第20幕 マスター、バナナは栄養満点です。
「それは、なんていうか……ずいぶんと反則臭いわね………………」
凛は今現在、自宅のリビングにてトーストを齧りながらなんとも形容しがたい表情を浮かべていた。
事の起こりはつい先ほど、ちょうど目の前でやたらトーストをガン見しているバカーチャー、もといアーチャーが口にしたスキルについての発言だ。
凛は今まで、まるで呪いと言っていいうっかりのせいで、今までポポポポーンとバカーチャーのスキルのことが頭から抜け落ちていたのだ。
もっとも、バカーチャー自身のとぼけた言動に対する怒りやらツッコミやら呆れやらで、ほとんど余裕を持てなかったうえに一般人を巻き込んだと思ったら、その一般人……衛宮士郎がマスターになるわバーサーカーに襲われるわ士郎はサーヴァントであるセイバーを庇って死にかけるわ等々。
立て続けに様々な事態に見舞われ、そこまで頭が回らなかったということもあったのだが。
「そんなもんですかいねぇ〜」
その原因の7割を担うであろうバカーチャーは間延びした声で反応している。
「そんなもんですかいねぇ〜、じゃないわよ。ステータスを上昇させるスキル、しかも2つ?そもそものステータスも低くはないってのに、さらに状況によって上昇するなんて反則以外の何物でもないと思うわよまったく……」
そのあまりに呑気な口ぶりに知らず握った拳から、家訓……『つねに優雅たれ』を頭に浮かべ力を抜いて言葉を返す。
基本、腹を立てたところでまったく意味を成さないことをこの数日で凛は理解したからだ。
「その代わりに使用時魔力をつかうんですぜぃ?すっとこ……ゲフン、どっこいどっこいな気がしますけんど」
そしてそんな凛の心情などお構いなしに、やはり力の抜けた声でバカーチャーは反論する。
「その消費魔力を五割も軽減できるスキルも持ってんじゃない、あんたは…………」
―――自分のことなのに理解してないのかしら、と言外に告げながら凛は呆れを多分に含んだ言葉で指摘する。
『魔導炉(偽)』、このスキルは凛の言葉通りにスキル……『並列思考』『思考加速』の消費魔力を押さえるだけでなく、宝具においても適用される。
これだけなら十分十二分に反則と呼べる代物であるが、しかし。
「でもマスター?そのためにはいちいち実体化して食い物喰わなきゃいけないんですぜぃ?だからそこまで反則的ってわけじゃないと思いますよ」
このスキル、食物を摂取することが最低条件である。
サーヴァントは普段霊体化し、消費魔力を押さえることができなおかつよほどのことがない限り目撃される可能性を消すべきであろう。
しかし霊体化している際は物理的な干渉ができない。つまり食物を摂取することが出来ないため、スキルを活かすためには定期的に霊体化を解き食事をする必要がある。
なるほど確かに、その点はそれなりに大きなデメリットである。
心なしか、それを告げたバカーチャーの顔は得意げに見える。
そしてその言葉を受けた凛の顔に浮かぶは。
「はあああぁぁぁぁぁ、ご指摘どうも。でもねバカーチャー…………?」
笑顔。ただの笑顔ではなく、惚れ惚れしそうなイイ笑顔。そして大きなため息とともに吐き出された言葉は平坦であるのだが、感じ取れるのは背筋を氷が伝うような寒気。
知らずバカーチャーの額を冷や汗が伝う。
「それがデメリットだって自覚があるのに、どうしてあんたは何かにつけてわざわざ食事したがったのかしら……………………?」
「ア、アッハハー。マスター、そろそろ登校時間ですぜぃ?」
「話の変え方が下手すぎる……じゃなくて、バ カ ー チ ャ ー ? 」
瞬間膨れ上がった凛の魔力に、バカーチャーはド下手くそな話題転換を行うが後の祭り。
「 覚 悟 は い い ? 」
「すんませんし…………アッーーーーーーー!?」
久方ぶりの、ガンドであった。
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(マスター!!今度から学校にりんご持ってってくれません!?)
凛の頭にこんなアホらしい念話が響いたのは自宅を出て、しばらく歩いた時だった。
ひくり、と表情が歪む。
(………………ガンド)
(ひぅっ……いや、でもやっぱり万全の状態にしとくべきでしょう?)
(ついさっきのこと、もう忘れたのかしら?)
(それじゃバナナで!!お財布に優しくお手軽で、栄養満点なんですよ!?バナナ)
お財布に優しい、という点に凛の心がわずかに揺れるがそこじゃないと思い直す。
(そもそも。いやよ、果物を持ち歩くなんて。だいたい、いったいどこで食べる気なのよ。というかいい加減、少しは食べ物から離れなさいよ…………)
常に万全の状態にしておく、という点については同意できるがあまりにも食事に執着し過ぎだ。
すでに校庭に近づいており、周りに生徒が大勢いるためにその表情に変化はないが、もしも一人でいるのならば確実に額に手をやりながら大きなため息をつきたい気分の凛である。
そして、今だ念話で果物の持ち込み交渉を行っているバカーチャーを無視しながら、歩みを進め校庭の内側へと入り。
「…………………………ッ!!」
わずかに、息を呑む。
(…………バカーチャー)
(マスター、どうかっ!どうかバナナをっ!!)
(ええ、リンゴだろうがバナナだろうがもってきてあげるわ)
(やったーーーーーー!!!!…………なんて言ってる場合じゃなさそうですね。厄介ごとですかい、マスター)
凛の念話に僅かに含まれた緊張感に、バカーチャーも僅かに真面目に念話を返す。
(ええ、こんな言い方もなんだけど、場合によっては胃に穴が開くかもね)
そう念話を返し、凛は自身の学校を。
正確には、自身が……魔術師としての遠坂凛が僅かに、しかし確かに感じた張られているであろう結界を見据えるように視線を中空に向ける。
そして、視線を動かし誰かと話をしている士郎へと足を進めた。
(あっ、マスター。バナナは2本とか3本じゃなくて房でお願いします)
(ちょっと黙っててバカーチャー)