小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 パトリシアがいなないた。周囲に漂い始めた潮の匂いに反応したのかもしれない。
「ほぁー……これが海ってやつ? でっかー」
 アランの頭の上に乗り、メタリンが感嘆の声を上げる。肩口ではスラリンが胸を張っていた。
「ぼくはすみかの近くが海だったから、知ってるよ。海」
「な、なによ。私がはしゃぎすぎだって言うワケ!?」
「はしゃいでるよね」
「むきー!」
 いつものように賑やかな二匹に、アランは目を細めた。ヘンリーと肩を並べ、丘の上から見える大海原をしばらく眺めていた。
「どうなされたのです、アラン。ヘンリー」
 感傷に浸る二人を怪訝に思ったピエールが声をかけてきた。アランたちはそろって首を振る。
「何でもないよ、ピエール」
「ちょっと昔を思い出しただけさ」
「そうですか」
「頭、あっち」
 ブラウンが馬車の中から顔を出し、丘の下を指さした。その先には、まばゆい陽光を浴びて白く輝く修道院があった。静かな佇まいである。テラスと庭先に多くの洗濯物が干され、風を受けている。
「良い空気の流れる場所です」
「スラリンたちも大人しくなればいい」
 ピエールが言うと、馬車から飛び降りたブラウンが並んでうなずく。仲間想いである二匹は気が合うらしい。どちらかというと気難しい性格のブラウンもピエールには比較的簡単に馴染んでいた。
 あまり明るい場所が好きではないドラきちは馬車の中で休んでいる。新しく仲間になったコドランは、アランの背負う天空の剣の先端に器用に止まり、羽を休めていた。ありがたいことに、天空の剣はアランの仲間たちに電撃を放つことはなかった。
「戻ってきたな。マリア、元気にしているだろうか」
 どこか落ち着かない様子でヘンリーが言う。親友の心情を察したアランは苦笑した。
「どうする? 馬車を引いているけど、パトリシアに乗って行くかい?」
「からかうなよ、アラン。今は別の目的があって来てるんだから。俺だってそのくらいわきまえてるよ」
「それじゃあ、そろそろ行こう。あの様子だと皆もう起きているみたいだしね」
 アランは仲間たちに声をかけ、馬車を海辺の修道院に向けて進めた。
 建物の正面に近づくと、折りよく中からひとりの小さな女の子が出てきた。編玉を持っているところを見ると、これから外で遊ぶつもりなのだろう。女の子の顔には見覚えがあった。
「あ」
 向こうも気づいたようだ。アランとヘンリーは手を振った。滞在期間はとても短かったから、おそらく覚えていないだろうと思っていたが、女の子は自分からぱたぱたと駆け寄ってきた。
「あーっ、アランおにいちゃんとヘンリーおにいちゃんだ! 遊びにきてくれたの?」
「覚えててくれたんだ」
「うん!」
 満面の笑みで女の子はうなずく。するとなぜか、ヘンリーが得意げに言った。
「ま、お前が目覚めるまでの間、俺がしっかり顔を売っていたおかげだな」
「こんな小さい子にも?」
「ほら、ここの女性たちってみんな美人だろ。だからこの子も……って、冗談だよ。そんな睨むな、ピエール」
「女性に情けない男は信用されません」
 すぐ後ろに立っていたピエールがぴしゃりと言う。女の子は首を傾げていた。
 アランはしゃがみ込み、目線を会わせる。
「僕たち、今日はお話を聞きに来たんだ。えっと、院長さんはいらっしゃるかい?」
「うん。呼んでくるね」
「ああ、大丈夫。僕たちが行くよ。君はここで遊んでて。そうだな……スラリン、メタリン!」
 波打ち際で物珍しげに細(さざ)波(なみ)を眺めていた二匹に声をかける。
「君たちはこの子と一緒に遊んであげて。危なくないようにね」
「また子守り? まったくヤんなっちゃうわ」
「うわぁ。モンスターさんだあ!」
 女の子はスラリンたちの姿を見るなり顔を輝かせた。その純粋な姿にスラリンはすぐに心を許し、メタリンもぶつぶつ言いながらそれに付き合う。
「それじゃ、僕たちは行こうか」
「おう」
 修道院の扉を開ける。当然のようにピエールが後に続き、コドランもアランの背にとまったまま付いてきた。
 内部はかつて訪れたときと寸分違わなかった。漂う空気は自然と背筋を伸ばしてしまうほど清浄で、凛とした暖かさを持っている。礼拝所となっている吹き抜けの部屋を抜け、二階部分にある祭壇に向かう。院長はそこで祈りを捧げていた。
 アランたちに気づくと、彼女は驚きながらも表情を綻ばせた。
「まあ。よく来ましたね。アラン、ヘンリー。お元気そうでなによりです」
「あのときはとてもお世話になりました。おかげで、こうして旅を続けられています」
「そうですか」
 院長はひとつうなずくと、アランの顔をじっと見つめた。
「……? 何か?」
「よい顔をしています。あなたの行く道、見つけ出せたようですね。大変喜ばしいことです」
「ええ。でも、まだまだ歩き出したばかりで。この先、どんな困難が待ち受けているかはわかりません」
「それでも、あなたなら大丈夫。その瞳の輝きを見て確信しましたよ。強き意志を持っていれば、神はきっとあなたの道を照らしてくれますよ……」
 アランとヘンリーは頭を下げた。
 院長は一階の礼拝所に二人を導いた。手前の席に座り、アランたちに尋ねる。
「それで、今日はどのような用向きあってのことでしょう?」
「実は、あなたにひとつ伺いたいことがありまして」
 アランは事情をかいつまんで説明した。ラインハットのことに話が及ぶと、ヘンリーも真剣な顔をして説明に加わる。その様子に院長もただならぬものを感じてくれたのか、凛とした表情でじっと耳を傾けていた。
「……『神の塔』ならば、存じています」
 話を聞き終わった院長は静かに答えた。
「私たち神に仕える者にとっては特に重要な聖地です。その昔、私たちの祖先が、己の信仰を確かめるために登ったと聞いています」
「信仰を、ですか」
「少し、お時間をください。確か書斎に神の塔に関する文献と記録があったはずです。確かめて来ましょう」
 院長はそう言って立ち上がり、ふと、にっこりと微笑んだ。
「それまで、あなたがたは私たちの大切なお客様です。どうぞごゆっくり。顔を見せれば、マリアもきっと喜ぶでしょうから」
 その言葉にヘンリーはわずかに顔を赤らめた。

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