小説『デスゲーム』
作者:有城秀吉()

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「じゃあ、はい」
 と、せめて外見(そとみ)だけでも恋人らしく手を繋ごうとすると、
「だめだよお姉さん。いくら恋人は離れてはいけないという法があっても、2ヶ月は手を繋いじゃいけないんだから」
 なんだそのプラトニックラブは。法野はどれだけ頭の固い大学生だったんだ。
「そんなの、黙ってればわからないよ」
「ダメだよお姉さん。そういう気持ちが、犯罪につながるんだから」
 ネコババを諭すように諭された。
現実の彼らはルールを全て守る、正直すぎる人間だったのだろう。ネコババを肯定するわけではないが。
「それにお姉さんは番人と会ってるでしょ? 外に出ない住人とこの街に初めて来た人間が前から交際してるわけないんだから、すぐにバレちゃうよ」
 たしかに。
「でも、もうシタも法を破ってるんだし、今更細かいこと言わなくていいんじゃない?」
「え? 破ってないよ?」
「街のブロックを超えて移動しちゃいけないんじゃなかったの?」
 そう、彼の言ったブロックの境界線はとうに越えて来ている。
「ああ、それか。でも、さっき言ったように、恋人は離れちゃいけないっていう法もあってさ。それを守っての行動だからいいんだよ」
 そんなアバウトでいいのか。
「うん。法によって用意された選択肢を選ぶ時、法が矛盾する場合は好きな選択を出来るんだ」
「それも、法?」
「そうだよ」
 それだと、法を増やして矛盾を生み出せば生み出すほど自由度が上がっていく気がするのだが。
 いや、それよりも今の彼の話だと、彼はまだ法を破っていない──正しくは、破った気にはなっていない──。
 彼の法への忠誠を揺るがしてはいないということになる。心を痛め損だ。
 しかも、これで法の矛盾に板挟みにさせて法を破らせるという方法も意味がないことが判明した。降り出しに戻ったわけだ。
「じゃあ、恋人って、何ができるの?」
 落胆と焦燥を隠し質問する。
「できるっていうか、ずっと一緒にいなくちゃいけないんだ」
「ずっと?」
「うん。ずっと」
 シタが恥ずかしそうに目を合わせず言う。
 やめて。なんかこっちまで恥ずかしくなってくる。あと、申し訳なくなってくる。
 早めに言わないといけないんだろうけど、彼の様子を見ると、言い出しにくい。
 ……もうちょっとこのままでもいいか。

─────────

 街の奥では、古参の住人たちをいくらか見つけることができた。
 相変わらず彼らの態度はおどおどしたものだったが、シタの仲介もあり割と落ち着いて話を聞けた。
 奥野と法野が人を集って街を作ったこと、一向に法が作られないことに住人たちの不安と不満が高まっていたこと、彼らは理由を知らないようだったが、法野が急に法整備に意欲的になったこと、現在も住人の訴え・要望を元に法が増え続けていること。
 奥野の言ったことは、概ね全て確認がとれた。
 疑っていたわけではないが、事実だったようだ。
 ただ、奥野とは明らかに話すトーンが違い、無気力で、目も合わせず、まるで他人事のようだったが。
 一つだけ収穫があったとすれば、ほぼ街の最初期からいるという女性──といっても、姿も声も少女のそれだが──から、似たように無気力な調子で昔の法野たちの様子を詳細に聞けたことだ。
「あの二人は、いつでも仲が良かったですよ。特に番人の方は、今とは全く別人のようでした。いつも笑って、屈託のない幸せそうな顔をしてました」
「あの法野が……」
 奥野の話にもあったが、やはりにわかには信じられない。
「はい。法を作り始める前の彼女は、いつでもそんな感じで。毎日街にいたわけじゃありませんが、よく覚えています。私たちといても楽しそうだった。彼女は人が好きな人なんだと思います。でも、奥野さんといる時は特段にいい笑顔をしていて、あれを見ると不思議と心が安らぎました」
 思わず人が安らいでしまうような笑顔……。
 法野が。
「まあ、私たちには今の彼女でも昔の彼女でも、どっちでもいいんですけどね」
「え? 法が欲しかったんじゃないんですか?」
「きっかけは法でしたし法も必要ですが、番人が笑って頑張る姿を見ているのも悪くはなかったんです」
 街に人が増えて、彼女のような人ばかりではなくなった結果、法野は自分を責めることになったのか。
「彼女が頑張っていたのは、単なる街の管理だけではなかったと思います」
「と言うと?」
「思い返せば、彼女がなかなか法を作らなかったのは、私たちにルールから脱するように暗に里していたのではないかと、最近では思えるのです。私には理解できませんが、彼女には彼女の考えがあって、その実現に向けて頑張っていたのだと思います」
 昔、法野は最初から住人たちをルールから徐々に解放することを目的に動いていた……?
「あの、そろそろ外に出てはいけない時間になるので、もういいですか」
「えっ? あっ」
 言うだけ言って、わたしの返事を待たずに立ち去ってしまった。
 そんな法まであるのか。
 そういえばさっきからシタがそわそわしているような気がする。言ってくれればいいのに。
 奥野が生活マニュアルと揶揄した通り、法は生活の細部にまで侵食しているようだ。
 しかし、そうなると都合が悪い。今日はこの後、聞き込みが出来なくなるということだ。
 まだ夜までは少し時間があるのに。
「シタ、どうしよう」
「帰ろう」
「即答か」
「だってもう外には誰もいないよ。ここにいる意味も無いんじゃない?」
 それもそうだ。そこそこの人数に話も聞けたし。
……役に立ちそうな情報はほとんど無かったが。
「でも、どうしよう。ここからじゃあ俺の家、定刻までには戻れないよ」
 と困惑顔。
 確かにここからさっきの通りまでは距離がある。
「シタの家って、どこ?」
 ていうか家持ってるのか。
「奥野さんの家のあった通りの、番人の館に近い方の端」
 奥野の家よりさらに遠いのか。
「飛べる?」
「飛んでも間に合わないよ」
「家建てれるんだから、結構飛べるんじゃないの?」
「全然。来たの最近で、飛べるようになったのもここ一ヶ月くらいだもん」
「家は、どうしたの?」
 通常、家が建てれるようになるのは飛べるようになった後だ。それまで、大抵の人は空などで生活するというのが?籠?の常識だ。中央の夜は、空を見上げれば多くの人が眠っている。
「家は、全部番人が用意してくれるんだ。昔は奥野さんがやってくれてたって話も聞いたことあるけどね」
「へえ」
 法野がそんな計らいを。そういえば奥野は、法野が住人たちを大好きだと言っていたか。とても信じられなかったが……。最初は街作りと管理は俺の役目だった、というのもやはり本当だったようだ。奥野の話は信憑性が高いと見てもう間違いないだろう。
「まあ、家までは心配ないよ。あと何分ぐらい時間ある?」
「五分弱ぐらいかな」
 すいぶんギリギリまで付き合ってくれたものだ。
 スス、とシタに近寄り、抱きしめる。
「!? だ、ダメだよお姉さん! ここ、外だし、まだ何もしちゃいけないんだよ」
「これは恋人とか関係無いの」
「え? うわっ!」
 シタを抱いたまま、飛び上がる。
「とりあえず戻るから、詳しい場所は案内してよ?」
「む、無理だって。間に合わな──」
 無視して全力とはいかないまでも、結構なスピードで発進する。
 顔に打ち付ける風に、シタが軽く悲鳴をあげる。
「は、速いよお姉さん!」
「急がないといけないんでしょ? それより、案内(ナビ)お願い」
「わ、わかった。うん、これなら、たぶん間に合うよ」
 そしてほどなく、あたふたとしたシタの案内で小さな一軒家の門前に降り立った。
「ホントに間に合ったよ。お姉さん、凄いね」
 その直後、法野のいるであろう例の館の方角から信号弾のようなものが上がった。
 眩しい。
「あれが定刻の合図だよ。この後は番人が街を見て回るんだ。もし見つかったら連行されるんだ」
 またいらんところで徹底している。

─────────

 全く意外なことに、その夜法野の急襲を受けた。
「こんばんは」
 シタの案内で街を一巡し、結局何も成果を得られずシタの家で休んでいたトコロに。
「法野……」
 相変わらずの黒服を纏っている。
 何しに来た。
「街の様子はわかっていただけたでしょうか」
「ええ、あなたの街には面白みが一つも無いですね。つまらなすぎてこの時間になると誰も外を歩いていない」
「つまらない以前に、規則ですから」
 またそれか。
「お姉さん、誰か来──」
「シタ、来ないで!」
 奥からシタが顔を出す。と同時に彼の顔が青くなり、その場にへたり込む。
「ば、番人……」
 法野はそれを見てうっすらと笑った。
 何を考えている。
「何の用ですか」
「お話をしようかと」
 そう言うと、彼女は手で銃を作り、
「邪魔です」
 とその手をシタに向けて水平に振った。
「っ!」
 瞬時にシタのもとへ飛ぶ。
 間に合った!
 シタの前で両手を広げる。
 しかし、法野は驚いた顔ひとつ見せない。
罠かと思ったがもう遅い。
彼女の放った見えない何かがわたしをすり抜けた。
「シタ!」
 振り向く。
 よかった。見たところなんともなっていない。
「シタ、大丈夫? ……シタ?」
 おかしい。恐怖の表情をしたまままったく動かない。

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