第一幕 マスター、これは生理現象です。
−−−時は来た。参加する魔術師は七人。
彼らマスターは七つのクラスに別れたサーヴァントを使役し、たったひとつの聖杯を巡って殺し合う。
それが、聖杯戦争。
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「−−−告げる。
汝の身は我が下に、
我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、
この意、この理に従うな らば応えよ」
冬木市、遠坂邸の一室にて遠坂の主である遠坂凛がある儀式’サーヴァント召喚‘を行っている。
字面だけではどうにも痛々しく、俗に言う厨二病患者の妄想のようにも思える。
「誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る 者。
我は常世総ての悪を敷く 者。
汝三大の言霊を纏う七天 、
抑止の輪より来たれ」
−−−ぽたりと。
前に伸ばした左手の拳から血が一滴、地面に描かれた魔法陣のようなものに落ちる。
これでなにもなければ単なる厨二病患者確定だが、しかし。
血の一滴が落ちた途端、魔法陣のようなものが光を放ち、魔法陣の模様がそのまま足元から頭まで上昇する。
どうやら正真正銘、妄想の類でなく本物の儀式のようだ。
「天秤の守り手よ−−−!」
呪文の最後の部分を唱えると、腰の位置に留まっていた魔法陣が大きくなり、赤い光が屋敷と呼べる大きさの遠坂邸にある、窓という窓から漏れだすほどの強さで発生する。
間違いなく最強のカードを引き当てた…。
儀式を行った凛はそう確信を得られるほどの手応えを感じたようだ。
口元が微かに緩んでいる。
だが、しかし。
轟音。次いで衝撃。
凛は思わず尻餅をついてしまった。
凛side
「はい?」
私は今混乱している。
聖杯戦争へ向け最強のカードである最優のサーヴァント、セイバーを召喚すべく入念な準備をし、
つい先ほどサーヴァント召喚の儀式を行った。
結果は上々。間違いなくセイバーを引き当てたと確信できる手応えを感じた。
しかし、成功すれば目の前に現れるはずのサーヴァントは現れず。
代わりに轟音が響き渡り、地震のような衝撃が起き私は尻餅をついてしまい先程の情けない声を上げることになった。
だが今はそれどころではない。
なにが起きたのかを把握することが先決だ。
先程の轟音は2階から聞こえてきた。ならば様子を見に行くべきだろう。
急いで階段を駆け上がり、轟音が発生した思われる部屋にたどり着く。
そしてドアノブを引くが、開かない。衝撃で歪んでしまったからだろうか。
落ち着くのよ、私。
家訓を思い出すの。
どんな時でも余裕を持って優雅たれ。どんな時でも余裕を持って優雅たれ。どんな時でも余裕を持って優雅たれ。
よし。
ドアの向こうになにがあろうと大丈夫なように落ち着きを取り戻した私は、力を篭めドアを開け放した。
そこには、無惨にも大きな穴が空いた天井とおそらくは天井であった瓦礫。
そして、そこに腰掛けるように誰かがいた。
いや、感じとれる魔力からして人とは思えない。間違いなく人ではない。
となると考えられる可能性は……………。
「君が、マスターか?」
突然、いやドアを開け放して入った私が喋らずにいたのだから普通か。
ただそれでも、人を超えた魔力の持ち主の言葉にはなんらかの重みがあるのだろうか?
必要以上の威圧感を感じる。
だが、
「ええ、そうよ。貴方がサーヴァントなら私がマスターよ」
彼は、これから私が従える者なのだ。威圧感を感じているなどと思われたくない。
彼は厳かな雰囲気のまま口を開き、
「そうか。なら自己紹介を。君の召喚に応じたサーヴァン『ぐぎゅるるるるる』…………………」
「…………………」
空気が死んだ。
えっ…………あっ…………え?
「………ゲフンゲフン。君の召喚に応じたサーヴァント、アーチャーだ。マスターの名は?」
………ええ、そうよね。腹の鳴る音で自分の言葉を遮ったりするようなサーヴァントが居る訳無いわよね。
「私は遠坂り『ぐぎゅるるるるる』………私は遠坂『ぐぎゅるるるるるるるる』…………」
どんな時でも余裕を持って優雅たれ。どんな時でも余裕を持って優雅たれ。
よし。
「私は貴方のマスター、遠『ぐぎゅるるるるるるるるるるる』…………」
「………すまないがマスター、なにか食べ物は無いか?できれば和食がいいんだが」
…………………………………………………………。
「ねぇ、アーチャー、ガンドって知ってるかしら」
「すまない、マスター。魔術についてはあまり詳しく無いんだ。それよりもなぜ笑顔を浮かべているのに目が笑っていないんだ……?」
「ガンドって言うのは相手を指差すことで人を呪う魔術なの。強力なものは『フィンの一撃』って言って直接的なダメージを与えるらしいわ」
「そうなのか、よくわかった。だからその指を下ろしてくれないか?」
「得意な魔術のひとつなのだけれど今まで実際に使ったことはほとんど無いからどの程度なのか分からないの。だから……試させて貰える?」
「いや、あれは生理現象で悪気はなかったっていうか……」
「腹の虫を鳴らすサーヴァントが、居てたまるかッッッ!!!」
「アッ−−−−−!!!!」
アーチャーにしこたまガンドを打ち込み、更に無惨になった部屋の掃除を命令した私は悪くないはずだ。