小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 翌日。
 廃墟の宿で一晩を明かしたアランたちは、街の中を散策に出かけた。ラインハット城へ入るための手立てを見つけるためだが、今一度街の様子を確認しておきたいというヘンリーの願いもあった。
 仲間モンスターたちは馬車で待機している。昨日街中を歩いてみて、馬車を引き連れることそれ自体が非常に目を引くことに気づいたためだ。
「昔のラインハットなら、まったく違和感なかったんだがな」とヘンリーは言う。
 その代わり彼ら彼女らにはカイルの面倒を見るように伝えている。外から迫る危険には注意を払えと特に言い含めた。
 アランとヘンリーは再び目抜き通りに出た。先頭を歩いて案内するのはジュディである。アランたちが街を散策すると知り、ならばぜひ昨日のお礼をさせて欲しいと彼女が案内役を買って出たのだ。
「……でも、実を言うとあまり案内できる場所はないんです」
 ジュディは困ったように目を伏せる。
「お城にたくさんの兵士さんが集まるようになってから、それまでにぎわっていたお店が閉まってしまいました。私はそのとき小さかったからよく覚えていないんですが、お金持ちのお店には兵士の人が来てむりやりお金を取っていったとか」
「自国の民にすら略奪まがいのことをしたのか」
「たくさんの人があっと言う間にいなくなりました。その様子を見るのが私怖くて……。でも、子どもふたりだけじゃあ、どこへも行けません」
 アランもヘンリーも、敢えて彼女の両親については触れなかった。
 ジュディは気を取り直したように笑みを浮かべる。
「あ、でも武器屋さんとか防具屋さんとかは、いっぱいできてますよ。お城が買ってくれるって、あちこちから職人さんがやってきたそうです。アランお兄さんやヘンリーお兄さんは旅人だから、きっと強い武器や防具が必要ですよね」
「ああ、まあな」
「じゃあ、そこに案内します。ひとつだけ、私の知っているお店があるんです。こっちです!」
 ジュディの後に続き、路地へと入った。しばらく歩くと、途端に人通りが多くなる。同時に路地にまで溢れる蒸気と煙で視界がぼんやりとしてきた。鉄の匂いと熱気で、ここが鍛冶鋳造を担っている区域だとわかる。もしかしたらラインハット全域を覆う薄煙は、これが原因なのかもしれないと思った。
 周囲に強面の人間が増えたためか、ジュディの表情は目に見えて硬くなっていた。それでも健気に案内役を務めようとするので、アランは微笑みを浮かべてジュディの手を握った。
「そんなに急がなくても大丈夫。一緒に行こう」
「あ……。は、はい」
 ジュディの表情から緊張が薄れる。アランとヘンリーは彼女の歩幅に合わせ、道の端をゆっくりと歩いた。
 賑わう路地を折れて、さらに細い道へと出る。途端に人の姿が消えた。ジュディはその道の突き当たりにある一軒の家を指差した。
「あそこです」
「嬢ちゃんよ。あれ、ホントに店か?」
 ヘンリーが目を細める。彼の言葉通り、表向きはただの民家と変わりない。中は薄暗く、様子をうかがい知ることもできない。だがジュディは笑顔でうなずいた。
「前に生き倒れていたとき、助けてもらったお爺さんが住んでるんです。看板は出してないけど、武器屋なんですって」
「そ、か」
 生き倒れて、ね……ジュディに聞こえないよう彼はつぶやく。微妙な表情を浮かべるヘンリーを余所に、ジュディはその民家へと入った。
「お爺さーん、いませんかー?」
「うお、ぺっぺっ。埃っぽい!」
 店主を呼びにジュディが奥に歩く。続いて中に足を踏み入れたアランたちは、部屋の中に漂う埃の多さに眉をしかめた。
「こんなところが本当に武器屋なのか?」
「ヘンリー、壁。壁を見てご覧よ」
 あー? とヘンリーが怪訝そうに目を細める。だがすぐに驚きの表情になる。
 そこには、様々な種類の武器が所狭しと陳列されていたのだ。闇に沈み込むようにして佇む姿は、ある種異様な雰囲気を醸し出している。その数も種類も尋常ではない。よく見ると、壁の全面に薄い布が被せられていることに気づいた。おそらく武器が埃にまみれないようにするためだろう。
 ジュディが部屋の奥で手招きする。そこは鍛冶場になっていて、一人の老人が黙々と剣を研いでいた。節くれ立った細い手が規則正しく往復している。その手つきに迷いは一切ない。
「お爺さん。お客さんだよ」
 ジュディが声をかけると、老人は顔だけわずかに上げた。アランたちの姿を認めると、すぐに手元に視線を落とす。ジュディは苦笑した。
「ごめんなさい。お爺さん、とても無口な人だから。でもいい人なんですよ」
「うん……」
 曖昧にうなずく。
 老人が手を止めた。研いだ剣を拭き、鞘に納めて仕(し)舞(ま)う。それからのっそりと立ち上がり、アランたちには見向きもせずに壁に掛けてある武器のところへ向かった。ひとつひとつを手に取り、具合を確かめながら拭く。仕舞う。また別の武器を手に取る。その繰り返しだった。
「……なんつーか、あそこまで黙々とされると気味が悪いな」
 ヘンリーが二の腕をさする一方、アランは老人の側に歩いた。壁の高いところにある武器を代わりに取り、彼に渡す。
「どうぞ」
 無言で受取って、同じように清める老人。
「大事にされているんですね」
「……」
「値札がついていないということは、もう売り手が決まっているんですか?」
「……」
「これだけ良い武器ならば、引く手数多(あまた)でしょうね。例えば……王家の御用達、とか」
「そんなもん、ありゃあせん」
 ふいに老人がつぶやいた。
「この子らの行き先は、この子らが決める。その時まで大事に守るのが俺の仕事だ」
「そうですか」
「だが、あんな性根の腐った奴らの手になど渡さぬ」
 ぱん、と布で鞘を叩く。やおら、老人は手を差し出した。
「武器、見せい」

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交響組曲「ドラゴンクエストV」天空の花嫁
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