小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 その後、モンスター爺さんたちと別れたアランたちは街に出た。スラリンはアランの懐に潜っている。気に入ったようで、時折鼻歌のような声が聞こえてきた。
 アランたちが向かったのは、チェーンクロスが展示してあったあの武器屋である。「でっかい買い物するならここだろ!」とヘンリーが勧めたためだ。
 最初、アランは渋った。
「いくら大金が手に入ったと言っても、チェーンクロスを買えばかなりの額が吹き飛ぶよ。僕は別に、銅の剣でも……」
「なに言ってんだ。あんだけ熱心に見ておいて、未練たらたらだったじゃないか。こういうもんはな、思い切って手に入れておかないと後で後悔するんだよ」
 このようにヘンリーに説得され、結局購入を決意する。最も高額な武器のひとつだったのか、無事に支払いを終えたときの店主は実に機嫌が良かった。合わせて買ったヘンリー用の『くさりがま』を、定価よりずいぶんと安くしてもらったくらいだ。
 チェーンクロスを手に握る。じゃら……という、どこか懐かしい音が耳に心地良かった。ただあの頃と比べると、ずいぶんと握りや鎖の長さが短く感じる。
「どうよ?」
「うん。いい感じだよ。これなら、前と変わらず扱えると思う」
 思わず笑みを浮かべるアランを、ヘンリーは満足そうに見つめていた。
 出立前にモンスター爺さんのもとを尋ねようと路地まで戻ってきたとき、待ち受けていたオラクル屋に呼び止められた。
「よお、お二人さん! すまないな遅れて。準備が整ったよ。ばっちり新品の状態さ。街の外で待たせているから、あとは自分の目で確かめておくれ」
「オラクル屋さん、わざわざそれを言うために?」
「んで、やっぱりもらうもんはきっちりもらうってことかい? オラクルの旦那よ」
「あったりまえじゃないか! やだなあ二人とも。商品もばっちり、取り立てもばっちり。それがオラクル屋さ! あ、そうそう。お兄さんたちが泊まっていた宿はキャンセルしておいたから、今日から好きなだけ、馬車で寝泊まりするといいよ!」
「おい!?」
「長旅用に寝具一式も入れておいたから、そこらの宿よりずっと快適なはずさ!」
 爽やかに胸を張られても非常に困るが、すでに彼にどうこう言うことをアランは諦めていた。無駄な努力のような気がしたのだ。
 用意していた約束の三〇〇ゴールドをきっちり手渡す。オラクル屋は高笑いを浮かべながらアランとヘンリーの肩をばんばんと叩いた。あまりの衝撃に、肩からスラリンがころりと転がり落ちた。
「がっはっは。良い買い物したね! また来なよ。運がよければ、もっとすごいお宝を用意できるからよ!」
「え、ええ。ところでオラクル屋さんのお店はどこに?」
「ずー……っと奥だ。迷路みたいになってるから、歩くだけでも楽しいぜ」
 胸を張って路地の先を指差す。それって普通の客が辿り着くのは無理なんじゃないかな、とアランは思ったが口にしなかった。きっと彼はそんな些末な問題など露ほども気にしていないのだろう。
「あ、そうそう。モンスター爺さんからの伝言を預かってるぜ。『わしは眠いので今日はもう寝る。成果を楽しみにしているぞ、若者よ!』だそうだ。いよいよ大冒険の始まりだなあ、おい!」
「は、はは……」
「ちっとも感動的じゃないのは何でだろうな」
 アランが引きつった笑みを浮かべ、ヘンリーはぼやいた。
 またおいでー、と手を振るオラクル屋を尻目に、二人はその場を後にした。念のため目抜き通りの宿に確認に行くと、オラクル屋の言葉通りアランたちの名前は宿帳から綺麗さっぱり消されていた。宿の主人が気の毒そうな表情を浮かべたところを見ると、この街においてオラクル屋は(良い意味でも悪い意味でも)有名らしい。
「何か上手く口車に乗せられちまったって気分だぜ」
「これもカジノの街の特徴なのかな……」
 引っかき回された形となった二人は、疲れ果てた様子で街を出た。
 オラクル屋の言う通り、街を出るとすぐに純白の馬体――パトリシアが見えてきた。すでに陽は暮れ月が覗いていたが、月明かりの中でもはっきりと見分けられるほどその体は鮮やかだ。
 彼の首と胴体には馬車を牽く綱がつけられていた。背後には屋根付きの大きな荷車が据えられている。外面はしなやかで丈夫な皮で覆われ、前後は布で間仕切りがしてあった。思ったより中は広く、大の大人が何人も寝転がったとしても十分な空間がある。夜の冷気も湿気も、馬車の中までは入ってこないようになっていた。
「こりゃあ、確かに立派なもんだな」
「これだけ大きな馬車をパトリシアだけで牽(ひ)くのか。だいじょうぶ? パトリシア」
 アランが声をかけると、純白の馬は鼻息荒く首を振った。どうってことはない、と自信満々に豪語しているように見えた。
 さっそく馬車に乗り込み、持っていた荷物を置く。『送り壺』と『変化の石』が入った袋は、落ちないように荷台の真ん中に置いた。スラリンがその周囲をぴょんぴょんと回る。
「スラリン、おいで。今日はもう休もう」
「そだな。とりあえず色々ありすぎて疲れたぜ。宿には泊まり損ねるしよ」
 憮然とするヘンリー。アランは宥めた。
「まあまあ。オラクル屋さんが用意してくれた寝袋も、なかなか寝心地が良さそうだよ?」
 備え付けてあった携行用の寝袋を指差す。その他にも旅に必要な機材一式が積んであった。こうしたものをさらっと用意できるあたり、やはりオラクル屋は只者ではないなと思う。
 寝袋にくるまり、横になる。と、ヘンリーが顔だけこちらに向けてきた。
「アラン、ちょっといいか? 次の目的地についてなんだが」
 アランはうなずき、自分の考えを披露した。
「僕はサンタローズに行こうと思う」
「確か、お前の故郷の村だったよな」
「うん。……父さんのことを、皆に報告したくて」
 二人の間に一瞬の沈黙が降りた。「そっか……」とヘンリーは言った。
「そうだな。よく考えてみれば、パパス殿の墓も満足に建ててやれてないんだ。まずはそこだよな。わかった。行こうぜ」
「うん。皆元気だといいな。まあ、十年も経っているから忘れられているかもしれないけど」
「忘れるもんかよ。きっと大丈夫さ」
「……そうだね」
「よしっ。そうと決まったら寝るぞ寝るぞ。確かこっからだと何日かかかるはずだからな。体力を蓄えないと」
「じゃあ出発は朝イチの方がいいね。寝坊しちゃ駄目だよヘンリー」
「…………。おやすみっ!」
 微妙な間を残し、親友は寝袋を被った。アランは苦笑し、スラリンをかたわらに自らも寝袋に潜る。
「おやすみ……父さん」
 目を閉じた。久方ぶりに故郷の夢が見れそうな気がした。

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