小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 柱の陰から通路の奥を見る。深々と冷えた空気が頬を撫でていった。物音はせず、怪しい影もない。
「モンスター、いないのかな」
「そんなはずはないと思うけれど……やはり彼らにとってもこの環境は厳しいのかしら」
 襲撃を予想してより慎重に行動していたアランたちだが、進めど進めど一向にモンスターの姿を見ることがなかった。しかし油断はできない。
「そうかもしれない。でも、こわい気配はする。ずっと」
 アランはつぶやいた。漂う冷気の中に、冷感とは明らかに違う何かを感じていた。宮殿に足を踏み入れてから、その気配は薄まるどころかどんどん濃くなっている。現に、チロルは毛を逆立てて落ち着きなく足元をうろつくようになっていた。
 敵はいる。けれど姿が見えない。それは非常に心と体を圧迫するものだった。
 無意識のうちに、アランは額を拭う仕草をしていた。ベラは言う。
「とにかく、襲撃がないのならそれに越したことはないわ。急いでザイルを探しましょう。春風のフルートを取り戻すことが一番の目的なんだから」
「うん」
 床の上を滑る。柱に取り付き、気配と音を探る。それを繰り返した。
 最初に落ちた小部屋を出てから、もうずいぶんと奥へと進んだときである。廊下の突き当たりに差し掛かる前に、アランは近くの柱に取り付いて無理矢理前進を止めた。辺りを見回す。
「どうしたの?」
「さっき音が」
 口をつぐむ。
 耳を澄ます。
 しばらく無音だった。だが、直後。
「……!」
 絹で地面を撫でるようなかすかな音がアランたちの耳に届く。ひとつではない、ふたつ。いやもっと。
 チロルが声もなく戦闘態勢に入った。アランは剣の柄に手をやり、ベラもまた『かしの杖』を握る。
 すると今度は天井を伝い、コウモリが飛ぶ音がした。鳴き声はしない。あくまで羽音だけだ。音の様子からすると、複数のコウモリ――あるいはモンスター――が近づいてくる。
 滑る床で立ち回りはできない。固まって迎え撃つしかない。アランとベラは無言で示し合った。
 音が次第に大きくなってきた。アランが『銅の剣』を抜き放つ。
 途端。
 音の一切が、ぱたりと止んだ。
「…………」
 辺りを見回す。モンスターの影はない。こちらに襲いかかってくるような気配も殺気もない。圧迫感だけが残った。
「どういう、つもりなのかしら」
 ベラが耳元で囁く。
「まさかこのまま、私たちを威圧して終わりということ?」
「わからない」
「不気味ね……でも、これは好機だわ。今のうちに先に進みましょう」
「いいの? 音はしなくなったけど、たぶん、近くにいるよ?」
「無駄な戦闘をすることはないわよ。さっきも言ったけど、私たちは春風のフルートを取り返しに来たの。血を流しに来たわけではないわ」
 その言葉にアランはうなずいた。もう一度慎重に周囲の様子を窺ってから、ベラとともにその場を離脱する。
 謎の気配は、追ってこなかった。
 一目散に宮殿の奥を目指す。突き当たりの壁に体を押し付けるようにして辿り着くと、すぐ脇に上へと続く階段が現れた。薄暗い影が降り注ぎ、遥か先にぼんやりと空の青が見えた。
「どうやら屋上に続いているみたいね。アラン、準備はいい?」
「うん」
「じゃ、行きましょう。この気配から言って、春風のフルートは近いわ」
 ベラ、チロルと連れ立ち、アランは階段を駆け上がった。
 登り切ったその先には、不思議で幻想的な光景が広がっていた。
 ――床が、真昼のように明るい。
 上空は青空が広がっているはずなのに、暗幕をかけられたようにどんよりと暗い。その代わり、地表の氷が太陽の明るさをすべて吸い込んで、眩い光を放っていた。まるで天と地が逆転したかのような光景である。
 チロルが恐る恐るといった様子で、前脚を床に付けたり離したりしている。アランも直接手で触ってみたが、違うのは輝きだけで、階下の床と作り自体は同じのように思えた。
 屋上にも関わらず、周辺には壊れた柱の残骸が散乱している。もしかしたら、この宮殿はもっと上の階まであったのかもしれなかった。おかげで滑ってもすがりつくものには事欠かない。
 辺りを見回すと、広い屋上の中心部に屋根付きの祭壇がぽつんと建っていた。目を凝らす。建物の向こう側に、人影があった。
「いた……!」
 声を押し殺し、ベラが言う。
「ザイルよ」
 アランは目を細める。ここからでは少し距離があって、しかも建物の陰になっていてよくわからない。祭壇まで近づこうにも、残骸が邪魔になっているため大きく迂回する必要があった。
「幸い、まだ気づいていないみたい。逃げられたら厄介だから、そうっと近づきましょ」
 アランはうなずいた。音を立てずに近づくことを考えると、まさに滑る床の存在は渡りに舟である。アランたちは祭壇の背後から回り込むべく、そっと一歩を踏み出した。

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