小説『真弓が真由美になりました』
作者:みき(かとう みき◆小説部屋◆)

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033◆閑話11◆彼女を取り巻く波紋

【前書き代わりの挨拶:拒否っちゃったけど殿堂入り候補は地味に嬉しかったです。しかしptは増えて無い…何が撰考基準なんでしょうね?←拒否理由は色々有るが作品削除が認められないのが一番かと。優先投稿場所違う…のは考慮できますが消せないのは。まあ永続拒否はしなかったから先の事は解りませんが。運営さん忙しくて色々部分が是正されないと思うし多分無理。それに書籍化とかって夢だし現実的違うよなあとか。マイナー過ぎる……。何はともあれお読み下さった方のお蔭です。有難うございますm(._.)m20121001】

☆☆☆

 少し早いが佐倉さんを迎えに行く為に、業務課に向かう事にした。弁当派だから自席か休憩室だだろう。恐らく邪険にされるだろうが、些少なりとも遣り取りが交わせるだけで嬉しい気持ちもある。
 もちろん外に食べに行く選択肢はあった。不在を知って残念には思うが、それよりも彼女が同僚と食事に出た事が引っ掛かった。

――何となく、周囲と馴れ合わないイメージがあったんだが。

 その辺りが真弓部長との最大の違いだと感じていたので、少し意外に思った。

――一度経理部に戻るか、このまま待つか。

 行き違いになるかも知れないし、待つ方向に気持ちは傾く。
 そこに営業部の加賀見部長の姿が見えて、珍しい事だと眸を瞠った。
 見開いた眸が意識せずとも眇められるのを自覚する。

 いち早く気付いた原田が早々に逃亡を企てた事には気付いていたが、どうでも良い事だったので放置した。
 加賀見が事務系の部署を見下す態度は、ある意味ではポーズだが、本音を含まない訳でも無い。営業至上主義の傲慢な男だった。
 気に入らない相手では有るが、一応は立場が上の人間だから軽く会釈した。あくまでも軽く。礼儀を逸しない程度のギリギリのラインで。

「犬が何しに来てるんだ?ああ、最近は新らしい主人を見付けたんだったか?忠犬を名乗るなら亡き主人に殉じるくらいして見せれば良いのに。」

 立て板に水だ。他の役員が云えば、本人の小ささを露呈させる発言だが、何故か加賀見のイメージが損なわれる事は無い。それは嫌味ったらしくは有るが、やたらと余裕の有る素振りと口調の所為かも知れなかった。

「確か佐倉真由美だったか。名前が同じだからって乗り換えが早いんじゃ無いのか?」

 上から目線は常の事だし、犬扱いも同様だ。真弓部長に殉じるならば本望とも云えるが、佐倉さんに従う心が部長に反するとは思わなかった。

「彼女は名前よりもその精神と能力が部長と匹敵する素晴らしい人です。真弓部長ならば、私が従うに相応しい相手を見付けたと褒めて下さるでしょう。」

 まあ褒めるのは嘘だ。多分、部長は彼女に同情する。けれど、俺が部長以外に執着出来る相手を見付けた事を喜んでくれるのは確かだろうと思った。
 加賀見はこちらを見下す視線のまま、フンとせせら嗤う。何処までも上から目線の、そんな表情がやたら似合うのは認めるが、周囲が騒ぐ程のカリスマ性は感じない。真弓部長の方が、余程人の心を惹き付けると思う。そして、真弓部長に匹敵するとすれば、佐倉さんくらいだろう。

 先程の言葉は誇張では無い。知識と知恵は別物と云うが、彼女は両方を兼ね備えている。彼女の年齢を考えると、驚きを禁じ得ない知識と経験に裏打ちされたかの如き知恵と落ち着き。人を惹き付け従える魅力と共に、その能力も当然のように備える。
 彼女に使われる事は、既に俺にとって歓びに他ならず、その感覚は真弓部長に付いて行けば間違いないと信じた日々に似ている。
 部長以外に、こんな風に従う日が来るだなんて、彼女に出逢う前は考えられなかった。
 確かに似ているとは思うが、決して身代わりにしている訳でも無い。
 そして、この男を彼女に近付けたくないと思うのは、俺が狭量だからだけでは無いだろう。
 そうして見ると、興味を惹く発言もどうかと思うが、ここで控えても彼女の存在がこの男の視線から逃れられる筈も無いと思えば、牽制するに若くは無い。

「相変わらず口が達者だな。まあ良い。お前の飼い主の連絡先教えろよ。」

 俺の反発など歯牙にも掛けない風情がまた腹立たしいが、問題はそこでは無い。
 佐倉さんは既にこいつの興味を惹いていたらしい。
 俺は苦々しく思いつつ吐き捨てた。

「知ってても教える訳が無いでしょう。」
「ああ?違う。プライベートじゃない。社内のほうだ。」

 云われて、気付いた。
 既に彼女は一般的な新入の枠を越えている。当然乍ら、多少の役職者よりも重要な存在だった。
 主任以上に支給されるのは、役職の問題では無く仕事上で必要だからだ。彼女が携わる仕事は、既に主任である俺の立場も越えていた。
 総務では役職の把握に於いて手配する。ならば経理部から促すのが必然と云えた。

「………お持ちでは無いです。」

 指摘したのがこの男だと思えば腹が立つが、必要な事で有れば感謝を示す事もしよう。これは真弓部長の教えだった。

「ご指摘助かりました。すぐ手配します。」

 頭を下げると、胡乱な眼差しが返された。

「真弓に指導された奴は可愛げに欠ける。」
「………。」

 ぼやく様に云われた。意味不明だ。ついでに可愛げなんぞ有って堪るかとも思う。
 加賀見は憮然としたまま、携帯を取り出して断りも無く通話を始めた。

「ああ、いや。佐倉真由美の連絡先教えろよ。ん?ああ。頼む。じゃあな。」

 程なく出た相手が何者なのか、どうやら加賀見は連絡先をゲットしたらしい。唖然としていると、表情に出したつもりは無かったが、ニヤリと小莫迦にした見下し目線が返された。

「お前の上司はちゃんと手配してたぞ?」
「………失礼します。」

 この場合。
 上司とは高峰の事だろう。

『ほらな?まだまだお前じゃ太刀打ち出来ないって。』

 真弓部長の声が聴こえた気がした。
 俺が認めた上司は真弓部長だけだが、現在は佐倉さんも含まれるが………それでも。

 別に俺は、高峰を認めない訳では無かった。
 時々。こいつが役職が上なのは仕方ないかも知れないと思わせる相手だった。




「佐倉さんは?」

 経理部に戻ると、高峰が訝し気に訊いてきた。

「外出なさってました。」
「ふうん?」

 納得が行かない風情なのは、高峰も佐倉さんの壁を感じ取る故だろうか。

「ストーカーの話を聞いて来ましたよ。」
「どうだって?」
「午前中はベッタリだったそうです。此方にも来そうですね。」

 加賀見の所為で真っ直ぐ戻って来てしまったが、やはり再度迎えに行くべきだろうか。
 あんなゴミが纏わり付いても、佐倉さんの痛手にも成れないだろうが、邪魔なのは確かだろう。排除するには、何が必要だろうか。
 真弓部長なら、どんな風に手を打つだろう?
 そんな事を考えていると、高峰が立ち上がった。
 視線を追って振り返れば、佐倉さんが経理部の扉を開いたところだった。

 出迎える高峰に、当たり前のように従った。
 佐倉さんを立てる行為ならば、俺は誰の意見だろうが採り入れるだろう。

「お疲れ様です。」
「お疲れ様です。高峰部長。会長に伝言をお願い出来ますか?」

 佐倉さんは、開口一番淡々と告げた。

「そこの階段の踊り場に、お身内が倒れているので回収をお願いして下さい。」
「何をしたんだ?」

 高峰は佐倉さんが何かをしたと決め付け、笑顔を引き攣らせた。随分と失礼な話だ。こんな華奢な女性に何が出来ると云うのか。俺が口を挟まなかったのは、偏に彼女の邪魔をしない為でしか無い。

「投げ飛ばしました。」

 佐倉さんの身体能力は見かけ通りでは無いようだ。

「………何故かと訊いても?」

「触られそうになりましたから、怖かった為に反撃致しました。」
「…………了解。」

 高峰は溜め息を落として、自席に戻った。会長室に連絡をするようだ。

「木崎主任。」
「はい。」

 俺は彼女が白と云うなら黒いものも白と云う事にしても良い。
 彼女が怖かったと云うなら、怖かった事にして良いと思った。暴力に正統性は必要だ。特にそれが役員に対するものならば、尚更と云うものだろう。

――流石だな。

 俺は感嘆して彼女を見つめた。何事も無かった様子の彼女は、落ち着き払っている。
 実際に、彼女にとっては何程の事でも無いのだろう。
 彼女は俺を僅かに不快そうに見上げ、事務的に話し掛けてきた。
 まだ少し怒っているのだろうか?怒らせた事に後悔は無かった。この視線も、彼女に何らかの感情を寄せられていると思えば、愛しくさえ思う。嫌悪に近い感情だとしても、その口調と同じように、その笑みと同じように、上辺だけの事務的な付き合いよりはマシだった。

「今日はお時間戴けますか?そうですね……19時か遅くとも20時迄には終わらせます。」
「はい。わかりました。」

 残業を命じるだけだとしても、自分に向けられた言葉だと思えば歓びになる。彼女が使えない人間を撰ぶ筈も無く、撰ばれた事が普通に嬉しかった。

「三田村さんと長瀬さん。出来たら塚迫さんも呼んで貰えますか?取り敢えず打ち合わせをしましょう。」
「はい。小会議室で宜しいですか?」

 人撰もまた、真弓部長と同じだ。今回の資料の担当に、部長が撰んだままのメンバーが並べられて、俺は知らず笑みを浮かべていた。
 佐倉さんに指示を受けて、俺はそれぞれに通達した。
 その際、長瀬に胡乱な眼差しを向けられたが、全く気にならなかった。

 俺に指示を与えると、彼女は当たり前の様に高峰のデスクに足を向けた。
 上司の了解を得る彼女に、自分がすべき事だったと反省する。

 ニコヤカに微笑み合う二人を振り返って固まっていると、長瀬が俺から距離を取った。別に何とも思わなかった。


 高峰が彼女に惚れている訳では無い事くらい百も承知だ。何らかの思惑が有ることにも気付いていた。
 彼女も高峰にそんな感情は持っていないだろう。
 だが、彼女は確かに高峰を信頼している。
 それが悔しいと思う訳でも無い。
 ただ、少し……苛々するだけだった。

――加賀見も彼女に興味を持った。

 乗り換えたと揶揄する声は、莫迦にする響きは有れど、存外穏やかだった。常の加賀見ならば、もっと苛烈な怒りと侮蔑が含まれる筈だった。加賀見もまた、真弓の価値を知る人間だったから、木崎の変貌を裏切りと捉えてもオカシク無かった。そういう意味で、加賀見は横暴で身勝手な子供と同様の理屈を持ち、自覚した上で気にもしない男だからだ。

『お前らはガキの部分がそっくりだよ。』

 疲れた様に、あの人が苦笑する声を思い出す。
 その子供の横暴さが発揮されなかったのは、決して加賀見がイキナリ成長した訳では無いだろう。
 同じ立場なら、木崎は怒る。理不尽と知りつつ、怒りと侮蔑を叩き付けるに違い無かった。

 故に、気付いた。
 既に、加賀見も彼女を認めているのかも知れないと。
 既に、接触は成されたのだと。

 そして。
 明らかな恋敵の存在。

 思えば佐倉さんは入社して5日目だ。
 初日の佐倉さんは、単なる新入社員だったのかも知れない。随分とんでもない新入社員だったが、それでもこの会社なら新人として受け入れる事も可能だっただろう。
 たった5日で、彼女を取り巻く状況は既に劇的な迄に変わっていた。

 佐倉さんが一歩足を踏み出す度に、人の心に……この会社に、波紋のように拡がる何かがある。

 人それぞれに感じるものは違うだろう。ただ、種類は違えど、それは強烈な印象を伴っている。

 俺にとってのそれが、……恋に類するものだっただけの話だ。

☆☆☆




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