小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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「いなくなった……って、どういうことだ?」
「そのままの意味」
 怪訝な顔を浮かべるヘンリーにブラウンは答える。何者かが彼女を解放し、牢の中はもぬけの空になっていたらしい。しかも見たところ、牢のカギは開けられていたが出入り口はきちんと閉じられていたという。
 しばらくすると、今度は空からドラきちが姿を現した。ブラウンと同じく、血相を変えている。
「キキッ、キキ!」
「『たいへんだ、太后が二人。とっくみあいのケンカのしている』、彼はそう言っています」
 ピエールが通訳した。ますます眉をしかめるヘンリー。
「ちょっと待ってくれ。訳がわからない。義母上は地下牢に閉じこめられていたんじゃないのか?」
「そうですね。しかし、暢気に状況を確認する暇はないかもしれません」
「どうしてそう思う?」
「わかりませんか?」
 逆に聞き返され、ヘンリーは視線を彷徨わせた。そしてすぐに、ピエールの言わんとしていることに気づく。
「まさか……正体がばれるのを恐れた偽物が、義母上を……!」
「あり得ます。ドラきちは、デール国王がひどく混乱していると伝えています。実の息子にも看破されない、つまり、誰が本物の大后陛下なのか見破れる者が、今はいないということです。敵はこれを機に一気に手を下す腹づもりなのかもしれません」
「まずい。それはまずいぜ……!」
「ええ。ですが、これは逆に考えればまたとない好機です」
 魔物の騎士は主を見つめた。彼と、そしてその隣にいるサイモンはすでに剣を抜き、いつでも戦闘に入れる態勢になっていた。
 アランはゆっくりと自分の考えを言う。
「本物と偽物が揃っているのなら、その場で正体を暴いて見せればよい。僕たちはそのための手段を持っている」
「その通りです」
「暢気に隠れながら進む場合じゃなくなったみたいだね」
 仲間たちに向き直る。
「ヘンリー、皆。こうなったら正面突破だ。通路を塞いでいる兵士を押しのけて、一刻も早くデールのもとへ向かおう」
「進言します。わざわざ城内の通路を通るような迂遠な真似をせずとも、良い方法があります。ブラウン、サイモン」
 ピエールが二匹に呼びかける。すると彼女らは意図を察し、各々の武器を構えて散った。中庭に植えられた巨大な樹々の前で立ち止まる。ヘンリーが「おい、まさか」とつぶやいた。
 その直後。
「ふんっ!」
 ――一撃。一閃。
 ブラウンとサイモンの渾身の攻撃を受けた樹は、根本からへし折れた。ゆっくりと倒れる梢の先を見届け、ピエールがするりと前に出る。彼は剣を天に掲げ、高らかに呪文を唱えた。
「――、イオ!」
 城壁を抉る爆発。
 傾いだ梢の先は、ピエールの爆発呪文(イオ)でできた城壁の穴にはまりこんだ。
 石つぶてがぱらぱらと降り注ぎ、噴煙が胸元まで吹き上げる中、アランたちの前に何とも荒々しい生木の坂橋ができあがった。
「上階への通路ができました」
「お、お前ら。何て無茶を……」
 しれっと報告するピエールに開いた口がふさがらないヘンリー。ここまでの大胆な行動は予想していなかったのだろう。だがもちろん、彼らには呆けている時間などない。親友の肩を叩き、アランは駆けだしていた。
「行くよヘンリー。時間は、そんなに残っているわけじゃない」
 比較的大きな背嚢を背負っているにも関わらず、彼は身軽な仕草で大木の橋を走り上がっていく。その後ろからピエールを始めとした仲間たちも続いた。
「今の爆発で、おそらく城内の者は警戒するでしょう。取るに足らないとは思いますが、ご用心を」
 すぐ後ろにぴったりとついたピエールが助言する。するとそこへクックルがやってきて、アランの肩を軽くつついた。乗って、と言っているらしい。アランは有り難く言葉に甘えた。
「ありがとう。ヘンリー、クックルに乗っていこう! いけるかい!?」
「当たり前だ! ……クックル、少し我慢してくれよな」
「クルックゥ」
 仕方ないな、とばかり彼女は鳴いた。同時に器用な仕草でアランとヘンリーはクックルの背に飛び乗る。途端に頬を過ぎる風が強くなった。クックルが一気に加速したのだ。
 真正面にテラスが見える。そこで言い争う二人の女性と、ひどく険しい表情をうかべたデールの姿を認めた。周囲には数人の兵士と大臣しかいない。
 仲間モンスターたちをひきつれたアランは、駆け抜ける勢いそのままに号令を発した。
「僕が偽太后の正体を暴く! 皆は国王たちを守れ! 全員、突入!」
「う、うわあっ!?」
 アランたちの突撃に気づいた兵士の一人が悲鳴を上げた。その場にいた者たちがいっせいに振り返る。誰もが皆驚愕の表情を浮かべる中、ただひとりデールだけは満面に喜色を浮かべた。
「ヘンリー兄さん! 来てくれたんだね!」
「デール、無事か!」
 クックルから飛び降りたヘンリーがデールの前に降り立つ。兄弟は互いの無事を喜び合うと、すぐに表情を引き締めた。
 現国王とその義兄が並び立つ光景に、周囲の者たちがざわめきたつ。その声は、続いてやってきた仲間モンスターの群れを見てさらに大きくなった。
 ヘンリーは素早く身振りで示す。
「者ども下がれ! ここは危険だ!」
「こ、これは一体……」
「ヘンリー……あのヘンリー王子か!? なぜここに!? あの方は十年以上も行方知れずだったはず……」
「も、もしやこの奇っ怪な状況も奴らが……?」
「静まれ! 皆、静まるが良い!」
 デールが一喝する。青年国王の澄んだ声に兵士や大臣たちの動きが止まる。なおもデールはアランたちを擁護した。
「この者たちは私の友人、信頼の置ける存在である。ここは彼らの指示に従うのだ!」
 さすがに最高指導者の言葉は無視できないのか、周囲の兵たちの動揺は収まっていく。デールはヘンリーに耳打ちした。
「これでいい、兄さん?」
「上出来だ」
 微かに笑ってヘンリーが答える。彼の視線の先には、背嚢を片手にしたアランが佇んでいた。彼は静かにテラスの先を見据えている。
 全員の視線が、自然とアランの見つめるものに集中する。
 瓜二つの外見をした、二人の太后に――

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