小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 夜。
 体を清め、寝支度を調えたパパスは居間の椅子にどっかと腰掛けた。
「ふぅー……」
「旦那様、今日はお疲れですね」
「うむ。ずっとアランの剣を見ていたからな」
「旦那様と坊ちゃんが丸一日剣の稽古をする日が来ようとは、時が経つのは早いものです。坊ちゃんもお父上の血を受け継がれているのですな」
「うむ」
 疲れた表情ながら、どことなく嬉しげに見える主の姿に、サンチョは微笑んで台所に向かった。すぐに、パパスの好きな果実酒を満たしてやってくる。
「今日は少し奮発いたします」
「すまんな」
 器を手に取ると、パパスは味を確かめるようにちびちびと口にする。それからぐっと大きくあおった。酒に強いパパスだが、普段は滅多に飲まない。こうして躊躇いもなく飲み干すのは何か良いことがあった証拠だと、サンチョは長年の経験から知っていた。
 嬉しくなる。本当に久しぶりの主の姿だった。
 こと、サンタローズに帰還してからパパスが何をしていたかを知っているサンチョにとって、どのような形であれ、彼の気が晴れるのは喜ばしいことだった。
「強くなった、アランは。本当に強くなった」
 ふと、パパスがつぶやいた。片付けを手早く終え、サンチョは対面に座る。パパスは袖をめくってみせた。そこには薄く切り傷がある。すでに回復呪文によってほとんど塞がっているその傷を、パパスはゆっくりと撫でた。
「これはアランの一撃によるものだ。一度だけ本気で打ち込んでみたら、この切り返しが来た。そのときのアランの顔が今でも脳裏に鮮明に残っている」
「さようでございますか……」
「そう。戦士の顔だ。ふっ……いつの間にか戦う男になっていたのだな」
 パパスは天を仰ぐ。椅子がかすかに軋みを上げた。次第にその表情から喜色が薄れていく様を見て、サンチョは不安になった。
「旦那様?」
「……サンチョよ」
「はい」
「アランは、何歳になるか?」
「は? もうそろそろ七歳におなりになるかと。それが、いかがしました?」
「もう五年以上、か」
 慨嘆を含んだ主の声。その目はどこか遠くを見つめ、引き締められた口元からは哀愁すら滲み出ていた。
「サンタローズは良い。本当に良いところだ。できることなら、この平和がずっと続けば良いと思っている」
 パパスは言った。
「だが……私には使命がある。必ず達成しなければならない、重大な使命が」
「旦那様……」
「五年以上だ。それだけの時間をかけても、まだ達成まで程遠い。かすかにその一端をつかみ取った程度だ。だが、こうしている間にも事態は進行しているはずだ。……アランの成長を目の当たりにして、嬉しい反面、自らが徒(いたずら)に積み上げてきた時間の長さというものを痛感してな。これでは父親失格だ」
「そんなことはありません!」
 サンチョは声を荒げた。穏やかで控えめな従者の意外な反応にパパスは目を丸くする。椅子から腰を上げ、その恰幅の良い体を揺らしながら、サンチョは言った。
「旦那様は十分に努力されてきました。その成果だって出ているじゃないですか。それに、旦那様は父親失格なんかじゃありません。坊ちゃんが健康に、逞しく成長なさっているのが何よりの証拠です」
「サンチョ……」
「いずれ旦那様のお隣で坊ちゃま、いえ、アラン様が支える日が来ます。志は受け継がれていくものだと、このサンチョ、確信しております」
 小さくつぶらな瞳で、サンチョはパパスを見つめる。
「ですからどうか、どうかご自分を責めるのはおやめになってください」
「……。わかった。すまなかったな、サンチョ。私は少し感傷的になっていたようだ」
「滅相もない! 私こそ、出過ぎたことを申しました」
 サンチョが椅子に腰を落ち着ける。表情を和らげたパパスは小さく息を吐いた。
 階上を見上げる。アランが寝床についている様を思い起こし、パパスは感慨深く言った。
「いつか、アランには真実を話さなければならないな。そういう時期に来ているかも知れない。近いうち、『あれ』を見せる日が来るだろう」
「旦那様、あの……」
「お前の言いたいことはわかる、サンチョ。……だが、アランには無理だろう。あれは、私にも扱えなかった代物だ」
「ですが……いえ、その」
「あれは神が創りたもうたもの。天空神の祝福を受けた血筋にのみ扱うことが許されるのならば、私は元より、アランも手にすることは叶わないだろう。だからこそ、重要な意味がある」
 俯いたサンチョに、パパスは言った。
「仮に……アランが持ち主として認められたとしたら、心安らかでいられる自信は私にはない」
「そう……でございますね」
「我が使命は何としても果たす。だが、息子にその苦しみを、いや、それ以上の苦難を味わわせることには躊躇いを感じてしまう。難儀なものだな」
「それが、親というものでございますよ」
「……そうだな。お前の言う通りだ、サンチョ」
 パパスは立ち上がった。「そろそろ床につくとしよう」と言い残し、階上へと上がっていった。サンチョは主の姿が見えなくなるまでその背中を見つめ、そして大きく頭を下げた。
「お休みなさいませ、旦那様」

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