小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>


 アランが声をかける間もなく、デボラと思しき女性は船内に消えて行った。
「ちらっとしか見えなかったけど……やっぱりあの人がデボラ」
「何だいお兄さん、デボラさんと知り合いなのかい」
「え? ええ。小さい頃に、少し」
「そりゃ驚いた。男相手じゃたいてい奴隷扱いだからなあ、あの人は」
 目を丸くする行商人にアランは自分の記憶を探る。彼女の当時の言動を思い出すと、その評判も何となくわかる気がした。
 せめて一声かけていこう――そう思っていると、デボラを乗せた船は汽笛を鳴らして出港してしまった。アランは肩を落とす。
「元気そうなら……それでいいか」
 それから行商人に別れを告げ、アランたちは港を出た。
 目を細める。
 白い砂浜に白い壁。街全体が自然光の反射でまばゆく輝いて見えた。風や波から防ぐためか壁面はとても頑丈に作れられている。街の各所には深い緑の葉を持つ高木が立ち、爽やかな景観を作り出すことに一役買っていた。
 ポートセルミ中心部の道は、馬車が数台行き交えるほど広くゆったりと作られている。交易が盛んなこの街のこと、大陸各地からやってくる荷馬車が円滑に、安全に進むことができるようにとの配慮だろう。行き交う人の多くは商人か船乗りだったが、まれに豪奢な衣服を纏った貴人も通りすぎた。アランはラインハットの目抜き通りを思い出した。
「さて、どうしようかな」
 広い街だ。しかも港町だけあって物資も豊富である。旅の準備を整えるにはもってこいだが、さすがに長い船旅の直後に一日歩き回ることは躊躇われた。アランは大丈夫でも仲間モンスターたちが根を上げてしまう。
 モンスターたちのリーダー役となっているピエールもまた、アランと同じ想いだったらしい。
「まずは宿を取り、皆に休息を取らせましょう。街での情報収集、および物資の調達は我々だけでもよろしいかと」
 我々、というのがアランとピエール、サイモンを指しているのだと気づく。頼れる右腕の言葉にうなずき、アランはパトリシアを促して宿を目指した。
 しばらくして、街の北東部、横腹に大洋を望む海辺の宿屋に到着する。そこで馬車を預け、部屋に入った。メタリンを始めとした面々は室内に踏み入れるなり、口数も少なくそれぞれが気に入った場所に陣取って体を休め始めた。まるで疲れた子どものようだと考え、アランは苦笑する。それからピエールとサイモン、そしてブラウンにも声をかけ踵を返す。
「じゃあ皆、戻ってくるまでここで大人しくしているんだよ」
「ほぉーい……いってらぁー」
 完全に脱力しきったメタリンの声を背に、アランたちは部屋を出た。
 帳場に降りると宿の主人が顔を上げ、微笑んだ。
「おや、お客さん。もうお出かけですか?」
「ええ。旅に必要な品物を街で揃えようかなって思って」
「それはいい。ポートセルミは物資の宝庫、きっとお客さんが必要とするものが手に入りますよ。ああ、そうそう。ここには酒場もございますので、そこでじっくりと情報収集することもできますよ。うちのマスターは物知りで通していますので」
「ありがとう。後で寄らせてもらいます」
 旅人も多いせいか、宿の主人の対応は如才ない。それがアランには新鮮だった。
 宿を出ようとすると、ふいにピエールに声をかけられる。
「アラン、よろしければ街での物資調達は我々にお任せください。貴方はここで情報収集をされるのがよろしいでしょう」
「え、いいのかい?」
「構いません。必要なものの目星はついております。変化の石があれば、街の者に咎め立てされることもありません」
 アランはサイモンとブラウンに目を移すと、彼女らは揃ってうなずいた。
 パーティの中でも特に頼れるこの三人がいれば大丈夫だろう。アランはピエールの申出にうなずいた。
 仲間モンスターと別れ、一人、酒場のカウンターに向かう。まだ日中ということもあって人の数はまばらだった。好々爺然としたマスターの真正面に腰掛け、アランは適当に飲み物を頼む。
「お客さん、この街は初めてですか?」
 柔らかな口調でマスターが尋ねてくる。アランは微笑えんだ。
「ええ。仲間と一緒に今日着いたばかりで。ここは活気があって、良いところですね」
「ありがとうございます。お客さんはなかなかお上手ですね」
 素直な感想なんだけどなとアランは思った。それから話題を変える。
「マスター。貴方は伝説の勇者について何かご存じではないですか?」
「伝説の勇者、ですか?」
 マスターの顔に初めて怪訝の色が差す。
「おとぎ話ではなくて、本物の勇者が今どこにいるか。それを知りたいのです」
「それはまた……大変なものをお探しだ」
 困ったように微笑みながら、マスターは手元の器を拭く。
「魔王と呼ばれる存在が滅びてからずいぶんと経ちますからね。私も仕事柄、色々な伝承、噂を耳にしますが、いまだかつて『勇者様を見た!』という方にはお逢いしておりません」
「そうですか……」
「ただ」
 と、マスターは言葉を続ける。
「勇者様が使っていたとされる聖なる盾を知っているとおっしゃる方は、時々こちらにお越しになられます」
「本当ですか!?」
「お得意様のお一人です。その方はよく、夜のステージをご観覧なさるので、その時にまたおいでになるのはいかがでしょう?」
「夜のステージ?」
「わたくしどもの宿の目玉ですよ。ほら、ホールの中央に舞台があるでしょう? あそこで定期的に、専属の踊り子たちが踊りを披露するのです。ちょうど今日はクラリス嬢、もっとも人気のある踊り子が出演する日ですから、お逢いできる可能性は高いと思いますよ」
 そう言うとマスターは片目を瞑った。
「せっかくですから、その折はぜひ貴方もステージをご覧になってみてください。きっと楽しんで頂けると思いますよ」

-164-
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える