「そういえば、この洞窟にはなにがあるの?」
アランはたずねる。『春風のフルート』を盗んだザイルという者は、西ではなく北の宮殿に向かったはずだ。
ベラの表情が少しだけ険しくなる。
「その昔、高名なドワーフの職人がこの洞窟の奥深くにある秘術を封印したの。それを習得すれば誰でも錠を解くことができるという『カギの技法』と呼ばれるものよ」
「カギの技法?」
「ザイルの向かった宮殿の入り口は固く閉ざされている。だけど『カギの技法』があれば、宮殿の入り口を開け中に入ることができるようになる。ただ、今までカギをこじ開ける技術なんて必要としていなかったから、私たちの誰もその技術を身につけていなくて」
だからまずは『カギの技法』を手にいれる必要がある、とベラは語る。
何だか泥棒さんみたいだなとアランは思ったが、それ以上にベラの表情が気になっていた。
「そのカギの技法を身につけることって、ベラにとってはいけないことなの?」
「そんなことはないけど……まあ、ドワーフが編み出した技術ってところはあんまり気に入らないって言えば気に入らないけれどね。ただそれ以上に、この洞窟は……」
そこで口をつむぐ。アランは首を傾げた。
「なに?」
「……そうね、この先の話は、実際に会ってから話をした方がいいかもしれないわね。アラン、少しだけ寄り道するわよ」
「え? どういうこと?」
「あなたに会わせたい人がいるのよ。その人に会うことも、この洞窟に来たもうひとつの理由だから」
それっきりベラは黙り込む。表情は険しいというより、どこか悲しそうに見えた。アランもそれ以上は詮索せず、黙って彼女の後に続く。
しばらくすると、洞窟の明るさとはまた別の、松明の光が見えた。岩壁に開けられた大きな穴から漏れてきている。
アラン達は穴の奥に足を踏み入れる。そこは四角い空間となっていて、綺麗に整えられた調度品が据えられている。寝台もあり、絨毯もあった。誰かの居室となっているようだ。
中央の丸テーブルに、ふたつの影がある。
「あっ、ようせいだ。ようせいがきた!」
テーブルの上で丸い体を弾ませたのはスライムだった。敵意は感じない。妖精の国のスライムはみないい子なのだろうかとアランは思う。よくよく目を凝らすと、かなりやんちゃな顔つきにアランには見えた。
「これはこれは。妖精族の方が、わしに何か用かな?」
「お久しぶりです、長老」
「おお、その声はベラか。こんな穴蔵で生活していると、外のことに疎くなっていけない。しかし今日はどうしたことかね。どうやら脇にいるその子……人間ではないのか?」
「ええ、その。ザイルのことで」
少々固い声でベラが告げる。妖精族とドワーフ族は仲が良くないという話をかつて絵本で見たことがあったが、本当なのかも知れないとアランは思った。
ベラの袖を引く。
「ねえベラ。この人は」
「この人はこの辺りに住むドワーフ族の長だった人よ。昔、妖精の村に一緒に住んでいたの」
「え!? そうなの? でもドワーフさんとは仲が悪――」
言いかけ、アランは慌てて口を閉ざした。ドワーフの長老は苦笑いする。
「ベラ。おまえさん、この子に肝心なことを伝えてなかったようじゃな」
「……。実際に会って、話をした方がいいと思って」
「そうさな。……坊や、名前は何と言う?」
尋ねられ、アランは名乗った。正面から彼の表情を見ると、とてもベラが嫌がるような性格の持ち主には見えない。
長老は目を細めた。
「よい瞳をしている。不思議な瞳だ。わしはドワーフのゴース。昔、ポワン様のもとでザイルの面倒を見ておった者じゃ」
アランは驚きに目を見開いた。