小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 アランたちの前に、イナッツが進み出る。
「はぁい、お疲れさま。じゃ、まずはコレね」
「え?」
 手渡されたものを見て二人は唖然とする。それはゴールドが満載された金袋だった。マリアから手渡された量の倍はある。モンスター爺さんがにやりと笑みを浮かべた。
「なんじゃ、占いババの話じゃ、おぬしたちは金欠だと聞いていたが?」
「いや、まあ、それはその通りなんですが……えっと?」
「この先モンスターたちも引き連れ旅をしようとする人間が、出発直後に一文無しという有様では格好がつかんじゃろ。何より、おぬしが丸腰でふらふら旅をするのは何となくわしまで馬鹿にされたようで気分が悪いのじゃ」
「爺さん、そりゃ正直すぎるぜ」
 ほっほっほ、と上機嫌に笑うモンスター爺さん。アランは遠慮がちにたずねた。
「でもこれだけのお金、用意するのは大変だったんじゃないんですか? 何と言うか、モンスター爺さんのところもお金なさそうに見えたし」
「お前も正直だよなアラン……」
「ほっほっほ。気にせんでええよ。何せわしのところには稼ぎ頭がいるでの」
「稼ぎ頭?」
 二人の視線がモンスター爺さんに注がれ、やがてもう一人の女性に向けられる。
 イナッツは意味ありげに微笑んだ。
「うふ。そのお金はね、私が用意したものなのよ。そこのカジノでダンサーやってるの。それだけでも十分食べていけるんだけど、時々内緒で自分でも遊んだりするのよ。モシャスを使って他人になりすまして、ね。そのお金は、少し前に大当たりしたときの残り」
「………………はぁ」
 頼もしいと思うべきか、それともあくどいと思うべきか。複雑な表情でアランとヘンリーは顔を見合わせた。
「さて。金はついでじゃ。それで武具でも整えよ。おぬしたちに本当に渡したいものは別にある。イナッツや」
「はい、センセ」
 するとイナッツは、別の袋を取り出した。両掌(てのひら)に抱えられるくらいの大きさで、表面にはびっしりと何かの紋章が刻まれている。袋をイナッツに持たせたまま、モンスター爺さんはその封を開け、中の物を取り出す。
 入っていたのは小振りの古壺と、翡翠色をした八個の宝石が入っていた。
「これは、おぬしがモンスター使いとして旅をする際に必要なものじゃ。わしの楽園を作るためにも必須と言えるな」
「何なんです、これは?」
「正式な名前はわしも知らん。何せ古い遺物じゃからな。わしは単純に『送り壺』と『変化の石』と呼んでおる」
 彼の節くれ立った手が、送り壺なる小型の壺をつかむ。次の瞬間、いつもにやけてばかりいる彼の表情が、見違えるほど引き締まった。
「見てくれこそ普通の壺じゃが、これはおぬしたちがモンスターを引き連れ旅をする上で必ず役に立つであろう代物じゃ。わしがこれまでに集め、調査し、そして確信にいたったことを、これからおぬしたちに話そう」
 そう前置きし、彼は送り壺について語り始めた。
 曰く――
 現在はほとんど機能していないものの、世界には異世界の入り口であったと思しき場所がいくつか存在する。この壺はその一つに数えられる遺跡から出土したものである。壺自体にかけられた強力な呪文を分析するに、これはかつて『旅の扉』か、もしくはそれの元となる物質を満たしていた壺ではないかと思われる。永い時のなかで中身は失われてしまったようだが、今もなおこの壺には、ある決まった場所に瞬時に移動させる力が残っている。
「わしは研究の末、我が敷地内に繋がる異世界とこの壺とを繋げることに成功した。この壺を覗き込めば、瞬時に我らの楽園である異世界へ飛ぶことができる。ただし」
「た、ただし?」
 モンスター爺さんの変貌ぶりに圧倒されたアランたちは、オウム返しに尋ねる。
「現在では失われた技術を完璧に蘇らせることまではできなかった。壺の機能は大幅に制限されてしまっている。まず、人間は通れぬ。通れるのはモンスターのみ。それも邪心を取り払ったモンスターだけじゃ。邪悪な心を持ったままじゃと、壺が耐えきれずに壊れてしまうじゃろう」
「つまり……仲間になったモンスターだけ、ということですか?」
「さよう。いまひとつは、異世界へ送ることはできても、呼び出すことはできんということじゃ。かつてなら『旅の扉』のように双方向で行き来できたはずじゃが、器だけではこれが限界というもの」
「はあ……」
「いきなり小難しい話になったな……何だか頭痛くなってきたぜ」
「それくらい我慢せい。まだ説明は残っておる」
 壺を戻し、今度は八個に分かれた翡翠色の宝石を見せる。それぞれ首からかけられるよう紐が取り付けてあった。
「そしてこれが『変化の石』。だが変化(へんげ)と名は付けているが、姿形が変わるわけではない。見る者の目を欺き、目立たなくするという程度じゃ。まあ、砕いてしまったからさらに力は落ちているだろうが」
「砕いた? 元は別のものだったのですか?」
「これも同じ遺跡から発見されたものでな。もとは一つの大きな宝玉であった。素質がない人間でも自由に姿形を変えられる力を秘めた、いわば『モシャス』の呪文を封じ込めた宝玉だったのじゃよ。もっとも、わしの手元に来たときにはその力はほとんど失われていたがな。それならいっそ使いやすいようにしようと考えての。砕いてアクセサリーにしたのだ。そこのイナッツに頼んで、な」
 思わず妙齢の美女を見る。あの細腕のどこにそんな馬鹿力が、と思っているとイナッツは笑って「大きな熊くらいで楽勝だったわ」と豪語した。おそらく得意のモシャスを使ったのだろう。
 ヘンリーが眉をしかめる。
「おいおい、勿体ないな。それほどの宝なら、砕くんじゃなくてそのまんま渡してくれればよかったのに」
「宝玉の状態であっても、常に肌身に持っていなければ効果を発揮できないほどに力が弱まっていたのじゃよ。それにヘンリーとやら、言っておくがあの宝玉、まず間違いなくおぬしの体重より重かったぞ? それをいつも持ち歩く気か?」
 ヘンリーが黙り込む。どことなく奴隷時代に経験した岩運びを思い出し、アランもまた眉をしかめた。
「変化はできん。じゃが、これをモンスターに持たせれば、街中で無用の混乱を呼ぶことは避けられるじゃろ。ま、派手に暴れれば話は別じゃが。とりあえず八個、おぬしたちに渡す。オラクルさんの話じゃ、これから用意する馬車の定員もそれくらいだそうだから、まあ、ちょうど良いじゃろ。さしあたってそこのスライムは付けなくても問題ないだろうて」
「もんだい?」
 スラリンがアランを見上げる。
 ああそれから、とモンスター爺さんは付け加える。
「壺は一方通行じゃから、一度こちらへ送ったモンスターを再び連れて行くには、一度わしのところまで戻ってきてもらう必要がある。そこのところをよく考えて使っておくれ」
「あの。この壺で異世界に行ったモンスターたちはどうなるんですか?」
 若干の不安を覚えながら、アランはたずねる。異世界への扉は鉄格子で封印されていた。それは彼らを檻に入れることと等しくないだろうか。
「心配せずとも、異世界ではイナッツが面倒を見る。もちろんわしも手を貸す。だが基本的には、異世界でどう過ごすかはモンスターたちの自由じゃ。まあ、許可なく外に出すわけにはいかんがの、その分、そこにモンスターだけの街を作らせてみようかと思っておる」
「モンスターだけの、街?」
「面白そうじゃろ?」
 そう言うとモンスター爺さんは相好を崩し、いつものお調子者に戻った。

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