小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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「わーい、わーい」
「ちょっとスラリン! あんた何遊んでんの!」
 カイルと一緒に飛び跳ねているスラリンに向かって、メタリンが怒声を上げる。その彼女はジュディと薪を焚いていた。メラの呪文で火がついた枯れ木を、ジュディは目を丸くして見つめた。
「うわ、すごい。呪文ってこんなこともできるんだ」
「ふふん。スゴイでしょ。ま、あたしにかかればこんな薪に火をつけるぐらいカンタンカンタン」
「じゃあ、もっと大きなものは?」
「うえ!? で、できるに決まってんじゃない。ほほ、ほほほ」
「じょうだんだよ。そんなに無理しなくていいのに」
「無理なんかじゃないわよ。あたしはね、誇り高いメタルスライム属なんだから!」
 ぴょんぴょんと跳ねるメタリン。その様子が遊ぶスラリンそっくりで、ジュディは口元に手を当てて笑った。その脇ではブラウンがむっつりと座っている。いつこいつらを止めようかと機会を窺っているようだった。仲間が増えるに従い、彼女の意外な苦労性が垣間見えるようになっていた。
 周囲は完全に夜の帳が降りてしまっている。街の灯りは非常に乏しく、その分、天空の星々は鮮明に見ることができた。どうやら今夜は、運良く空の霞が切れてくれたらしい。満点の星空の下で、ジュディたちの楽しげな声が響く。
 初めはアランの連れている仲間モンスターに驚きと怯えを見せた彼女らだったが、もうすっかり心を許している。その顔は年相応の明るさに溢れていた。
 慈しみの視線でジュディたちを見つめていたアランは、おもむろに立ち上がる。ブラウンに目配せし、近くに寄ってきた彼女に小声で指示を出す。
「ちょっと歩いてくる。皆を頼むよ。特にジュディとカイルは早めに寝かせてやってくれ」
「わかった。頭、どこ行く?」
「ヘンリーのところ」
 そう言うとアランは踵を返した。パトリシアの首を撫で、廃墟となった宿を出る。月明かりで陰影の付いた裏道が、まるで異世界の入り口のような幻想的な光景を作り出していた。人気の無さ、静けさがその雰囲気をより強くさせる。
 しばらく前に、ヘンリーが中座したことには気づいていた。もう姿は見えないが、行き先は想像がつく。
 夜道を歩いていると時折柄の悪い連中とすれ違う。彼らは地べたに座り込み、こちらを胡乱げに見つめていた。目の焦点が合っていない。若干表情を引き締め、アランは堂々と彼らの中を歩いた。
 やがて開けた目抜き通りに出る。周囲を見回し、王城が見える方向へ足を向ける。さらに歩くと、巨大な堀に出た。
 ヘンリーは堀の縁に腰掛け、王城をぼんやりと見つめていた。
「やっぱりここにいたんだ」
「ああ」
 アランも彼の隣に座る。王城の天辺は、それこそ顔を上げなければ視界に収められないほど大きい。月を背景にした尖塔が、昼間には見られない濃と淡のコントラストを生み出していた。
「ひでえもんだな」
 ヘンリーはつぶやく。
「ガキの頃はあんまり意識してなかったが、ラインハット城には活気が溢れていた。夜は夜で、大国に相応しい威厳ってもんが城からも伝わってきたって、客人の誰かが言ってたよ。だが……今はどうだ」
「元気がないってこと?」
「廃れた臭いがするんだよ」
 がしがしと頭を掻く。
「アランよぉ。俺は自分が情けねえ。故郷がこんな状況になっているのも知らずに『世界を見て周りたい』だなんてよ。甘いったらないぜ」
「ヘンリー……」
「すまん。別にお前の旅がどうと言っているわけじゃないんだ。ただ、俺が故郷から逃げてきた結果がこの城の空気なんだって思うとよ、居たたまれなくなるんだ」
「君のせいじゃないだろ」
「だが俺はラインハットの人間だ。王族なんだ」
 二人の間に沈黙が降りる。彼は半ば自棄になっていると感じつつ、アランは敢えて黙っていた。気持ちの整理がつくまでそっとしておこうと思った。
 やがて大きく息を吐いたヘンリーは、勢い良く自ら頬を叩いた。
「うし。へこむ時間は終わり。次だ、次」
「うん。とりあえず、どうやってデール国王にお会いするかだね」
「そうだ。見ろよアラン、城の入り口が跳ね桟橋になって、向こうに渡れなくなってるだろ? 俺が城にいた頃はこんな仕掛けはなかった。ありゃ意図的に閉め出してるんだぜ、きっと。参ったな。夜がこの状況だと、昼はもっと厳しいんだろう」
「何か、陛下と連絡を取る手段はないかな?」
「……。駄目だ、思いつかね。城の中を駆け回ってたから内部の構造にはちと覚えがあるんだが」
「手紙を出すとか」
「デールに届く遙か前に握りつぶされてしまうよ。仮に真正面から『ヘンリー様のお帰りだぁ!』てな感じに乗り込んでも、つまみ出されるのがオチだろうな」
「……ヘンリーならそうすると思ってた。違うのかい?」
「茶化すな! どんだけ道化だよ、俺は!? とにかく、何とか城内に忍び込めればこっちのもんなんだが……」
 二人して腕を組み、頭をひねる。だがどれだけ考えても良い考えは浮かびそうになかった。
「……あれ?」
 そのとき、アランが堀の違和感に気づいた。暗くてよく見えないが、堀の中の城側の壁面に、空洞ができているように見えたのだ。
 ヘンリーにも見てもらうが、彼は首を振った。
「俺にはそうは見えないぜ。岩の影じゃないのか?」
「確かに人が通るには小さいけど……うーん」
「とにかく、一旦戻ろうぜ。明日、街の様子を探りながら手を考えよう」
 ヘンリーの提案にアランは曖昧にうなずいた。踵を返すとき、もう一度振り返った。確かに穴のように見えた場所は、跳ね桟橋のちょうど真下に位置していた。
「もし、あそこが抜け道だったら……いや、そんな都合の良い話はない、か」
「おい、アラン」
「今行くよ」
 ヘンリーの呼びかけに、アランは駆け出した。

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