小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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「ギャア、ギャア!」
 コドランが鳴く。彼が指し示す方向を、アランは目を細めて見た。
「あれが」
「真実を映し出す鏡」
 マリアも息を呑む。彼らの視線の先には、外光を受けて神秘的に輝く一枚の丸鏡が鎮座していた。小型だが壮麗な装飾が施された祭壇に、その鏡は不思議な力で浮かんでいる。まるでこちらをじっと見つめているような静かな威厳が伝わってきた。
 ――サイモンとホイミンを加えた一行は、その後も順調に神の塔を登ることに成功していた。さまようよろいであるサイモンの戦闘能力はさすがの一言で、幅広の長剣が放つ一撃はまさに必殺の威力を持っていた。とりわけピエールとの息はぴったりで、初めて組んだとは思えないほどの連携を見せている。やはり同じ騎士として通じ合うものがあるのだろう。またサイモンに付き従うホイミンも、その豊富な精神力で一行の傷を癒し続け、アランの負担をかなり低減させた。もっとも気弱な性格が災いしてか、彼はなかなか一行の輪に加わろうとしなかったが。
 大所帯となった一行はいくつかの戦闘を経て、ついに神の塔の最上階と思しき場所に辿り着いたのである。
「さて」
 ヘンリーが腕を組み、渋面を浮かべながら言った。
「あとはどうやってあの鏡を取るか、だな」
「そうだね……」
 アランはうなずく。マリアは怖々と通路の先を見ていた。
 鏡を前にして一行が足を止めていることには意味があった。最上階に繋がる階段から鏡までは一本の大きな通路で繋がっている。モンスターの陰もなく、非常に見晴らしの良い場所である。
 しかし、この鏡までの道に大きな障害があった。
「な、何よコレ」
「ホントに道がないよぉ……」
 メタリンとスラリンがか細い声を出す。その後ろでは「困りましたね」とピエールが呟いていた。
 最上階の通路、その途上が完全に切り取られ、大きな空間となっていたのだ。人の足は元より、仲間モンスターの脚力をしても届かないほど遠くに対岸があり、その更に奥に鏡が鎮座するという形だった。
 コドランやドラきち、ホイミンといった空を飛べる仲間に運んでもらうことを考えたが、鏡は一抱えほどもある大きなものである。重さもかなりのものだろう。元はモンスターである三匹が伝承の鏡に何事もなく触れることができるかどうかも疑問だった。
 この塔にいたサイモンやホイミンに聞いてみるが、彼らはそもそもここまで来たことがないため、よくわからないと言う。良い手が思いつかない一行は、仕方なくこうして立ち止まり、頭を捻っているというわけだ。
「これも神の塔の試練ってやつなのかな」
「試練……」
 座り込んでがしがしと頭をかき始めたヘンリーの横で、マリアが顎先に指を当てて考え込んでいた。それから意を決したように口を開く。
「あの、ヘンリーさん、アランさん。よろしいでしょうか」
「どうしたんだい、マリア?」
「修道院を出発するとき、シスターが仰っていたこと、覚えていますか?」
 アランとヘンリーは顔を見合わせる。
 ――神の塔は試練の場であり、同時に神の世界に最も近い場所とも言われています。目の前のことに囚われてしまえば、神の塔は道を示してくれないでしょう。確固たる信心を持って進むこと、それをゆめゆめお忘れなきよう……。
「確か、そのようなことを仰っていたよね」
「はい。私、思うのですが、『確固たる信心を持って進む道』こそ、この場所ではないかと」
「お、おいおい! まさか進めってのか、あの何もないところを!?」
「ですから、私が――」
「駄目だ駄目だ! マリア、君にそんな危ないことさせられるか!」
「でも、このままでは!」
 言い争いを始めそうになった二人をアランは制する。彼は静かに言った。
「僕が行くよ」
「アランさん……」
「またお前はそんなことを」
「もちろん対策はするよ。空が飛べるコドランたちにも見ててもらう。けど、僕は大丈夫なんじゃないかって思っているよ。きっとマリアの推測は当たってる」
「しかしなあ……あー、もうっ! わかったよ。ったく、お前の『大丈夫』って台詞を聞くとこっちの調子が崩れてしかたない」
 アランは笑った。それから仲間たちと協力し、手持ちの布や壁に繁茂していた蔓などをつなぎ合わせ、簡易の命綱を作った。それを腰に巻き付け、アランは道の突端に立つ。
 鏡を真正面に見据えた。
 ――何かが、表面に映っている。
「……アラン?」
 すぐ後ろで命綱を握っているピエールが怪訝の声を上げた。アランは無言のまま首を振り、それから微かに微笑んだ。
 鏡に映っていたのは、かつて何度も何度も追いかけた父の背中。まるでアランの誓いを具現化するように、鏡に映ったパパスはアランを振り返った。
 ――恐怖も迷いも、それで消えた。
 アランの足は自然と一歩を踏み出していた。固い石畳とは違う、柔らかな空気の層を感じる。
「おお……」
 仲間たちが静かにどよめく。
 アランは確かな足取りで一歩ずつ、何もない空中を歩いていた。その間、彼は一度も周囲を見回すことなく、ましてや足元を気にするそぶりさえ見せず、対岸の地を目指してまっすぐに進んだ。
「ヘンリーさん、アランさんって、本当にすごい方ですね……」
 ふと、マリアがつぶやいた。
「神の塔の扉を開いたことで、私、少し慢心していたのかもしれません。もし、私が同じようにしていたら、神の塔は私を認めなかったかもしれません」
「きっとあいつにしてみりゃあ、特別なことなんて何もしちゃいないのさ。自分の信じた道を進み、自分の心に従って生きる。それがアランって男の凄さなんだと俺は思う」
 真剣な表情で親友の後ろ姿を見守るヘンリーを、マリアは慈愛の微笑みを浮かべて見つめた。
「私は、そのようにアランさんのことを理解されているヘンリーさんもすごいと思います」
「よせやい。俺はどこにでもいるただの人間だよ。ただ毎日を踏ん張って生きているだけさ」
「では、私と同じですね」
「……今日のマリアはなかなか言うな」
「ふふ。きっと皆さんの影響です」
 そのとき仲間たちの歓声が聞こえ、二人は顔を上げた。彼らの視線の先では、対岸に辿り着いたアランが手にした鏡を高々と掲げたところだった。

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