小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>


 無事、鏡を手に入れた一行は神の塔を降り始めた。
 鏡を布でくるんで大事に抱えたアランを、ヘンリーとマリアが労う。特にマリアはしきりにアランを讃え、彼を恐縮させていた。
 主を驚きの目で見ていたのは仲間モンスターたちも同様だ。彼らは皆それぞれの思いで主の後ろ姿を見つめた。そして人間には理解できない、彼らだけの言葉で談笑を交わす。
 例えば、こんな風に――

「やっぱりアランはすごいね」
 ぴょんぴょんと跳ねるように歩きながらスラリンが言った。スラリンの言葉にうなずくように、彼と仲の良いドラきちが頭上を旋回する。
「キキッ」(おいら、最初はドキドキだったけどなっ)
「そうだねー。落ちたらどうしようかと思った!」
「ギャッギャッ」(僕の出番がなくて良かった)
 コドランが胸をなで下ろすように言うと、メタリンが呆れた。
「あんたたち……相変わらず暢気ね。こっちは生きた心地がしなかったってのに」
「クルルル」(あら。あなたも誰かの心配をすることがあるのね)
 クックルがからかうようにこつこつとメタリンの頭をこづく。彼女はむっとしたようにクックルのくちばしを払いのけた。
「べ、別にそんなのじゃないわよ! ただ、アランの奴が簡単に落ちちゃったら、あたしたちこれからどうしたらいいかわかんなくなるじゃない。スラリンたちを路頭に迷わせるわけにはいかないもの」
(あらあら。ま、いいわ。わたくしはアラン様なら大丈夫と思っていたけれどね。それにマリアお嬢様が無茶をされなかったから、ほっとしたわ)
「あんたは相変わらずあの女びいきなのね」
(あの方は素敵よ。とても美しいし、わたくしを優しくなでてくれるもの)
「ふーん。じゃ、いつも隣にべったりのヘンリーがジャマなんじゃないの? あんた。いっそぶっ飛ばしちゃえば?」
(わたくしは淑女だからそんな野蛮な考えは持ちません)
 きっぱりとクックルは言う。メタリンはむくれた。
 賑やかな仲間をよそに、騎士ふたりは一行の最後尾を黙々と歩いている。
「さすが我らが主。ですが、これで終わりというわけではありませんね」
 ピエールのつぶやきに、サイモンが重々しくうなずく。そして人間には聞こえない『声』で反応を返した。
(初めてお逢いしたときから型破りな方だと思っていたけれど、これほどとは思わなかったわ。あの方はいつもこうなのかしら、ピエール殿?)
 ――もしその声をヘンリーが耳にすることができていれば、凛々しく落ち着いた女騎士の姿を思い浮かべて驚くことだろう。
 ピエールは首肯する。
「まさに。サイモン、貴女こそ、アランのそのような気性を見抜いたからこそ、戦わずして我らが陣営に加わろうと思ったのではないですか?」
(そうね。あの方なら私たちの願いを聞き届けてくれる。そう直感したのは確か。もっとも)
 サイモンはちらりと背後を見る。
(あの子はなかなか打ち解けられずにいるけれど)
 あの子――サイモンの側でふよふよと頼りなげに浮いているホイミンは、まだ不安そうな目をしていた。
(ね、姉さん。本当に鏡を取っちゃったけれど、大丈夫、なのかな……?)
(むしろ大変なのはこれからよ、ホイミン。これから主(あるじ)様(さま)は、あの鏡を使い巨悪を滅ぼそうとされている。貴方の力は必ず必要となるわ)
 サイモンは言う。彼女はアランのことを『主様』と呼ぶようにしていた。
(ぼ、ぼく……あんまり戦い、自信ないよ……)
(安心なさい。もう貴方を守る者は、私ひとりだけではないのだから)
「ええ。そうです」
 サイモンの言葉にピエールがうなずく。さらにその隣でとことこと歩いていたブラウンもまた、うなずきのかわりに自らの武器を勢いよく立てた。
「あの騒がしい連中より、君はまし」
(あ、ありがとう)
「それにしてもホイミン、サイモン。貴方がたはなぜ、神の塔のモンスターたちから目の敵にされていたのですか?」
(一言で言えば、異質だったから)
 サイモンは語った。
 神気の漂うこの塔では、時折サイモンやホイミンのように邪気をあまり持たないモンスターが生まれるという。そうしたモンスターは往々にして、神の塔から強い力を得ることができたそうだ。放置すれば自分たちの縄張りどころか、存在自体が危うくなる――そんな危機感をここに棲む多くのモンスターは抱いていて、しばしば衝突していた。
 幸い、というべきか、そうしたモンスターが生まれる数は非常に限られていたから、モンスターは数を頼りに、邪気の乏しいモンスターを寄ってたかって滅ぼしていたのだ。それがここ、神の塔に棲まう彼らの悪習として根付いていた。
 偶然ほぼ同じ時期に生まれたサイモンとホイミンは、邪気のない者同士、人間で言うところの姉弟のような関係でずっと暮らしてきた。だが付近に棲むモンスターたちは力の強いサイモンを襲わず、もっぱら気弱で戦闘も不得意なホイミンを執拗に狙い続けた。そのことに我慢ならなくなったサイモンは、ついに同種族の者たちを相手どって戦いを繰り広げた。それがあの場面だったというわけだ。
(このままここにいれば必ず同じ事が起こる。だから私は主様に感謝しているの。私たちを塔の外に導いてくれるだけじゃなくて、居場所まで与えてくれたのだから)
「貴女なら、その剣で十分に恩返しが可能でしょう。サイモン。もちろんホイミン、貴方も」
 ピエールに視線を向けられ、ホイミンは空中で照れた。それを見たサイモンは言う。
(ついでにこの子の性格も、もう少し明るくなればいいのだけれど。目下、私の心配事はそれね)
 兜だけで表情はわからないものの、サイモンは微笑みの感情を滲ませるのであった。
 

-150-
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える




ドラゴンクエストVのあるきかた
新品 \1300
中古 \109
(参考価格:\1300)