小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 ポートセルミに夜が来る。
 買い物を終えたピエールらと合流し、一度部屋に戻ったアランは仮眠を取っていた。どうやら知らず知らずのうちに疲労が溜まっていたらしい。ホイミンに起こされるまで熟睡してしまっていて、目覚めたときにはすっかり夜になっていた。
「ありがとう、ホイミン」
 大丈夫?と顔色をうかがってくる彼に、アランは微笑む。部屋の中には他にコドランだけが残っている。
「他の皆は……灯台かな?」
 宿に入ったとき、部屋から見える白く大きな建物に仲間たちが興味を示していたことを思い出す。ホイミンはうなずいた。ピエールとサイモンだけはさきほどまでこの部屋にいたそうだが、二人のことだから恐らく、近辺の見回りにでも出かけたのだろう。
 ホイミンとコドランにこのまま留守番をするよう頼み、アランは部屋を出た。もちろん、勇者の装備について知っているという人物に逢いに行くためである。
 部屋を出てすぐ、アランは宿の雰囲気が昼間と違うことに気づいた。吹き抜けになった二階から階下を見下ろす。途端、華やかな音楽と熱気、そして大きな歓声が打ち寄せてきた。中央ステージを四隅から照らすように灯りが置かれ、ステージの上では見目麗しい女性たちが深紅のドレスをまとって踊っていた。
 中でも、ステージの最も前方で踊る一人にアランの目は釘付けになった。
 緩やかに波打つ飴色の髪に、すっ、と通った鼻筋、躍動感溢れる踊りでさらに引き立てられた豊かな肢体、玉の汗が灯りに照らされ宝石のように舞っては落ちるその姿に、単なる娯楽以上の美しさを感じた。
 きっとあれがクラリスさんだ、とアランは確信する。酒場のマスターが太鼓判を押した意味が実感できた。
 ゆっくりと階段を降りる。その間も踊りは激しさを増し、さらに彼女らは自ら歌まで歌い出した。これもまた上手い。何よりステージ上で全身全霊をかける姿に心打たれる。
 ――一際大きな歓声。
「……うわっ」
 クラリスたち踊り子が、踊りながら衣服の一部を脱ぎ去ったのだ。あらかじめ決められた演出らしく、深紅のドレスの下にはきちんと別の衣服が身につけられていたが、アランは思わず顔を赤らめ、足を止めた。
 何とか気を取り直し、ステージを横目に酒場のマスターの元まで向かう。アランの姿を認めたマスターは口元をほころばせたが、その表情はどことなく申し訳なさそうだった。
「やあ、こんばんは。昼間のお客さんですね」
「はい。あの、勇者の装備について知っている方って、どちらに……?」
 アランが尋ねると、マスターは苦笑しながら首を振った。
「申し訳ありません。どうやらあの方は、今日は来られていないようなのです」
「え……そうなんですか……」
「すみません。クラリス嬢が出演する日は必ずと言っていいほどいらしていたのですが……今日は日が悪かったのかもしれませんね」
 そう言ってステージを見る。アランもつられて視線を向けた。
 偶然か、あるいは気のせいか。
 笑顔で踊っているクラリスと、目が合った気がした。
「いかがです? 彼女らのステージは。情熱的で、素敵でしょう?」
「……え? ええ、本当に。初めて見て、びっくりしました」
 アランは慌てて取り繕った。マスターは微笑んだまま、「何か飲まれますか」と尋ねてきた。目当ての人物が来ていないのならこのままステージを観るのも良いかなと、アランが注文を口にしようとしたときである。
 突然、椅子が蹴倒される音が響いた。断続的に二回、三回。
 華やかな音楽を中断させるほどの激しい騒音に続き、男のしわがれた怒声が響いた。
「てめぇ、もういっぺん言ってみやがれ!」
 アランの目付きが鋭くなる。
 見れば、ステージ脇の客席のひとつで男たちが揉めていた。三人はいかにも荒くれ者といった風体の男たちで、残った一人は農夫と思しきずんぐりとした体型の男だった。荒くれ者が農夫の男を取り囲み、寄ってたかって脅しをかけている。農夫の胸には金袋が抱かれていた。
 農夫は気丈に言い返す。
「この金は、村の皆で貯めた大事なモンだべ! あんたらみたいな乱暴者にはやれねえ! そこを通してけれ!」
「んだと、てめぇ」
「オッサンよ、俺たちゃ親切で言ってるんだぜ? あんたの依頼、俺たちが引き受けてやるからその金寄越せ、ってな」
「いんや、信用ならね!」
「この野郎……っ!」
 ついに男の一人が手を上げる。アランが駆け出そうとした瞬間、ステージの上から凛とした声が響いた。
「そこのお兄さん。私の踊りでは不満ですか?」
 クラリスだった。激しい踊りで上がった息を整えることもせず、汗で上気した顔のまま男たちを見下ろしている。彼女の声を受けた男たちは途端に表情を綻ばせた。
「そんなことねぇよぉ、クラリスぅ」
 アランは眉をしかめる。その舐めるような声色に怖気が走ったのだ。それだけではない。同時に腹の中からふつふつと怒りが湧いてくることを感じた。かつての記憶――奴隷時代に目の当たりにした、下劣な奴隷監視人の態度が脳裏をよぎる。
 わずかに表情を歪めながらも、クラリスは冷静にたしなめる。
「まだまだステージは続くわ。だから大人しく見ていてくださいね」
「そんな冷たいこと言うなって」
「おお、そうだ。クラリス、こっちに来て酌をしてくれよ。そしたらこのオッサン放してやるからよ!」
「ちょ……っ」
 無遠慮にステージに上がってきた男たちに、さすがのクラリスも狼狽する。
 男の手がクラリスの細腕にかかろうとしたとき。
 風の刃が男の前髪を薄く刈った。
「そのくらいにしてはどうですか」
 静かな怒気を漲らせ、アランがステージに進み出た。

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