小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 宿で部屋を取ったアランは、悄然とした足取りで外へ出た。我知らずため息まで漏れてしまう。
「おいおい。いい加減その辛気くさいのはやめてくれよ」
「ああ、わかってる」
「仕方ないさ。もう十年も経っているんだ。引っ越ししていたとしても不思議はないさ。それに逢えなくなったわけじゃない。旅をしていれば、どこかでばったり再会できる」
 ばん、と背中を叩かれる。
「ま、俺としてはそのビアンカちゃんとやらがどんな美人か、一目見ておきたいってのもあるけどな!」
「まったく。何度も言うけど、マリアに言いつけるよ?」
「冗談だって。ははっ」
 ヘンリーの陽気さに気持ちが軽くなる。アランは気を取り直し、ここで本来の目的を果たすことにした。つまり、天空の装備や勇者についての情報を集めるのである。ブラウンたちを残したのも、聞き込みとなれば彼らでは荷が重いと思ったからだ。
 二手に分かれ、街のあちこちで尋ね歩く。だが伝説の勇者自体がすでにおとぎ話にも等しい存在だ。人の良いアルカパの住人のこと、笑い飛ばされることはなかったが、情報らしい情報は得ることができなかった。
 天空の剣は布にくるみ紐を付けて、常に身にまとうようにしているが、まさか事情も何も知らない相手に軽々しく見せるわけにもいかない。ヘンリーですら拒否した剣だ。一般の人が不用意に触ればどうなるかわからないということもあって、とりあえず目立たないよう隠した上で持ち歩くだけに留めていた。
 そんな折、街の片隅にある酒場を訪れた。情報を仕入れるなら酒場という話を、確かヘンリーから聞いたことを思い出したのだ。十年前、ビアンカに案内されて飲み物を分けてもらった懐かしい場所でもある。
 ただ、大人になった今では正直なところあまり足を運びたくないところであった。実を言えばアランは酒にめっぽう弱いのだ。奴隷として働いていたとき、年に何度か出される酒を一口飲んで酔いつぶれてしまって以降、口にするのは避けている。
 情報料がわりに酒を勧められたらどうしよう、と密かに心配しつつ、アランはカウンターにいる女店員に話しかけた。なぜかバニーガール姿である。そういえば十年前も酒場にバニーガールがいたなとアランは思い出した。同一人物だろうか。
「伝説の勇者? ああ、それなら私のお父さんが知ってるわよ」
「え、本当ですか!?」
 ぽかんとする。意外な答えがあっさり返ってきたからだ。
「話、聞いてみる?」
 そう言うとバニーガールはカウンターを開け、気さくにアランを中へと招いた。後について歩くアランに、彼女は耳打ちした。
「お父さん、昔伝説の勇者に憧れたことがあるらしくて。でもこのご時世でしょ? 誰も興味を持たなくて、お父さんふて腐れてるの。話を聞いてあげれば喜ぶと思うわ」
「ありがとうございます。教えてくれて」
「いやん。お兄さんは格好いいしあたしの好みだから、特別よ」
 片目を閉じる。引きつった笑みを浮かべながら、アランは再び礼を言った。
 カウンターの奥は何の変哲もない普通の居間になっていた。奥の椅子に小太りの男が腰掛け、昼間から酒を飲んでいる。
「お父さん、お客さんよ」
 バニーガールが声をかけると、男は胡乱げに顔を上げた。ひっく、と喉を鳴らしている。大丈夫かなこの人、とアランは内心で気を揉んだ。
「客ぅ? 俺にか?」
「そうよ。何でも伝説の勇者についてお話を聞きたいんだって」
「なに!? 伝説の勇者!?」
 男の反応は素早かった。手に持っていた酒瓶を片付けると、居住まいを正してアランを迎える。心なしか、表情まで引き締まっていた。
「ささ、お客人。そこに座ってくれ。何か飲み物はいるか? 遠慮することはねえ。ウチは酒場だ。どんどん頼んでくれ」
「はあ。では、ミルクを」
「あら。意外と子どもっぽいのね」
 バニーガールが口に手を当て微笑む。アランも苦笑を浮かべた。
「酒は苦手なんです。それに懐かしくて」
「懐かしい?」
「ええ。十年ほど前に、ここでミルクをもらったことがあって。覚えてないですよね」
「はて。十年前……?」
 男はつぶやく。一方の娘は「そうなの?」と一言言ったきり首を傾げている。どうやら本当に覚えていないようだ。懐かしさは、時として寂しさや切なさにも代わるんだなとアランはちらと思った。
 いけない、いけない。今は天空の勇者の話に集中しなければ。
「それで、伝説の勇者の件なのですが……」
「お、おお。すまんすまん。そうだったな。よし、よく聞けよニイちゃん。まず伝説の勇者様が本当に実在したかどうか、だが。わざわざ俺に聞いてくるほどだ、単なる子どものおとぎ話だと頭から思ってるわけじゃあるまい?」
「ええ。勇者が今どこにいるのか、それを知りたくて」
「ほお。こりゃまた。若い頃の俺を見るようで嬉しいね。だがまあ、焦りなさんな。勇者様は確かに存在した。それは歴とした事実だ。それってのも、今からウン百年も前に、この世界を邪悪な影が覆い尽くした時代があってだな、その親玉をブチ倒したのが伝説の勇者様だっつー記録が、古ーい文献に残っているんだってよ。確かその親玉の名前は、エス……なんたらって名前だったそうな」
「なんたら?」
「よく覚えてねえんだよ。いかんなあ、年を取るのは」
「日がな一日お酒ばっかり飲んでるからでしょ、お父さん」
「うっさいわ。お前はさっさと仕事に戻れ」
「はぁーい」
 興味なさそうにバニーガールが戻っていく。居間を出る間際、ちゃっかりアランに向けて口づけを投げてきた。
「はは……、えっと。それで? 伝説の勇者は、それからどうなったのですか?」
「いろいろ説があるみたいだなあ。誰も足を踏み入れたことのない秘境に移り住んだとか、闇の親玉を倒したときに一緒に命を落としただとか。ああ、そうそう。天空に戻ったっていう話もよく聞いたな」
「天空へ!?」
「そ。もともと勇者様は神様に最も近い天空に住まう民の血を引く者だったって話さ。この世界のどこかに勇者様が登ったっていう天空へと続く塔があるそうだが、本当にあるかどうかはわかんね。とにかく、勇者様の体には特別な血が流れていたってのは、確かだと俺は思うぜ」
「天空への塔……。特別な、血……」
「何百年も前の話だ。もうそのときの勇者様は生きちゃいないだろうが、勇者様の血を受け継いだ子孫はこの世界のどこかにまだ生きているかもしれない」
 アランは真剣な表情で男に詰め寄った。
「その子孫がいる場所……どこだと思いますか?」
「それがわかりゃ俺だってこんなところで酒なんか飲んでねえよお。ただな、俺は信じているんだよ。この世界が再び闇に包まれたとき、勇者様はきっと現れるってな」
 そう言って男は酒瓶を掲げ、片目をつむってみせた。

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交響組曲「ドラゴンクエストV」天空の花嫁
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