小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 偽太后は倒された。
 魔物を率いる長が消滅したことにより、偽太后が呼び寄せたがいこつへいも完全に姿を消し、二度と現れることはなかった。
 大きく息を吐き、アランは空を見上げる。ゆったりと流れる雲が鮮やかな蒼穹に映えていた。ラインハットを覆う澱んだ空気は一掃された。
 避難していたデールたちも無事な姿を見せ、ヘンリーと喜びを分かち合っていた。保護された本物の太后も、やや離れたところで兄弟の抱擁を見つめている。その視線からはかつてのような刺々しさを感じなかった。
 彼らの様子を眺め、アランは穏やかな表情でほほえむ。
「終わったね」
 感慨を込めてつぶやく。
 すると、デールが兵たちを引き連れてアランの前にやってきた。しっかりと前を向いた彼の表情は、青年王にふさわしい決意と熱意にあふれていた。かつて母の側で萎縮していた少年の姿はもうない。
 デールがその場に跪く。
「アラン殿。此度の偽太后討伐、ラインハット国王として深く感謝いたします」
「デール。そんな、かしこまらなくてもいいよ」
 恐縮してアランが言うが、見れば後ろに控えていた兵士も大臣も、全員が王と同じように頭を垂れアランに謝意を示していた。
 太后もまた、優雅に膝を突きながら言う。
「妾からも礼を言わせておくれ。そなたがいなければ、妾どころかデールも、この国も、すべてを失っていたであろう。感謝するぞよ」
 まさか彼女からも言葉をかけられるとは思ってもいなかったアランは、少し困った顔で頬を掻いた。
「まいったな……」
「あなたはそれだけのことをしたのです。もっと堂々となさるがよいでしょう。その方が我らも誇らしい」
 戸惑いを目敏く察知したピエールが言い、サイモンも無言でうなずく。
 そんな親友の様子を笑いながら見つめていたヘンリーが、いつもどおりの気安い口調で言った。
「お前の気持ちもわかるが、ここは弟の感謝を受けてくれよ。それから俺からも礼を言わせてもらうぜ。お前がいてくれて本当に助かった。ありがとう」
「半分はヘンリーの力さ」
「ま、そこは否定できないがな!」
 おどけてみせるヘンリー。アランもようやく肩の力を抜いた。いまだ深く頭を下げたままのデールに、静かに語りかける。
「デール。今回のことは確かに不幸な出来事だったと思う。けど、もうこの国は自由だ。ここからが本当の国創りの始まりなんだ。大変なのはこれから。だから……これまでのことは気にしないで」
「我が誇りと命にかけて、この国を良くしていくと誓いましょう」
 そう言うと、デールは立ち上がった。兄にならい、少しくだけた様子で口を開く。
「それにしても、アランさんは凄いお方です」
「ううん。僕の力なんてたかが知れているよ。偽太后を倒せたのも、仲間の力があってのことだし」
「いえ、そうではなく」
 デールは苦笑した。
「さきほどのお言葉。まさに人の上に立つ者としての威厳に溢れておりました。僕なんかよりアランさんが王位についた方がよっぽどしっくりくる」
「デ、デール!? 何を言っているんだい、君は」
「いや、あながち世辞ってわけでもないぜ。あのパパス殿の息子なんだ。案外お前、良いところの生まれだったりしてな」
「や、やめてくれよ。父さんのことは確かに尊敬しているし、英傑と呼ぶに相応しい人だったけど、それでも僕たちは小さな村の出身に過ぎないよ」
「ほんとか?」
「いや、まあ……たぶん」
「ふーむ。まあいいや。それもこれも、お前が旅の目的を果たせばはっきりするだろうからな」
「目的?」
 首を傾げるデールに、ヘンリーは簡単に説明した。アランが旅をしているのは、父パパスの遺志を継ぎ、魔界に囚われた母を救い出すためだということ。そのためには伝説の勇者の力が必要で、その勇者に出逢うために、彼の持ち物とされる天空の武具を探し求めて世界中を旅するつもりなのだということ。
 青年王はますます感じ入った様子だった。
「素晴らしい……。やはり貴方は、大いなる運命に選ばれた人です! ぜひ協力させてください」
「ありがとう。その気持ちだけでも嬉しいよ」
「お前な。謙虚なのはいいけど、旅の目的が目的だろ? ラインハットが国を挙げて力を貸すって言ってんだぜ。もっと喜べよ」
 ヘンリーは呆れた。デールが笑い、それから側に控える大臣と何か相談を始めた。すぐにアランに向き直る。
「それでは、さっそくご提案させていただきましょうか。アランさんの旅は、おそらくこの大陸だけに留まりますまい。必ず海を渡る必要が出てくるはず。そこで我がラインハット所有の遠洋航行船を一隻、貴方にお譲りしましょう。もちろん、航行に必要な人員や物資はこちらで用意させていただきます」
「船!? 本当にいいのかい?」
「ええ。ラインハットの技術の粋を集めた自信作ですから。どうか安心してお使いください」
 デールは満面の笑みを浮かべた。
「現在はビスタ港の近くを航行中とのことですから、すぐに寄港の指示を出します。寄港までは、そうですね……ここから港までの移動時間を含めてもまだ数日余裕があるでしょうから、それまではラインハットにご滞在ください。その間も、何か情報がないか調べさせておきますので」
「よかったな。国賓扱いだぜ」
「ええ、もちろん。存分に接待させていだきます。こればっかりは、アランさんが嫌と言われてもやりますからね?」
 ヘンリーとデールの笑みを見たアランは、血が繋がらなくても二人はやっぱり兄弟なのだなと思った。
 後処理や片付け、それから新体制に向けての準備に各々が散る中、ふと、ヘンリーはアランとデールを呼び止めた。
「デール、すまん。出発まで時間があるなら、ちょっとアランを借りて良いか?」
「それは構いませんよ。ただ兄さんにはいくつか頼みたいことが――」
「大事なことなんだ。一日、時間をくれ」
 いつの間にか笑みを消していた兄の姿に、デールもまた静かな表情でうなずいた。
 ヘンリーと目が合う。その瞳の真摯さに、アランの心臓が大きくひとつ鳴った。
「アラン、すまんが付き合ってくれ。お前に話があるんだ」

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