小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 がこん、という妙な音が響いたのはそのときだ。
 アランが振り返ると同時に、細かく砕けた石が高速で頬をかすめる。
「……っ」
 緊張で身体が硬くなった。それはアランにとって、初めて出会うモンスターだった。
 身の丈はアランより低く、しかしその小さな手に持つのは巨大な木の鎚。どこか愛くるしい容姿とは裏腹に、闘争本能をみなぎらせた目をしている。足元には、鎚で抉られた痕がくっきりと残っている。
 『おおきづち』だ。
 その小さな迫力に思わず唾を飲み込むアラン。たじろいだ一瞬の隙を突き、おおきづちはいきなり襲いかかってきた。
 力任せに、大上段から木鎚を振り下ろす。
 再び、がこん、という異音が響く。地面を叩いた音だ。
 横っ飛びで攻撃をかわしたアランは、その威力に冷たい汗をかく。だがこれまで戦ったスライムや、こうもりの姿をした『ドラキー』などと比べれば、攻撃が大味な分かわしやすかった。
 地面にめり込んだ木鎚を引き抜くのに手間取っている間に、アランは横合いから『ひのきの棒』を振り抜いた。
「いやあぁっ!」
 手首から肘、肩、そして身体全体に伝わる確かな手応え。アランの攻撃を受け、おおきづちは吹っ飛んだ。
 よし、やった――そうアランが思ったとき、おもむろにおおきづちが起き上がった。そして何事もなかったかのように再び木鎚を振り上げる。その動きにはまるで変化がない。
 効いてないのか。アランはたじろぎながらも、再び攻撃をかわした隙を狙って武器を叩き付ける。
 だがおおきづちは、まだ倒れない。
「……いたっ!」
 手首に違和感。無理矢理叩き付けたせいで少しひねったようだ。
 思わず、手首を押さえる。
 おおきづちから視線を外した、その刹那。
「あっ」
 気がついたときには目の前に木鎚が迫っていた。とっさに『ひのきの棒』を構え、攻撃を受け止める。
 武器が、おおきづちの攻撃を受け止める衝撃。
 直後、『ひのきの棒』は真ん中から粉砕された。
 木鎚の勢いは止まらない。そのまま振り抜かれた――腹に直撃。
「……かふっ」
 ふわ、と身体が浮いた。
 ぐるん、と世界が反転して。
 息も吸えないまま地面に叩き付けられた。
 ――痛恨の一撃。
「げほっ、げほっ。ごほっ!」
 まともに息ができない。苦しさから手に力が入る。折れて使い物にならなくなった『ひのきの棒』が手の中にあった。
「げほげほっ、……っ!」
 ――その攻撃を前転でかわせたのは、ほとんど偶然に近い。
 アランは苦しさから逃れようと無理矢理息をするが、うまくいかない。涙がにじんだ。
 おおきづちの動きには、やはり変化がない。
 手にした木鎚をぎゅっと握りしめたのがわかった。
 アランの頭はその瞬間、真っ白になった。
「う、うわあああぁぁぁぁっ!」
 逃走。全力で走った。
 ずきん、ずきんと腹が痛む。実際はアランが思うほど足は動いていなかったのだが、必死のアランはそのことにも気付かない。
 とにかく、立ち止まったらやられてしまうと思った。
 ――どれくらい走っただろう。
 ついに身体の方が音を上げて、アランは座り込んだ。そこがちょうど湧き水の湧いているところだったから、アランは無我夢中で水を口にする。爽やかで、微かに甘みのある水の味に混じり、何とも言えない苦い味が口の中に広がる。それが血の味だとアランは初めて知った。
 岩に背を預ける。
 そして思い出したかのように、自らが走ってきた通路を見た。
 おおきづちは、追ってこなかった。やぶれかぶれの逃走は、何とか成功したようだった。
「ふぅぅ……」
 腹の底からため息をつく。そして攻撃を受けたお腹をさすった。わずかに痛みが残るが、思ったよりひどくない。さっき水を飲んだおかげか、気持ちの方はかなり楽になっていた。
 ホイミをかける。だが呪文を唱えたのも束の間、傷が癒えきる前に癒しの光は消えてしまった。どうやら精神力の方が切れかけているらしい。
 おそるおそる、手を見る。そこにはまだしっかりと、折れた『ひのきの棒』が握られていた。
 武器もない。
 呪文もしばらく使えない。
 いや、それより。戦闘から逃げた自分を、パパスはどう思うだろうか。そのことの方が心配だった。
 憧れの父なら、こんなときどうするだろう。
 アランはじっと、天井を見つめていた。
 そのときだ。アランの身体が再び固まる。聞こえたのだ、あの甲高い声が。
「キュイッ!?」
 間違いない。スライムだ!
 アランは唾を飲み込んだ。血の味は、まだ消えていなかった。

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