小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 話を聞き終えたアランはポワンの前を後にした。隣には、引き続きアランと共に行くようポワンから指示されたベラが歩いている。
「ポワン様は、今回の事件にとても心を痛められているの」
 最上階から下りる階段を歩きながら、ベラが言う。アランが目線で理由を尋ねると、彼女は小さくため息をついた。
「私たちの村は、まだいいわ。このくらいならみんな耐えられるから。けれど、人間界はそうはいかない。農作物は育たないし、そうなると動物たちも飢えてしまう。単純に、寒さだけで命を落としてしまうこともあるかもしれない」
「あ……」
「それはとても大変なこと。だけどね、それと同じくらいにポワン様が悩んでいることがあるの」
 階段を下りきる。鏡のように磨かれた床をしばらく無言で歩き、そのまま、表へ出た。太陽の光が瞳に眩しい。
「実を言うとね、『春風のフルート』を盗んだのが誰なのか、おおよそ見当はついてるの」
「えっ!? そうなの?」
「この村の西、山脈の裾野にある洞窟。そこに『ザイル』って名前の人間の子がいる。おそらく、フルートを盗んだのはその子……村の中に、何人か姿を見た人がいるし」
「じゃあ、その子に会って『春風のフルート』を返してもらおう!」
 勢い込んで言うと、ベラは少し悲しげに微笑んだ。アランは眉をハの字にした。
「……ダメなの?」
「いいえ。どんな理由があろうと、盗んではいけないものを盗んでしまった。だから取り返さなきゃ。それはぜったいにしなきゃいけないことなんだけど」
 そこまで言いかけたとき、ふいにベラを呼ぶ声がした。村の妖精の一人が、ベラに駆け寄る。
「ごめん、ベラ。ザイルの奴、見失っちゃって……。北に向かったのまでは確かめたんだけど」
「いいよ、無理しないで。助かったわ。あの辺り、最近モンスターがよく出没するようになって危険だったでしょう? ケガはなかった?」
「うん。大丈夫」
「そう、良かった。それにしても北、か。おそらく氷の城に向かったんでしょうけど……困ったな。あそこは確か――」
 友人らしい妖精と何やら相談を始めるベラ。「少しだけ待ってて」と彼女に言われ、アランは切り株状の一軒家に足を向けた。ちょうどそこで、老人が一人たき火に当たっていたのだ。そばには何とスライムまでいる。だがアランは恐れなかった。そのスライムからは、以前サンタローズの洞窟で出会ったスライムと同じ、敵意のない、穏やかな気配を感じたからだ。
「ここ、いいですか?」
「ああ、いいとも」
 老人が言う。胸に抱いていたチロルを下ろし、アランはたき火に手をかざした。雪化粧の割には寒さは感じないとは言え、何となく、火に当たるとほっとした。チロルも大きくあくびをする。
 そんな二人(一人と一匹)を微笑ましげに眺めていた老人だが、ふと、その表情が怪訝に染まった。
「んん? 坊や、君が一緒に連れているのは……」
「あ、はい。チロルっていいます。僕の大切なともだち」
「なぁぁうっ!」
「友達……ほぉっ、これは。これは驚いた!」
 アランは首を傾げる。老人の顔には驚きと微かな畏怖が見て取れた。
「坊や。この子がどういう種族か知っているかい?」
「? ううん。ネコじゃないの?」
「その子はキラーパンサー――別名『地獄の殺し屋』と言われる種族じゃよ。間違いない」
 アランは絶句する。チロルがちらとアランの顔を見上げた。目が合うと、アランは驚きの表情をゆっくりと溶かして、チロルの毛並みを撫でた。
 老人が咳払いをする。
「あー、ごほん。すまんかった。その子の目を見れば、人に危害を加えるようなものではないことぐらい、儂にもわかる。だがあの獰猛な種族が、まだほんの子どもとはいえ人になつくなど信じられんわい」
「チロルはチロルです」
「なぁごっ」
「すまんすまん」
 老人は笑顔を見せ、それからじっとアランの顔を見つめた。
「……坊やは、どうやら不思議な力を持っているようじゃ」
「ときどき、言われるよ。けど僕は僕だから」
「そうか。偉いの。おそらくその力は天から授けられたものじゃろう。大切にしなされよ。いつまでも、な」
 そう言うと老人は目を閉じた。

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