小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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「アラン! お待たせ」
 しばらくして、ベラが戻ってくる。アランはぽんぽんとチロルの頭を撫で、半分眠りかけていた相棒を起こす。
「あ」
「? どうしたの」
 アランはベラが持っていた武器に声を漏らす。かつてサンタロースの洞窟でスライムからもらったものと同じ、『かしの杖』だ。アランの視線に気付いたベラが、若干緊張した表情でうなずく。
「私、重い武器は苦手なの。でもこれなら使い慣れているし。大丈夫。戦いはあまり得意じゃないけど、あなたに負担はかけないわ。そうはいっても、私の方がお姉さんなんだし、頼ってくれていいのよ」
「……ふふっ」
 どこかで聞いたような台詞にアランは笑った。ベラが首を傾げる。チロルはチロルで、アランを守るのは自分の役目だと言わんばかりになごなごと鳴いていた。
 アラン、チロル、ベラの三人で妖精の村を出発した。
 一面の銀世界となった平原を歩く。人間世界に降る雪とはまた違うのか、踏みしめると砂のように滑らかな感触が返ってきた。素足のチロルも冷たさは感じないらしく、軽やかについてくる。
「本来、この雪はポワン様が春を呼ぶと同時に消えてなくなるものなの。今は『春風のフルート』が奪われたせいで、まだ消えずに残っているのだけれど……このまま状況が変わらなければ、いずれは人間世界のように寒さを感じるようになるかもしれないわ。雪が腐っていくの」
 初めて聞く表現ながら、アランは容易にその姿を想像することができた。重く、湿った塊になっていく雪……それはこの美しい光景を一変させてしまうだろう。
 先頭を歩くベラが、ふと足を止めた。
「それに、春が呼べない影響は景色だけじゃないから」
 強ばった声で、彼女は『かしの杖』を構える。
 目の前にモンスターが現れたのだ。その姿を見たアランは思わず呟く。
「り、りんごのばけもの……?」
 姿形はまさに果物のりんごそのもの。だが表面にははっきりと目口が見え、特に口は巨大で鋭い歯がびっしりと並んでいた。
「ガップリンよ。彼らだけじゃないけど、もともとこの辺りのモンスターはとてもおとなしい。なのにここ最近、よく私たちを襲うようになった。アラン、下がって」
 口をしきりに動かし、硬質な音を立てて威嚇するモンスターに、ベラは『かしの杖』を握りしめて集中する。彼女の周辺が熱を持ち始めた。
「――、さあ食らいなさい! ギラッ!」
 火炎魔法。振り払った杖の先から炎が帯となってモンスターに襲いかかる。甲高い悲鳴を上げ、ガップリンはひっくり返ったまま動かなくなった。
 額の汗をぬぐうベラ。直後、足元でチロルが鋭い声を上げた。
「ぐるるっ!」
「えっ!?」
 ベラの側面。茂みになった場所から突如、別のモンスターが襲いかかってきたのだ。黄土色の体に鋭い爪、なにより口から垂れ下がった長い長い舌が目に焼き付く。
『つちわらし』だ――
 不意を突かれたベラはとっさに頭を守った。だが、いつまで経っても衝撃は訪れない。恐る恐るベラが目を開くと、そこには悲鳴を上げる間もなく一刀両断されたモンスターの姿があった。
 光となって消えていく『つちわらし』を背に、アランは控えめな笑みを見せる。
「だいじょうぶ? ベラ」
「え、ええ……。あのモンスターはアラン、あなたが?」
「うん。チロルが注意してくれなかったらあぶなかったよ。お父さんもよく言ってた。『楽に勝ったときほど気を引き締めるのだ』って」
「そ、そうなの……」
「僕は一回しっぱいしているから、同じしっぱいはくりかえしたくなかったんだ」
 そう口にしながら、アランは初めてスライムと戦ったときのことを思い出していた。
 ベラがゆっくりと表情を崩す。何故か、大きなため息までついていた。
「ありがとう。助かったわ。それにしてもすごいわね。噂では聞いていたけど、これほどだなんて」
「そんなことないよ」
「ううん。とっても心強い。お姉さんぶって前に出てた私が何だか恥ずかしいわ」
 こつん、と自らの頭を小突くベラ。ついでに舌まで出してしまうその茶目っ気ある仕草に、ベラはもともとこういう性格なのかなとアランは思った。人間界での活動がどこか子どもイタズラじみていたのもうなずける話だった。
 気を取り直したのか、ベラが晴れやかに言う。
「さあ。まずは西の洞窟に向かいましょう。ザイルのいる宮殿に入る方法が、そこにあるはずよ」

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