小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 アランはしばらく男の顔を見つめていた。酔いで赤らんでいるその表情から悪意は感じ取れない。この人なら大丈夫――アランは自分の直感を信じることにした。
「あの、これを見て頂けますか」
 そう言い、背負っていたものを机に置く。ゆっくりと布をほどいた。中から現れた、流麗かつ勇壮な装飾が施された剣に、男が目を丸くする。
「こりゃあ立派な剣だな。……ん? 待てよ、この装飾はどこかで」
「これは、天空の剣です」
「………………なに?」
 男はあんぐりと口を開けた。
「天空の剣って言やあ、伝説の勇者様が使ったとされる聖剣じゃねえか! いや、だがこの姿は確かに本で見た通り……お、おまえさん、どこでこれを!?」
「父から受け継いだんです。父も僕も、ある人を探すために勇者の力を借りなければならない。父はそのために、世界中を歩いてこの剣を見つけたと聞いています」
「……何とまあ」
 男は酒瓶を置いた。驚きのあまり酔いも吹き飛んだのか、先程までのどこか緩んだ表情が消えている。それから彼はちらと周囲を見回した。今、この部屋にはアランと男しかいない。日中なので店の方も静かだ。
「どうりで目が真剣だと思ったよ。天空の剣を持ち歩いているってことは、本気で勇者様を探すつもりなんだな」
「はい。勇者について詳しいあなたを見込んで、これをお見せしました。まずは天空の武具を揃えること、それが勇者と出逢う道なのだと父は言っていました。何か、心当たりはありませんか?」
「ふむ……」
 顎に手を当て宙を睨む男の顔も真剣なものになっていた。アランは固唾を呑んで次の言葉を待つ。
「……天空の武具ってのは、剣の他に兜、鎧、そして盾があったと聞いている。勇者様のお姿が消えると同時に世界中に散らばったとされているが、間違いなく、これらの聖なる装備は存在するんだ。だが、どこにあるかまでは俺も詳しく知らない。ただな」
「ただ?」
「最近、天空の盾が見つかったという噂を耳にしたことがある」
 本当ですかとアランは身を乗り出した。男はうなずくが、同時に済まなそうな顔も浮かべた。
「そのときは単なる根も葉もない噂だと思ってしまったんだよ。どっかの金持ちが所有しているって内容だったが、そんなわけないだろってな。どこの誰かまで確認を取らなかったんだ。ただ、ここじゃない別の大陸の住人だってことだけは覚えている。……すまんな、力になれなくて」
「いえ。それで十分です」
 アランにとっては貴重な情報だ。ただ闇雲に歩き回るだけだったことを考えると雲泥の差である。男は言った。
「別の大陸に渡るつもりなら、さしあたって船がいるぜ。それもかなりの大型船になるだろう。そういう船が調達できるのは……この辺りじゃ、ラインハットぐらいなものだろうな」
「なるほど」
「まずはそこへ行って、船の所有者に交渉してみな。上手くすれば大陸に渡る便に乗せてもらえるかもしれない。ただ気をつけた方が良い。あそこの国は最近良くない噂を聞くから」
 アランは神妙にうなずいた。サンタローズの惨状が真っ先に脳裏に浮かぶ。
 男は立ち上がった。居間の奥に引っ込み、すぐに何かを持って戻ってくる。
「抜き身のままじゃ持ち運びにくいだろ。これを使いな」
 渡されたのは革製の鞘だった。かなり頑丈な作りであるのが見た目でも分かる。刀身の大きさと若干異なっていたが、男はすぐに鯉口に詰め物をして抜けにくくしてくれた。武器として使うなら駄目だが、単に持ち運びだけが目的ならこの方がいいだろうと彼は言った。
「お前さんの旅、上手くいくことを願ってるぜ。勇者様が見つかったら、俺が会いたがっていたと伝えてくれよな」
 去り際、男はそう行って手を掲げた。アランは深くおじぎをして、酒場を後にした。
 思わぬ収穫を手に、アランは宿屋まで向かった。情報収集が終わったらここで落ち合う約束だったのだ。しかしヘンリーの姿が入り口にない。念のため受付に確かめてみるが、まだ戻っていないと言われた。
 外はそろそろ日が傾きかけている。どこに行ったのだろうと辺りを見回していると、街の入り口方向からヘンリーが歩いてくるのが見えた。
「ヘンリー! 遅かったじゃない、か……?」
 声が尻すぼみになっていく。親友がひどく真剣な表情を浮かべているのがわかったからだ。アランの様子に気づいた風もなく、うつむき加減に歩いてくる。
「何かあったのか? なあ、ヘンリー。ヘンリーってば!」
 何度か声をかけて、ようやくヘンリーは顔を上げた。
「……ん? お、おお。アランか。すまん。ちょっと考え事してて」
「ちょっとってどころじゃなかったよ」
「はは……。そっか。やっぱ顔に出てたか」
 力なく笑うヘンリー。アランは眦を決すると、とりあえずヘンリーを宿屋に引っ張った。
「お、おい。スラリンたちはいいのかよ?」
「今晩は街に泊まるって言ってあるから、大丈夫。ブラウンもいるし」
 あてがわれた部屋に足早に入り、扉を閉め、しつらえられていた椅子のひとつに半ば無理矢理座らせる。ヘンリーの対面に座り、切り出した。
「それで、何があったのさ」
「ん……まあ、それよかアラン。お前の方はどうだったんだよ」
 側頭部を掻きながらヘンリーが言葉を濁す。ため息をひとつついて、アランはまず自分のことから話した。伝説の勇者の話が聞けたこと、天空の武具の在処についてのこと、そして鞘のこと。一通り聞いたヘンリーは、やはり悄然とした様子だった。
「へえ。すげえじゃねえか」
「それだけかい? いつもならもっと大げさに騒ぎそうなものなのに」
「おいおい。俺ってそんなに軽い人間か?」
「……なあ。本当に何があったんだい?」
 再度アランが問うと、ヘンリーは大きく息をついた。アランの瞳を見る。
「実はな、街で聞き込みをしている最中、俺たちと同じぐらいの年齢の若い奴らに会ったんだよ。その内の一人が、どうもラインハットから逃げてきたらしいんだ」
 その若者から聞いた話はこうだった。
 ヘンリーの誘拐事件から数年後、突然ラインハット前国王――すなわちヘンリーの父が崩御した。それに伴い弟のデールが母の後見を得て即位する。そしてその時を境にラインハットは急速に兵力を増強し、『王子と誘拐犯の捜索』と銘打って各地に派遣した。若者もその内のひとつの部隊に所属していたが、行く先々であまりに強権的に振る舞う兵たちの姿に嫌気が差して――側にいた友人曰く怖じ気づいただけだろうということだったが――軍を抜け、故郷のアルカパに戻ってきた。
「サンタローズが襲われたのもその頃らしい。おかげでラインハットと、その国を治めるデールの評判は今やがた落ちだ。ラインハットの街自体も悲惨なことになっているらしい」
 ヘンリーは立ち上がり、寝台の上に身を投げ出した。
「……親父が亡くなってたこともショックだけどよ。あのデールがこんな暴挙を許したままなのがどうも納得いかないんだよ。もしかしたらあいつ、とんでもないことに巻き込まれているんじゃないかって、そう思うと何だか落ち着かなくて。……それでな、アラン。ものは相談なんだが」
「わかってる。戻るんだろう、ラインハットに」
 ヘンリーは苦笑した。
「すまん。お前は天空の武具と勇者探しに忙しいってのに」
「何を言ってるんだよ。故郷と、そこに住む人たちがどれほど大切か、僕もよく知っているつもりだから」
「そうだよな。やっぱり、故郷は故郷なんだ」
 身を起こした親友は決意の表情で宙を見上げた。
「いつまでも逃げるわけにはいかない。惨状を見過ごすわけにはいかない。帰るぜ、俺は。ラインハットに」

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