小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 重たい足を引きずりながらようやく辿りついた妖精の村。
「つ、疲れた……」
 滅多なことではめげないアランも、さすがにこのときばかりは道ばたにへたりこんだ。隣でベラも額に手をやって重いため息をつく。
「ごめんなさい、アラン。私のせいで」
「そんな」
「さすがにこの状態で北の宮殿へ行くわけにはいかないわね……。今日はもう休みましょ。妖精の村にも宿屋があるの。さ、立てる?」
 ベラの手を借り、村の奥へ歩く。その先には、かつて話をしたスライム連れの老人がいた。相変わらず切り株に腰掛け、ゆっくりと会釈をしてくる。アランはおじぎを返した。
 ベラに連れられ向かった先は、巨大な切り株の形をした家だった。胸に染み渡るような濃い樹の匂いの室内には、カウンターで控える宿主の他に先客がいた。
 アランは思わずつぶやく。
「骨の……人?」
「おや、ベラちゃんたちじゃないか。北へ出かけたんじゃなかったのかい?」
 からころ、と顎が音を立てながら、大人の男性の声を漏らす。見た目は骸骨そのものだが、口調と仕草が妙に親しげだった。何故か、なみなみと湯が張られた桶に使っている。
 あのひと、ずっと前からここで湯治をしているらしいの――そうベラは教えてくれた。骨だから直接染みていいのかなとアランは思った。
 宿を取るベラの姿を後ろで眺めながら、アランは寝台のひとつに腰掛けた。汚れた外衣を脱ぎ、肌着姿になってごろんと仰向けになる。柔らかな羽毛が重たい体を優しく受け止めてくれた。すぐ隣にチロルも上がってきて、くるりと丸くなる。
 そういえば、お父さんから離れて眠るのは初めてだったな――アランは思った。
 胸の奥が、なぜだかふっと切なくなった。
 瞼が降りてくる。意識が薄らいでくる。体が眠りに入る間際、アランは懐かしい光景を見た気がした。

「これでよし。アラン、明日に備えて今日はもう……あら?」
 ベラが寝台にやってきたときには、アランとチロルはすうすうと寝息を立てていた。骨人と顔を見合わせ、ベラは苦笑する。寝台の傍らに立ち、アランの髪をゆっくりと梳いた。そして隣の寝台で同じく横になろうとしたとき、背中にアランの寝言が届く。
「…………お父さん…………お母さん…………」
 振り返ると、身を丸めたアランの頬には一筋の涙が流れていた。
 ベラは優しく微笑む。
「そっか。いくら勇敢で強くても、まだ小さな子どもだものね」
 再びアランの傍らに立ち、彼が起きないようにそっと涙を拭った。
 そのまましばし考え、やがて「うん」とうなずく。
 そっと囁いた。
「おやすみ、アラン」

 瞼を開ける。窓から入ってくる陽光に目を細めた。
 掛け布団をのけて、アランはぼーっと辺りを見回す。見慣れた本棚や窓枠を順に眺め、寝起きの頭のまま首を傾げた。
「……あれ? 僕は……」
「おお、アラン。目が覚めたか」
「え、お父さん!?」
「どうした、何をそんなに驚いている」
 椅子に腰掛け、読書をしていたパパスが怪訝そうな顔を浮かべた。改めて辺りを見回す。そこはどう見ても、故郷サンタローズの自室であった。
 にゃふ〜、という気の抜けた声に振り返ると、ちょうどチロルが体を起こすところだった。猫らしい(本当は違うようだが)仕草で上半身を伸ばしている。どうしたの、と不思議そうな目で見つめられてしまい、アランは大いに戸惑った。
『どうやら、あなたのお父さんにも私の姿は見えないようね』
「! ベ――」
 声に振り返ったアランに、寝台のすぐ脇に立っていたベラが口元に指を立てる。アランは声をひそめた。
「ねえベラ。これはいったい……? 僕は妖精の村にいたんじゃ」
『宿屋の人に協力してもらって、夜のうちにこっちに運んで来たのよ。私がそばにいれば妖精の村にはいつでも帰れるから、心配しなくていいわ』
「う、うん。でも、どうして?」
『昨日まで戦い尽くしだったからね。今日はちょっと休憩。それにあなたはまだ子どもだもの。たまには家族に甘えることも必要よ』
 ベラが片目を閉じる。ようやくアランにも、これが彼女の気遣いなのだとわかり、表情を緩めた。
「アラン? 何かあったのか? そんなに嬉しそうな顔をして」
「あ、ううん。何でもない。それよりお父さん。今日は外にいかないの?」
「うむ。少し整理がついたのでな。しばらくは家にいるつもりだ」
「そうなんだ」
『ほらアラン。遊んでって言いなさい』
 ベラが脇腹をつつく。アランは恥ずかしそうにもじもじと体を揺すった。もちろん本心では一緒に遊んで欲しい。けれどよく考えると、アランは自分から父にねだったことはあまりなかった。たとえ強い父が一緒だったとしても、旅には常に危険が伴っていたからだ。
 改めて面と向かって『遊んで』とせがむのは、何だか気恥ずかしかった。
 そんな息子の様子を不思議そうに見ていたパパスは、やおら大きくうなずいた。
「アランよ。下でサンチョが朝食を用意してくれている。食事を済ませて、支度ができたら父さんに声をかけなさい」
「え、どういうこと?」
「そろそろお前もたくましくなってきた。今日は父さんと剣の稽古をしよう。以前のようにナイフや木刀ではなく、お前がその手に持っている剣を使って」
「ほんとに!? いいの、お父さん!?」
「うむ。実を言うとな、私も気になっていたのだ。最近、アランがことのほか逞しくなっている様子がな。今日は父さんにその姿を存分に見せてくれ」
「やったー!」
 諸手を挙げて喜ぶアラン。主の歓喜に触発されて、チロルもまた寝台の上でぴょんぴょん跳ねていた。
 一歩離れた場所でその様子を眺めていたベラは、ふふっと笑みを漏らした。
『そっか。この親子にとっては、これも歴(れつき)としたふれ合いなんだね。ふふ、よかったね。アラン』

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