小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 慎重に柱から柱へ取り付く。これまでの探索で氷の上を移動することに慣れたためか、思った程時間をかけることなく祭壇のところまで辿り着くことに成功する。
 間近で見ると、祭壇は予想以上に大きな建物だった。大きな土台が設置されている、ベラの身長よりも高い位置に祭壇の床はあった。何が奉ってあるのかここからでは見えないが、おそらく――
「ザイルのいる場所……春風のフルートを守る番人にでもなったつもりなのかしら、あの子」
 ベラがささやいた。今は建物の陰になって見えないザイルの姿を、アランは思い起こした。遠目に見てもザイルは小柄な体つきをしていた。近づくにつれ、もしかしたら自分とそう大きく変わらないのではないかと思えるほどに。
 物音はしない。ザイルはじっと、祭壇の前に立ち続けているようだった。
 アランは思った。彼は、何をしているんだろう。こんな暗くて寒くて、まぶしいところで、何をしようとしているのだろう。何を思って、ずっと空を見上げているのだろう。
 ――そうだ、そもそも。
 彼はどうして、春風のフルートを奪ったのだろう……。
「アラン、気づいている? これは好機よ」
 言葉の意味がわからず、アランは首を傾げた。ベラは床を指差す。自分たちの建っている場所は、氷ではなく青白い板敷に変わっていた。
「祭壇の周囲は氷が張っていないのよ。これなら滑らない。もし戦闘になったとしても、外と同じように戦えるわ」
「……」
「アラン?」
「ううん。何でも、ないよ」
 怪訝そうにしていたベラは、すぐに何かに気づいて口元を緩めた。
「……ザイルのことを心配しているのね? やっぱりアランは優しい。けど、言うべき事はきちんと言わないと」
「うん」
「よし。準備はいい? 絶対にあの子を逃がしちゃ駄目、一気に飛び出すわよ」
 ベラの合図とともに、アランは駆け出した。祭壇の外周を回り、ザイルの立つ正面へと躍り出る。
 祭壇の階段に腰掛けてぼおっと空を見上げていたザイルは、突然の闖入者に心底驚いているようだった。覚束ない足取りで、慌てて立ち上がっている。アランの思った通り、彼は非常に小柄だった。まだ子どもと言っても差し支えない。頭部全体を濃い紫の布で覆い、不釣り合いなほど大きな革製の手袋と長靴を履いていた。
 あれ、とアランは思う。じっとザイルの瞳を見つめた。そこには出会ったときのチロルのような輝きを感じたのだ。自然と、アランの体から緊張が抜ける。
 アランの思いをよそに、ザイルは大きな声で誰何した。
「お、お前は!」
「久しぶりね、ザイル」
 ベラが言う。その視線は、アランに向けるものよりいくぶん、厳しい。
 ザイルは動揺をすぐに収めた。ふん、と鼻で笑い、腰に手を当てる。
「ポワンのところの妖精か。春風のフルートを取り戻しに来たんだろ?」
「わかっているなら話は早いわ。あれは私たちだけじゃなく、人間界にとっても大切なものなの。返しなさい、ザイル」
「はっ! お断りだね」
「ザイル!」
「爺ちゃんをあんな目に遭わせた妖精族の言うことなんか、誰が聞くか!」
 ザイルが叫び返すと、ベラは言葉に詰まった。アランの脳裏に、ゴースの穏やかな顔が浮かぶ。
「お前たちの、ポワンのせいでどれだけ俺や爺ちゃんが辛い思いをしたかわかるか? わかんないだろ。だからお前たちにも苦労させてやるんだ。もっと困ってしまえばいいさ」
 身を乗り出して声を荒げる。
 子どもな上に、頑固なんだから――アランはふと、ベラのそんなつぶやきを聞いた。彼女は眉間に皺を寄せながら、それでも何とか説得を試みる。
「ザイル。それは誤解よ。ポワン様はあなたたちを苦労させようと思っていたわけじゃない。むしろ逆。それに、仕方のないことだったの。確かに、結果的に辛い思いをさせてしまったことは事実だわ。でも、だからといって『春風のフルート』を盗んでいいことにはならないでしょう?」
「何が誤解なもんか! 俺は知ってるんだぞ、ドワーフが目障りだったからポワンは俺たちを追放したんだ。そこにどんな誤解があるっていうんだよ!」
「ポワン様に悪意はないわ。あなたたちのことも思ってくださっている。信じて」
「嘘だ! 結局お前たちは余所者が邪魔なだけなんだ! その証拠に、ずっと、ずぅっと余所者を寄せ付けなかったじゃないか! 今更仲良くしようったって、信じられるか!」
「ザイル、今はそんなことを言い争っている場合じゃないの。春風のフルートがないと――」
「はっ。結局それかよ。やっぱり俺たちのことなんかどうでもいいってことなんだな。聞いた通りだったよ!」
「ザイル……!」
「これはお前らをこらしめるために必要だって教えてもらったんだ。春が来なければずっとこの世界に引きこもってばかりじゃいられなくなるだろ。妖精の村も、『妖精の城』も、いっぺん人間界にでも出てみればいい。そしてたくさん苦労するがいいさ!」
 ベラが言葉を切る。眉根を寄せ、彼女はいくぶん声を落とした。
「どこで聞いたの? その話」

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