小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 階段は、地下一階分ほどの深さだった。意味ありげな入り口の割には、意外に短い。
 階段を下りきると、そこは岩盤をそのままくり抜いたような形をした部屋だった。四隅に松明が焚かれ、古びた机と椅子、それから藁むしろが無造作に置いてあった。きっとあれが寝床なのだろう。
 奴隷生活を思い出して、アランとヘンリーは無意識のうちに眉をしかめた。
 周囲を見回す。やはり目に付くのは松明の光ぐらいだ。
 よく目を凝らすと松明から煙が出ていない。かつて妖精の国で見た、光る壁と同じ原理なのだろうかとアランは思う。あるいはアランたちも知らない、何かの呪文の効果なのか。
 わかるのは、ここは人が住むにはあまりに不便で、ましてやカジノの街オラクルベリーにはおよそ似つかわしくないところだということだ。
「……誰もいねえじゃん」
 ヘンリーがつぶやく。確かに彼の言う通り、人の姿はまったくない。
 だが、外で感じていた気配が消えたわけではなかった。
 周囲を観察するうち、アランはあることに気づく。階段を背にして左手、松明と松明の間にくすぶる闇の向こうから、微かに風が流れてきていること。気配は、そこから感じられるということだ。
「僕はアランです。占いのお婆さんからここを訪ねてくるように言われました。誰か、いませんか」
 声を掛ける。すると闇の向こうで何かが動く気配がした。こちらの様子をうかがっているようである。殺気はない。が、油断はできなかった。
 のそり、のそり……微かな足音がした。
 無言でヘンリーを促し、静かに構えた。武器がないので素手にはなるが、この狭い空間でなら小回りが利く分うまく立ち回れるはずだった。
「そこにいるのは、誰?」
 誰(すい)何(か)する。返事はない。
 ――が、次の瞬間。
 闇の中に、真っ赤な光がふたつ、突如として生まれた。次いで現れたのは、天井につっかえるほどの巨大な獣だった。
 体格は熊に似ている。だがその顔付きはどことなく梟(ふくろう)を思わせた。
 明らかにモンスター。アランたちは息を呑んだ。
「まさかこんなとこで、こんな奴に出会うなんてな。アラン、先手必勝で行くか!?」
 頬に一筋の汗を流しながら気丈にも笑うヘンリー。アランは厳しい表情のまま、さらに構えを低くした。
「何でモンスターがいるのか理由がわからない。けど、こんな街中で暴れ始めたら大変なことになる。それは止めなきゃ」
「了解。ぶっ倒したついでに皮でも剥いでやるぜ。ふんじばって畳んで丸めて売っ払えば、いくらか足しにはなるだろうよ! ちくしょうめ!」
「……ヘンリー、怖いのはわかるけど、あまり自棄になって叫ぶのは良くないと思うな」
「おいこら、横槍入れるんじゃねえ! せっかく人が勇気を出したってのに!」
 獣が吠えた。一斉に構え直すアランとヘンリー。
 こちらに獣が一歩、近づく。同時に二人は地面を蹴った。突撃の勢いのまま、鍛えた拳を振り上げる――
「いやーんっ」
 と、獣が言った。
 気勢を根こそぎ削られた二人は、仲良くそろってたたらを踏んだ。ぽかんと呆けた顔で正面を見る。そこには、逞しい肉体をくねくねと踊らせる奇妙な獣の姿があった。
「な、なんだ……?」
「あーいや、すまなかったなあ二人とも」
 その声は獣の後ろから聞こえてきた。やがて巨体の陰から二人の男が姿を現す。
 一人は杖を持ち、白髭を胸元あたりまで見事に伸ばして、妙に血色の良い晴れやかな表情を浮かべている老人だ。もう一人はもう少し若く、真っ黒な髪と髭の間に何とも厳つい顔が座った、小太りの男だった。
 獣にまったく頓着する様子もなく、二人の男は机に向かう。老人はどっこいしょと椅子に座り、男はその側で腕を組んでにやにやしていた。獣は獣で途端にしおらしくなって隅に控えている。
 混乱した様子のアランたちに、老人はごほんと咳払いをした。
「よく来たな、ふたりとも。待っておったぞ」
「は、はあ。えと……あなたは?」
「わしは有名なモンスター爺さんじゃ!」
「そして俺は世界をまたにかける大商人、いつもニコニコ、オラクル屋だ!」
 聞いてもいないのに隣の男も名乗りを上げる。冷静に考えれば名前じゃない気がするのに、二人はまったく悪びれた様子もなく胸を張っていた。
 しかも、大仰な名乗りの割にはアランもヘンリーも初めて聞く名前である。
「有名……?」
「世界ぃ?」
「何じゃおぬしら、私らの顔と名を知らんのか」
「す、すみません。長い間辺境で生活をしていましたから、街のこと分かんなくて」
「そうかいそうかい。それじゃあ俺たちを知らなくても無理はないぜ。なあ、モンスター爺さんよ」
「うむ、確かに仕方ないのう。オラクルさんや」
「がっはっは」
「ほっほっほ」
 やけに仲が良さそうである。何が何だかわからない。
 アランとヘンリーが頭を抱えていると、不意にモンスター爺さんが声を落とした。
「ま、冗談はこれくらいにして。あんたたちが占いババの言っていた旅人たちじゃな。先ほどの様子は見させてもらった。ふたりともなかなかの勇気じゃ。特におぬし……アラン、と言ったな?」
「は、はい」
「近くへ」
 打って変わり静かな威厳を放つ老人に、アランは戸惑った。モンスター爺さんは口元で笑う。
「なに、取って食いはしない。少し、お前さんの『目』を見せてもらうだけだ。わしが探し求めている、その不思議な力を秘めた目を、な」

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