小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 家に戻ると、サンチョが笑顔で迎えてくれた。
「お帰りなさい、坊ちゃん。外は寒かったでしょう」
「へいき。それよりサンチョ。その」
「さじのことなら大丈夫ですよ。私は坊ちゃんのお心遣いを受けただけで、十分満足ですから。さ、これはお礼です。温かいミルクをどうぞ」
 ゆったりと湯気の立つコップを受け取り、アランはちびちびとそれを飲んだ。ミルクはぬるめで飲みやすく、体の芯から温かくなっていった。アランはコップをテーブルに置き、床で嬉しそうにミルクを舐めているチロルを見つめながら言った。
「サンチョ。おねがいがあるんだけど」
「なんでしょう?」
「地下室におりたいんだけど……」
「はて。地下室、ですか?」
 サンチョは首を傾げた。やや怪訝そうに言う。
「それは構いませんが、必要なものがあるのなら私に仰ってくだされば取りに行きますよ?」
「ううん。ちがうんだ。僕、地下室におりてみたいんだ。ええと……」
 視線を彷徨わせた挙句、アランは苦しい言い訳を試みる。
「もしかしたら、地下室にあるかもしれないから。さじ」
「はあ」
 生返事をするサンチョ。もっと何か上手い理由はないだろうかとアランは頭を巡らせる。その様子を察したのか、長年パパスに仕えてきた彼はふっとため息をついた。
「わかりました。地下室の扉を開けて参りますので、少し待っていてください」
「いいの?」
「特に危険はないでしょうし、坊ちゃんがそこまで仰るのなら。ただ、下はとても冷えますので、できるだけ早く上がってきてくださいね」
「ありがとう、サンチョ!」
 サンチョの微笑みにアランは笑顔を返した。しばらくして重い扉が開いた地下室に、アランはチロルと共に降りていく。
 慎ましやかな一軒家の地下室である。その広さは一部屋分で、壁際には壺が荷物が積み上がっていた。サンチョの言う通り、室内はかなり寒い。
 松明を壁に立てかける。チロルが部屋の中央に向かって「なぁ〜」と鳴いた。
 地下室の中央にベラが立っていた。
「ありがとう。来てくれたのね。えっと、アラン……でよかったかしら」
「うん。でも、どうやってここまで? 扉はしまっていたと思うけど」
「私の体は、人間界ではあってないようなものだから」
 ベラの言葉にアランは首を傾げる。「子どもには少し難しかったかしら」とベラは笑ったが、すぐに真顔に戻った。
「っと。こんな話をしている場合じゃないわね。実はねアラン、あなたにお願いがあるの」
「お願い?」
「そう。私と一緒に来てほしいの!」
 拳を握りしめるベラにアランは困惑した。いきなり来て欲しいと言われても、どこに、何をしに行くのかさっぱりわからない。けれど、ベラの真剣な様子だけは感じ取ることができた。
「最初に会った時、私は妖精族だって言ったわよね? いま、私たちの故郷の国が大変なの。そのせいで、人間界にも影響が出ている。でも私たちだけじゃどうにもならなくて。人間界の人に協力をお願いしようと思って私が来たんだけど、人間界じゃ、妖精族の姿を見ることができる人間って限られているらしくて……。途方に暮れていたときに、偶然、あなたに出会うことができたの」
「でも、どうして僕に」
「私たちの姿が見えるのは、特別な力を持っている証だって聞いた事がある。あなたが私を見つけてくれて本当に嬉しかった。あなたなら、妖精の村を救えるかも知れない」
 ベラの言葉にアランは黙って耳を傾けていた。そんなアランに、チロルがすりすりと顔をこすりつける。
「……困っているひとが、いるんだね?」
「うん。私たちだけじゃなくて、人間界の人々も困っているはず。いま外、すごく寒いでしょ? 本当なら私たちが春を呼ぶはずなんだけど、それができなくなってる」
「春を……」
「だからお願い! 私と一緒に来て! そして、私たちの長に会って! ポワン様も、きっとあなたを待ってるはずだわ」
 言い終えて、ベラはじっとアランを見た。アランはしばらく考えた後、足元のチロルを胸に抱いた。「なぁ」と短くチロルが言う。
「……わかった。いくよ、僕たち」
「ああ! ありがとうっ」
「そのかわり、みんなから持っていったものはきちんと返してあげてね」
 あれ、ベラがやったんでしょ、とアランが言うと、ベラは気まずそうに頬をかいた。
「ごめんなさい。私に気付いてもらうにはああするしか思いつかなくて……でも、その必要もなくなったから、もう大丈夫。約束するわ。きちんと返すって」
「よかった」
 アランが笑うと、ベラも優しげな表情を浮かべた。
「アラン、あなたは優しいのね。本当に良かったわ。お願いできたのがあなたで」
 その花のような笑顔を見ていると、何だか気恥ずかしくなる。
 ふと、ベラが指先を天井に向かってかざした。途端、松明の明かりしかなかった地下室に眩い光が満ちる。天井の輪郭がぼやけ、遥かかなたまで続く光の階段が現れた。
 ベラがアランの手を引く。
「さあ、行きましょう。この先が私たちの故郷――妖精の村よ」

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