「見て、ルナ…海が…これで、やっと…終わったんだよね…私達…」
「いや、ミズキ…違うよ…」
「え?」
金色の髪を靡かせながら何かを成し遂げたような顔で笑う少女に対して、ルナと呼ばれた少年は瞳に決意を込めて、その広がっていく海を見渡しながら言葉を紡ぐ。
「これから世界は変わっていく…僕たちがしたことが良かったのか悪かったのかわからないけど…」
「ルナ…」
ルナが全てを言い終えるよりも早く、ミズキと呼ばれた少女は彼の手を握って頷く。
「え、えっと…ミズキ?」
「ほら、ルナ。また、険しい顔してる…とりあえず、一区切りしたんだから笑っていいんだよ。そんなにムスっとしてたらせっかくの可愛い顔が台無しだよ?」
「だ、だから…男に可愛いは……」
「だって、本当のことなんだから仕方ないじゃん…むぅ…悔しい…」
「そんなこと言っても…ミズキだって……」
顔を真っ赤にしながら反論しようとするルナ。
その顔には先程までの思いつめたような表情はしていない。
「私が何?」
「………」
そう言って、小首を傾げるミズキ。
その顔を見て、ルナは声を詰まらせる。
「ねぇ、私が何?なんなの?気になるよ〜」
「いや…ミズキが……その………………可愛い…」
「え?本当?ありがとー。」
ルナは蚊の鳴くような声で可愛いという単語を呟くが、それをしっかりと聞いたミズキは満面の笑みでルナに抱きつき、ルナの顔をより一層赤くさせる。
「み、み、ミズキ!?ちょ…っと。離れて…」
「えぇー、いいじゃん?ルナは嫌?」
「い、嫌じゃないけど……」
上目使いの威力に押され、不承ながらも現在の状態を許容するルナ。
「じゃあ、いいじゃん。それに……もう…時間がないんだから……」
「あ、そうだった……」
「もう……忘れてたの?やっぱり、ルナって抜けてるよね〜。」
「そんなことないよ。これだって、ミズキのせいだし…」
「あー、私のせいにするの〜?」
「じゃあ、誰のせいだよ」
「え〜、誰だろう、あはは」
「まったく…いつもミズキはそうなんだから…ははは」
そういって、笑うルナとミズキ。
よく見ると2人の体は透けており、今この瞬間も時間が経つ毎に薄くなっており、ミズキが言うとおり、2人にはもう、時間がないのが見て取れる。
「ミズキ…」
「何…?」
ひとしきり笑った後、ルナは真剣な表情になって、ミズキの顔を見つめる。
その表情に最初の時のような気負いはなく、
「僕はこれからも―――になって――――――したい。―――のように…。おっせかいとか余計なお世話とか言われるかもしれないけど…それが僕の責任だと思うから……。だから…」
「わかってる。ルナは昔からそうだもんね……でも、ルナだけじゃ心配だし…仕方ないから…ルナが――になるって言うのなら私は―――になってあげるよ…それなら完璧でしょ?…だから………」
だから…と言って、ミズキの顔がルナの顔へ近づいていき………
「起きろーーーーーーッ!」
「ん……?」
まどろみから覚めるとそこはいつもの見慣れた光景が広がっていた。
「なんだ…夢か…」
―シュッ―
目を擦りながら飛来してきたナイフを人差し指と中指だけで挟んで受け止める金色の髪をした少年。
「危ないですよ〜。先輩、俺が避けて商品に傷がついたらどうするんですか?」
「うるせぇ!珍しく静かにしてると思ってたら寝やがって!偶には真剣に働け!」
「そんなこと言ったって…俺は運搬専門だし…やっぱり、適材適所って物があるんだから人の仕事取っちゃいけないでしょ?」
飄々とした顔でそう嘯く少年。
手では先ほど受け止めたナイフをペン回しのように器用に指先でジャグリングさせている。
「ったく……そういえば…ハルキ、この間、船長からもらったあの実食ったのか?」
「えぇ。食べましたよ?でも、やっぱり、何も起こらなかったですけどね…海だって泳げましたし……」
「そっか、泳げたか…って、お前、あぶねぇな!周り誰かいたのか?」
「いや、いなかったっすけど…あんな実、図鑑でさえ見たことなかったし…味も不味いって聞くけど美味しかったし…偽物だろうと思ってましたしね…まぁ、溺れたらその時はその時ってことでって感じでしたね…」
アハハハと笑うハルキを見て、上司は呆れた表情をする。
「まったく……なんで、こんな奴に育ってしまったんだ…昔は可愛い普通の子供だったってのに…子供ってのは10歳超えると生意気になっていくんだよなぁ…」
「いや、だから男に可愛いってのやめてくださいよ…って、そういや、なんか夢でも同じこと言った気が……」
ん〜…どんな夢だったっけ…?なんか凄い絶景が見れた気がするんだけどなぁ…と首を傾げるハルキ。
それを見て、上司も何かを言おうと口を開いたが…
―ブルブルブル―
「はい。こちら………はい…わかりました、船長。すぐ、準備します!」
―カチャ―
「おい、ハルキ、お前の専門の仕事の時間だ。さっさとこれを甲板に運べ。」
「うぃっす。」
ハルキは振り返って部屋の中いっぱいに敷き積まれている巨大な樽や箱を積み上げ、運んでいく。
樽や箱は少なくとも3,40kgはあるはずなのだがそれを3,4つぐらい積み重ねて涼しい顔で運んでいく。
「ったく…まぁ、釈迦に説法かもしれんが…気をつけろよ。」
「あ〜い。」
(数十分後)
船首には海を見渡し、大きく伸びをするハルキの姿があった。。
「おっし…これで、全部だな……意外に疲れたわ…あぁ、風が気持ちいい…このまま…海に…飛び込みてぇ…」
「何、馬鹿なこと言ってんのよ?そんなことしたら海王類に食べられちゃうわよ?」
振り向くと、ほら、お疲れ〜っと言って、水の入った水筒を渡してくれる少女。
「あ、船長。ありがと。」
そう言って、受け取った水筒の口をあけ、頭からドバドバと水を被るハルキ。
「ちょッ……」
「うわ、なんだこれ……甘ったるい匂いが…すごいベチャベチャする……」
「当たり前だ。せっかく、疲れてると思って果汁とか色々入れてやったって言うのに……」
少し悲しそうな顔をして言う、船長と呼ばれた少女。
どう見ても、船長という肩書に似合わないその見た目であるが、彼女に対する船員達の態度には尊敬や畏敬の念が感じられる。
「ごめんごめん。せっかく、船長が作ってくれたのに…」
「だから、ハルキはバカなんだ…というか、お前は船長じゃなくて、マモリって呼べって言ってるだろ?」
「いや、だって…マモリは船長なんだし、仕方ないじゃん?俺だって、船長って言ったらじっちゃんのこと思い出して、ちょっとあれなんだけどな…それに、マモリって言ったら、他の奴らに睨まれるしなぁ…」
「だから、ハルキが船長を継げば良いって言ったのに…」
「馬鹿言うなよ。俺とか一番の…は言いすぎだけど…新人だしな…それに…」
「それに…?」
「俺はお前を支えてる方がいいんだよ…」
「ハルキ……」
ハルキの言葉に嬉しそうな表情を浮かべるマモリ、しかし…
「ま、他の人の面倒見るより、マモリのお守りのが楽だしな…」
「…………もう……」
「マモリ?」
「ハルキの馬鹿ー!!」
―ポコ―ポコッ―
ハルキの不用意な一言で一転、怒り出し、ハルキをポコポコと叩き出す。
「あははは、暴力はんたーい。」
と笑いながらマモリと戯れるハルキ。
周りの船員達もその光景を見て笑っている。
「もう……ハルキは…」
「ごめんごめん。つい、面白く……いや、なんでもない…。てか、あっ、見えたぜ!」
と肉眼でも見え始めた島を指さすハルキ。
「あ、ほんとだ…ってあれ、なんだろう……」
「ん?」
マモリの視線の先にはそれほど大きくはない渦が2,3程あった。
「なんだろうな。あれ…マモリ、ちょっと…さが………」
「きゃッ………」
嫌な予感がしてマモリを船首から離れさせようとした瞬間、渦からいくつもの縄がマモリやハルキに向かって飛んできた。
「危ない…ッ」
「え……」
ハルキはマモリに向かっていた縄を叩き落とすが残りの縄に身体の自由を奪われ……
「あ、やべ……」
―ズズズ、ドボン―
「え?きゃあぁぁああ、ハルキ、ハルキぃいいい!!」
縄によって絡め捕られてしまったハルキの身体は渦に引き寄せられるように海の中に引きずり込まれてしまった。