小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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「陸が見えたぞぉー! ポートセルミだ!」
 見張りのひとりが声を上げる。
 すでにモーリエたちから連絡を受けていたアランは、船首部分に立ってその姿を捉えていた。水平線に現れる陸地の帯。その深緑の中で一際眩く映える建造物が見えていた。おそらくあれがポートセルミの港だろう。遙か離れたこの場所からでもビスタ港とは比べものにならないくらいの大きさを持っていることがわかる。
 陸地の接近を聞き、アランの周囲には仲間たちが集まっていた。ここ数日の船旅で慣れたのか、ようやく元気を取り戻した様子である。
 港に近づくにつれ、船影も増えてきた。ほとんどが中・小型の商船だが、中にはセント・パルトネール号に匹敵するほどの巨大船の姿もある。船橋の端から眺めていると、海上を行く船は皆、こちらに注目しているのがわかった。
「ふふん。注目されるのは悪くないわね」
 手すりの上に立ち、メタリンが得意げに鼻を鳴らす。隣ではスラリンがぴょんぴょんと跳ねていた。そんな二匹をブラウンが黙って引っ掴む。「落ちる。危ない」と彼女は言った。
 やがてセント・パルトネール号は港に入った。洋上で確認した通り、ポートセルミ港は広大な敷地を持っていて、船着き場は一つや二つではなかった。おそらく、大小様々な容積の船を受け入れられるように区画分けがされているのだろう。港の端には巨大な灯台も見えた。
 船はポートセルミ港の中央部に向かってゆっくりと進む。前方には屋根付きの船着き場があった。周囲のものとは明らかに造りが違うその建造物には、目立つ色でこう書かれていた。
『ようこそ 出逢いと旅立ちの街 ポートセルミへ!』


 モーリエに礼を言い、アランたちはパトリシアと馬車を慎重に船着き場に降ろした。
「ようやく到着しましたね」
 ピエールが言う。その声音には若干の安堵が見え隠れしていた。歴戦の勇士と言えど、慣れない船旅は堪えたらしい。アランは微笑みながら、周囲を見渡した。
 モーリエいわく、ここは大型船専用に作られた空間なのだそうだ。ここに入れる船はそう多くないらしい。内装は豪華で、まるで天まで届く巨大な神殿の中にいるような錯覚を抱く。
 何でも、昔はただ風雨を凌ぐためだけの施設だったのが、とある大富豪が自らの所有する船をポートセルミに常駐させ始めたことをきっかけにして、大規模な改築工事を行ったそうだ。要した費用はそのほとんどを大富豪が負担したという。おかげでこの船着き場はポートセルミのちょっとした観光名所になり、またここに入港できること自体が一つの社会的地位を表すようになっていた。
 当然、目立つ。
 アランはこのところ使う機会のなかった変化の石を主だったメンバーに配っていた。ピエール、サイモン、クックルは馬車の外、体の小さな他のメンバーは馬車の中で大人しくしているよう言い含めている。とはいえ、初めて来る港と街だ。スラリンたちがちらちらと馬車の間から外を覗いている気配がわかる。
 まあ、ブラウンとコドランがいれば大丈夫だろう――とアランは考えた。
 巨大な船体と船着き場の内装を鑑賞しながら歩いていると、行商人らしい男に声をかけられた。
「そこの格好いいお兄さん! ちょっと寄って行きなよ。ポートセルミの新名産『ボトルシップ』! こんな精巧な品は他にはないよ。来港の記念に、どうだいひとつ!」
「へぇ……凄いね、これ」
 アランはまじまじと『ボトルシップ』なるものを見た。透明な瓶の中に白い砂が敷き詰められ、その上に豪華客船を象った精巧な模型が据えられている。帆は布製だし、小さな小さな舵まで備え付けられている。驚くべきことに瓶の口は細くすぼまっていて、そこから模型をいれるのは到底不可能な構造になっていた。どうやって作ったのだろうとアランは首を傾げる。
「小さな部品をひとつひとつ、この口から入れて作るんだよ」
 自慢げに行商人は言った。この様子からして、彼自身の手作りらしい。ますます驚いた。興味を持ったアランは尋ねる。
「ちなみにおくらですか?」
「ひとつ一〇〇〇ゴールド! 安いものだろう!」
 アランは小さく唸った。結構な金額である。これから旅の支度をすることを考えると、あまり金は使えない。ちらりと馬車を見る。スラリンたちが喜びそうだから、余裕があれば買おうと思っていたのだが。
 すると行商人はアランの迷いを敏感に悟ったようだ。にやりと笑いながら言う。
「じゃあお兄さん、こういうのはどうだい? 今日のところは三〇〇ゴールドで構わないよ。その代わり、金に余裕ができたら残りを払っておくれ」
「え、いいんですか?」
「普通なら駄目だが、ここを訪れるお客さんはみな『それなり』の方ばかりだからね。お兄さんも、いずれはここに戻ってくるんじゃないのかい? あの船、何か普通の客船や商船とは違う気がするし」
 『それなり』の意味がよく理解できず、アランは曖昧にうなずいた。結局、行商人の言う通り三〇〇ゴールドで購入する。隣でピエールが小さくため息をついていた。
「毎度あり! 欲しい物を欲しいときに買う。これも立派な買い方のひとつさ。後で後悔しても遅いからね」
「はあ。まあ、そうですね」
「そんなしょぼくれた顔しなさんな。本当、お金はいつでもいいから。幸い、ウチにはお得意様がいるから、売り上げにはそう困っちゃいないし」
「お得意様?」
「ほら、あそこだよ」
 行商人が指差した先に数人の人だかりができていた。セント・パルトネール号の隣に接岸した巨大な船の下である。そのうちの一人はひどく派手な格好をした女性で、彼女が中心になって何やら指示を出しているようだ。
 アランは眉をひそめた。遠くで顔までは判別できないが、何か心にひっかかるものがあった。
 行商人は言った。
「あの色っぽい女性がわかるかい? 彼女がこちらに来る度にボトルシップを購入してくださるお得意様だよ。模型の元となった豪華客船の持ち主、ルドマンさんのご息女、デボラさんだ」

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