学園テロ編 交差
道中
「―――『火炎車』!」
呆然と立ち尽くす漆黒の怪物に突進。
衝突する寸前、瘴気が変じた黒い霞が意思を持ったかのように殺到。
鋼鉄の巨壁とぶつかったように腕と首がへし折れたような衝撃が突き抜け、黒霞が鎌となりて陽菜の身体を切り裂く。
が、その前にボディに纏う業火の圧倒的熱量により切っ先は届く前に溶かされ、堅固な黒い霞を、バイクの重量と速度、摩擦熱が一瞬で削り尽くした。
ゼロコンマ数秒で、巨大な砲弾が粘土の壁を砕くように、黒い霞を貫徹。
しかし、
(なっ―――)
バイクの風防(カウル)に、禍々しい凶爪を持つ右手が食い込んでいた。
反動で後輪が浮かび連動して暴れるハンドルに振り落とされ、陽菜の身体はビルの2階よりも高く宙を舞っていた。
受け身を取るため身を投げ出していた陽菜は仰向けの視界の頭上に、漆黒の怪物と赤い車体を捉え、そのまま空中で猫のように身体を捻りながら火炎球を放ち、地面に華麗に着地を決める。
「―――なんっつう鎧だよ、それ。『駆動鎧』でも軽くスクラップにして吹っ飛ぶぞ。っつか、私の夏休みのバイト代が今日1日で吹っ飛んだぞ! ちくしょうっ!! 金を払いやがれっ!!」
だが、『赤風大紅蓮』から漏れたガソリンが<鬼火>に引火した爆炎に包まれて、なお漆黒の怪物は不動。
時速100km以上の大型バイクに撥ねられ、ガソリンの大炎上に巻き込まれても、その鎧は無傷。
その場を動いてすらいなかった。
精々、右手を突き出す為に半歩動いた程度だ。
「……やっぱり、コイツはあの時の男と関係あるんかね」
鎧の節目から延々と漏れ続ける黒い霞にその姿は隠れ、その中から無数の『手』が這い出てくる。
金属質の籠手に覆われた腕から徐々に浮かび上がる巨体。
そうそれはこの完全なる怪物の従者であり、力。
黒い霞から形を成して次々と黒銀の騎士団が召喚―――
「<鬼火>―――『灰撒(かいまく)』」
陽菜の口からその言葉が飛び出すと同時に、爆音が繁華街を揺るがした。
常盤台中学 カフェテラス
北イタリア旅行から上条詩歌が帰ってきた後、御坂美琴は彼女に相談したい事があり、お茶に誘った。
放課後だが、学内のカフェテラスは学外のと比べてみてもレベルは高い方で、半分以上の席が埋まっており、ランチほど手の込んだものではないが軽食も出している。
詩歌は軽く店内に視線を彷徨わせるとパッと迷うことなく窓際の2人席を選んで、そこに美琴と向き合って座った。
そして、|(この時はまだ夏服だった)制服のワイシャツのボタンを外しながら――今年度から予想以上に成長したとかで、座ると“前”が苦しいらしい――『ここなら人に聞かれる心配はないでしょう』と言った。
正直、あまり人には聞かれたくない話という事もあって、ちょうど周囲に人気のなく孤立した場所は美琴にありがたかった。
しかし、相手が詩歌なのでその時まで意識していなかったが途中、アイツと兄妹という事もありその雰囲気はどこか似ていて、それを意識すると夏休み最終日の事を思い出し、どうしても直視する事が出来なくなる。
それに毎日のように顔を合わせているが、うっかり気を抜くと紅潮してしまうくらい綺麗な人でもあるし。
そして、近くに給仕をしている|(ように見せかけてサボっていた)繚乱家政婦女学院からの研修生を呼び出し、2人とも紅茶を注文。
詩歌は勝手に自分のカップにミルクと角砂糖2個を投入。
何も訊かれなかったが、ちょうどそれくらいが美琴の好みであり、こうお世話されるのも長年の付き合いで両者とも慣れたもので今更だ。
むしろ自分で味を調整するよりもしっくりくるくらい。
妹離れが難しそうだな、と考える一方、姉離れも難しいと、そんな美琴の思索を気付いていたのだろうけど、詩歌は涼しい顔でミルクだけを入れて紅茶をすすっていた。
美琴もそれを倣うように紅茶を飲み込む。
ダージリンの香りと共に、心を落ち着かせる。
「それで詩歌さん、あの罰ゲームの事なんですけど………」
それから美琴は『あの馬鹿』に行うつもりの『罰ゲーム』について相談する事にした。
異性に興味を持たれる事はあっても、ほとんど興味を持った事がない美琴にとって、『あの馬鹿』はすでに特別な存在だと言える。
だけど、その理由は未だに分からない。
別に必要はないと思うのだが契約云々といった話もあるし、誰かに話す事で予定を再認識して復習もできる。
それに………
『その答えは一時の迷いで出すべきものではありません。ですから、今すぐに、とは言いません。ただ、ちゃんと向き合って下さい。美琴さんが自分で考え、悩み、悩み…そして、乗り越え、絶対の自信を持てるようになったら、教えてください。その為の時間稼ぎなら……お手伝いしますよ』
まだ、分からないけれど彼女に聞いて欲しいと思ったから。
美琴の話に彼女は時折り相槌を打ちながら、口を挟む事なくただじっと耳を傾けてくれた。
詩歌に与えられたものではなく、美琴が自分自身で答えを見つけられるように真摯に付き合ってくれた。
「………まーそれで、もしアイツがゲコ太の素晴らしさにちょっとでも気付いたら最後に片割れを分けあげても良いかなーってそんな感じです」
そして、発表が終わると、渇いた喉を潤そうと紅茶をすする。
少し冷えて温くなってしまったが、これはちょうど良い。
聞き上手、というのか詩歌と話していると抽象的であやふやな余計な事まで話してしまい、いくら放っておけばずっと喋り続けてしまう美琴でも疲れて―――
「……敢えて、一言言うなら、美琴さんはもう少し素直になるべきですね。罰ゲーム、なんて理由じゃなくても当麻さんは付き合ってくれますよ」
ぶっ!? と美琴は紅茶を吹き出した。
顔を真っ赤にして咳き込みながら、詩歌を睨むように、
「な、なにを言ってるんですかっ! 私は別にいつも素直ですよっ!」
「ふふふ、そんな所が可愛いんですけどね」
美琴は自分がどんな顔で話していたかは分からなかったが、最後まで詩歌は穏やかな笑みを浮かべていた。
そして………
「そういえば、この前、『恋愛は難しいものです』って答えてくれましたけど。詩歌さんって、恋した事があるんですか?」
相談が終わった後、ふと何の気なしに、美琴は真っ直ぐ問うた。
すると詩歌は困ったような顔になりながらも、
「ええ、ありますよ」
「え、それはどんな相手だったんですか?」
「だーめ、秘密です。ひ・み・つ♪」
「気になります! ちょっとくらい教えて―――」
―――ピッ!
より詳しくその話を聞こうとしたその時、突然美琴に頭痛が襲った。
頭を押さえつつ、周りを見渡すと、いつのまに背後の客席にある女子生徒の姿を見つけた。
「アンタ! いきなり何すんのよ!」
そして、その手に持ったリモコンから今の頭痛の犯人はこの食蜂操祈。
無意識に放つ微弱な電磁波がバリアーとなり、その干渉力をシャットしているが、その代わりにその影響でガツンと頭痛をもらう。
「ま、まさか盗み聞きしてたんじゃないでしょうね!」
「あらー? ゴメンなさいねぇー。聞くつもりはなかったんだけどぉー、デリカシーのない発言だったからつい♪」
「デリカシーないって何よ! つーか、盗み聞きしてる方がデリカシーないでしょうが!」
「『親しき仲にも礼儀あり』って言葉。体型と同じでお子様の御坂さんには難しかったかしらねぇ? まぁー、私は御坂さんと違って成長が著しくてぇー。あー、きついきつい」
悪びれるどころか、食蜂はワイシャツのボタンを外し、部分的な差異を強調するように挑発。
ピキッ―――! と。
まあ、確かに根掘り葉掘り聞くのはデリカシーなかったし………けど、勝手に人の頭を覗こうとするコイツだけには言われたくない!
「それって、単に太っただけじゃないの? アンタって運痴だし」
「太っ…ッ!? 御坂さんって本っ当にデリカシーないわ!! この貧乳!!」
「貧っ…ッ!? やっぱりアンタとは反りが合わないわねっ!」
美琴と食蜂は、お互いに真顔で睨み合う。
どちらも一歩も退かない様子は仲が悪いように見えるが、逆に良く知った仲であるからこその遠慮のなさにも見える。
しかし、常盤台中学でも2人しかいないLevel5、『常盤台の姫様(エース)』こと<超電磁砲>と『常盤台の女王(クイーン)』こと<心理掌握>の衝突は、見ただけで周囲の女子学生達を怖がらせる―――
「2人ともいい加減にしなさい」
『常盤台の最終兵器(ジョーカー)』こと<微笑みの聖母>を召喚。
美琴と食蜂はゆっ〜くりと目の前の相手から身体の向きを変え、その直後、『『ひっ!?』』と声を揃えてたじろぐ。
<微笑みの聖母>などという生易しい存在感ではなく、その微笑みなのに瞳が全く笑っていない表情は初見なら誰でも全面降伏してもおかしくないプレッシャーを放っていた。
「喧嘩両成敗。覚悟は良いですね」
ゴツンゴツンッ! と気持ち良いくらいの快音が響き、先輩からの愛の拳骨により、後輩2人は物理的に叩いて潰された。
地下街
『ではミサカは素直になってみます、とミサカはお姉様とは違う道を歩んでみます』
苦しい。
『チラリ、とミサカはさりげなく買って頂いたアクセサリーをお姉様に見せつけてみます』
心拍や体温に変化がある訳でもなく、風邪や心臓の異常もない。
けれど、『あの馬鹿』があの子に絡まれている所を見た途端、何故か動機が速くなり顔が熱くなり、何かモヤッとした。
それは形になる前に消えてしまったが、それでも不快であると自分が感じたのは良く分かる。
「ねえちょっと、今日は誰の罰ゲームとしてここにいると思ってんのよ!! 私の為に1日働くんじゃなかった訳!?」
今日、アイツの隣にいるのは私、それが正しい姿のはずだ。
なのに……
「え? お前の目的はゲコ太だけなんだろ?」
……確かにそうなんだけど、何でそんな事言うの。
全く関係ないはずのむかつきが美琴を支配する。
理不尽だと思うが止められず、美琴は自分の唇を小さく噛んで、
「……ッ!! な、あ、う、そうよ! ゲコ太とピョン子が手に入ればアンタなんかもう用済みよ! 何が罰ゲームよ、この馬鹿!!」
台詞を吐くたびに胸の中で怒りが膨張し、言葉の後半はほとんど怒鳴っていた。
そして、『もう良いわよ!!』と美琴は驚いたように目を丸くする少年の元からは背を向けて立ち去った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あちゃー……」
御坂妹は去り、美琴も去り、置いてけぼりにされた当麻はこれで罰ゲームから解放されたのかも判然としないし、何だかグタグタだった。
それに……
(……また、やっちまったのか)
あの偽デートの時もそうだった。
自分の発言で美琴と擦れ違い、そのまま別れてしまった。
鈍感かもしれないが、愚直であるつもりだが、愚鈍だけにはなりたくない。
しかし、こういう時は追いかけるべきなのだろうが、追いかけて何をするべきなのかも分からない。
当麻は溜息混じりで、
「だぁー。こうなったら格好悪ぃーが、恥を忍んで詩歌に聞いてみっか。このままだと気になるし」
「何を莫大な疲労感に肩を落としているの? ってミサカはミサカは癒し系のマスコットとしてあなたの背中に張り付いてみたり」
思わずこぼした独り言に妙な返事があったと思ったら、背中に、のしっ、という重みが加わった。
背中に伝わる丸っこい感触に、当麻はゾゾワァ!! と全身の毛を逆立たせ、
「な、なに!? 誰だ、子泣きジジィか!!」
「ミサカの性別はメスだし学園都市でオカルトを語るのはナンセンスかも、ってミサカはミサカは安定感を得るためにさらに身を擦り寄せてみる。ここミサカの定位置にしたい、ってミサカはミサカはついでに要求してみたり」
のしーっ、と生温かい体温の塊がちょっとだけ重みを増す。
当麻の背中のゾワゾワ感がクライマックスに達し、
「うおおわっ!! 何ですかこれーっ!?」
叫びつつ自分の両手を頭方向から後ろへ回し、背中にくっついているものをがっちりとホールドするとダンクシュート状に顔の前へ引きずり出す。
と、逆さまにぶら下がっているのは御坂妹を小っこくしたあの写真に妹と一緒に写っていた少女――打ち止めだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「でね。とうまはいつもいつもいっつも私を置いてけぼりにしてどこかに行っちゃうんだよ。しいかじゃないけどあれはもう放浪癖の一種なのかも。気が付いたら旅に出ている人なんだよ」
「……、」
一方通行は現代的なデザインの杖をつきながら、昼と夜の区別がいまいちつきづらい地下街を歩く。
電車やバスの終電が最終下校時刻に設定されているせいか、通路を行き来する学生達の足取りは心なしか忙しい気がする。
「あれは何なんだろうね。別に今立っている場所が嫌いって訳でも、これから向かう場所が特別好きって訳でもないのにさ。ふらふらふらふらふらふらふらふらーってどこかに行っちゃって」
「……、」
『とうま』。
この一飯の礼として『とうま』が見つかるまでの間だけの限定で手伝っているシスターの話、というか愚痴を聞く限りでだが、アイツはどこでも変わらずアイツだという事。
そして、『とうま』はとんでもなく嫌な奴で、アイツにいつも世話を焼かれているダメ男。
なんというか、名前が出てくる度にイライラし、
「結局、しいかと一緒に事件を解決してるの」
……モヤモヤする。
『あー君』だなんて、向こうが勝手に言っている事で、別に自分はアイツと友達だなんて認めていない。
だから、アイツの隣に誰がいようと自分には関係ない……のに……―――と、その時、
「ほーんと、そういう所だけは似てるんだから、“兄妹”揃ってどうしようもないんだよ」
「……兄妹?」
そういえば、あの時、
『ああ、そういえば言ってませんでしたっけ? 私には、無理、無茶、無鉄砲の三無い主義。普通なら考えもしない事を、考えもしない方法でやらかして、その度に周りを振り回すどうしようもなく世話の焼けるお兄さんがいるんです』
――そして、
「うん。とうまとしいかは本当に似た者兄妹なんだよ」
その言葉で、こんがらがっていた情報が、頭の中で綺麗に繋がり―――モヤモヤが消えた。
「……クソッたれ」
思わず、一方通行は吐き捨てた。
このシスターの気まぐれな言葉程度で、振り回され―――安堵してしまった自分が可笑しくて可笑しくて、どうしようもなく苛立たしい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
大量の<妹達>が暴走を食い止めるために作られた全<妹達>を束ねてるホストコンピューター――というよりネットワークを制御し、人間側の手で介入できるようにするコンソールに近い存在――検体番号20001号<最終信号>。
これがこのミニミサカ、打ち止め|(また偽名っぽいなぁ……と思ったが黙っておく)の正体|(正直、この見た目のせいか、説明を受けてもスゴそうだなぁ、という感想だけで、あんまり具体的な実感が湧いてこない)。
で、何で打ち止めがこんな所で油を売っているのかというと、
「あのねー、ミサカは『実験』の時にあなたに助けてもらったからそのお礼を言いに来たの、ってミサカはミサカは鶴の恩返し的展開を提示してみたり」
「という建前で本音は何なんだよ」
「一瞬たりとも信用してないし! ってミサカはミサカは地団駄を踏んでみたり!! それはまぁあなたにお礼を言いに来たって言うのは偶然によるこじつけだけど、ってミサカはミサカは本心を明かしてみるけど!」
「じゃあ俺の不信感は大正解じゃねぇか」
「そのデリカシーのなさがミサカは頭に来るのーっ! ってミサカはミサカは両手を振り回してポカポカやってみる!!」
どうやら怒らせてしまった。
『当麻さんは本当〜〜に! 女の子を怒らせる才能がありますね』と脳内で妹が叱責するイメージが浮かぶ。
なんか今日は、吹寄といい、インデックスといい、黒子といい、御坂妹といい、そして、美琴といい……まあ別に今日に限った話じゃないが、そういう日なのか?
とりあえず、当麻はご機嫌を取ろうとあちこち見回して、
「悪い悪い悪かったあそこでポップコーン売ってるからそれでお許しくだせぇ」
「女の子の繊細な心理を食べ物ごときで誘導できると思ってるの!? ってミサカはミサカは愕然としてみる!!」
ありゃ?
インデックスや御坂妹にも通じたので、女の子には甘いものは効果抜群の必勝法だと思ったのだが違うらしい、と当麻は素直に反省した後、
「ごめん。じゃあ断食な」
「食べるけど! ポップコーン大歓迎だけど! ってミサカはミサカはポップコーンはもらうけど怒るのは止めないという新技を披露してみたり!!」
どっちなんだよもう、と当麻はややウンザリした―――ところで気付く、
「あれ? そういやお前1人だけか?」
お怒り中だからか、お供え物をするまでプクーッとほっぺたを膨らませ素直に答えようとする気はなく、でも、うん、と首を縦に振り、それがどうしたの? と言いたげに首を傾げる。
「いや、打ち止めみたいな子を詩歌が1人で放っておくなんて考えられねーし」
当麻には良く分からなかったが、この<最終信号>という個体は<妹達>の中でも重要な存在である。
その重要性を詩歌が看過するはずがなく、それにこの小さくて可愛らしい姿は小っちゃいもの大好きの彼女にドストライクであろう。
俺の妹がこんな子を1人で放置するはずがない。
ので、
「……まさか、どこからか勝手に脱走してきた訳じゃねーだろうな?」
ギクッ、と打ち止めの肩が跳ねる。
なんともまぁ、分かりやすい反応だ。
「あー、詩歌は基本小さい子には激アマだけど、約束を破ったり、言いつけを守らなかったりしたら、そりゃあ怒るぞ、マジで」
「ミ、ミサカには激情緩和用にこやかスマイルが……」
「言い訳したら余計に怒るぞー詩歌は。具体例としては飯抜きだな」
詩歌は怒ると怖い、その事は彼女も重々知れ渡っているようだ。
ついさっきまでの事務敵っぽい口調が完璧に崩れ、打ち止めはしばらくおろおろしながら、『ミサカのハンバーグがーどーしよどーしよ』と不安に駆られている。
こりゃビビらせちまったか、といたたまれなくなった当麻が頭を掻くとまた何か閃いたように、
「あ! あなたに攫われたって事にすれば!」
「それはアンタッチャブルだ!! 問答無用にぶっ殺されるぞ、俺が!!」
具体例を上げれば、ミンチにされ、練り込まれ、ケチャップソース|(のようなもの)が付いたハンバーグになります。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あれから、洋菓子店など眼中に入れず、その隣にあるゲームセンターでハイスコアを更新……というかスクラップにして鬱憤を晴らした後、
「はぁー……」
美琴の口から溜息が出た。
(そりゃそうよね、単なる罰ゲームなんだもん。自分で言ってたくせにそれを忘れてるだなんて。まぁ、あっちにだって無理矢理あちこち引き摺り回されれば、一刻も早く解放されたいと考えるのは当然……なんだけどさ)
自己嫌悪に陥る。
『あの馬鹿』は別に『罰ゲーム』のルール違反をした訳じゃない。
ただあの子が側にくっついただけだ。
それに『理想通りじゃない』と苛立ちを覚えてしまう自分の方がどうかしている。
私って本当に面倒臭い奴……
「折角、<大覇星祭>の時にはいちいち得点表を細かくチェックしてまで頑張ってたってのに……」
電話会社の小さな紙袋から顔を覗かせている2つのカエルのストラップ。
『ハンディアンテナ』の特典に、『ゲコ太』と『ピョン子』がセットになっているという事はあのサービス店には“そういう”意図があるのだろうけど、
『………まー、これあげるから、あんたもゲコ太の素晴らしさにちょっとは気付きなさいよ』
と、付き合ってくれたお礼にとかにすれば良いのに、それがどうにも恥ずかしくて、素直になれなかった。
結局、色々と掻き乱されてしまったが、自分は自滅してしまったのだ。
「……、やっぱりこのままだと後味が悪いわよね」
そうして、ゲームセンターから離れて美琴は来た道を戻る。
1人で怒っていても仕方ない。
大人げなかったのは認めて謝る事にしよう
別に<妹達>がプレゼントをもらう事には何のミスもないのだ。
『あの馬鹿』に対して素直に頭を下げられるかどうかは甚だ疑問だが、ここはちょっと大人になってみよう。
と、美琴は体内に溜まっている鬱屈した気分を吐きだすように大きく一度深呼吸する。
「それに、折角もぎ取った<大覇星祭>の戦利品なんだから、あれで終わらせるなんて勿体無いじゃない」
よし、と。
もう一度会って話をしようと、と美琴は歩調を速めた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あれからうんうんと塾考して得た答えは、
「じゃあ、ミサカは上位個体として下位個体のルーチンチェックしてた事にする! ってミサカはミサカは起死回生の一手を閃いてみたり!」
「それもぶっちゃけどうかと思うがなー。正直に自首した方が罪は軽いぞー」
「むぅ、ミサカにはちゃんと証拠があるもん、ってミサカはミサカはこの戦利品が目に入らぬかーとばかりに掲げてみる!」
「はいはい。付き合ってやるからさっきの話題はタブーな……ありゃ。何だこれ、ゴーグル? これ御坂妹とかがいつも付けてる奴だよな……」
打ち止めの首元にあるのは、ぶら下がったままのゴツいゴーグル。
暗視装置のようにいかにも重たそうな軍用電子機器だ。
さっき御坂妹が奪われたとか何とか言っていたのはこれの事かも知れない。
「どうもこれはミサカの為に作られたものじゃないから上手く装着できないの、ってミサカはミサカはちょっとしょんぼりする」
「はぁ? ようはゴーグルを固定するバンドの長さを調節すりゃ良いんじゃねーの?」
『?』マークを浮かべる打ち止めに一言断ってからゴーグルを借りる。
指で触った感触からして、バンドはゴム製。
それに水中ゴーグルのように根元辺りで長さを調節するための金具もある。
「ちょっとごめんなー」
長さを合わせてやろうと当麻はゴーグルの本体を掴んで引っ張り、それに合わせて分厚いゴムのバンドがみょーんと伸びる。
と、それに驚いた打ち止めはバタバタと暴れ、
「痛っ、いたたたた、ってミサカはミサ」
「わっ!?」
釣られて驚いた当麻はゴーグルから手を離してしまう。
みょーんと伸びていたゴムは弾性の力により元のサイズへと戻っていきそのまま、ばちーん!! と打ち止めの顔から良い音が聞こえた。
「「……、」」
ごろんごろんとその辺を転がっている打ち止めに、何となく話しかけづらい当麻である。
どうしたものかとオロオロしている愚兄に、やや涙目の幼女はそれでももう一度ゴーグルの下がった首を誇示するように爪先立ちする。
もう一度やって、といわんばかりである。
ゴクリ、と当麻は生唾を飲み込む。
失敗はできない。
もし失敗してその事が曲解して妹に伝われば……
(ヤバい。詩歌に鞭でしばかれて愛玩奴隷になっている当麻さんの姿が容易に想像できるっ!!)
だが、その緊張に指先が震えてしまい、ばちーん!! と連続でミス。
その度に当麻は打ち止めに蹴り倒されてボコボコに踏まれまくったのだが、それで一応の気が晴れると、さらに彼女はゴーグルを差し出してくる。
健気である。
その心意気に応えるべく細心の注意を払う当麻は、ようやくゴムバンドの長さを整えて打ち止めの頭に装着する事に成功する。
おおーっ!! と打ち止めは嬉しそうな顔で両手をおでこのゴーグルに当てて、くるくるとその場で回転。
良ーし、このまま失敗した記憶よなくなれー、と念を送ると、当麻は妹からのプレゼントの腕時計を確認。
既に午後6時を過ぎている。
地下街の外、地上はもう陽が落ちて夜になっているだろう。
「む、もうこんな時間だ、ってミサカはミサカは少々焦ってみたり」
つまり、良い子は帰る時間だ。
<ミサカネットワーク>経由で現時刻情報を得た打ち止めはこちらにくるりと振り返ると、
「あのねー、ミサカはそろそろ帰らないといけないの、ってミサカはミサカは残念なお知らせをしてみたり」
「ま、時間が時間だからなぁ」
当麻としては、こういう子供はもう帰るべきだろうと考えていたのでちょっと安心だ。
「うん。本当はもっと一緒にいたかったんだけど、ってミサカはミサカはしょんぼりしてみたり。ここで会ったのはたまたまだったんだけど、お礼をしたかったって気持ちは本当だし、ってミサカはミサカは心中を吐露してみる」
打ち止めはおでこのゴーグルに両手をやった。
これもやってもらったしね、と彼女は言う。
「でも、詩歌お姉様、そして“あの人”も心配すると思うんだ、ってミサカはミサカは思い出しながら先を続けてみたり。あんまり遅いと今度はミサカの事を捜す為に街に出てくるかもしれないし、ミサカも迷惑とかかけたくないから、ってミサカはミサカは笑いながら言ってみる」
ふうん、と当麻は適当に相槌を打った。
誰だか知らないがその相手は良いヤツっぽそうだな、と漠然と感想を抱く。
「弱いんだよ」
打ち止めは続けた。
「あの人はいっぱい傷ついて、手の中の物を守れなかったばかりか、それをすくっていた両手もボロボロになっちゃっているの、ってミサカはミサカは断片的に情報を伝えてみたり。だからこれ以上は負担をかけたくないし、今度はミサカが守ってあげるんだ、ってミサカはミサカは打ち明けてみる」
「そっか」
言っている事の意味を半分も理解できていないだろうが、当麻は頷いた。
打ち止めの口調に偽りはない。
良いヤツっぽいんじゃない。
きっとソイツは、間違いなく良いヤツだ。
「格好良い所もあるんだよ、ってミサカは捕捉してみたり。だって血塗れになってもボロボロになってもミサカの為に戦ってくれたんだ、ってミサカはミサカは自慢してみる」
何故かソイツの行動パターンに物凄く親近感を覚える。
そして、
「あ、でも、もう少しデリカシーを身に付けて欲しいかも。今日だってノックしなかったからミサカや詩歌お姉様の―――って、何でもない何でもなかったよお兄さんってミサカはミサカはもう遅いかもしれないけど強引に誤魔化してみる」
「誤魔化し切れてねぇよおい。詩歌の、次はなんだ次は!! そのうっかりハプニングの内容は!! っつか、ソイツはやっぱり野郎だったのか!!」
『あの人』について当麻は洗いざらい取り調べを行いたい所だが、その前に、ばいばーい、と打ち止めは手を振って逃げ出してしまった。
そして、最終下校時刻、つまり終電の時間が迫っているせいか、にわかに慌しくなり始めた地下街の人混みの中をすり抜けていく小さな体はあっという間に見えなくなった。
ま、仕方ない、相談したい事もあるし詩歌に直接問い詰めるか、と当麻はきびすを返そうとした所で、ふと視界に見覚えのある人物を捉えた。
「ん?」
『彼女』はこちらへ近づいてくる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あ、とうまだ……」
傍らにいたインデックスがピタリと動きを止めた。
彼女は通路の先を見ている。
「オマエが捜してたヤツか」
「うん」
一方通行はそちらへ漫然とした視線を向けようとした――が、止めた。
今、その『とうま』という人間に振り回されるのはこりごりだ。
それにそもそもこの状況で、誰を指して『捜し人』だと言っているのかも分からない。
こちらに顔を見上げてくるインデックスに、一方通行は言った。
「行けよ」
「でも、あなたの知り合いの方は?」
「心配すンな」
吐き捨てるように、
「こっちも今見つけた」
そう言葉を投げかけた方向も、インデックスと同じく前方。
中高生メインの人混みを掻き分けるように、小さな女の子がこちらに向かって走ってくるのが良く見える。
彼女の名前。
それが本名であるかどうかなど知らないし、研究者が書類を作成するためだけに作り上げた便宜上の名前にどれだけの価値があるかも分からない。
しかし、それを言っては『一方通行(アクセラレーター)』も同じだ。
本当の名前などとうの昔に捨ててしまい、知る者などどこにもいない。
そんなんだから、『だって、私が名前教えたのに、名前教えてくれないじゃないですか。なので、<一方通行>っていう能力名だから“あー君”って名付けました』って事になってしまったのだが。
とにかく、どんなものであっても、呼び名が一つしかなく、名付けるつもりはさらさらないので、一方通行の彼女を呼ぶ言葉は決まっている。
「ラストオーダーッ!」
呼ばれた事に気付いて、小さな少女はより一層足を動かす勢いを付けていく。
自分の名前を聞いたからではなく、自分を呼ぶ声を聞いたから、と。
馬鹿みたいに嬉しそうな表情をその顔に張り付けて。
それを見ていた一方通行の横で、とん、と小さな足音が聞こえた。
「じゃあ行くね。ありがとう」
インデックスはそれだけ言うと、
「とうま!!」
軽い足音に力が籠る。
ほんの数十分の間だけ行動を共にした少女は、彼の元へ離れて人混みの向こうへ走っていく。
インデックスは振り返らない。
打ち止めもまた振り返らない。
2人の少女は地下街の一点を交差し、擦れ違い、お互いに気付かないまま、距離を離す。
其々の行くべき場所へと走っていく。
打ち止めが一方通行の元へ飛び込んでくるまで、10秒もかからなかった。
「ただいまー、ってミサカはミサカは定番の挨拶をしてみたり……って痛ッ! 何で無言かつ連続でチョップするの!? ってミサカはミサカは頭を押さえて嘘泣きしてみる!!」
ビシビシと少女の頭を叩き続ける彼は、不満の全てをぶちまける。
「っつか、オマエは今さっきまでナニしてたワケ?」
「遊んでもらってたの、ってミサカはミサカは正直に答えてみたり」
ふン、と一方通行は息を吐く。
あのはた迷惑なシスターの方はどうなったのか、ともう一度だけ人混みの向こうを―――とその時、1人の少年を見た。
「あ、いつ……は」
<妹達>を助けるために『実験』を凍結に追い込み、自分を殴り飛ばした無能力者(Level0)。
そして、その瞳は――――
「ねえねえ早く帰ってご飯にしよー、ってミサカはミサカはぐいぐい引っ張りながらお腹空いたって訴えてみる」
何か引っかかりを憶えた瞬間、打ち止めに気を取られ、遮られてしまった。
おかげで幻想のようにあやふやだったものが消えてなくなり、先程のはまるで単なる見間違いであったかのように、視界の先は何も得られる事のない、ただ漠然とした『人混み』があるだけ。
「……チッ」
一方通行は踵を返す。
打ち止めを連れて。
彼女が待っているあの場所へ。
道中
少女の手の平に灯っていた炎塊が弾け、飛び散った火の粉が空から桜吹雪のように降り注ぐ。
それは地面に触れた瞬間、絶叫の如き爆炎が鼓膜を震わせ、あちらこちらに火の手を上げ、黒銀の騎士達を灰にし、埋めていく。
「始まったばかりだけど、一気に終わらさせてもらうよ!!」
『常盤台の暴君(キング)』こと<鬼火>が得意とする広範囲を『灰にして撒き散らす』――『灰撒』。
繁華街の温度が急上昇し、熱風に舞い上がる灰に化粧される。
その中は、太陽の表面で暴れる紅炎(プロミネンス)のように煌々と輝く炎の海が広がっている。
そして、一面が炎に染まった中で、まるで大渦を巻くように陽菜の周囲に炎が集まっていく。
「<鬼火>―――『終炎』」
学園都市最高の火炎系能力者の力を全力で開放し、周囲一帯を火炎地獄と化す『灰膜』とは、真逆の極一点に封じ込めるように集中する『終わりにする炎』――『終炎(しゅうえん)』。
溜めに時間は必要だが、その威力は絶大。
まともに受ければ跡形もなく消し飛ばされる。
「おらあああぁあああぁああっ!!」
開幕から終焉へ。
指先を焦がしながら、咆哮と共に発射。
圧倒的破壊力の塊が残る黒銀の騎士団を木端微塵に撃ち砕いて、さらに灼き尽くす。
そして、黒い霞の先を突き抜け―――
「―――sdha<絶対王剣(エクスカリバー)>」
―――ローマ十三騎士団に眠り続けた、<神撲騎士>の負の遺産『最悪な人造兵器』こと<聖騎士王(アーサー)>がとうとう目覚めた。
つづく