小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 草原に吹く風の中に、潮の匂いが混ざってくる。
 空中を飛ぶコドランがくんくんと鼻を動かし、やがて一声鳴いた。目的地が近いことを報せてくれているのだ。
「そういえば、ビスタの港なんて何年ぶりだろう」
 天空の剣を包んだ細袋を背負い、アランはつぶやいた。それからふと、横を見る。傍らにいたサイモンが小首を傾げた。アランは小さく微笑む。
 ――こういうときに相づちを返してくれる親友は、もう隣にいない。
 ラインハットを出て、ヘンリーと別れた実感が湧き上がるたび、アランの胸中には複雑な想いが過ぎった。家の中で安らかに眠る子を遠い外から眺めるような、そんな切なくも温かい気持ちになる。
 主の心境を察してか、仲間モンスターたちの道中の賑わいはいつも以上だった。彼らの心遣いを察し、アランはできるだけ笑顔を崩さないように心がけている。良い仲間に恵まれたと、しみじみと思った。
 ゆったりとパトリシアを進めながら、アランたちはビスタの港へと入港した。大きな木組橋の先に、石造りの家屋兼船着き場がある。十年前の記憶と変わらない、緩やかな時を感じる簡素な佇まいであった。
「おお……」
 船着き場に視線を向けたアランは感嘆の声を上げた。小さな港には不釣り合いの巨大な遠洋航海船が横付けされていた。まだ汚れも傷も少なく、真新しい姿ながら堂々とした風格を感じさせる姿だった。畳まれた帆を懐に抱き、数本のマストが雄々しく静かに立っている。
 一度馬車を止め、アランはひとりで家屋に向かう。ちょうどそのとき、家の扉が開いて中から二人の人物が姿を現した。アランの姿を認め、顔をほころばせる。
「ああ、来なさったね。ようこそ、ビスタの港へ。ご覧の通り、船はいつでも出発できる状態だよ」
「アランです。今回はお世話になりました」
「いやなに。気にすることはない。それが私の仕事だからね」
 港の管理人と思しき老人は、年齢を感じさせないはきはきした物言いで言った。
「それに、あの小さかった坊やがこんなに立派になって帰ってきたんだ。ワシは嬉しいよ」
「覚えていてくれたんですか!?」
「ああ、もちろん! パパスとは、ワシも親しくさせてもらってたからね。お前さん、親父さんにだいぶ雰囲気が似てきたよ。ま、お前さんの方が『色気』があるかな。その辺はきっと、母親譲りなんだろう。きっと美人だったんだろうなあ」
「こら、あんた。お客様に向かってなんて口をきいてるんだい」
 家の中から老婆が出てきて老人を叱りつけた。それからアランに頭を下げる。
「ごめんなさいね、アランさん。久しぶりのお客様が知り合いだったから、この人浮かれちゃって」
「いえ。僕も逢えて嬉しかったですから。……ところで、それは?」
 アランが指差したのは、老婆の肩に丸まった一匹のリスだった。よく見ると、同じようなリスは老人の胸元にもいる。老婆は顔をほころばせた。
「ああ、この子たち? もう十年くらいになるかね、あたしら夫婦の家に棲みついちゃって。この子らで三代目なんですよ。賑やかになって、あたしも夫もずいぶん支えられてます。そういえば、アランさんたちがこの港に来てからだったかしら。この子らの親がやってきたのは。当時はずいぶん人に馴れたリスだなって思ったんですよ」
「そうなんですか」
 アランはリスを見た。大きな目が不思議そうにアランを見返す。
 アランの脳裏に、幼少期の記憶が蘇った。
「まさか、十年経っても恩返しをしてくれるなんて、ね」
「え?」
「いえ、何でもありません」
 首を振る。
 それまで黙っていたもう一人の男が前に進み出てきた。頑強な体付きを見るに、あの船の船長なのだろうと考える。
「君がアラン君かい? 私はモーリエ」
「アランです。モーリエさん、貴方があの船の?」
「そう、我らがラインハットの最新鋭船『セント・パルトネール号』の船長をさせてもらっている」
 モーリエは握手を求めてきた。ごつごつした、いかにも海の男という厚みが彼の手にはあった。
「君がラインハットを救ったという話は聞いている。君のような人間を乗せることができて、私は誇りに思うよ」
「僕だけの力ではありません。それに、ラインハットはこれからが始まりですから」
「なるほど。聡明なデール陛下が無理を通してでも船を用意させた理由が分かった気がするよ。この船はもう君のものだ。自由に使って欲しい」
「ありがとうございます。あ……でも、僕らが陸で旅している間は」
「はっはっは。気にしなくてもいい。我らは何も、船に乗るだけが仕事ではないからな。君たちが留守にしている間も、ちゃんとやっていけるさ」
 モーリエは片目を瞑って見せた。その仕草がどことなくヘンリーに似ていて、アランは思わず吹き出しそうになった。
 それからビスタの老人たちに礼を言い、アランたちはモーリエに先導されて船へと乗り込んだ。潮風がざあっ、と吹き抜け、同時に巨大な帆がいっせいに背を伸ばす。
 舵の前に立ったモーリエが力強く号令をかけた。
「出港! 目的地は南西、ポートセルミの港だ!」

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