小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 川から流れてくる湿気が肌に冷たい。
 緊張を解すため、大きく息をする。胸の中に入ってくる空気は、外のものとは明らかに違っていた。
 アランは今、洞窟の中にいる。
 ビアンカたちの話を聞いて意志を固めたアランは、その足でここへ訪れたのだ。途中、入り口のところで門番代わりの男に呼び止められはしたが、特に追い返されることはなかった。
「中は人が通れるようになっているが、モンスターもいる。それでもいいならおじさんは止めないよ」
 そう言ってすんなり通してくれたのだ。
 なるほど、彼の言うとおり、洞窟の中は点々と松明が灯され、足元も人が通りやすいようにならされている。この洞窟で作業をする人のために整備されたのだろう。
 だが、それでもアランにとっては初めてのひとりでの冒険である。『ひのきの棒』を両手に握りしめ、アランは緊張の面持ちで奥へと進んで行った。
 アランの胸にあるのは、困っているビアンカたちを助けたいという思いと、勇敢なパパスの息子であるという誇り。奥にいるであろうパパスのことを思うと、若干だが勇気が湧いてきた。
 サンタローズに来る前、船員に言われたことを思い出す。
『坊主は勇気がある。新米ヒヨッコの半分も生きちゃいないにもかかわらずだ。きっと大人になったらどえらいことをやってのけるぞ』
「……こわくない。だいじょうぶ。僕がやるんだ」
 かつん、かつんと洞窟の中に靴音がこだまする。どこか遠くで「キィ、キィ」という声を聞いたような気がした。間違いない。いくら整備されているとはいえ、ここにはいるのだ。モンスターが。
 そのとき。
「ピキィーッ」
「っ!」
 左手、岩陰からスライムが飛び出してきた。一匹。威嚇するように甲高い声を上げている。
 だがアランは取り乱さなかった。息を吸い、吐き、また吸い、吐く。
 『ひのきの棒』を構える。要領はわかっていた。
「僕は……負けないっ。行くよっ!」
「ギュピィィッ!」

 荒い息をつく。
 岩の一つに背を預け、アランは休息を取っていた。額に浮かぶ汗、しかし洞窟内が涼しいせいか、すぐに冷たく乾いてしまう。風邪を引いてしまうかもしれないなとアランは思った。
 だがその表情は明るい。
 最初のモンスター、スライムを撃破してからしばらくが経った。その間、幾度も戦闘を繰り返し、その都度退けてきた。『自分は戦える』ということに密かな自信を深めていったのだ。
 何より。
「……、ホイミ」
 短く、丁寧に呪文を唱える。
 途端、掌に温かい光が集まり、戦闘で受けた傷を癒していく。
 呪文とは世界から与えられた力だという。天賦の才を持ち、経験を積んで、その資格を得た者だけがそれにふさわしい呪文を行使することができる。
 アランは最初に覚えることができた呪文が回復呪文ホイミであることに、胸がいっぱいになるほどの喜びを感じていた。パパスが自分を心配してかけてくれる呪文、今度はそれをアランの方からパパスへとかけることもできるのだ。それはアランにとって、とても誇らしいことだった。
 だが、嬉しいことばかりではない。
 重なる戦闘で、リスからもらった『ひのきの棒』にひび割れが起きたのだ。
 攻撃を空振りし、思いっきり岩を叩いてしまったことが響いたのかもしれない。これではいつ使い物にならなくなってしまうかわからなかった。
 少しだけ悩んだ。
「きっとまだ、だいじょうぶ」
 気が大きくなっていたアランはそのまま勢いよく立ち上がり、再び歩き始める。
 右手にもった武器が、ぱきり、と微かな異音を立てた。アランは気付かなかった。

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