフ……御坂美琴さんに食蜂操祈さん? 喧嘩するのは別に構いませんが、時と場所を考えなさいねぇ?」


頭が微動だにできぬほどがっちりと固定され、首肯する事もできず、話を聞くことしかできない。

そして聞く限り、先輩の声には確かに笑みが混じっていた。

……怒っている時の笑みが。


「我が校でも2人しかいないLevel5で、来年は最高学年になり、皆の手本となるように心掛けないといけないお二人が公衆の面前であんな真似をしちゃうってどうなんですか? ねぇ、聞いてますか?」


ここで口答えすると命に関わる。

歯磨き粉を最後まで捻りだすように、今も物理的に限界まで絞られている頭の気力を振り絞って、何とか声を出す。


「「は、はい……き…聞いてます……」」


<心理掌握>も<超電磁砲>を投影した詩歌には通じず、<超電磁砲>も『干渉』により封じ込められ、詩歌の前では、ただの女子中学生。

過去に<海賊ラジオ>でも報じられたLevel5の喧嘩に割って入って両者ともノックダウンした<狂乱の魔女>に、抗える余地など皆無に等しい。


「あらそぅ? じゃあ、仲直りの握手をしましょう」


「「えっ……!?」」


しかし、それでもコイツと手を組むのはゴメンだ。

Level5は基本的に大変個性的で、互いに相容れる余地などない、特にこの2人は犬猿の仲―――とここでさらに問答無用、万力の出力上昇。


「早くしないと2人の爪の垢を煎じて、それをお二人の口に漏斗を突っ込んで強制的に流し込んであげても良いんですよ」


ガシッ、と握手。


この人はやると言ったらやる、間違いなく本気で。


(食蜂(御坂さん)の爪の垢を飲むなんて死んでもイヤよ!!)


それだったら猛毒の方がマシ!!

そこだけは2人の共通認識であったらしく、美琴と食蜂は宙ぶらりんになったまま、互いの手を|(片やその骨を砕かんばかりに、片や爪を皮膚に突き立てて)固く握り締めて、ぶんぶんと|(仮初だけど)仲直りしましたよー、的なアピール力全開☆


「あれ? これで終わりですか? 喋れるんだったらもっと何かいう事がありますよね。例えば、互いに酷い事を言って、ごめんなさい、とか?」


「「ご、ごめん、なさい……」」


「最後に皆に迷惑かけて、ちゅんません、と言いなさい」


「「ちゅ、ちゅんません……した……」」


何だか痛みと共に新たなトラウマを頭にめり込まされたような気がする。

でも、それを代償に先輩は怒気を冷ましてくれたか、パッ、と解放。

途端―――まだズキズキするが―――1秒も待たずに美琴と食蜂は手を離し、ハンカチで拭く。

そして、キッと睨むも―――その間でにこにこと微笑んで、『まだ物足りないの?』と目で語りながら両手をぐーぱーぐーぱーさせている先輩の姿を見て、慌てて矛先を納める。

常盤台中学でも屈指のLevel5の2人で基本的に手を組む事はありえない――ただし、『常盤台の聖母』が関わった場合はその限りにあらず。

この問題児共の手綱を引けるのが上条詩歌の常盤台中学の教員達から最も頼られる点である。

そして、いつもの微笑みに戻った詩歌はプロテクターを付けながら、でも、どこか拗ねたような口調で、





「もう半年もすれば詩歌さんはいないんだから……仲良くしなきゃ、だめよ」





復活した頭脳が一瞬止まって、胸が詰まった。

そうして、詩歌は自分の守備位置へと向かい、2人のLevel5は一命を長らえた。

しかし。

取り残された彼女達はしばし呆然とその最優の指導者たる最高学年の先輩の後ろ姿、来年度からはもう追えなくなるその背中を見て、


「はぁー……全く」

「本当……仕方ないわねぇ」


改めて思い知る。


「ちょっと言い過ぎた。謝るわ。ごめんなさい」

「ええ、こちらもよぉ。ごめんなさい」


あの人には一生、勝てそうにない……





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



ツーストライクツーボール。

誰もヒットを打たせなかったこの常識ではありえない変化球に、構えを変える。


ゴンッ!


この球を点のスイングで捉えるのは至難。

ピッチャー婚后の『空力飛球』の変化についていけず、4番『バッファローマン』が選んだのは、線で捉えるバント――それも、プッシュバント。

その剛力で球をピッチャー目掛けて押し返す。


「きゃ!?」


ピッチャーは投げるだけが仕事ではない。

ピッチャーとしての実戦経験が皆無に近い婚后は、上手く捕球できず、ボールを零してしまう。


「光子さん! 間に合いません。投げないで!」


キャッチャー詩歌からの指示。

見れば、『バッファローマン』はあと数歩で一塁に。


(まだ間に合います! いえ、間に合わせてみせます!)


婚后の肩では遅い。

しかし、この<空力使い>ならば―――としかし、


「あ、ちょっと無理よ!?」


詩歌の制止を振り切り足元に転がるボールにそっと触れ、設置。

『噴出点』から勢いよく突風が吹きだし、地面から一気にファースト食蜂のミットを目掛けて射出。

だが、<空力使い>の球を捕れるのは、その流れを見極められた詩歌だからこそできたのだ。

さらに、狙いが外れて、ファースト食蜂の大きく上に。

あわや観客席まで飛んで行ってしまいそうだったが、ギリギリの所で、


「本当、世話が焼けますの!」


<空間移動>で先へ回り込んだショート黒子が飛来する白いレーザービームに負けじとグローブでグラウンドへ叩き返す。

そして、カバーに入っていたライト陽菜がそれをキャッチし、すぐさまセカンド苦無へボールを送球する。

しかし、


「セーフ!」


得点圏内にランナーを出してしまった。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



『まだ覚醒しておらんようだが、小僧。そのままで良いからよく聞け。これはただのチャリティマッチではない。この儂―――からの試験だ。もしこの勝負に小娘共が勝ってしまえば、―――は、儂ら―――という頼もしい後ろ盾を得られる。だが、それは―――を戦場へ駆り立たせることになるだろう』



だから、後悔したくなかったら本気で戦え。



そう、今この時だけは――を守る最高の味方ではなく、その道を阻む最強の狂敵となる。

これ以上先へ行かせぬために、全力で足を引っ張ろう。

それでも前へと進むのならば、自分は………


 

 


ピッチャー婚后とキャッチャー詩歌により修正、再修正され、複雑怪奇な軌道を描き、バットを躱す魔球『空力飛球』。

普通なら打てない。

だが、一気にツーストライクまで追い込まれるも、5番『イ・マジンガーX』の瞳の中の闘志は翳ることなく、より燃え盛る。


(……何でしょう? 彼に対してだけ、全く通用する気がしない)


キャッチャー詩歌は、不穏な予感を察知する。

あの4番のバントヒットはアンラッキーだったと済ませられた。

不慣れな守備をやらせてしまったが故の失敗だ。

この『空力飛球』が攻略されたわけではない。

だから、二度の失敗を避けるためにも、外野を内野の位置にまで前進させ、内野をバント処理できる位置へと前進させた。

リスクは大きいものの、これ以上の失点を避ける為に、ピッチャー婚后には投球――この繊細な力加減に集中力を使う『空力飛球』に専念させたい。

それにこの打者は早めに仕留めたい、と詩歌はより一層、<空力使い>との同調を強める。



しかし、それは失敗だった。



ずっとその力に付き合い、言わずとも聞かずとも見ずとも呼吸を合わせられる最高の絆で結ばれた最強の相棒であり、対極の天敵と言っても良いこの男。

ピッチャー婚后の球を理論的に計算できる事などできはしないが、このキャッチャー詩歌の思考だけは本能的に感知できる。

一度目の修正から、最後の着地点であるキャッチャー詩歌のミットに収める為の、最後の修正。

その前兆を読んだ。


(チャンスや成功は、怖がらずに打席に立って、打ちたいって願って、全力でバットを振った奴にしか訪れない)


唸りを上げてバッターに迫る快速球。

そこへ待っていたとばかりに、軸足に体重を移し、身体全体でバットを振る『イ・マジンガーX』。



キィィィィィンッ!



快音がグラウンドに響いた。


「―――っ!!」


『空力飛球』を真芯で!?

まさかの事態。

打球の行方は、あわやホームラン、と深々と無人の外野の奥へ。

いの一番に反応したライト陽菜がすぐさま走り、ボールを拾うも二塁ランナーの『バッファローマン』は既にホームベースを踏み、『イ・マジンガーX』は三塁ベースに滑り込んでいた。

5番『イ・マジンガーX』のタイムリースリーベース。

3回の表、点差はさらに離れ、7−2。


(どんな結果になろうと納得できるように全力を尽くす)



閑話休題



と、それはさておき。

これは相手チームの核とも言える彼女を追い込むためで決してそのような気は一切ない、とは言えないかもしれないけれど、勝負は何事も非情に徹するのが常であり、それが本っ当に不幸な事に偶々、偶然に一致しまったわけで、誠に仕方なく、いやもう何だか未だに正気に戻っておらず、僅かばかり目覚めつつある内なる正気の自分が、『止めてー、わたくしめは変態シスコン野郎じゃない! というか観客の野郎どもを全員ぶっ殺す!!』とあーだこーだ騒いでいるけど、これはもう脳内裁判で可決された訳で、と色々理論武装してから………


「我が半身よ、もう一枚脱ぐが良い!」


堂々と何やら決めポーズをとりながら、残りライフ2の、アンダーシャツとズボンしかない詩歌を、ズビシッ! と指さす。


(な、なんちゅう男や。この場面で普通なら恥ずかしくて出来ん事をあそこまで堂々と……そこに痺れる憧れる!)


『TKD14』の応援団長であり、真っ先に『愚連羅岩』へ移った自分に正直な変態紳士は劇画チックに驚愕し、この日の為に用意したバズーカ砲と見間違えるような巨大な超高性能カメラをロックオン。

他の野郎共も獣の目つきで、ゴクリ、と生唾を呑み込み、


(お、大お姉様がとうとうあられもない姿を衆目にさらすなんて――だ、ダメ、黒子はもう―――)

(き、来ましたーっ!! 詩歌お姉様の確変が!? よし、い、今すぐ会の皆に合図を―――)


何故か味方チームにまで混乱が普及している。


「アァァンッタって奴はー!! 今すぐに訂正しなさいっ!!」


そして、サード美琴はビッリビリに三塁ランナーで打点を挙げた『イ・マジンガーX』に詰め寄る。

しかし、『イ・マジンガーX』は電撃姫の脅威にも動じず、堂々と、


「断るッ!! 敵の要である上条詩歌を狙うのは勝負において必然の理!! そして、何より―――」


この球場全体に轟く大声で、この世の真理を知らしめんとばかりに天上へ真っ直ぐ右手を、この常識という幻想をぶち壊すかのような勢いで上げ、





「―――彼女が世界で一番可愛いからだッ!!!!!」





世界で一番可愛いからだッ………

可愛いからだッ………

可愛いから………

可愛い………

………



球場に魂の叫びが残響し、その一周回って清々しいくらいの男らしいカリスマ性に観客達は一斉にスタンディングオベーション!

理屈なんてどうだっていい!

だって、可愛いんだから!

|守護者(ガーディアン)から|狂戦士(バーサーカー)に反転したシスコンLevel5は欲望に忠実だった。

普段なら絶対に言えない事を平然とやってのけ、今ならあの違う派閥だったシスコン軍曹とも協定が結べるかもしれない。


(こ、このド変態ドシスコン野郎、正体がバレてないからってどんだけ調子に乗ってんのよ!!)


目を覚まさせてやる!

ここに演説に感化されなかったビリビリ娘は、己の代名詞となった超電磁砲の照準を―――と、そこで、


「仕方ないですね。ルールですしね……」


「詩歌さん!? ダメですよ! こんな変態野郎の指示に従っちゃ!!」


「そう心配しなくても減るものじゃありませんし、それに念のために水着を着てます」


憤慨する妹分を大丈夫大丈夫、と宥める詩歌。

一応、この脱衣ルールを事前に知らされていたので、ユニフォームの下は水着だ。

だが、かつて、『脱ぎ女』と呼ばれたAIM拡散力場などの分野において天才的な研究者が議題に上げた『水着と下着は同じ面積なのに一体どう違うのか?』の通り、外見的な防御力は同等なのだ。

でも、時間は待ってくれず、シュルシュル、と下のズボンを脱いでしまって……





「これは水着です! 下着じゃないので恥ずかしくないですッ!」





下着じゃないので恥ずかしくないです………

恥ずかしくないです………

恥ずかしくない………

恥ず………

………



ドドーンッ! と負けじと胸を張って宣言。

その言葉にもう一度観客は拍手喝采。

あの兄あってのこの妹なのか!?

もしかするとベストジーニスト賞と同じく変態部門男女総なめできるかもしれない。


「それに、ほら詩歌さんのアンダーシャツは大きめのサイズなので、ちょっと短めのワンピースに見えるでしょう?」


確かに、そのかなりサイズの大きいアンダーシャツのおかげで見えそうで見えない感じに隠れている。

けど、その乙女の柔肌を防護するためのニーハイソックスとワンピースのようなアンダーシャツの隙間が……


「さらにさらに、キャッチャーのプロテクターを付ければ防御力もアップなのです!」


確かに、キャッチャーの防具で肌色の面積が心なしか縮小したけれど……


この見えない感じが僕らのコスモを萌えさせる!

裸エプロンならぬ裸プロテクターの新ジャンルの開拓やー!


と、観客席が何やら盛り上がっている。


(その理屈は穴があり過ぎるというか……なんだか、より危険な気がするんだけど……)


どうどう〜? と自分の前でくるくる回る能天気な姉の姿に、美琴は何も言えず。


「ふふふ、じゃあしまっていきましょう!」


そうして、何事もなかったようにさらに色んな意味でもえ――ヒートアップして、試合再開。


(何だろう、今日って厄日なのかしら……)


これと言い、愚兄と言い、あの母と言い、あの女王と言い……ツッコミ役が自分1人しかいない現状に、美琴はがっくり、と項垂れた。



つづく

-33-
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