小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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「君と……戦えということなのかい」
「そうです」
 正眼に構えたスライムナイトが静かにうなずく。唇を引き締めるアランに慌てたのがヘンリーだ。
「ちょ、ちょっと待てよ!? これから神の塔へ行こうってときに、なに考えてんだよ! おいアラン、何か言ってやれって。この分からず屋のモンスターに」
「……」
「アラン? おい、何を黙ってんだよ。お前、まさか」
「どうやらあなたの心は決まっているようですね」
 淀みのない口調だが、どことなく喜色が混じっているように聞こえた。彼の期待に応えるように、アランはゆっくりと鋼の剣を抜いた。天空の剣を背から下ろし、ヘンリーに預ける。まるで雰囲気を察したかのように、天空の剣は大人しくヘンリーの両手に収まった。
 アランは親友に小声で言う。
「ヘンリー、ここは僕に任せてくれないか」
「あ、あのなあ……」
「無理を言っているのはわかっている。けど、これはきっと避けられない戦いなんだ。十年前、彼と出逢ったときから」
「俺にはよくわかんねえよ。その理屈」
 苦渋の表情を浮かべるヘンリーにアランは微笑みかけた。確かに、らしくないとは思う。けれど相手はあの隻腕のスライムナイトなのだ。ただのモンスターに剣を振うのとは、やはり何かが違う。
 そう、言うなればこれは、互いが互いを認め合うための仕合。ひとつの儀式なのだ。
 アランは表情を引き締め、スライムナイトの前に歩き出す。
「手出しは無用だよ、ヘンリー。スラリン、ブラウン、メタリン、ドラきち、スミス。君たちもだ」
「あなたたちも。ここは私とアランとの戦いです。助力は要りません」
 アランとスライムナイトはそれぞれの連れに釘を刺す。その気迫の前に仲間たちは固唾を飲んで一歩下がった。
 向かい合ったアランとスライムナイトは、しばらく互いを見つめ合っていた。
「この戦い」
 ふと、アランは言った。
「僕は呪文を使いたくない。君とはこの剣でぶつかりたい」
「奇遇です。私もまったく同じことを考えていました」
 スライムナイトは剣を掲げ、厳かに告げた。
「我々の間に呪文は不要。互いの剣技のみで雌雄を決しましょう。よいですね、アラン」
「うん」
 アランの脳裏に、十年前の光景がよみがえる。子どもながら肌に感じた威圧感、滲み出る強さ――それらを前にして全身を硬直させていた、あのときのことを。
 十年という長い時を経て再び剣を交える。アランの中に、初めて感じるような高揚感が沸き上がってきた。敵を前にした憎しみからではない。強き者をただ敬愛するがゆえの昂ぶりだ。
 もし仮に――父と本気で手合わせをする日があったなら、こんな気持ちになっていたのかもしれない。ふと、アランはそう思った。同時に悟る。スライムナイトとの戦いにここまで拘る理由を。
 あのときと同じではない。
 同じではいけない。
 ――弱いままでは、いけない。そんな姿は見せられない!
「むっ!」
 スライムナイトがわずかに声を上げる。先に仕掛けたのはアランだった。草に隠れた土が飛び散るほどの強烈な踏み込みで一気に肉薄する。身につけた外套が荒波のようにうねった。
 直後、アランの剣とスライムナイトの剣が真正面からぶつかり合った。金属同士がこすれ、わずかに火花を散らし、刹那の熱を二人の顔に吹き付ける。
「はあああああっ!」
 腕と腰の力を使い、アランは鋼の剣を振り切った。剣先が弧を描き、一回転して再びスライムナイトの胴を狙う。
 魔物の騎士はとっさに体をねじり、左肩に取り付けた盾でアランの斬撃をいなした(・・・・)。同時に右手に握る剣を振り上げる。アランの軸足から胴体までを一刀で斬り離す強烈な斬撃だ。
 再び甲高い音。腰に差した鞘をずらし、アランはスライムナイトの一撃を受け止めた。
 ――一進一退の攻防が始まった。
「……すげ」
 ヘンリーがつぶやく声も、打ち合いの音でかき消される。
 斬り、防ぎ、同時に突き、躱し、あるいはいなす。
 スライムナイトの攻撃はとにかく速くて多彩だ。魔物の騎士の特徴なのか、腕が柔らかで非常に伸びる。時には人間にはあり得ないほどの柔軟さを発揮し、思わぬところから一撃を放ってきた。
「……っ!?」
 アランはのけぞった。鋭く美しい弧が鼻先をえぐる。反応がわずかでも遅れていれば、鼻の骨にまで深々と傷が刻まれていただろう。
 だが、アランは怖れない。
 十年前の力の差が埋まったとはまったく考えていない。ただ、あのときの自分とは確実に違うことがある。成し遂げなければならない目的ができたこと、目的の達成のために必ず生き抜き、そして強くなるんだという意志を持つようになったこと。
 単に体が成長しただけでは、この魔物の騎士にはかなわない。
 体勢を崩しながら、アランはスライムナイトに体当たりした。体格で勝るアランはスライムナイトを弾き飛ばすが、自分もまた無様に転げた。
 すぐに立ち上がる。口元についた泥を滴る汗ごとぬぐい去り、再び鋼の剣を正眼に構える。
 どのような体勢になろうとも騎馬である大きなスライムと離れない彼は、ゆっくりと立ち上がって背筋を伸ばした。
「なるほど」
 その一言からは、幾重もの意味が滲み出ている気がした。

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