小説『とある賢妹愚兄の物語 第2章』
作者:夜草()

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閑話 紅の先手必勝



学舎の園



どどん! どん!



合戦の合図の花火が連続して打ち上がる音が、『学舎の園』に響き渡った瞬間、常盤台中学の紅組と白組は一斉に中央ポイント――『王様の広場』に向かって走り始めた。


「始まりましたか」


「はい、問題のない事を祈るばかりです」


その様子を審判役として、設置されたカメラからの映像を見る寮監と綿辺先生。

彼女達はソファに腰をおろし、お茶をしながら談笑する。


「競技時間は1時間。1時間以内に、相手の『お姫様』を打倒するか、それとも、本陣である『姫のお部屋』か『お姫様』を守り抜き、さらに『王様のお城』を占拠していた側に勝利が訪れる、ですか……なるほど良く考えたものです。これならば、普段の学校生活では学べないものが得られるでしょう」


役があるという事は、個人戦ではない。

この紅白戦は一度撃退されても、復活ポイントに戻れば5分のペナルティの後に戦線に復帰できる。

つまり一度人員が減っても、時間経過と共に数は増えるので、|短期決戦(ブリッツ)で短時間に終わるものではなく、長丁場の戦いとなる。

ただし、大損害を出し、多くの人員が一気にペナルティをもらえば、復活するまでの5分間、戦力はガタ落ちし、また、『お嬢様』の役は復活できない。

このあたりの駆け引きは、チェスや将棋の勝負と同等に楽しむポイントなのかもしれない。


「ええ、今の常盤台中学で看板なのは御坂と食蜂のLevel5の2人ですが、その基盤を作り、支えているのは音無、鬼塚、詩歌の3人が中心となる3年生。―――お、さっそく仕掛けてきたのはやはり……」


画面に映し出されたのは―――





学舎の園 白組本陣



「やはり、一応、足の速い人を先遣隊に選んだのですが、向こうが先手ですね……」


白組本陣の脇に据えられたモニターに映る1つの人影。

空間を飛び越える<空間移動>の白井黒子。

常盤台中学でも屈指の移動力を持ち主である。


「中央ポイントの『王様のお城』を先取した方が有利ですよねぇ♪ もう、新入生に機動力で負けるなんて、後でお仕置きダゾ☆」


「ふふふ、でしたら、操祈さん。全力で走ってきます? リモコンが使えないとはいえ能力は使えますし。彼女達の代わりに」


「あららぁ〜? 急に立ちくらみが……やっぱり、足が速いからってエラいだなんて小学生までで。団体競技なんだから足並みを揃えるのが当然ですよねぇー? 皆ぁ、私の代わりに頑張るんダゾ☆」


競技は参加するより、高みで見物派の食蜂操祈。

開始早々、食蜂はぐったりとした様子を装いながら詩歌にしなだれかかり、少し怪訝な口調で、


「でもでもぉ〜、うちの先遣隊には全力ダッシュでポイント取りに行け、って指示してませんよねぇ。余力を残して、走りなさいって」


「この競技は基本的に鬼ごっこです。向こうが『王様のお城』を占拠した後でも、相対しなければならない。単騎掛けに成功しようが個人では守り切れぬというものです」


「うふっ、維持力がなければ、先手力があっても意味がありませんよねぇー♪」


詩歌は微笑みながらうなずき、


「そのとおり。ですから、先遣隊に余力を残しておくのは重要です……」


そこで、まあ、と言葉を切り、


「世の中には一夜で城を立てた偉人もいますけどね」





学舎の園 道中



「疾き事風の如く、侵略する事火の如く」


紅組『お姫様』の陽菜の号令で飛び出す赤の先遣隊。

その中で、2つに束ねたツインテールを靡かせて飛び出したのは『お嬢様』の白井黒子。

空間移動系能力者の連続移動による長距離移動は、圧倒的で、他の能力者では追いつけない


「復活ポイントの登録はこちらでしますわ、白井さん」


「ええ、婚后光子。後はお任せしますの!」


1km先にある『女王の広場』を他の『お嬢様』、婚后に任せ、黒子は止まることなく、そのまま移動。

婚后は自分の胸に付けている、青色のゼッケンセンサーに差し込んであったカードを抜くと、復活ポイント――『女王の広場』のタッチセンサーにカードを押しあてる。


ぴんぽーん!


タッチセンサーから電子音が鳴り響き、センサーマシンの上に取り付けてあるモニターに、赤線で描かれた常盤台中学のマークが表示された。


『『女王の広場』占拠完了。白組はまだ。この調子ならわたくし達が先手を取れます』


本陣のモニターで戦況を伝達する<念話能力>の口囃子の声が紅組に響く。

紅組は、移動力の高い生徒を選抜した特別部隊を編成しているのだろう。

この戦いは陣取り合戦でもあるが、先に拠点をとって、防御に徹する方が有利であることは間違いない。

先手必勝。

拠点を奪えるのは『お嬢様』、『お姫様』だけ。

『お姫様』が撃退されれば敗北、後から占領して上書きするには、どうしても『お嬢様』を前に出さなくてはならない。

『お嬢様』は復活不可なので、消耗戦になった場合、極めて不利なのだ。


「これで中央は紅組のものですわ」


開始早々、<空間移動>の白井黒子が一番に中央ポイントに辿り着き、カードをタッチセンサーに押し付ける。



ぴんぽーん! という電子音と共に、センサーの上のモニターに紅の校章が表示された。



中央ポイントに設置された観客席で見物していた<学舎の園>で働く店員や研究員の間から拍手が巻き起こった.。

これでこれから1時間、紅組はこの拠点を守り抜けば勝利である。

でも、


 

 


「やっぱり、先手は向こうかぁー。白井さんには勝てないな。でも、こっちも負けてないよ」


特別に認められた補助具のヘッドホンにミラーグラスをかける触角のように短めの黒髪がぴょこんと跳ねたボーイッシュな少女。

先遣隊の隊長を任された<六花>の一人で、広報委員長の九条葵。

Level4の五感までも含む身体強化系能力者の<基礎強化>は、特に視角と聴覚は、『千里眼』や『順風耳』とも言っても良いその感覚網は、その気になれば学区全体のあらゆる光景が見え、あらゆる音を聞け、常人の可聴域や可視域で捉えられないものまでも感知できる。

そして、『媽祖』を信仰するとある寺院の娘であり、幼い頃は仏僧達に混じって修行をしたせいもあって、2年生の中で屈指の運動能力の持ち主でもあり、Level5の『双璧』に次ぐ2年生で優等な<六花>の中で唯一の体育会系。


「先手必勝とくれば、後手必殺。まだ揃っていないうちに引っ掻き回せば、奪取も容易だね」


九条は『お嬢様』を撃退できる『カエル』だ。

<空間移動>は確かに速いが、白組全体が速いわけではなく、<空間移動>の同行は禁止されている。

常盤台中学には、快速で運行する電車に追いつける者などざらにおり、幸い、九条も含めて白組にはそういった人材が揃っている。

紅組と同じように、復活ポイントの登録を『お嬢様』の緑花四葉に任せた後、彼女達は中央ポイントを目指す。

紅組とは違って、隊を組んで。


「では、先に行きますね、九条さん」


「はい、登録はお任せください」


オールマイティな身体強化系ではあるが、九条はセンサーを抜きにして考えると、スピードもあるが、ただ一つの専門職な脚力特化の<韋駄天>には及ばない、どちらかと言うとパワータイプに傾いている。

この先遣隊の中では遅い方で、特にスピードタイプのこの2人には追いつけない。

そして、向こうにいるのはまだ『お嬢様』の白井黒子のみで、こちらの2人は確か『カエル』と『お嬢様』で、2対1ならこちらの方が有利。


「もう、こちらに―――っ!?」


「白井さん、悪く思わないでね」


1人が黒子を撃退し、もう1人が中央ポイントを占領。

そう2人は信じて、噴水のある『王様のお城』の入口へ―――その時、九条は叫んだ。


「待って! 何かが近づいてくる!」


けど、遅かった。

その2人はもう『王様のお城』へ。

そして、空から紅の三連星が舞い降りる。


「悪く思わないでくださいませ、先輩方」





学舎の園 王様のお城



それはレーシングゲームで無理やりショートカットするような行為。


「行ってらっしゃいませ、3人とも!」


婚后光子の<空力使い>はその気になれば、成層圏まで打ち上げられるその力で、3人の少女を飛ばす。

『王様のお城』を目がけて、真っ直ぐ、建物を飛び越える最短距離。


『良いかい。五点接地だよ! こう、こうこうで、ここからこうっ! 最後はこんな感じで!』


パラシュート着地や高所から飛び降りる際に、衝撃を和らげる着地方法。

着地と同時に身体を側面に転がし、その際、爪先、脛脇、腿脇、背中、肩の順に地面に転がり、団子虫のように身体を丸める。


「嫌だよ〜……そんなの〜……」


と、総大将の暴君様は、校舎から飛び降りるという実演込みで助言をくれたが、当然、特殊部隊ではないお嬢様がそのような真似をするはずがなく、


「2人とも私の側に」


運動しやすいように黒髪を2つのおさげにまとめた少女の声。

泡浮の能力<流体反発>は彼女の周囲の浮力を増減させる力。

浮力とは流体中に存在する重力とは逆方向に働く力であり、その力で着地の衝撃を和らげた。


「……ッ!」


降って湧いた突如の襲来。

これで黒子の『お嬢様』だけでなく、『カエル』も『メイド』も全種揃っており、人数も2対1から2対4に逆転されてしまった。


「うっ!」


不利を悟った白の彼女達は逃げようと、咄嗟に能力で相手を牽制―――しかし、


「させません!」


栗毛の少女が手を振り上げる。

湾内の力は<水流操作>。

力場内にある水場を支配する力で、幸い、この『王様のお城』の広場の中央には大きな噴水が備わっている。

その地の利を生かし、泡浮の<流体反発>を補助に、上級生の攻撃を、勢いよく飛び出した水流で弾く。

そして、


「残念逃がさないよ〜……―――えいやっ!」


額を見せるようにヘアバンドし、ちょっと焦げたような渋い茶髪の少女が地面に手を置き、そして、いつもぼけ〜〜〜っと焦点も合ってない寝惚け眼が開眼。

<振動使い>。

念動系能力でも、特に振動を得意としている最高クラスの念動系能力使い。


「きゃっ!?」


その力を地面に加えれば、土、岩、砂、コンクリートなど材質は問わず、とにかく足に触れている地面という概念を有する固体に強い振動を与え、まさに直下型地震に似た上下方向の爆発的振動で、中央ポイントで立っていられる者などいない。

『のほほん生徒会長』大人結衣は、運動が苦手なトロい子であるが、常盤台中学における、物理的攻撃の脅威度で、普通とは順番が逆だけれど『地震≦雷≦火事≦寮母』、と常盤台最強の火炎と常盤台最高の電撃に次ぐ攻撃力の持ち主であり、『生徒会長』として相応しい実力者である。

そのまま音無はふわふわ宙を浮きながら『カエル』の子に接近し、自分の『メイド』の赤色のカードを掲げて、


「はい、アウト〜……」


『カエル』の少女の胸にある緑色のゼッケンセンサーが、ピー! と言う電子音を発し赤く輝いた。

そして、


「湾内さん!」


「はい、泡浮さん!」


『カエル』の湾内と泡浮がその同じ水泳部所属と言う息の合ったコンビネーションで、白の『お嬢様』を挟み撃ちにし、その緑色のカードを掲げて、


ピー! と言う撃沈判定の音が響いた。


白組の『お嬢様』の青いゼッケンセンサーに光が灯る。


「やられた! 撤退! 撤退だよ!」


先遣隊を任されている九条は、残りの人員に一時撤退の指示を出す。

彼女は<基礎強化>の移動能力よりも、その広大な感知能力で、敵の罠を察知する事に期待されていて、その力で体の安全を守らなければならないのだが、迂闊に先行を許してしまったが故に、ここで『カエル』と、拠点制圧に必須で復活不可の貴重な『お嬢様』を失ってしまった。

今や中央ポイントは<空間移動>の『お嬢様』に、<振動使い>の『メイド』、そして、Level3だが連携力のある<流体反発>と<水流操作>の『カエル』2人組と紅組の城塞並みの防御力である。

先遣隊程度の戦力では相手にならない。


「まさかあんな強行軍で無茶苦茶なやり方で来るとは思わなかったよ」





学舎の園 紅組本陣



悔しそうに去る九条葵が、そう呟きを漏らした頃。

紅組の本陣で、撃退されたら負けな大将と言う事もあって大人しくしている陽菜は、<念話能力>から中央ポイントの状況を聞いた同級の3年生の口囃子早鳥から報告を受けて、嬉しそうにニヤッと笑う。


「かかか、そうかい。白の奴らは引き際を間違えないとは偉く冷静だったけど、これでウチらが先制パンチをかましたもんさね」


「後続のみなさまもその後すぐに到着し、防御陣の配置につきました。現在、後方に下がった白組先遣隊と、中央ポイントでにらみ合っています」


陽菜は、本陣の脇に置かれたモニターに視線を移す。

そこには『王様のお城』に面した建物の屋上に設置されたカメラからの俯瞰映像が映っている。

『王様のお城』は、<学舎の園>でも大きな多目的広場であり、その端には簡易的な観客席やスクリーンも設置されている特設ステージが造られ、中央の噴水の前にはセンサーマシンが置かれている。

今、その中央ポイントは紅組によってがっちりと守られている。

センサーマシンの書き換えを出来るのは『お姫様』と『お嬢様』だけであり、つまり、攻略側の白組は、何が何でもこのセンサーマシンの所まで、自分たちの『お嬢様』を送り込み、センサーマシンを書き変えなくてはならない

その『お嬢様』を迎え撃つために、センサーマシン、噴水の周囲を、ぐるりと緑色のゼッケンをつけた後続の切斑芽美らも加えた『カエル』役が取り囲んでいる。

そして、その外側を『お嬢様』の青色ゼッケンをつけた婚后光子、白井黒子らが取り巻くように並んでいる。

センサーマシンを守っている『カエル』の囲みを破るために白組が送り込んでくるであろう『メイド』を厄介払いするためにいるのが『お嬢様』の仕事である。

紅組は『カエル』と『お嬢様』を主力とし、さらには『メイド』で『不動の生徒会長』である拠点防衛に優れた(運んでくれるならとにかく単に動きたくないだけ)音無結衣という一夜城のように即席鉄壁の防御陣を築いて、中央ポイントを守る。

その総数は10名。

残りの20名のうち、陽菜、口囃子を含む半数10名は、本陣二、そしてもう半数は復活ポイントの守備に割り振られている。


「うん、モニターも見る限り、向こうはバランス良く割り振っているんだろうけど、良く見れば『メイド』が目立つねぇ。これは防御重視」


陽菜の言うとおり、今、中央ポイントでこちらの部隊と睨み合っている先遣隊から遅れた人員が集まって主力部隊に昇格したのを見れば、赤が多い。

これは決して赤が好きな陽菜の思い込みではなく、全紅組選手の視界を見ている口囃子も同様に頷いている。


(けど、肝心の詩歌っちや食蜂っちの姿が見当たらない。これは、モニタから状況が見られない本陣に隠れているのか……)


不気味だ。

あの策士な2人の姿を確認できないのは、流れがこちらにある状況でも、嫌な予感がする。

白組が、勝利条件の1つである噴水前のセンサーマシンを防衛している紅組の『カエル』を排除して、中央ポイントを奪うためには『メイド』が多い方が有利だ。

しかし、こちらはそれを考えて、黒子、婚后と言う高機動な主力を中心に『お嬢様』を配置している。

この『お嬢様』ゾーンディフェンスを破って、赤の『カエル』防衛ラインまで達するのはまず不可能。


「白組の『カエル』の動きは? こっちのお嬢様の近くにいる?」


「はい、白組は『カエル』の数が一番少ない、と見えます。『メイド』を増やした分、『カエル』を削ったのではないのでしょうか?」


口囃子は紅組全選手を介して、本陣からでも戦場を確認できる情報塔な伝達役で、ピンチになれば、その味方の位置も特定できるのですぐに味方を向かわせる事が出来る。


「そうかい。ならいいけど。こっちは『カエル』と『お嬢様』に主力を割り振っているとはいえ、『お嬢様』はやられたらはいそれでおしまいだからね。詩歌っちか食蜂っちの姿を見つけるまで、あまり前に出ないように伝えといて」


「はい」


口囃子が紅組全体に念話を飛ばすと陽菜はもう一度ニヤリと笑い。


「いっひっひ、憎っくき黒船巨乳艦隊。我ら大和魂の恐ろしさを思い知るがいい!」





学舎の園



「また頭の痛い事を言っているような気がしますが、流石です」


暴君から怨念を向けられているも聖母は、彼女を褒め称える。


「お嬢様から見れば、これは所詮は遊びにしか見えない。確かにこれは遊びですが、遊びというのは本気で遊ぶから面白い。―――故に、鬼塚陽菜が総大将に相応しい」


あの先制攻撃も、九条葵が少し真剣に警戒心を強くしていれば、防げたはずだが、やはり気持ちのどこかで遊びの気持ちもあったのだろう。


「ぶぅ〜、それって私の方が鬼塚先輩よりも下ってことですかぁ〜? おっぱいがちっちゃいのに」


不貞腐れる白組大将の『お姫様』である食蜂操祈を見て、詩歌はクスリと微笑む。


「組織を動かす人心掌握術において操祈さんの方が上手です。けど、人を使うには、一種のカリスマが必要です。信頼や共感などの人徳で人は動かせるでしょう。しかし、人を我が意のままに動かすにはカリスマ―――それには強さが一番です。この人は強い、この人には敵わない、この人と戦ったら、勝てる、と思わせる人間的、いや、動物的な迫力を持った人間が上に立てば、それはとても心強い」


「そうですねぇ。鬼塚先輩のような野蛮な人は扱い易いですけど、敵に回ると苦手ですねぇ。でもぉー、もう少しエレガントに振る舞えないのかしら?」


「それは仕方ないです。陽菜さんは、その自由奔放な性質からして、常盤台中学には合ってませんから。それは本人も重々承知でしょう。でも、この学校が大好きです。彼女は何だかんだでちゃんと学校には来ますし、授業も受けてます。それに何よりこの学校を勝たそうとしている。学校が嫌いだとしたら、ルールに縛られず自由奔放な人間がわざわざ学校に登校してませんし、イベントに参加しません。だから、『暴君』などと言われる事もありますが、本当の不良ではないし、本気で不良と思っている人もいませんよ」


食蜂は少し考え込む。

確かに詩歌の言う通りかもしれない。

鬼塚陽菜には、能力とは関係ない、言葉では言い表せない迫力のようなものを感じる。

紅組が彼女の下でまとまって動くのは、その動物的な迫力を感じているからなのかもしれない。

勝負というのは、問答無用の力で人を引っ張っていくことが求められる。


「まぁー、私は可憐な皆に守られる系の|お姫様(ヒロイン)ですしぃー。そもそも私には動物的な迫力とは無縁で、必要ないのよねぇ♪ でもぉー。詩歌先輩、鬼塚先輩に甘すぎません?」


「ふふふ、なるべく色眼鏡で見ないようにしたんですけど、やはり、友達ですからね。甘くなっちゃいましたか」


「……オトモダチ、ですか」


その時、詩歌の何気ない言葉に、食蜂は―――少し、競技を忘れて、遠い目をする。

もし―――と思う事もある。

安易な選択肢の末路を知っている自分は、人を信用できない、協力、信頼なんて不確かなものなど信じられない。

けど、何故か、不思議と、自分は、この人の心理は覗けるのに覗こうとしないし、感情も行動も操ろうとする気も湧かない。

どこかのLevel5は警戒しているようだけど、この人は普通に自分の手を握ってくる。



―――もう、絶対に不幸な疫病神は作らせない―――



……まあ、それも無用な心配なんだろうけど。

自分だって分別はあるし、全てを覗いたらつまらない。

操らない人間が1人いても良いだろう。


「まあ、こちらのお姫様も、甘やかしすぎたせいで、わがままで傲慢で気紛れで手を焼かされとっても世話のかかる、でも実は優しく思いやりのある可愛い後輩ですけどね」


大体、この人は読もうと思っても読み切れる人じゃあない。


「実は、は余計ですよぉー、詩歌先輩♪」



閑話休題



「勝負はカリスマ性だけで決まるものじゃありません。智と勇、このような合戦に勝つには『天・地・人』の3つの要素を味方につけるだけの智が重要です」


『天』とは、大義名分であり、天運。

『地』とは、地勢の利、周囲の状況。

『人』とは、人の能力と、人の心理。


「大義のない私利私欲な理由では、勝つ気が湧かない。戦場の有利不利を見極められないのでは、勝機がなくなる。意識が低くいと勝てる戦いでも負けてしまうし、勝って当たり前だという考え方では勝利は遠のきます」


詩歌がお手本に思い出すのは、300人ものローマ正教におよそ50人で立ち向かった天草式十字凄教だ。

彼らはそれぞれが高尚な大義を抱き、日本という|地元(ホームグラウンド)をフルに活用し、個人個人の意識は高かった。


「そして、今の紅白戦と言う状況で考えるなら、『天』も『地』もほとんど同条件。だとするならば、戦いを左右するのは『人』。そして、『人』を知るには、相手の立場になって自分たちを見るのが一番です。行き詰った時には、その盤上を逆転すればいいんです。相手がこっちをどう見ているのかが分かれば、いくらでも策は浮かびます。例えば、相手がこっちに抱く印象が分かれば、それに打ち込む事もできでしょう?」


「つまりぃ、相手の心理を操作してこちらの有利に持って行くってことですねぇー♪」


「ええ、それも一理。そして、ここまでは想定内。事前の作戦通りにやられたらすぐに復活ポイントへ。勝ち負けにこだわらず。反復攻撃をかけて、相手に『また……』と思わせたら成功です」


白組は『メイド』が多めの20名以上を『王様のお城』への攻撃側に回しているが、総力で攻めさせてはいない。

ジワリジワリと相手戦力を削る。

総力をつぎ込んで攻め込むのも1つの方法だが、総力戦を仕掛けて失敗すると戦力回復までに時間がかかる。

復活にかかる時間がバラバラになれば、戦力の集中運用が出来ず、絶え間ない攻撃を仕掛けられる。

そして、限定された戦力を順次送り出せば、使える戦力を常に把握もできる。



「まあ、これでは単に嫌がらせにしかなりませんし、動きましょう。そろそろ、相手が最も主力に出してくるであろう選手を落してしませんとね」


「ええ、『お嬢様』は働かせ過ぎちゃ駄目ダゾ〜☆」





学舎の園 道中



ピー! ピー!



と言う電子音が鳴り響く。

それは紅組の『お嬢様』の前に、白組の『メイド』が撃退される音だ。

けれども散開して囲みを抜けた何人かの白組の『メイド』は、防衛の『カエル』を何人か撃退していた。

しかし、そこまでだ。

<念話能力>によるネットワークに、<空間移動>と<空力使い>の移動力により、救援が駆けつけるまでの時間が短く、それに<振動使い>の地雷震の妨害は強烈だ。

それに白組には『カエル』がほとんどいないので、こちらは存分に『お嬢様』を動かせ、今のところ1人もリタイアしていない。

撃沈された白組の生徒も、それほど深刻な顔もせずに、ふりふりと手を振りながら、『王様のお城』から出て、復活ポイントのある『女王の広場』へと帰還していく。

そして、交代するように再び徒党を組んで、白組の生徒がやってくる。


(……まあ、こうやって何度もぶつけることで経験値を稼いでいるのかしら?)


これはあくまで模擬の紅白戦。

だとするなら、勝利よりも実戦慣れをすることを第一に考えるべきだ。

この波状攻撃は、その目標を十分に果たしているといえよう。

あの姉のような幼馴染なら、そう考えそうだ。

ただ、これだと疲れるのだが。

『メイド』の継続的な脅威から隠れている『カエル』の美琴がこっそりと前を見て、先の口囃子3年生の伝令を思い返す。


『どうやら小部隊に分けて波状攻撃を仕掛け、削った所で総攻撃を仕掛ける作戦でしょう。少し、攻略部隊の数が少ないのも気になりますけど……―――でも、偵察部隊から、白組は本陣を引き払い、金髪の……あまり考えられない事ですが『お姫様』である食蜂様を中心にして、復活ポイントまで移動中、とのことです』


『お姫様』を動かすなんて、何故そんな危険な真似を。

いくら周りを固めても、万が一はあり得るのに。

こちらの『お姫様』である鬼塚陽菜は大変攻撃的な人間ではあるが、今回は大人しく本陣に篭っているというのに。

中央ポイントの登録は別に『お姫様』でなくとも、『お嬢様』でも可能だ。

大体、あの女王様がわざわざ本陣から出てくるなんて考えられない。

高みで見物してクスクス笑っているのが性に合っている。


じゃあ……何故?


向こうの白組の生徒は全員把握しているが金髪は、あいつしかいない。


『これはチャンスだよ、美琴っち。あの詩歌っちと食蜂っちの腹黒船先輩後輩コンビが何を考えているか知らないけど、ドババーッと中央に『メイド』が集中している間に、美琴っち『ゲコ太』アタックを仕掛けて、ゲームを決めちゃえ!』


確かにその通りだけど、意識のどこかでブレーキがかかる。

何か見落としているような……

ここで、中央の防衛から人数を割けずに、向こうの防衛網を単騎で突破できるといえば
、<超電磁砲>の『常盤台の|姫様(エース)』の御坂美琴くらいのものだ。


行ける、とは思う。


きっと『お姫様』の食蜂の周囲には『メイド』の詩歌さんがいるだろうけど、それならすぐに撤退すればいい。


「そうよね。ウジウジ悩んだって仕方ない。やられたって、復活できるわけだし」


そして、美琴はなるべく目立たぬように自分の足で移動し、



「姫の所へは行かしません」



美琴の進む先が氷の壁によって阻まれ、一人の忍びが現れた。



つづく

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