無事、鏡を手に入れた一行は神の塔を降り始めた。
鏡を布でくるんで大事に抱えたアランを、ヘンリーとマリアが労う。特にマリアはしきりにアランを讃え、彼を恐縮させていた。
主を驚きの目で見ていたのは仲間モンスターたちも同様だ。彼らは皆それぞれの思いで主の後ろ姿を見つめた。そして人間には理解できない、彼らだけの言葉で談笑を交わす。
例えば、こんな風に――
「やっぱりアランはすごいね」
ぴょんぴょんと跳ねるように歩きながらスラリンが言った。スラリンの言葉にうなずくように、彼と仲の良いドラきちが頭上を旋回する。
「キキッ」
「そうだねー。落ちたらどうしようかと思った!」
「ギャッギャッ」
コドランが胸をなで下ろすように言うと、メタリンが呆れた。
「あんたたち……相変わらず暢気ね。こっちは生きた心地がしなかったってのに」
「クルルル」
クックルがからかうようにこつこつとメタリンの頭をこづく。彼女はむっとしたようにクックルのくちばしを払いのけた。
「べ、別にそんなのじゃないわよ! ただ、アランの奴が簡単に落ちちゃったら、あたしたちこれからどうしたらいいかわかんなくなるじゃない。スラリンたちを路頭に迷わせるわけにはいかないもの」
「あんたは相変わらずあの女びいきなのね」
「ふーん。じゃ、いつも隣にべったりのヘンリーがジャマなんじゃないの? あんた。いっそぶっ飛ばしちゃえば?」
きっぱりとクックルは言う。メタリンはむくれた。
賑やかな仲間をよそに、騎士ふたりは一行の最後尾を黙々と歩いている。
「さすが我らが主。ですが、これで終わりというわけではありませんね」
ピエールのつぶやきに、サイモンが重々しくうなずく。そして人間には聞こえない『声』で反応を返した。
――もしその声をヘンリーが耳にすることができていれば、凛々しく落ち着いた女騎士の姿を思い浮かべて驚くことだろう。
ピエールは首肯する。
「まさに。サイモン、貴女こそ、アランのそのような気性を見抜いたからこそ、戦わずして我らが陣営に加わろうと思ったのではないですか?」
サイモンはちらりと背後を見る。
あの子――サイモンの側でふよふよと頼りなげに浮いているホイミンは、まだ不安そうな目をしていた。
サイモンは言う。彼女はアランのことを『主様』と呼ぶようにしていた。
「ええ。そうです」
サイモンの言葉にピエールがうなずく。さらにその隣でとことこと歩いていたブラウンもまた、うなずきのかわりに自らの武器を勢いよく立てた。
「あの騒がしい連中より、君はまし」
「それにしてもホイミン、サイモン。貴方がたはなぜ、神の塔のモンスターたちから目の敵にされていたのですか?」
サイモンは語った。
神気の漂うこの塔では、時折サイモンやホイミンのように邪気をあまり持たないモンスターが生まれるという。そうしたモンスターは往々にして、神の塔から強い力を得ることができたそうだ。放置すれば自分たちの縄張りどころか、存在自体が危うくなる――そんな危機感をここに棲む多くのモンスターは抱いていて、しばしば衝突していた。
幸い、というべきか、そうしたモンスターが生まれる数は非常に限られていたから、モンスターは数を頼りに、邪気の乏しいモンスターを寄ってたかって滅ぼしていたのだ。それがここ、神の塔に棲まう彼らの悪習として根付いていた。
偶然ほぼ同じ時期に生まれたサイモンとホイミンは、邪気のない者同士、人間で言うところの姉弟のような関係でずっと暮らしてきた。だが付近に棲むモンスターたちは力の強いサイモンを襲わず、もっぱら気弱で戦闘も不得意なホイミンを執拗に狙い続けた。そのことに我慢ならなくなったサイモンは、ついに同種族の者たちを相手どって戦いを繰り広げた。それがあの場面だったというわけだ。
「貴女なら、その剣で十分に恩返しが可能でしょう。サイモン。もちろんホイミン、貴方も」
ピエールに視線を向けられ、ホイミンは空中で照れた。それを見たサイモンは言う。
兜だけで表情はわからないものの、サイモンは微笑みの感情を滲ませるのであった。