小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 きらびやかな衣装。
 豪奢に結い上げた髪。
 刃物のように鋭い目。
 すべてがうり二つの彼女らは、今にも噛み付きそうな表情で睨み合っているところだった。
「デ、デール! この者たちは一体何なのです!」
 太后の一方が叫ぶ。残ったもう一人は何かを言いかけて、ぐっと口をつぐんだ。
 険しい表情のまま、太后の一人はアランたちを指差した。国王であるはずのデールの指示を無視するように告げる。
「衛兵たち、何をしているのですか。早くひっ捕らえ、妾の前からこやつらを追い払うのです」
 それからぐるりと、もう一人の太后に向き直った。
「もちろん、この不届きな偽物も同様。この者には特別厳しい罰を与えるのです」
「……」
 沈黙。兵士たちはいまだ戸惑いの表情を浮かべたまま動かない。
「ええいっ!」
 太后は忌々しげに声を荒げた。それから刺すような視線でデールを、そして周囲に控える兵士たちを睨んだ。
「そなたたち、妾に逆らえばどうなるかわかってるのか? 一族郎党、みな日の目を見ること叶わなくなるでしょう。デール、あなたもあなたです。可愛い我が子ながら、あまりに無責任な態度。これは少し教育をし直さなければなりません」
 ――おそらく、太后の恐ろしさはこの場にいる誰もが肌身で知っているのだろう。皆、凍てつく空気に包まれたように体を硬直させ、目線を伏せた。デールは怒りと迷いを混在させた表情で、母と名乗る女を見据えている。
 アランはゆっくりと太后の前に進み出た。そしてちらと、もうひとりの太后を見る。彼女は静かに瞑目し、数歩、もう一人の太后から距離を取った。まるでアランにすべてを任せると言うように。
「何なのです、そなたは」
 アランを前にした太后は不機嫌そうに眉をしかめる。自らの恫喝にもまったく動じないアランに不快感を抱いているようだった。
 アランは答えない。険しい表情のまま、彼は背嚢に手を入れた。中から出てきた鏡を見て、太后の表情が強張る。
 怒りを腹の底に秘め、アランは静かに告げた。
「こうして前に立つとわかる。貴女からは、邪気がする」
「なんですって……何と無礼な!」
「無礼かどうかは、この鏡が示してくれる」
 言うなり、アランは鏡を高々と掲げた。陽光を吸い込み、鏡面は周囲の景色をはっきりと映し出した。しかし、そこに映るべき太后の姿はない。
 あるのはただ、黄土色に膨らんだ醜い魔物の姿――
「鏡よ。魔物の正体を暴き、真実を映し出せ!」
 直後。
 鏡はまばゆい輝きを放ち、目の前の太后を包み込んだ。
「きゃあああああ……ががががぐぐぅぅぅ……!」
 絹を裂くような悲鳴が、次第に野太く低い唸り声へと変わっていく。アランが鏡をしまっても、太后の変化は止まらなかった。
 豪奢なドレスを内側から引きちぎり、太后の体はどんどん横に膨らんでいく。ドレスの切れ端と、その下から現れた鎧のように無骨な皮膚が、不均衡な服飾となってその姿を際だたせる。豪奢な髪は何日も陽光に焼かれたように縮れ、不気味にうねっていた。そしてついに、太后は魔物の姿となって皆の前に姿を現した。
 どよめきが走った。息を呑み、衝撃を隠せないデールの肩を叩き、ヘンリーがアランの元まで駆け寄った。そして手にしたくさりがまの刃を突きつけ、怒声を上げた。
「貴様が義母上に化けてやがった野郎か……! 許さねえ!」
「ぐぐぐ……まさか我が変化が破られるとは」
 悔しそうに偽太后は歯噛みする。醜く崩れた顔貌に怒りの表情が浮かぶ。それはまるで、岩の表面に粘土を無造作に貼り付けたような、とても人のものとは呼べない姿だった。
「愚かで世間知らずな国王を傀儡とし、この国の実権を握る算段だったが……ええい、面倒だ。この場で全員食らってくれる!」
「アラン、来ます。ご注意を」
 側にたったピエールが鋭く警告する。腹に響く絶叫を上げた偽太后は、その巨体からは想像もできないほど俊敏な動きで突進してきた。
 右手の爪が伸び、横凪ぎに振う。アランたちは何とか躱すが、偽太后は突進の勢いそのままに壁に向かって突っこんでいく。近くにラインハットの兵士たちが数人、悲鳴を上げながら吹き飛ばされた。
「ホイミン! クックル! スラリン! 皆を安全なところへ。ブラウン、君は彼らの護衛をしてくれ。残りは全員、僕に続けっ!」
 アランの号令に仲間たちは素早く反応する。苛立たしげに偽太后は吼えた。
「小僧! そして魔物でありながら人間についた裏切り者ども! この場で全員滅ぼしてくれるわっ!」
「けっ! やれるもんならやってみやがれ、このデカブツが! 言っとくが、こっちは貴様に負ける気なんかさらさらねえんだよっ。必ずぶっ倒す!」
 ヘンリーが吼え返した。アランは鋼の剣を抜き放ち、偽太后に突きつけた。腹の底から声を絞り出す。仲間たちは鬨の声で応じた。
「突撃ぃっ!」
「がああああっ!」
 アランたちの咆哮と偽太后の絶叫が真正面からぶつかりあった。

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交響組曲「ドラゴンクエストV」天空の花嫁
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