小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 ラインハットを散策しよう――それがヘンリーの第一声だった。
 訝しみと同時に、胸の奥に確かな予感と不安がよぎり、それでも表面上は快諾をして、アランはヘンリーとともに街へと繰り出した。供をすると言うピエールたちの申出も断り、二人だけで城門を出る。
 偽太后が倒され、ラインハットを覆っていた邪気が晴れたといっても、すぐに街に活気が戻るわけではない。だがヘンリーは目抜き通りを歩きながら、「ここにはこういう店があったんだよ」とか、「よくここに来たんだよな」とか、「あれは今はないのかなあ」といった話をアランに振ってくる。アランはそのひとつひとつに丁寧に相づちを打った。気さくな口調の中に、「必ず賑わいを取り戻す」という彼の決意を感じ取ったからだ。
 二人はさらに路地の奥に入る。すでに太陽は天頂を越えているためか、裏路地には濃い影が差しこんでいる場所があった。口数の減ったヘンリーの後ろをアランは歩く。
「そういえばさ」
「あん?」
「この先に、教会ってなかった?」
「よく知ってるな」
「うん。話したかな? 子どもの頃、父さんに連れられてラインハットに来たときに、その教会に勉強に来た女の子たちに逢ったんだ。とても可愛い子たちでね。その前にも一度逢ったことがあったんだけど、お互いすごくびっくりして」
「おいおいアラン。お前、アルカパの美人幼馴染だけじゃなくて、他にも女の知り合いがいたのかよ。なんだ、ちゃんと上手くやってんじゃねえか」
「言うと思ったけど、そういうんじゃないよ。ただ」
 ヘンリーの隣に並び、その肩をぽん、と軽く叩いた。
「僕にとってもラインハットはいろんな思い出が詰まった大切な場所。それが言いたかった」
 ヘンリーは口をつぐんだ。しばらく空を見上げ、彼はぽつりと「そっか」とつぶやいた。
 それから二人は廃墟となった宿屋に向かった。ジュディとカイルの姉弟に出会った、あの場所だ。
 正面玄関にあたる場所まで出るが、彼女らの姿はない。寝床を変えたのかなとアランが思っていると、背後で彼らを呼ぶ声がした。
「アランお兄さん! ヘンリーお兄さん! わあ、戻ってきたんですね!」
「おにーちゃーん」
「ジュディ。カイル」
 アランたちは振り返った。食べ物が入った麻袋を抱え、ジュディとカイルが連れだって歩いてくる。その身なりは以前見た時よりも若干小綺麗になっていた。
「武器屋のお爺さんが私たちを引き取ってくれたんです」
 理由を尋ねたアランたちに、ジュディはそう答えた。その表情は溢れんばかりの生気と喜びに満ちていた。アランとヘンリーは視線を交わし、微笑みあった。
 ヘンリーはカイルの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「約束、ちゃーんと守ったみたいだな」
「うん。ぼく、お姉ちゃんまもったよ」
「そっか。偉いぜ。俺もな、約束が守れたからお前に言いに来たんだよ」
 首を傾げるカイル。アランの側に来たジュディが尋ねた。
「何だかヘンリーお兄さん、雰囲気が少し変わりましたね。何かあったんですか」
「……約束を守ったから、かな」
「約束? 確か、偽太后をぶっ飛ばして、この国を良くするって……ま、まさか!?」
「ラインハットを蝕む邪気は消えた。だから変わるよ。彼がいれば」
 アランは静かに言う。その言葉が持つ重さをひしひしと感じた。ジュディはアランの様子に気づいたのか、心配そうに服の裾を握った。


 ジュディたちに別れを告げ、アランとヘンリーは城に戻った。すでにデールから何かしらの通達があったらしく、城内を歩く破落戸(ごろつき)の数は格段に減っていた。すれ違う兵士の中にはアランたちに敬礼をする者までいた。
 ヘンリーの口数はまた減っていた。ただ、どこかに連れて行きたがっていることには気づいていた。アランもまた黙って彼の後に続く。
 ヘンリーは城の主立った通路から外れると、使用人たちが使うような細い通用路を抜け、さらにいくつかの小部屋を抜けて、とにかく上へ上へと進んでいった。
 やがて、一枚の頑丈な小扉の前までやってくる。錠がかかるようになっていたが、今は壊れてその用を為していない。
「へへ。十年前と変わらないでやんの」
 つぶやき、ヘンリーは扉を開ける。その先には――ラインハットの全てが広がっていた。
 巨大な街がその外縁まで見える。目抜き通りはやはり大きく、街を出て遙か先の草原に続いていく様子まではっきりと視界に捉えることができた。峻厳な山々が街を守る盾のように広がり、寄り添う大河が大動脈のように雄々しく流れていた。風は肌に心地良いほどに強く、傾きかけた陽光がアランたちだけでなく街全体に複雑な陰影を作っていた。
「ここは昔、見張りに使われていた小テラスなんだ。ラインハットで最も高いところにある。そして、俺のとっておきの場所さ」
「すごい。すごいね」
「ここに誰かと一緒に来るのは初めてなんだ。感謝しろよ」
 感嘆しきりのアランに、ヘンリーが言う。
「なあ、アラン」
「なんだい?」
「その」
 口ごもり、うつむく。風に煽られ、彼の髪がさわさわと揺れた。
「……デールってさ、ああ見えて結構抜けたところがあるんだ。大事に育てられたせいかな。逆境に弱いっつーか。その点、俺はいつも叱られ役だったし、奴隷生活だって経験したし……いや、だからと言って俺にできることなんてどの程度なんだよって気もするしよ。それと比べりゃ、アランとつるんであっちこっち世界を旅する方が性に合ってるんだよなあ。どう思うよ、アランは」
「違うだろ、ヘンリー」
「え?」
「君はもう、自分で答えを見つけてる。それなのに自分に言い訳するのは君らしくない」
 アランは手すりに肘を立て、微笑んだ。
「言っちゃいなよ」
「はは……まいったな」
 頭を掻き、ヘンリーは苦笑した。それからしばらく夕焼けの空と街を見つめていたが、やおら「よっしゃあああああっ!」と叫んだ。
「俺は帰ってきた! やることができた! 俺はこの国で生きていく!」
 そしてアランを振り返る。
「だから、ここでお別れだ。アラン!」
「…………うん」
「何だ何だ。言えって迫ったのはお前だぜ? そんな泣きそうな顔すんなよ!」
「ヘンリー、君だって」
「これは西日が目に入っただけだ。問題ナシ!」
 互いの顔を見て、吹き出す。腹の底から笑い合った。笑い続けた。そしていい加減疲れて声も細くなったときに、再び互いの顔を見た。
「……世話になったな、アラン」
「僕の方こそ。それに、これが今生の別れってわけじゃないさ。ラインハットで、いつでも逢える」
「ああ。そうだ。そんときにゃ、もうちょいマシになったラインハットを見せてやるよ」
「期待してる」
「おう。お前も、必ずパパス殿のご遺志を果たすんだぜ」
 すっ、とヘンリーが拳を突き出した。アランも微笑み、拳を突き合わせる。こつん、と軽く触れ合った。それで十分とばかり、二人は声を揃えた。
「頑張れ、親友」

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