小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 抜けるような青空。空気は澄み切っていて、どこまでも高く昇っていく。けれどその分、地上に吹き下ろす風はとても冷たかった。
 遊び盛りのアランであっても、ずっと外にいては体の芯から冷え切ってしまう。サンチョの捜し物を求めて村の中を歩き回ったアランだが、なかなか芳しい成果が得られず、チロルを胸に抱いて途方に暮れていた。
「はぁ……」
 自然、ため息が出る。そんなアランをチロルは心配そうに見つめていた。
 ふと、顔を上げる。アランが休憩していたのは村の入り口にある宿屋の前だった。寒さが応えていたせいもあって、アランの足は自然と建物の中に向かった。
「いらっしゃい。……おや、坊やじゃないか。どうしたんだい」
 宿屋の主人が笑顔を向けてくる。だが、その顔には疲れが見えていた。アランは申し訳ない気持ちになりながら言う。
「うん。サンチョが使っていた『さじ』がなくなっちゃって、僕、探していたんだ。でもずっと外に出てたら寒くなっちゃって」
「そりゃいけない。待ってな、すぐに温かい飲み物用意してやるから」
 主人がカウンターの奥に消える。チロルを床に放したアランは、どことなくほっとした気持ちで椅子に座った。
「そうだよね。あんなに優しいおじさんが、みんなのものをぬすんだり隠したりしないよね」
 でも、だったら一体誰が、こんなことを――
 足元でじゃれてくるチロルの背を撫でながら待つことしばし、宿屋の主人は頭をかきながら戻ってきた。その手には湯気の立つカップが握られている。
「すまないな、坊や。本当はそこの猫にも飲み物を持ってこようと思ったんだが、今度は平皿がなくなってたんだ」
「ううん。いいの。ありがとう、おじさん。……ほら、チロル。半分こしよう」
 温かなミルクを一口二口飲み、そして自分の手を皿代わりにしてチロルにも分け与えた。その間、宿屋の主人は「おっかしいな……」としきりに呟きながら辺りを探していた。
「坊や。私は少し地下に降りてくるから、そこでゆっくりしてなさい」
「僕も行く」
 アランが言うと主人は怪訝そうな顔をしたが、特に止めることはなかった。
 主人の後をついてアランとチロルは店の地下に降りる。途端、お酒の匂いが漂ってきてアランは少し眉をしかめた。チロルが「ぷしゅん」とくしゃみをする。
「ここは夜、酒場として開いているんだ。酒の匂いがきつければ、上がってていいんだぞ」
 主人の言葉にアランは首を振る。そして彼に続いて辺りを探そうとしたとき――
 視界の隅に、人影を見た。
 大人にしてはやや小柄で、カウンターの上でこちらに背を向けてしゃがみ込み、何やらごそごそとしている。あからさまに怪しいその姿に、アランは軽く身構えた。チロルも小さなひげをぴんと立てて、人影の方向を向いていた。
「ねえ、おじさん。あそこに誰かいるよ」
「なに?」
 振り返る宿屋の主人。彼はカウンターに視線をやってから、ふい、と目を逸らした。
「何もないじゃないか、坊や。こんなときにからかってはいけないよ」
「え!? でも、たしかにあそこに」
「あー、ダメだ。やっぱり見付からない。坊や、ここにはやっぱりないよ。冷えるから、早く上に上がるんだ」
 そう言って、宿屋の主人はさっさと一階に戻ってしまっていた。
 アランは呆然とその様子を見送り、そしてもう一度、今度は目を凝らしてカウンターを見つめた。人影は相変わらずこちらに背を向けている。間違いなく、そこにいる。だけどよくよく見れば、その体は向こう側は少しだけ透けていた。
 まさか、モンスター……?
 一瞬、アランは考える。だがその人影からは『親分ゴースト』のような邪悪な気配は伝わってこなかった。チロルを見る。モンスターには敏感なこの相棒も、カウンターの人影をじっと見つめるだけで、警戒している様子には見えなかった。
 アランは意を決し、ゆっくりと人影に近づく。
 人影は、カウンターの奥にあるいくつもの酒瓶を前に何かを考え込んでいるようだった。
「ねえ」
「きゃっ!?」
 ぴょん、と飛び上がる人影。勢い良く振り向いたその顔に、アランは「あ……」と声を漏らした。
 お、女の子……?
「……」
「……」
 お互い、無言のまま見つめ合う。今日の空のように深い青をした髪が印象的な少女だった。年齢はアランやビアンカよりももう一回り上に見えた。
 少女は辺りをきょろきょろと見回すと、自分自身を指さす。
「もしかしてあなた……私のことが見えてる?」
「う、うん」
 うなずくアラン。しばらく呆然と固まっていた少女は、やおら両手を握りしめて喜びを爆発させた。
「ああ、よかった! ようやく私の姿が見える人間に出会えたわ!」
「え、ええっと?」
「なぁご」
 頭に疑問符を浮かべるアランの足元で、チロルが暢気に毛繕いを始める。この少女は敵ではないと認識したらしかった。満面の笑みで身を乗り出す少女が何か伝えようとしたとき。
「おーい、坊や。いつまで下にいるんだい? ここは寒い。本当に風邪を引いてしまうよ」
 宿屋の主人が心配して降りてきた。アランの前まで来ると腰に手を当て注意する。彼の視線はアランにだけ注がれていた。アランがちらと視線を少女に移しても、「こら、大人が注意しているのによそ見しちゃダメだぞ」とさらにお叱りの言葉が飛んだ。
 アランは素直に頭を下げた。
「ごめんなさい。その……こういうところってめずらしくて、ついいろいろ見ちゃって」
「そうかそうか。気持ちは分かるよ。私も最初は物珍しさから始めたようなものだから」
 ころっと笑顔になる主人。アランは再び頭を下げ、「すぐにもどるから、心配しないで」とお願いして主人には一階に戻ってもらった。
 少女に向き直ると、彼女は難しい表情を浮かべていた。
「やっぱり他の人間には私の姿が見えないみたいね」
「そうみたい」
「うーん。ここじゃ落ち着いて話もできないし……そうだわ」
 ぽん、と手を叩く。
「確かこの村に、同じような地下室がある家があるわよね? そこで改めて落ち合いましょう」
「地下室……もしかして僕の家かな」
「そうなの? それならば好都合だわ! じゃ、私は先に行って待ってるわ」
「あ、ちょっと!」
 すぅっ、と姿を消しかけた少女をアランは慌てて呼び止める。
「あの、君はいったい……?」
「ああ、ごめんなさい。自己紹介が遅れたわね」
 少女はアランに向き直ると、にっこりと花のように笑った。
「私はベラ。妖精族のベラよ。よろしくね」

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