小説『とある賢妹愚兄の物語 第2章』
作者:夜草()

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正教闘争編 聖人の決意



フランス アビニョン



「ぐっ……ごほっ……」


世界に20人といない<聖人>の神裂火織が倒れていた。

鋼糸を使った魔法陣による対炎熱加護の術式を展開したが、その<量産陽剣>はただの爆炎ではない。

太陽を封じ込めたと言われる大剣。

それが解放されたのだ。

そうした瞬時に展開できる程度の簡易術式など容易く浸食する。

威力はいくらか削ったようだが、それでも常人であればショック死してもおかしくないような大火傷。

さらには無防備に宙で受けてしまったため、その身体は20m以上は吹っ飛び、地面に背中を激しく打つ。

全身は既にボロボロで、腕と言わず脚と言わず胴体と言わず、全身からドロリと赤黒い液体を零し―――だが、


「……確かに、貴方は私より、強い」


ギシリ、と奥歯を噛み締める彼女の顔に、恐怖や驚愕はなく、その眼差しに廃れる色はない。

火傷を負う手指を閉開し、まだ柄が握れる事を確認し、再び<七天七刀。を構え直す。

その様子を、聖者の白騎士は、その背後に聖職者を庇いながら、不気味なほど無表情で、再度、虚空から<量産陽剣>を降り注ぐ。

神裂に狙いを定めて。


「しかし、私は負けられない!」


一歩踏み出そうとした足を、串刺しにしようと飛来し、それを<唯閃>の一刀に振り払うが、また十条もの白刃。

まさに白銀の絨毯の如く、神裂の周囲一面に突き刺さる。

それでも構わずに走り抜ける。

だが、


「もう負けていると気付かないのですか? 若き<聖人>よ」


踏み込みの速度が既に違いすぎるが、戦略も違う。

今の白騎士の一振りは神裂の<唯閃>の一撃にすら匹敵し、相手から攻撃という選択肢すらも奪う。

そして、その大剣は受け止めて防御する事も許さない。

こちらが1つの攻撃の間に、3つの反撃が来て、5つの剣撃が来て、7つの爆撃が来た。

カウンターの右の三連斬りを躱したかと思えば、地面に刺さった一刀を左片手で引き抜いて、逃げ道を塞ぐように双剣五連撃。

打ち下ろし、振り上げ、袈裟、横薙ぎ、バックスイング、と剣の軌跡に法則はなく、その全てが神速。

瞬き一つ行う刹那に首を刎ね、胴を輪切りにし、両手両足を切断して余りある速度と威力。

<聖人>であろうとそのどれかによって致命傷を被るだろう―――さらに、それは斬りつけると同時に周りにある地面に刺さる<量産陽剣>の柄に刃を引っ掛けてから弾き飛ばし、最後に手に持った2つの大剣を投擲し、唱える


「神威」


7つの刀身から解放された太陽は一瞬にして、神裂を囲み、人間を炭へ、炭から灰へ、灰から塵へ、人の形を瞬きの間に地へ返していく火柱を上げる。

神裂が、隙を突き、裏をかき、洗練された近接格闘戦をメインに戦う<聖人>としてあらゆる策を用いようとする。

だが、読めない。

超高速戦闘は、直感でも計算でも互いの動きの読み合いになるのだが、無駄な行動を可能な限り排していけばいくほど、最善にして最速の動作はシンプルなものに限られていく。

しかし、これは明らかに、その理念とは違う、真逆の動きをも見せている。

さっきまでお手本にしたいほどの基礎の型だけで相手していたのは小手調べのように、二刀流になったり、ビリヤードのように剣を剣で弾き飛ばしたりと複雑に変則的になっている。


「若き<聖人>よ―――貴方の刀は、あまりに完成され過ぎている。故に余裕がなく、数手合わせただけで分かってしまうほど、あまりにも読み易い」


静かに歩み寄りながら、淡々と、炎獄の中から間一髪で生還した神裂に呟く。

<聖人>を超えた<聖人>であり、その実戦経験は己より遙かに超える。

確かに、<聖者の数字>には制限時間があるのだろう。

しかし、この猛攻を凌ぎながら、3時間耐えるなど不可能だ。

もう既に膝をついている神裂にしてみれば、3時間耐え抜くという判断は狂気の沙汰としか思えない。

攻撃も防御もさせず逃げるのが精一杯で、一瞬でも気を抜けば首と胴が死に別れ、一つ判断を誤れば腕の一本を容易に失う。

それ程に圧倒的。

付け入る隙は見当たらない。

型を極めているのに型に囚われない柔軟かつ達観した完成された精神性がその強さにより拍車を掛けている。

揺らぐ事のない鋼鉄の意志力、胸に誓った忠義、誇りを剣とし、主に捧げる。

瞳に宿る光は冷たく、こちらの一挙手一投足を捉えて離さず、やがては数手で逃れる事さえも叶わなくなるだろう。


(しかし、いくら<聖人>の血から造られ、聖呪を刻んだとしてもこれほどまでに圧倒的な力を単独で制御できるはずがない)


<聖人>の神裂だから分かる。

身体に秘めた力が大き過ぎれば大き過ぎるほど、その人型に収めるには窮屈過ぎて高圧になり、下手をすれば粉々に吹き飛んでしまう危険性を。

もしも<聖人>の倍以上の力があろうと、その分だけ負荷が跳ね返ってくるのだ。

強大な力には、時間制限だけではなく、巨大な代償が付きまとう。

なのに、ジェラーリは余裕に<聖者の数字>の力を完全に掌握している。

だが、それは資質とか天才とかそういう次元ではない。

天才や才能は、現実にそんなに便利な言葉ではない。

そう、自分が壁を超えた時には――――


「そろそろ戯れ合いはここまでにしましょうかねー。これ以上、勝負を長引けさせるのは面倒ですし、やることは山積みなのでね。速やかに始末してください」


その時、『左方のテッラ』が今までの戦いをつまらないとばかりに億劫そうに、





「神意の下に、『左方のテッラ』が“<|量産王剣(エクスカリバー・レプリカ)>による断罪”を許す―――!」





常盤台の学生寮



ルームメイトの白井黒子は<風紀委員>の仕事でまだ戻ってきておらず、部屋の中でたった1人、御坂美琴は携帯電話を手にしたまま硬直していた。

冷汗が全身から噴き出しているのが分かる。

説明途中に、突然聞こえてきた衝撃音に、雑音混じりの会話と激しい戦闘音。

断片的な情報からでも、全身が震えてしまうほど分かる。

あの兄妹は、今までも何度か美琴の知らない所で事件に巻き込まれているのは何となく予想が付いている。

ただし、それは喧嘩の延長線上にあるようなものかと思っていた。

過去に一度だけ、学園都市最強のLevel5と戦う場面を目撃した事があるが、あれは一生に一度の死闘であろう。

まさか、こんな生きるか死ぬかの瀬戸際を何度も何度も行き来していたなど誰も考えるまい。

そう、身体を酷使し、精神を摩耗し、寿命を削りながら毎回毎回戦い続けて、頭の記憶を失ってしまうほどはいくらなんでもあり得ない。

今、アビニョンではどこかの宗教団体が国際法に触れるような特別破壊兵器を造っていて、その制圧掃討作戦が開始される、と臨時ニュースで流れているが、それとは関係ないはずだ。

しかし、戦闘が終わって、鎮まった時、電波の調子も戻ったのか、鮮明に聞こえてきて“しまった”言葉はそれを否定するものだった。


「アン、タ……忘れて、る……って……」


2人の交わした言葉の意味などほとんど分からない。

いや、理解していても、その大半は忘れただろう。

何故なら、その一言はこの胸を締め付けるにはあまりにも、あまりにも、強烈過ぎる。

声も出せはしないほど。

そして、また雑音が走り、伝播が不調になったのと連動しているかのように、美琴の思考にも雑音が入る。

繋がりは断つまいと電源を切らずにずっと携帯電話を耳にあてたまま固まり、身体を震わせながら、『上条当麻がいつ記憶を失ったのか?』と自分の記憶を掘り返していった時、彼女の顔が思い浮かんだ。

あの夏休みの2日目、幻想御手事件の翌日、病院から帰ってきたあの時の……


(そうだ……まさか、詩歌さんはだから―――という事は、詩歌さんも知ってるの)


うっすらとだが、引かれた線が見えた。

きっと彼女が知っているのなら、病院にも行き、きちんと医師に看てもらっているだろう。

それでも駄目なら、あの苦手なありとあらゆる精神的現象をこなせる最上の精神系能力者の食蜂操祈に協力、もしくは、<心理掌握>を投影し、自分の手で治療しているだろう。

だけど、上条当麻は記憶喪失のままで、あの時の上条詩歌は本当に泣いていて……

つまり、これは“治せないのだ”。

あの何でもできる、諦めを知らないと思っていた彼女が敗北したのだ。

何故相談してくれなかったのか、と思うが、自分の<超電磁砲>では力になれない。

そして、彼らも気付かないで欲しいかのように、いつも通りに振る舞っていた。

しかし、それは本当にいつも通りなのか?

あくまで表面上で、実はその絆はない、幻想のようなものだったのか?

いや、それはないはずだ。

じゃなきゃ、自分は気付く。

ずっとずっと目標に掲げてきた幼馴染の事なら分かる。

だけど、そうだとしても、彼が頭に深い傷を負ったように、彼女も心に深い負ってしまったのは変わりない。

自分だって、もし、姉が記憶を失ったというなら、壊れてしまいかねない。

何という……

少しずつショック状態から回復し、そして、ようやく唇から、不気味なぐらい掠れた声で言葉を紡げるようなった時に、また電話は繋がった。

そして、その声は、その愚兄の心臓を伝って脳内に響いた。


『……そう、か』


声が、返る。

言葉に気付かないかもしれない。

電話を電源を切るかもしれない。

この問を無視するかもしれない。

瞬間、ドクン、と鼓動の音が聞こえたその音は、大きな――それこそ人生を左右するほどの大きな『揺らぎ』に聴こえた気がした。

だけど、愚兄は呆然と、ゆっくりと返してくれた。


『知っちまったのか、お前』


電話の向こうからでも当麻が笑っているのが分かるほど穏やかな声音。

けれど、その身体はボロボロのはずだ。

今も動けるのがやっとな状態だ。

きっとその場に自分がいれば、力づくでも寝かして、彼の敵と自分が代わりに戦おうとしたはずだ。

かつて、『実験』でLevel5序列第1位で、命を捨ててでもこの問題を解決するつもりだった自分の前に、土足でズカズカとこの愚兄が現れ、救ってくれたように。

だから、この愚兄も、誰かからそういう方法で救われたって良いはず、その権利はあるはずなんだ。


「ねぇ、今どこにいるの? 今すぐ私がそこに行く。私だって、戦える。私だって、アンタの、詩歌さんの力になれる。だから、もう休んでて。アンタが戦い続けなくちゃいけない理由なんてないわよ!!」


その言葉が自然と飛び出せたのは、学園都市第3位の<超電磁砲>があるからではない。

そんな小さな次元ではない。

例えこの瞬間に全ての力を失ったLevel0になろうと、美琴は同じことを言っただろう。


「だから言いなさい。今どこにいるのか、誰と戦おうとしているのか!! 今日は私が戦う。私が安心させてみせる!! だから何でも言って!!」


あの兄妹がいつも戦っていたのなら、自分はそんな前兆を感じ得ないような安全地帯にいたんだろう。

誰かの為に戦って、でも、誰かに助けを求めようとはせずに、その代わり自分達がより不幸になる。

癒えないほど深い傷跡ができても、いや、できたからこそ彼らは、他人の傷に敏感なのだ。

でも、彼らの事が本当に大事で、いつもその背中を見てきて、いつか力になりたいと思っていた自分にも手伝わせて―――


『じゃあ、このジャケットの『加速』の仕方をもう一度教えてくれるか?』


だけど、彼らは“自分には”助けて、力を貸してなんて、いや、そんな具体的なものではなくもっと単純に、怖いとか、不安だとか、そういう言葉を一言も漏らさない。


「何で!? アンタが今ボロボロになってんのは電話だけでも分かるわよ! なのに、どうして無茶しようとするのよ!?」


<着用電算>は通常状態なら、身体の負担を最小限に、むしろ、元は身体の全く動かせない人たちに使ったもので付けている方が負担が少ない。

しかし、『加速』状態は、上半身だけでなく、下半身にも神経を制御して無理矢理に、所謂『火事場のクソ力』のようにジャケットの力だけでなく、その肉体のたかを外してしまうのだ。

安全なる設定しか造らないはずの幼馴染が、この愚兄の頼みを聞いて、その要望に応えるために……


『違うんだ。俺、記憶がないから詳しい事は分からないんだけどさ』


しかし、上条当麻は言う。


『以前の自分の事なんて思い出せないし、どんな気持ちで最後の時を迎えたのか、そんなのイメージできないけど。ボロボロになるとか、記憶がなくなるまで戦うとか。自分1人で傷つき続ける理由はどこにもないとかさ』


上条当麻の本当の芯は、記憶ではない。



『多分、そういう事を言う為に、記憶がなくなるまで体を張ったんじゃないと思うんだよ』



美琴は、止まった。

それが上条当麻の抱える、上条詩歌が尊敬する、本当の芯

だからこそ、愚兄は記憶を失くした事を隠し、賢妹はその傷の痛みを堪えて支えている。

誰かのせいだと、動かなければこんな事にならなかったと、戦わなければ失わなかったと、そんなつまらない台詞を口に出して誰かを傷つけない為に。

上条当麻は幸福を捨てる覚悟で1つの信念の下に何かを成し遂げ、上条詩歌は不幸になる覚悟でその成果を誰よりも守ろうとしている。

お涙頂戴の美化された自殺願望ではなく、ただ彼らがやるべき事をやる為に払った代償で、それでも皆が笑えるハッピーエンドの為に前に進んだ、今のこの結果。


『それにただ1つだけ思い出したもんもあるんだ』


頭の中の記憶はもう覚えていない。

それでも、


『上条当麻は上条詩歌の兄である。兄妹の思い出を全部、押し付けちまった時、詩歌の泣き顔を見て、思い知ったんだ。俺の妹に涙は似合わない。だから、その笑顔を守るんだって。そしたら、不思議と詩歌の笑顔だけは思い出したんだ。脳細胞を破壊されたっつうのにさ、それまで一度も見せてくれなかった上条詩歌の本当の姿だけ知ってたんだ』


改めて、御坂美琴は、この兄妹、この2人の絆の深さを知る。

兄妹とか、男女とか、そういったものとは次元の違う、絆で結ばれている。

もしこの絆が幻想だというのなら、世界中のどんな繋がりもない空気のように希薄で薄っぺらい偽物、全人類は孤独で、自分は一生涯誰も信用できない。

上条当麻は、思い出せもしない過去の自分を誇りに思っていて、そこから受け継いだ信念があるからこそ、後悔していない。

上条詩歌も、忘れはしない過去の愚兄を尊敬していて、だからこそ、今の過去と変わらず愚兄である彼を尊敬しているのだ。

だから、彼は、強くなろうとしている。


『詩歌は今、遠くへ行こうとしている。だから、俺も行く。詩歌はずっと俺の事を支えてきてくれた。だから、俺が詩歌を守る。これは誰かに任せれば良いって言う訳じゃない。“詩歌のお兄ちゃんは上条当麻なんだ”。“上条詩歌のお兄ちゃんに上条当麻はなりたいんだ”。もしも何かの歯車がズレて俺の記憶が失われなかったとしても、俺がやるべきことには変わりねぇんだよ。記憶のあるなしぐらいで揺らぐような絆じゃない。頭だけじゃなく、心にまで刻んだ誓いなんだ』


御使墜し事件。

あの海で、神裂火織が<天使>ミーシャ=クロイツェフと対峙した時、初めて人の背中が遠いと感じた。

本当に、自分が辿り着けない境地があると知った。

だけど。

だけど。

だけど。



『―――俺は、詩歌を1人にはしない』



他の誰からも離されてもいい。

『―――Level5でなくてもいい』


どんなに馬鹿にされたって構わない。

『―――馬鹿でもいい』


一生不幸でも平気だ。

『―――不幸でもいい』



でも、





『―――上条詩歌を遠いと思うのだけは駄目だ。

――――これは譲れない。

――――前の上条当麻にはできた。

――――他の何もできなくても良い。

――――けど前の俺ができた事を、今の俺がやれないのだけは駄目だ。

――――俺は詩歌の背中を見せられる場所じゃなくて、

――――兄の背中を見せる場所へ辿り着き、

――――兄として、一番近い場所で妹を守る。

――――それが上条当麻のやるべきことなんだ』





それは、正真正銘、“今”の上条当麻の決意表明。

初めて病室で会った時、その涙を拭う事ができなかった戒め。


(どうしよう……)


美琴には、止められない。

自分だって、愚兄の力になれるし、賢妹の力になりたい。

彼は今すぐに病院に行くか、休むべき。

だけど、その言葉に嘘偽りはなく、本気だと分かった。

あの誰よりも最前線へ行き、誰よりも世界に愛された彼女の背中を目標にしているのがどんなに困難であるかも、自分には分かる。

それでも、何の才能のない、世界から見放された人間だとしても、彼は行く。

美琴が何を言っても、彼は戦場へ行く。

だから、きっと彼女の下に辿り着けるように彼の知りたい事を教えるのが、正しいんだ。

後は両手を組んで、神様にお祈りして、2人が無事に帰ってくる事を願うのが1番正しい。

それ以外の全ての選択肢は、どんなものであっても『余分』でしかない。

こちらの助けなんて絶対に望んでなんかいない。

道を譲って、コイツを世界の誰よりも格好良い|愚兄(ヒーロー)にするんだ。

なのに、



(どうしよう。全然、納得できない)



上条当麻は、誰よりも大切なモノの為に戦うと決意している。

理屈で言えば、その意見を尊重して、見守るべき。

そんなのは馬鹿でも分からなければいけない。

だけど、納得できない。

どうしてもできない。

美琴は、自然に自分の胸に当て、知らず知らずの内にその高鳴る鼓動を愛おしく数える。

そう、それは、倫理や理性や体面や世間体や恥や外聞までも関係なく、ただただ自分中心に据え置いた1つの意見こそが、御坂美琴の核で、惨めで醜く我儘で駄々をこね、それでいてどこまでも素直な剥き出しの『人間』なのだ。

その感情の名を、美琴は知らない。

どんな分類されるのかも分からないし、理解すらしていない。

しかし、今日、この日、この時、この瞬間に、美琴は知った。

自分の内側にはこんなにも軽々と体裁を打ち破るほどの、莫大な感情を秘めた種の芽がとうとう出た事を。

<自分だけの現実>を熟知したLevel5として絶対の自信を持つ精神の殻を打ち破るほど、圧倒的な感情が芽吹いた。

美琴は<着用電算>の『加速』の仕方を喋っていた。

その口を止められなかった。

その理由は、上条当麻の決意に心を打たれたからではなく、気付いてしまった感情の片鱗に胸を圧迫され、一種の催眠状態、抵抗する思考さえも奪ってしまったからだ。





フランス アビニョン



『エクスカリバー』

妖精に鍛えられた魔力のこもった黄金の柄を持つ名剣。

その刀身は30本の松明に等しい光を放ち、切り裂けぬものは無く、刃毀れをしない刃を持ち、時の騎士王はこの剣を用いて、500人もの敵を一振りで打ち倒したこともある。

しかし、ある伝承には、その所有者は騎士王ではない、という。

そう、一説には次期王位を禅譲されるほどの忠義の騎士であり、騎士王の影――『ガウェイン』こそがこの聖剣の真の所有者。


「了解しました、テッラ様」


白騎士は粛然と声を落として、虚空から一本の、『量産品シリーズ』で唯一1つしか存在しない聖剣――<|量産王剣(エクスカリバー・レプリカ)>を閃光と共に取り出す。

その存在感は戦闘中であっても、相手の目を奪う。

あまりにも、美しく、

あまりにも、有名で、

あまりにも、幻想的。

人造は不可能なはずの神代の造形物は、純粋に格が違う。

過去未来現在において、戦場で散って行った兵の今際のきわに栄光という尊き夢を捧げるに値する幻想の結晶。

そして、<量産陽剣>で陣取られた地脈への門から吸い取るように、光輝なる王の剣に力を捧げるように、太陽の大剣から光が、その至高の聖剣へと束ねられていく。


「<|王剣に束ねられし(エクスカリバー)―――」


まずい!!

配置したワイヤーの魔法陣に全力で魔力を浸透し、その一撃を防ごうとする。

ここは避けられない。

何故ならこの後ろには彼らがいる。

神裂火織は己の背後に、天草式十字凄教がいる事に気付いていた。

あの一撃をもろに喰らえば、間違いなく命がない。


(くっ―――)


地面を踏み締め、一息に刀を鞘から抜くと、<七天七刀>を水平に構える。

反動の為の挙動ではなく、全ては防御。

古今東西のあらゆる記号を寄せ集め、即席だが何重にも重ねた術式を組み、その<聖人>としての身体を盾にする。

が、



「―――|転輪する陽光(ガラティーン)!!」



降された一撃はその想いすら呑み込まん。



光が吹き荒れた。



神裂火織の五感の全てが白く染め上げられる。

破壊。

そのたった二文字さえ、頭には思い浮かばないほど鮮烈に。

瓦礫が吹き飛ぶ音も、吹き荒ぶ衝撃波も、舞い上がる粉塵も、鉄臭い匂いも、何かの潰れる感触も、ない。

これが断罪。

苦痛すらも感じさせずに、ただ相手に純粋に罰を与える。



しかし、ここまで何もない、とは。



そして、神裂は気付く。

少しずつだが、五感は戻りつつあることに。

失われたのではなく、回復してきていることに。


(一体、これは……?)


<量産陽剣>から魔力を集約する事で補い、放った<量産王剣>の<王剣に束ねられし転輪する陽光>は、<絶対王剣>の一撃に匹敵する破壊力を秘めていたはずなのに。

まるでこの騎士の幻想とも言える黄金の光そのものが、“殺されてしまった”かのように。


(ハッ、まさか―――!!)


視界が段々と白銀の帳を開けていく。

するとそこには、1人の少年の背中。

善悪強弱問わず、異能と言うものを全て問答無用で打ち消す右手を突き出すその立ち姿。

そう。

悪夢のような『ガウェイン』の一撃があったにもかかわらず、正真正銘『何も起きていない』、これまで通りの現実に引き戻したのは<幻想殺し>。



「上条、当麻……」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



身体が、熱くて、重い。

けど、思ったよりも負担は大きくない。

<着用電算>の『加速』は、能力演算の要領で頭を働かせれば、起動状態になると脳と心臓の生命反応・思考判断と繋がったジャケットの電算機能が身体を動かしてくれる。

産まれてこのかたこれから一生先もLevel0である上条当麻には良く分からなかったが、とりあえず、心のスイッチを押して『|加速開始(アクセルスタート)』と念じればいい、と美琴は教えてくれた。

後で、詩歌にやり方を教わろう。

そして、今は……


「なあ」


ただ真っ直ぐと。

ふらつきそうな身体を意地でもぶれさせずに、背中に一本の芯を通しながら、


「テメェらはそれで満足なのかよ」


驚いている『ガウェイン』や、睨んでいる『左方のテッラ』ではない。

その向けられた言葉に、神裂は、彼らは震える。


「『救われぬ者に救いの手を』っつうのがテメェらの誓いじゃねーのかよ。だったら、何で“天草式十字凄教が最も救うべき奴“に差し伸べる手はねぇんだ! いつまでも『何でもできる奴』に甘えるな!!」


無力感によって徹底的に沈みこんだ空気を打ち破るように、上条当麻の声が通る。

対地脈作戦会議に出ていた愚兄は知っている。

彼らがあの『ガウェイン』に対し、渾身の策があるという事を。


「お前らの強さは『仲間』なんだろ。天草式十字凄教そのものが最大の力なんだろ。だから、神裂は負けんだよ。テメェらの女教皇様を一対一の状況で戦わせている時点で、天草式の負けだ! どれだけ本気で強くなろうと考えていても、こんな時に立ち止まってんなら、自分達が強くなろうだなんて本気で思っちゃいなかったんだろ!?」


上条当麻は、自分の為に上条詩歌を守れるくらいに強くなろうとした。

彼女を不幸にさせる世界の悪意を全部、自分1人でも倒せるほど。

馬鹿だ、とそのあまりにも無謀な道を行く愚兄に、かつて『疫病神』になりし<神の右席>の1人は思った。

だが、愚兄は馬鹿だから諦めない。

本気で強くなれば、彼女をあらゆる不幸から守れると信じて。

きっと昔からずっとこの<幻想殺し>を恐れて、それでも強くなれば抑えられると。

だから、諦めない。

諦めないというのはそういう事だ。

記憶を失う前から学園都市に来てからずっと、学業成績をあげようとか、Levelをあげようとか、そんな学生として当たり前の考えなど二の次三の次で、もう二度と妹を泣かせないように暇さえあれば鍛錬を続けてきたのだ。

己が大事だと想う者に、それほどまでに愚兄は身を投げ打てている。

そして、それは彼らも同じではなかったのか。

いや、そうだ。

同じだ。

だから、その違いは、


(なんて……)


だが、神裂火織と上条詩歌の違いは、その者を『弱者』と評するか『最強』と信じているか。

上条兄妹は互いを戦わせたくないと想っているが、互いを最強、組めば無敵だと信じている。

自分の力が足りずに、絶えず変化する宣教を読み切れず、大切な仲間達を傷つけたと、女教皇様の地位を捨てて、天草式を抜け出した。

だけど、自分が超人の壁を抜け出した時、自分はひとりじゃなく、上条詩歌が傍にいた。

誰かと一緒に戦い、誰かと一緒に勝利し、皆と一緒に笑ったあの兄妹が作る輪にいた時、神裂火織は実力を出し切れたのではないのか。

なのに、彼らに助けを求めようとはしない。

それはつまり、人格や精神をいくら認めていようと天草式十字凄教の実力を信じられず、その背中を預ける事もできない弱者だと見ていることに他ならない。

なんて、傲慢な考えなんだろうか。

それが原因で、連携を崩し、必要のない敗北を重ねたのは自分のせいかもしれないのに。

本当に弱かったのは天草式十字凄教ではなく、この状況を真に把握できず、頑なに1人で戦おうとする……


「私は……大馬鹿者です」


恥いるその声には、焼き入れした鉄のような、鈍く静かな覚悟があった。



「力を貸してください、あなた達の力を」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



建宮が、五和が、牛深が、対馬が、野母崎が、諫早が、香焼が、浦上が、天草式十字凄教の全員が聞いた。

かつて、自分達を率いていた女教皇様の声を。

『幸運』の星の下に生まれ、教皇の地を引く類まれな才を持つ<聖人>。

望むものは手に入り、『不幸』は全て彼女以外の誰かが負う。

それが許せなかった。

強過ぎる幸運は、周囲に不幸を招く。

故に、彼女は1人になることを選んだ。

そう、自分達の絶対に届かない所へと行ってしまった、あの神裂火織が。

協力を求めている。

自分1人で倒せない敵を倒す為に。

その無理を通す為に。

彼女の夢を守るために必要な最後のピースは自分達天草式なのだ、と。


「―――」


向こうで、聖剣<量産王剣>を構える『|太陽の騎士(ガウェイン)』が、神裂火織には、たった1人では倒せない常識外の怪物が、こちらを見据えると同時、その体躯から凄まじいプレッシャーが放たれる。

しかし、彼らに恐れはない。

あるのはただ―――震えるような悦びだ。

女教皇様が自分達を信じてくれた。

その女教皇様の為に戦えるのだ。

その時、その瞬間を、どれだけの間待ち焦がれたか。

天草式は今こそ強くなって良かったと思う。

これでようやく、このつらく苦しかった長年の歳月に確かな意味を見出せる。

天草式十字凄教が強くなったのは―――きっと今この時のため、女教皇様の為なのだから。

よって、もう迷いなど無い。


「さっさと来いよ。舞台に立てるチャンスは今しかねーぞ」


戦意を奮い立たせるように雄叫びをあげる者、

世界で最も明るい涙を零す者、

ただ静かに、誰にも気づかれぬよう幸福を噛み締める者、

これ以上愚兄に台詞を取られてなるものかと教皇『代理』の建宮はそっと息を吐き、


「……行くぞ」


建宮斎字は、天草式十字凄教の仮の指導者として、最後の号令。

一言では足りず、万感の思いを込めてもう一度、



「行くぞ! 我ら天草式十字凄教のあるべき場所へ!!」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「上条兄妹から教わりました」


己の弱さを克服し、なおかつ前へ進む者は成長する。

神裂火織のボロボロの体の中に、新しい力が渦巻く。


「私は克服します。彼らを信じ、背中を預け、互いが互いの力を最大限に発揮する事で、私は私の天草式十字凄教を取り戻してみせます!! 我々のリーダーは我々であり、我々の仲間は我々です!! そこに<聖人>などという、たった1人の|上司(トップ)など必要ありません!!」


芯を、己の行動に自信を持つ者だけが持つ強固なる芯を取り戻し、神裂火織の自身が前以上に甦る。

勝機が限りなく少ないことには変わりない。

勝手に吹き飛ばされる背景のような烏合の衆が50人加わっただけ。

しかし、神裂は集団心理ではない、確固たる自信を以て、言いきる。


「貴方は確かに私よりも強い。しかし、勝つのは私達です!!」


<量産王剣>から星光の斬撃と同時、周囲の<量産陽剣>を弾き、猛回転して弧を描く軌道で襲い掛からせる。

当麻が右手で三日月形の一閃を打ち消し、神裂は臆せず大剣に<七天七刀>を振るって、直撃から逸らし、さらに爆撃を複数の天草式の面々が防護術式を展開。

如何に精神論を持ち出そうが、互いの実力差は変わらず、だが、ここに来て両者は拮抗する。


「<聖人>とは、『神の子』と良く似た身体的特徴を持って生まれた為に恐れ多くも『神の子』の一端を借り受けた者を差します」


連携では、神裂と天草式の間には、数年のブランクがある。

しかし彼女達は言葉すら交わさず、たった一息の時間さえあれば、全ての溝は埋まる。


「そして、あなたは|ただの<聖人>(わたし)以上の力を持つために、<聖人>の血から造られ、<聖者の数字>によりその力を高めている。故に―――その『弱点』もまた高めてしまっている」


偽物であるからこそ、本物よりも本物でなければならない。

そして、その言葉を聞いた時、天草式は確信した。

彼女は知っている。


(ええ、あなた達がイギリスに来て、その術式をより錬磨していたのを見ていましたよ)


自分達が彼女の背中を追い駆け、その手を掴み、大丈夫だと言えるだけの強さを手に入れようと、そうして血の滲む努力によって得た『力』の事を。

<聖人>である彼女を支えるためには、<聖人>である彼女を正しく理解し、そしてその壁を超えなくてはならず、そして<聖人>である彼女が『脅威』と思うような問題にさえ立ち向かわなくてはならない。

そして、『脅威』を知るには『脅威』を使わなくてはならない、という論理の果てに辿り着いたのが、正真正銘|混成された独特の創作宗教(ハイブリットアレンジオリジナル)だけが生み出した『<聖人>を倒す為だけに存在する』専用特殊攻撃術式。

しかし、それはあまりに論理上は対<聖人>に特化しているが、わざわざ身体を張って実験台に付き合ってくれる<聖人>がいるはずもなく、ある意味においてはぶっつけ本番の一発勝負。

それも、相手は歴戦の経験で看破できる常識外の怪物。

だが、流石に『一度も見た事もなく、何が起こるかも分からない』攻撃には対応できない。

天草式は神裂の意を悟り、すぐさま陣形を組む。


「フッ、フフ…フフフフ……フハハハハハ!」


白騎士ジェラーリが、笑った。

ただ主の剣であると誓いを立て、ただ神意にあるべきと造られた者が、その感情を露わにする。


「あー、私は例え誰であろうと戦場に立つ兵であるなら斬る。だが、どうも……私は、君らの事を嫌いではないようだ」


「よせ。お主も譲る気はないんだろう。だったら、もう言葉は不要なのよな」


この中で最も刃を合わせた建宮がフランベルジュを突きつける。

これ以上、この憐れなる忠君に刃を鈍らせないためにも。


「そうだな。互いが忠義を立てるものの為に、命をかけようではないか」


両陣共に引き締めた面持ちが、共に口元に微笑を刻む。

見れば、その十字架、聖釘、茨の冠を模した陣形に、さらには『|槍を持つ者(ロンギヌス)』までも揃っていて、それらは全て『神の子』の処刑の象徴だ。

そこから、彼らの狙いは分かったが、その効果のほどは定かではない。

だが、あれを<聖人>を超える<聖人>として造られたこの身体にもらうのは不味い。

真っ向から迎え撃つのならば、その一撃を発動させる前に最大出力で吹き飛ばす。

あの術式発動のタイムラグが分からないので、どちらが早いかなど鑑みる事などできようもなく、つまりは勝率は五分五分。

それでも、彼は逃げずに真っ向から勝負しよう。

誰よりも純粋に騎士として戦ってきた『ガウェイン』として。


「人形のくせに何を愉しんでいるんですか。貴方は、神意、つまり、このテッラの我が意のままに敵を打ち滅ぼせばいいんです」


例え、このテッラが“間違っていると、自分が操られていると分かっていても”、一度神意として忠義を立ててしまったからには善悪強弱問わずに、

そう、

天草式が神裂火織の為に戦うように、

上条当麻が上条詩歌の為に戦うように、

ジェラーリはローマ正教に、そして、今はテッラの為に何の報いる救いがなくても、

あの者達が大切な者にかけるように戦うのだ。


「我、主に忠命を誓う者なり。ただ敬遠に祈りを積み、罪人を処し、至高の意志を支える礎たり」


この男は、神威、ローマ正教の剣。

異教を悉く葬り、『他を斬ってでも万難を排し救われる資格のある者だけを救ってきた』その剣。

そう。

主の為であるなら己でさえも斬り捨ててしまう真正である忠義の持ち主。


「神意、正義を導けり。主に一命、捧げし一刀。すなわち我ならば、神意、我が行く手にあり」


完璧なる騎士。

おそらく生涯で、己より強き騎士はまず現れぬ。

だが、もし己を倒す者があるとすれば、その者は己を上回っている者。

それは力でも技でもなく、その一への想い。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「<|王剣に束ねられし転輪する陽光(エクスカリバー・ガラティーン)>!!」



貴き聖剣が太陽の光を放つ大剣から集めて束ねた黄金の輝きは、地上の一切を焼き払う。

彗星のごとく放たれた金色の閃光が全てを白く染め上げる。

その幻想の太陽に、最初に前に出た上条当麻は<幻想殺し>を盾にする。


「が―――!」


一度目よりも強力な一撃は、<幻想殺し>の処理機能を超え、突き出した右腕がブレる。

腕中の神経筋肉血管が踊り狂う。

弾け散りかねない右腕の痙攣を左手で必死に抑えつける。

<着用電算>の補助を得て、その体勢を崩さない。

そして、


「―――、……」


消えた。

<王剣に束ねられし転輪する陽光>を<幻想殺し>が打ち消した。

<着用演算>のバッテリーも切れ、当麻はそこで力尽きたように膝を突き、誰の耳にも聞こえないような呟き、だが、その心には届く。


(はい、絶対に決めます―――)


測るのは、相手を貫くための最善にして最短なルートと、それを可能にするための必要な己の速度。

その両方を確かに見出した時は今。

海軍用船上槍を持つ己を中心に敷いた天草式の陣形からスペースシャトルのようなロケットスタートで飛び出す。

己の中にある全ての力を速度へと変え、『槍を持つ者』五和は行く。


「<|王剣に束ねられし(エクスカリバー)―――」


しかし、ジェラーリは形振り構わず一撃目からすぐさま二撃目に入っている。

それは攻撃という名の防御。

その攻撃に絶対の自信を持つ者だからこそ選べる。

<量産王剣>に異変。

刀身に亀裂が生じ、極限まで高まった内圧を調節するように、そこから凄まじい閃光が漏れる。

強制的に連撃で最大出力を放つなど無理を利かせたせいだろう。

<王剣に束ねられし転輪する陽光>は今まで一撃で相手を葬り去った必勝の一撃なのだから、ここまでは初めてなのだ。

だが、<幻想殺し>が倒れた今、あともう一振りあれば事足りる―――が、


「させません!」


神裂が渾身の力で<七天七刀>をぶん投げていた。


(くっ、後ろには―――)


攻撃モーションに入っているが、身体を半身に躱せば、それで済む。

だが、避けられない。

この後ろには『左方のテッラ』がいる。

テッラがジェラーリに命じた<C文書>による最優先事項は『如何なる危機からもテッラの命を守ること』。

例え<光の処刑>や小麦粉の変形ギロチンがあろうが、“万が一”にも刃を向けさせるわけにはいかないのだ。

絶対なる忠誠が枷となる。

一方通行な信義が仇となる。

その隙を、己の分身体とも言える刀を手放すという武人ならばありえない虚の一撃が突く。

断ち割らんと回転して迫る刃は、大上段に構えた左腕に、さっくり、と刺さった。

先、触れずともその神速の<唯閃>から放たれた真空刃の鎌鼬は、その鎧に傷を付けた。

<聖者の数字>による加護は、日輪の下であれば何者にも傷つけられぬように触れる前に焼き尽くす桁外れの防御だが、一度でも傷つけられた相手にはその効果を発揮できなくなる弱点がある。


「貴方は強い!! しかし、勝つのは―――」


死に体となった<量産王剣>ごと叩き割るように、神裂は渾身の力と意地で上段斬りで<七天七刀>の鞘をジェラーリの面に打つ。

砕け散るような異音と共に疾風が巻く。

そして、無理に無理を重ね、持ち手の力の過負荷に耐えかねた量産品の聖剣の死が折れ飛んだ。

武器が破壊され、その勢いで鞘はジェラーリの面を打ち、鞘も折れ壊れる。


「―――私達です!」


当麻が初撃を防ぎ、

神裂が二撃目を封じ、

そして、


「喰らいなさい」


五和が、天草式が決める。

圧倒的な加速で迫る五和は、持つ槍の柄の間に小さな布、おしぼりを挟んである。

これは『管槍』という手法で、槍と掌の間の摩擦を軽減させることで、槍を突き出す速度と威力を倍加させる。

だが、五和のそれは本来の用途とは違う。

これから放つ一撃は、自身の掌を守るために細工をしなければ、魔術の途中で手首を失う羽目になるからだ。



「―――<聖人崩し>!!」



ドバァ!! と海軍用船上槍が空気を震わす爆発と共に、物質的な束縛を解除した雷光と化す。

圧倒的な摩擦熱により槍の柄を掴んでいた布地は黒い煙を吐き、吹き飛ばされている。


「おおおおおおおおおおおおおおッ!?」


武器を失い、気を失い、それでも雄叫びが放つ。

回避できぬとも、己の信念は揺るぎないものである、その一身は剣であるものの不屈の雄叫び。

だが、決死の覚悟の五和が放つ一直線に飛び出した青白い紫電を迸る鋭利な一撃は、神業的な精確さで、女教皇様が斬り払った鎧の傷跡に滑り込み、背中から雷光が突き抜ける。

轟音と共に、ジェラーリの背中から火花ではない、上下左右に爆発的に伸びる光の十字架がその身体を蝕み、刻まれた聖呪<聖者の数字>を抹消、


「なるほど、これほどのものですか……天草式十字凄教の忠義は」


<聖人崩し>。

『神の子』と似た身体的特徴を持つが故に、偶像崇拝理論によって『神の子』と同種の力を引き出させる才能を持った人間。

なれば逆に、その『神の子』と似た身体的特徴を崩せば、一時的に<聖人>の力を封じる事ができる。

唐突にバランスを失った<聖人>は、単純に力を失うばかりか、体内に残っていた力の制御がままならず、暴走を起こしてしまう。

激痛が総身を走り抜け、さらに心肺機能と神経網がズタズタに引き裂かれる。

喉からは絶叫を放つよりも先に血反吐を迸らせて、生命力が支離滅裂な誤作動を起こして全身の筋肉を痙攣させ、膝を地面に屈せさせる。

猛烈な圧力で体内を循環していた3倍にまで高まった<人造聖人>の高密度な<天使の力>が、突如、出鱈目に暴走して、肉体を破壊した結果。

そして、背後のテッラを自爆に巻き込まない為に体内に無理に抑え込んだ事がそれにより一層拍車をかけていた。

おかげでもう<聖者の数字>は完全に|故障(ショート)し、二度と使えぬだろう。


「ええ、まさかこの私が破れる日が来ようとは。見事、極東の若き<聖人>、神裂火織」


それでも最後に勝者を褒め称えるために、ジェラーリは喉を絞り、声を出す。

これが戦いの終わりというなら、勝者へ呪いではなく祝福を送ろう。

忠義のままに生きた己の倒れる様が情けなくては、その剣を預けた主さえも笑われてしまうのだから。


「いえ、忠義の騎士。これは私一人の勝利ではありません。私一人では勝てなかった。敵ながら見事」



ここで、1つの戦いは終わった。



だが、まだ戦争は終わっていない。



「あーあ、残念ですー、本当。まあ、勝っても負けても道連れにしてくれれば、成果は同じなんですけどねー。“ちょうど向こうも来ましたし”」



その時、鼓膜を震わす轟音が鳴り響く。


(―――ッ!?)


それは魔術によるものではない。

爆薬がアビニョンの街並みを突き崩す音と共に現れたシルエットは、人間のものとは大きくかけ離れていた。

これより第三者の介入が始まる。



『侵攻開始』



つづく

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