小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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「あー、ごほん」
 院長が奥の部屋に姿を消してからすぐ、ヘンリーがわざとらしく咳払いした。
「さてっと。久しぶりの修道院だし、さんざ世話になったところだものな。少し挨拶周りしても罰は当たらないと言うか、絶対に必要なことだと思うんだが」
「ヘンリー。そんな回りくどい言い方しなくても大丈夫だよ。僕はここで院長さんを待っているから、行っておいでよ」
「そ、そうか」
 そそくさと立ち上がる親友の様子に苦笑いを浮かべる。
 礼拝所の扉が開く。外で遊んでいたあの女の子が小走りに駆け寄ってきた。両手にはスラリンとメタリンがちゃっかり収まっている。
 女の子はどこかに向かって大きな声を上げた。
「お兄ちゃんたちいたよ! ほらほら、マリアお姉ちゃん! いたいたー!」
「わわっ!?」
 マリア、という単語にびくりと背筋を伸ばすヘンリー。その直後、くすくすと上品な笑い声が聞こえてきた。
「ヘンリーさんったら。すごくびっくりされて、ふふ」
 二階に繋がる別の階段を一段ずつゆっくりと降りながら、純白の修道服に身を包んだ女性が微笑みかける。
 固まり続けるヘンリーのそばまで来ると、彼女はさらに華やかな笑みを浮かべ会釈した。この数ヶ月ですっかり元の輝きを取り戻した黄金色の髪がさらりと流れた。
「お久しぶりですわ。ヘンリーさん、アランさん。お二人のご無事な顔を見ることができて、私はとても嬉しいです」
「よ、よおマリア。久しぶり」
 まだ心の準備が整っていなかったのだろう。彼らしからぬ固まった様子に、アランは思わず親友の背を叩いた。小声でささやく。
「緊張しすぎだって。そんな様子じゃ、堂々と求婚した男と同一人物には見えないよ」
「うっせえな。勢いってもんがあるんだよ。それに、俺はまだラインハットの件を片づけられたわけじゃないんだから、なんつーかこう、いろいろ中途半端というか」
「まったく」
「ふふ。相変わらず仲がよろしいんですね。羨ましいわ」
 マリアはどこまでも淑(しと)やかだった。気を落ち着かせるために大きく息を付いたヘンリーは、ようやくいつもの調子を取り戻す。
「ま、なんだ。元気そうでこっちも安心したよ。その様子を見ると、修道院ではうまくやっているみたいだな」
「はい。院の方たちはとても良くしてくださっています。最初は、あのころのことを思い出して眠れなかった日もあるのですが……今は皆さんのおかげで、心は満たされています」
 両手を握り、祈りの姿勢をとりながらマリアは静かに言った。アランとヘンリーは深くうなずく。
「あっちに残した人たち、世話になった人たち。ホントは俺たちも祈りのひとつでも捧げるべきなんだが、すまんな。君に任せるようなことをして」
「とんでもないですわ。これが私の使命と心得ていますから。それに」
「ん?」
「祈っていたのは、監獄の方々に対してだけではないのですよ。ヘンリーさんたちが無事に過ごせるように、そしてまた再びお会いすることができるように、と……」
 彼女は視線を逸らした。マリアだけでなく、ヘンリーも赤面して言葉を失う。
「なるほど。彼には清らかな乙女の加護があったのですね。少し見直しました」
 ピエールが深くうなずきながら言う。マリアが小首を傾げた。
「そういえば、こちらの方は? 魔物のようにも見えますが、邪気が感じられませんし」
 彼女は警戒する様子がない。アランが紹介するより先に、ピエールが姿勢を正して名乗った。
「貴女は慧眼の持ち主ですね。私はピエール。我が主、アランの剣であり盾である騎士です。以後、お見知り置きを」
「まあ」
 驚いた様子のマリアに、ヘンリーは胸を張った。
「アランは世にも珍しいモンスター使いなのさ。こいつの力で邪気を払った魔物と一緒に旅をしている。ほら、さっきの女の子が抱えてた奴ら。あれもそうだよ」
「魔物の邪気を払う……まるで神の御技のようですわ。アランさんには不思議な力があると感じていたのですが、このことだったのですね。とても素晴らしいことだと思います」
 純粋に尊敬のまなざしを受けて、アランは頬をかいた。
 それから三人は久方ぶりに時間を忘れて話し込んだ。このところつらいことが続いていたヘンリーも、マリアと触れ合うことで活力を取り戻したようだ。
「あらあら。ずいぶんと盛り上がっていること」
 気が付くと、院長がこちらに歩いてくるところだった。手には一冊の古書を持っている。マリアが立ち上がって礼をした。
「申し訳ありません、シスター」
「よいのですよ。咎め立てしているわけではないのですから。これまで檻にとらわれていた分、あなたはもっと笑う権利があるのです」
 院長はアランたちのそばに来ると、持っていた本を開いた。
「お待たせしました。こちらがその記載になります。『神の塔』について、詳しく書いてありますわ」
 アランは分厚い本を手に取る。少しだけ眉をひそめた。奴隷時代に読み書きを習ってはいるものの、目の前にある書物は難解そのもので、とてもアランの知識では太刀打ちできない。それは幼年時代から遊び回っていたヘンリーも同じのようで、彼はもっとはっきりと顔をしかめていた。
 院長が微笑む。
「かいつまんで説明しましょう。神の塔は我々シスターが己の信仰を試すための試練の場。その扉は固く閉ざされ、力だけではびくともしません。道を開くことができるのは清らかな心で神に信仰を誓った乙女のみ……ゆえに神の塔は、私たちにとって特別な場所なのです」
「清らかな、乙女。ということは、僕たちは中に入ることができないのですか?」
「残念ながら、乙女の祈り以外の方法で神の塔へ入る術は記載されていません」
「参ったな……神の塔の扉を開けられる人間をこれから捜すのも手間だし、仮に見つかったとしてもそんな人を危険な場所に引っ張り回すわけにもいかないし……」
「お二人とも、神の塔に何か……?」
 マリアが首を傾げる。その表情が若干の不安に染まっていた。アランとヘンリーはしばし逡巡し、彼女に事情を話した。ラインハットの経緯まで聞き終えたマリアは、ふいに表情を引き締めた。
「――だから僕たちはここにいる。でも大丈夫。きっと何とかするから……って、マリア?」
 アランたちが怪訝そうに見つめる先で、彼女は、すっ、と背筋を伸ばした。
「私が行きます。行かせてください」
 たおやかな彼女からは想像もできないような、凛とした宣言だった。

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